レキササイズ:歴史散策でダイエット

2014年4月から重い荷物を軽くしました。

1.お寺巡り

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週の中日の水曜日です。
そろそろ週末の計画を具体的に考えるタイミングです。

先週は雨でどこにも行けなかったのですが
今週末は東海道を小田原まで行こうかと思っています。

週末の天気が微妙なので心配です。


5月16日のネタ。
この日、最後のお寺の訪問です。
明日からは、5月23日鎌倉散策の報告です。
『きよみずでら』と読むのではなく
『せいすいじ』だそうです。
東福院から丘の上から根岸方面に抜けようと思い
坂道をヒーヒーと上りました。
一本早く曲がる道を間違えてしまったようです。
山手方面に抜ける道に出てしまいました。
なかなかうまくいかないものです。
息子に「あんたは方向音痴だ」とよく言われるのですが
それはそれで、散策を楽しむにはいいことだとも思っています。
とにかく町を走れば何かに当ります。

この時は『清水寺』にあたりました。
横浜巡礼395寺目です。

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オヤ地図では卍マークなのにお狐様がある。
稲荷神社か?
お狐様のとなりにお地蔵様が居られる。
な、な、なんだろう?
神仏共存のエリアです。

曹洞宗清水寺の彫られた石柱がありました。
民家っぽい感じもしたので
門の外から散策させていただきました。

ネットでは水子供養の案内を見つけました。

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この日、ここのお寺をゴールに、巡礼は終了です。
近くのJR山手駅に向かいました。
山手駅は高校時代の利用駅でした。
ここは35年前とそれほど変わった印象はありませんでした。
久しぶりになじみの改札口を通り、ホームに向かいました。
2009年5月16日訪問
久しぶりに日差しの強い朝です。

春菊はどんどん大きくなってきました。
紫蘇は去年撒いたタネが今頃芽を出し、少しずつ成長しています。
そして、一度幹が折れたブドウが7,8年振りに復活し、花が咲きました。
朝、少し余裕があったので、我が庭を観察しました。



5月16日本牧巡礼のネタです。
横浜巡礼393寺目となります。
本牧通りと平行して走る山側の道を進みます。
レッドロブスターを越え、オーケーを過ぎたところに東福院はありました。

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ここのお寺も『観世音』と『弘法大師』の石柱がありました。
となるとここも『市内三十三ヶ所』と『市内弘法大師二十一ヶ所』の霊場ということになります。

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今日だけでも3ヶ所でこれらの霊場のお寺にいくことができたので
近いうちにはこの霊場の深堀をしてみたいと思います。
市内というくらいですから、
横浜市成立の1889年(明治22年)4月1日以降の成立と思われます。

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ちょっとかわいい感じのする弘法大師の白い像があります。
六地蔵もどこか愛嬌があります。
2009年5月16日訪問
昨日、プランターの春菊を間引きがてら賞味しました。
新鮮なものは甘みがあって、生でも食べれました。
やはり、自分で育てたものは一味違います。

6月1日といえば衣替えです。
けっこう涼しい朝でしたが、半袖シャツで出勤です。


ネタは5月16日の巡礼です。
この日最大規模の境内の神社です。
でかいので、きっと由緒も深いだろうと思い
まずは案内板からはいります。

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案内板1
本牧神社本殿遷座に際し
 本牧神社(旧称・本牧十二天社)は、旧来、本牧岬の先端(本牧十二天一番地)に張り出した出島の中に鎮座し、巨古木蒼然たる杜に囲まれ、鳥居の脚元には波濤打ち寄せる風光明媚な鎮守様でありました。
 その様子は江戸名所図絵にも「本牧塙 十二天社」として描かれ、江戸湾を往来する廻船からは航海安全、地元民からは守護神と崇められ、本牧十二天の地に八百年以上も鎮座してあつい信仰を受けていたのです。
 しかし、先の大戦の終戦直後の昭和二十一年、この本牧地区は二十三万坪に及ぶ進駐軍の強制接収に遭い、以来、平成五年までの四十七年間、神社は本牧町二丁目に仮遷座を余儀なくされ、多くの氏子共々、苦難の時期を過ごしておりました。
 伝記には、建久二年(西暦一一九二年)、源頼朝公が鎌倉幕府を開くにあたり、鬼門(北東の方角)守護を祈念して平安時代から存せる神殿に朱塗厨子を奉納した、とございます。
 また、鎌倉将軍維康親王より社領の寄進、中頃、両管領よりも同様に社領寄進。天正年間には徳川家康公の関東御入国に際し、高十二石免御朱印の下置、以来、徳川十五代将軍より御代々頂戴−−とあり、方除け、厄除けにご神徳が顕然(あらたか)として、武家や庶民からあつい信仰を受けてきたのです。
 また、室町時代の永禄九年(西暦一五六六年)から四百年以上も地元住民に受け継がれて来た当神社の「お馬流し」神事は、「ハマの奇祭」として神奈川県指定無形民俗文化財、県民俗芸能五十選であり、毎年八月上旬に現在も斎行され続け、郷土の祭りとして保持されております。
 米軍の接収解除とともに、返還地域一帯は横浜市による区画整理事業が施行されました。産業道路の直線整形、消防署の建設などの公共事業計画に伴い、当神社の社有地は従前地の「本牧十二天一番地」ではなく、この「本牧和田」の新天地に換地されました。
 この新社地は、表通りに続く前面も、後背地の丘も公園であり、境内地全面が南向きの雛壇形状という、鎮守様をお祀りするには絶好の境内地であります。
 四十七年間、仮鎮座を忍ばれておられた大神様に、氏子崇敬者の総意による赤誠を捧げ、浄財を募って建立されたのがこの新神殿でございます。
 権現造りの神殿は、総銅板葺きで、唐破風と千鳥破風の二重破風、屋根坪は百坪を超して横浜最大を誇ります。本牧地区住民の敬神の念のあつさ、郷土愛の深さを如実に現すとともに、広く慕われろご神威、ご神徳の賜物でございます。
 本牧地区の目覚ましい再開発とともに、大神様に新しいご神殿、すがすがしい聖域の境内にご鎮座いただくことは、更なる御神徳の発揚をたまわり、私達が祖先から連綿と受け継いできた「郷土・本牧」の、住民一同の「心の寄りどころ」として、また、明日を担う子供達には幼き日の懐かしいするさとの思い出となる、と強く確信致しております。
 氏子崇拝者の皆様の、弥栄のご発展とご隆昌を祈念申し上げますとともに、本牧神社のご神威を弥増しに増すために、今後も展開される神社の諸事業に、更なる強いお力添えを賜りますよう、衷心より重ねてお願い申し上げる次第です。            再拝
平成五年十月吉日
 本牧神社復興奉賛会
 本牧神社氏子総代会
 本牧神社々務所
時代とともにいろいろ変わってきているようです。
オリジナルを全く知らないのですが、
この神社、どんどん規模が大きくなってきたように想像したくなります。
なかなかいい場所にあります。
神様は新しいものがお好きなようですので
今祈願すれば、神様のご機嫌もよろしそうなので
効果倍増・・・なんて期待しながら祈願してきました。

