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スーパー銭湯で体重計に乗りました。 93.30kgということで、1週間で0.65kgの減量です。 23日は港南台駅まで電車で行き、 北条泰時が作った朝比奈切通しを使って 鎌倉に入りました。 自転車の乗り込みは禁止なので 愛車を押して越えることにしました。 鎌倉時代、六浦港から鎌倉まで荷物を運んでいた道だから チャリくらい押して通れるだろうと判断しました。 その峠の中ほどに横浜市に含まれる『熊野神社』があります。 今までの神社の中では、一番神秘的な場所にあります。 独り言をつぶやいても、誰も聞いていません。 ・・・鎌倉散策は、16日の本牧散策を全部出し切ってからにします。 以下、16日の本牧散策です。 大願寺で385寺、正法寺で386寺となります。
結果から言いますと、どちらも見つかりませんでした。 地図が正しければ、その場所に正しく着いたのですが ありませんでした。 写真はグリーンロード西横浜という商店街です。
大願寺はこの近くなのですが、地図の卍マークのところには 普通の家しかありませんでした。 もう『無い』、存在しないと判断して、
次の目的地に向かいました。 藤棚浦船通に出てひと山越えます。 途中からはチャリを降りて押しました。 冷たい小雨ですが、体は温まってきました。 関東学院の前を裏道に入り
野毛山動物園方面のきつい坂に挑戦です。 目指すは頂上付近にある(はずの)正法寺です。 チャリを押しながら、何回かとまって息を整えます。
なんて横浜は丘の多いところ! しかし、頂上にあるはずの正法寺はない。 便所の横に卍マークが画いてあるのですが みつかりません。 狭いスペースにガレキの跡が見えます。 もしかしたらこれが残骸なのかもしれません。 タワーが見えますが、これは『ラジオ関東』の発祥の地だそうです。
受験の頃の金曜の夜中に良い番組をしていたので 聞いていたことがありますが、最近はほとんどラジオ関東は聞いていません。 そうそう、高校時代伊勢崎町でラジオ関東の公開番組の収録が木曜日にあり 学校をサボって毎回行っていたこともありました。 忘れていたことを思い出しました。 野毛山動物園に入りたいのですが
まだ開園前。 しかたなく次の目的地に向かいました。 この2寺、とりあえず地図の場所の写真を撮って、来たことでカウントしました。 2009年5月16日訪問
その後、いろいろ追いかけ調査をしたところ、
大願寺は、この近くにあることがわかりました。 次こそは3度目の正直でたどり着きたいと思います。 正法寺は合併、転居していることがわかりましたが、 どこと合併したのか、転居先はどこなのかはわかりませんでした。 |
1.お寺巡り
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『チャリ仲間』さんから大願寺のアドバイスをいただきました。 ネット上で確認できたので次の機会に行きます。 どうもありがとうございます。 貴重な情報をいただけるのは本当に助かります。 今日から上着を脱いで、半袖シャツでの出勤にしました。 1週間早いかもしれません。 今日は週末、スーパー銭湯の体重計に乗りに行きます。 土曜日のチャリ巡礼以降は運動はゼロ 但し、食べ物は気をつけて 卵は週に一度、獣肉ゼロで肉系は魚ですごしました。 揚げ物系のオカズもゼロ 納豆と豆腐を毎日食べました。 1日便秘になったのが気になっています。 大願寺を探している最中に天満宮を見つけました。
よく見たら地図に鳥居マークがありました。 ボロボロになるくらい地図帳を見ていたのに見落としていました。 境内というよりは普通の駐車場のようなので
不振人物侵入という感じで本殿に近づきます。 参道と思えるところ水がたまっている手水鉢がありました。 近づくと一応神社の建物です。
本殿の左側に小さな祠があります。
よく見ると稲荷神社です。 稲荷神社の周辺は雑草だらけですが
石の橋や、なにかの石仏のようなものもあります。 あまりに荒れていると、何か不気味なものが出てきそうなので
退散することにしました。 住宅街の一角にあるので、もう少し手入れされていることを望みます。 天満宮なのでということはないか、祭神は菅原道真ということです。
かつては、賑わいもあった神社だそうですが、 この日の雰囲気は寂しげな、怪しげな、状態に見えます。 商店街も近くにあるので、もっと賑わいのある神社になることを期待します。 2009年5月16日訪問
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体重計とにらめっこしている毎日です。 微妙な変化に一喜一憂しています。 昨日の微増は便秘のせいにしましたが 今日も微増傾向です。 週末は大汗をかけるところに行く予定です。 今日の杉山神社は保土ヶ谷区の端にあるのかと思ったら となりの西区のエリアでした。 東海道沿いにあります。 JR東海道線を歩道橋で渡ります。
折りたたみチャリなので、ヒョイッと持てるので 比較的階段は苦労しません。 何度か走った東海道ですが、こんなところに神社があったかなぁ と思いながら歩道橋を進むと見えてきました。 意外と気づかないものです。 白い鳥居です。
だいたい赤か白でペンキで塗られたものか ムクの木かコンクリートです。 白い鳥居は品があるように思えます。 拝殿まで、もうワンセットの石段を上ります。 上ると右側に拝殿、正面に合祀されている稲荷神社がありました。 横のスペースに石仏がたくさん置かれていました。 その中に小さな狛犬があります。 ネット調べると、注目している人が結構いることを知りました。 横浜で一番小さいとありましたが、確かにかわいらしい狛犬です。 灯篭の雨よけ部に虫たちがいました。
しばらく暖かい日が続いていていて、 急に冷めたい雨が降ったのであつまっているのでしょう。 ここからは東海道から藤棚浦船通に出て
野毛山に向かいました。 2009年5月16日訪問
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今日は暑くなるとの天気予報。 すでに朝から暑く、きつい一日になりそうです。 おととい晴れていたら、もう少し体重は減ったかもしれません。 結構走ったのですが、微増の体重にがっかりです。 星川駅を過ぎ、しばらく行くと神明社がありました。
ここも再訪問です。 案内板
神明社御由緒 (旧伊勢神宮領榛谷御廚総鎮守) 今から一千年以上昔、保土ヶ谷の地が榛谷(はんがや)と呼ばれていた平安時代の中頃、天禄元年(九七〇)当社の御祭神・伊勢の天照皇大神が、武州御廚の庄の内、榛谷の峯に影向し、それから川井、二俣川、下保土ヶ谷の宮林へと三遷の後、嘉禄元年(一ニニ五)神託があって、神明の下宮を建て、当地を神戸と号し、神宮寺を満福寺と名付け、経蔵堂を神照寺と称したという。これにより榛谷御厨八郷の総鎮守として広大な社領を免ぜられ、宮司以下数十人の禰宜社人・供僧・巫女が仕え、年に七十五度の祭祀を営み隆盛を極めたという。 その後、戦乱の時代に一時衰退したが、天正十八年(一五九〇)徳川氏入国の時、社殿の造営が行われ、御朱印地が安堵された。また元和五年(一六一九)宮居を神戸山々頂から現在の処に遷し、社殿の造営、社頭の整備が行われた。明治二年の修営時には、明治天皇御東行の時、本陣苅部清兵衛宅に臨時に建てられた鳳輦安置所の御用材を下賜された。明治六年村社に列せられ、神饌幣昴料供進の神社に指定された。 平成十年十月、鎮座一〇三〇年祭 当地遷座七七〇年祭 伊勢神宮鎮座ニ〇〇〇年祭を記念して「平成の大造営」が行われ、三百八十年ぶりに御本社・摂末社神楽殿等総ての境内建物十二棟が一新された。 平成十二年四月、神奈川県神社庁献幣使参向神社に指定された。 *御厨(みくりや) 伊勢神宮直轄の神領地 *影向(ようごう) 神様が現れること *鳳輦(ほうれん) 天皇陛下の御車 御祭神は、天照皇大神 社殿建築様式は、本殿・拝殿とも神明造り 御大祭は、八月第四日曜日、及び六月十六日 九月十六日 氏子区域は、十六町、四十五自治会・町内会 狩場町、権太坂、境木町、藤塚町、法泉、初音ヶ丘、岩崎町、霞台、 保土ヶ谷町、月見台、帷子町、桜ヶ丘、天王町一部、岩間町、神戸町(約二万世帯) 社有地は、境内・風致林あわせて、約六千坪 社務所 平安時代からの長い歴史の神社です。