横浜市の神社は頼朝の鬼門守護の祈願で建立されたことをよく聞きます。
鎌倉幕府の鬼門が横浜方向だったおかげで
それに由来するいくつかの神社があることを感謝しています。

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案内板2
本牧神社御祭神
主祭神 大日霊女命(天照大御神)
相殿 須佐能男命、大山津見命、木花咲耶姫命

摂社
正一位宇気の稲荷社 
 「宇気」は「豊受」の「ウケ」で、五穀豊穣をつかさどる「保食の稲荷大明神」の意。また「宇気」は「有卦」であり、「有卦に入る」という言葉のように、陰陽道で「吉兆」を啓示し《素晴らしい人物や金運にめぐり逢える》とも言われる。気学では、「宇」は「家の屋根のひさし」を意味し、「宇気」は「家に《気》が満ち満ちているさま」を具現し、商売繁盛・社業繁盛・五穀豊穣・開運招福にご神徳あらたかと伝えられる。

本牧天神社 
 学問の神様といわれる「菅原道真」公をまつり、横浜の名園「本牧三渓園」に間門より移築されている「間門天神」と同様、京都の来たの天満宮よりご分霊をいただいている。特に受験生などに合格祈願・学業成就のご神徳を慕われている。

本牧水天宮
 横浜には珍しい水天宮は、安産の守り神として名高い。懐妊五ヶ月目の戌の日に参拝し、「壽」と書いた岩田帯を締め、安産のうちにすこやかな赤児を授かるように祈念する。

縁切熊野神社
 速玉之男神をまつる。日本書紀によれば、イザナギノミコトが黄泉国の醜さを嫌ってイザナミノミコトに対し族離れ(別離宣言)をなされたとき、振り払った衣の裾からお生まれになった神。「悪しき縁を断ち、けがれを祓う」ところから、転じて「良縁にめぐり逢い、相整う」という。

阿夫利神社
 大山阿夫利神社より分霊を受け、大山祇神をまつる。森林・山岳の神であると共に、大山が、相模湾・東京湾の漁師に好漁場を知らせる目安(山アテ)であることから、大漁満足・航海安全のご神徳で知られる。

若宮八幡宮
 「若宮」とは本宮のご分霊を奉斎しているの意。京都・石清水八幡宮より受けている。誉田別尊(應神天皇)、比賣神、息長帯姫命(神功皇后)を併せまつり共に軍神、武勇の神として源氏をはじめ、その流れを汲む武将(新田・足利、戦国時代の武田・佐竹・里見・小笠原・南部・徳川・池田・蜂須賀等)に崇拝されてきた。

境内社もいろいろあり、
ここに来れば一通りの祈願ができそうです。

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2009年5月16日訪問
体重の減るメカニズムが少しわかってきたような気がします。
昨日はチャリをしなかったのですが
体重が微妙に減少しています。
一度減り始めると、どこかの安定ポイントまでは
体の減少スイッチが入り、体が反応しはじめるようです。
ここ3年の経験からですが、そんな気がします。

ということで体重計に乗る楽しみが出てきました。

横浜(といっても我が家近辺)は今日も曇りです。
家でウジウジしていることにします。

ネタは16日本牧巡礼の後半です。



真福寺です。
普通の家のように見えます。
境内に入るのが気が引けたので
外からだけの散策です。

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2009年5月16日訪問
スーパー銭湯で体重計測をしたら82,80kgでした。
ダイエット再開時5/15に83.95kgだったので、1.15kgダウンです。
ほぼ満足の数値で2週間目を通過しました。
うっかり太った分までは早くそぎ落とせるのですが
ここから先はペースダウンすると思います。
今日は雨でチャリ巡礼は休みです。


千蔵寺、せんぞうじと読むようです。
ここも多聞院と同じ『観世音』と『弘法大師』の石柱がありました。
観世音と彫られた石柱に、『市内三十三所第十八番』と彫られています。
弘法大師と彫られた石柱に『○○(読めない)十六?番』と彫られています。

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弘法大師さんの像もありました。
住宅地の一角にある
静かなお寺でした。

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2009年5月16日訪問

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