3年前はサラっと通りすぎましたが
境内に示されている参拝順序に沿ってお参りしました。 合祀されていた神社も多数あり、ひとつひとつお参りしました。
『水神社』『稲荷社』『月読社』『風宮』『切部之王子社』『日之王子社』『鹿島社』 『豊受大神宮』『天満宮』『厳島社』『見目社』『白鳥社』『火産社』『山王社』『山神社』『雷神社』 全部回ったところにおみくじがありました。 チャリ巡礼では、まだおみくじを引いていなかったので買うことにしました。 初めて見た形態ですが『扇子』の形をしたおみくじです。 二十三番 末吉です。 一番の目的は健康です。 『医師の助言を素直に聞き入れることが大切です』 とありました。 肝に銘じておきます。 朝の7時ちょい過ぎたところですが
神社では巫女さんたちがいろいろ準備をしています。 昼間行ってもだれもいない神社が多いのですが さすが大鎮守の神社は活発です。 お祭りのとき再訪問ですね。 神社を出てすぐに石仏が祀られているところがありました。
説明を書いた板があったのですが、写真を撮り忘れました。 こちらもいすれ再訪問しなくては。 石仏は庚申塔のようでした。 この道をまっすぐ進み、JRを歩道橋から渡り
東海道(国道1号線)にでることにしました。 2009年5月16日訪問
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金曜日にスーパー銭湯の体重計に乗ってビックリ! 83.95kgありました。半年で6kgも太ってしまったようです。 夏にやせて、冬に太るパターンをここ3年繰り返しています。 今年の夏にやせたら、今度の冬は太らないゾウと心に誓い 今年2度目のチャリ巡礼に行きました。 Y150をやっている横浜を目指し、本牧でブラブラしてこようと そう思っていたら雨です。 普段なら行かないのですが、『体重計ショック』で行くことにしました。 今年2回目のチャリ巡礼です。
帷子川を下って東海道に出て、野毛山動物園を通り 横浜球場横を過ぎ本牧に出て、遊んできました。 小雨なんのそのと出かけました。 (体重が限りなく84kgに近づいたので無理してでも・・・) 42.97km走行。 お昼は本牧サティの『魚屋一代』のネギトロの得々丼(525円)でした。 食べる前に撮るのを忘れ、箸をつけてからの写真です。 帷子川に沿って、散歩コースがあります。
一部はまだ工事中ですが、結構楽しめます。 散歩の方から『おはようございます』と挨拶をいただきます。 『おはようございます』と返しますが、 こんな挨拶が気持ちを明るくしてくれます。 西谷駅の手前に稲荷神社を見つけました。
川側からみると神社の裏なのですが ここ数年の経験から、すぐ神社と認識して表に回りました。 住宅の隙間に参道がありました。 表から来たら、まず見つけられないでしょう。 裏を走っていたことが幸いしました。 ネットで調べても名前はわかりませんでした。 とりあえず『西川島町稲荷神社』としておきます。 鳥居も建物も綺麗なので、管理されている稲荷様だと思います。 相鉄線の車窓からここのエリアはよく見えるのですが 神社が見えた記憶がありませんでした。 次回電車に乗ったときは要チェックです。 帷子川を下っていき、新幹線の下を通ったときに
石碑のようなものを見つけました。 『豊次郎坂』と彫られています。 昭和五十七年六月吉日となっています。 豊次郎さんという方が作ったのでしょうか? ネット検索ではまったくヒットしませんでした。 上ってみようかとも思いましたが 先も長いので、また次の機会に挑戦してみようかと思います。 環状二号線を越えたところで雨がきつくなってきました。
かつて訪問した隋流院で雨宿りしました。 巡礼を始めた3年前に訪問して以来です。 お寺の散策についても、だいぶスタイルも変わってきているので 雨宿りがてら散策させていただきました。 雨も小降りになったので、再度帷子川を下りました。
2009年5月16日訪問
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