|
11/28 お墓ばかりですみません。 中世の主役達は現在はもう亡くなっているので、 ついついお墓めぐりになってしまいます。 この石灯篭の奥に3名と一族の墓があります。 一族は三浦一族で これまた、北条の策にはめられて一族500人もの郎党が自害しています。 佐原系のみが残り、後に後北条に滅ぼされています。 三浦一族を散策するにも、まずはここに来なくては!という場所です。 塔婆に三浦一族五百人・・・と書いてあります。 一方、石段を上がった上に3人の墓があります。 真ん中が大江広元です。 鎌倉幕府で活躍をした一人 左側島津忠久と右側毛利季光(大江広元の四男)になります。 彼らは三浦一族とともに自害したそうです。 今週は疲れました・・・。 今日は雨と聞いていたので家にいるつもりですが いい天気になってきました。 父はもう歩くリハビリを始めました。
なんという体力でしょう。 頭が下がります。 |
9.鎌倉散策
[ リスト | 詳細 ]
|
11/28 頼朝のファンなら、鎌倉に行ったら一番最初の訪問はここだろう! と思いつつ、やっとやってきました。 見るものが多すぎて、後回しになっていました。 政子さんの安養院のお墓は夏に行きました。 お二人が違う場所に眠るのは違和感があります。 なんでだろう・・・? これで改めて、頼朝の足跡をたどるスタートラインに立ったような 気持ちになりました。 まずは挙兵の地、韮山に行こうかと計画しています。 韮山には適当な(安いともいいます)ホテルがなかなか見つかりません。 三島のビジネスにでも泊まろうかと思っています。 父の手術に立ち会って、気が抜けています。 今日は精神休養で休むことにしました。 まだ、頭が重い感じです・・・。 |
|
今まで、どこにあるのかなぁ〜と思っていた 畠山重忠の屋敷跡を示す碑を たまたま見つけました。 偶然見つけたので、すんごくうれしかったです。 頼朝の家臣でしたが、北条家からは邪魔者だったのでしょう。 父が急に手術と云うことで、会社を休んで立会いに行きました。 ついこの間まで元気だったのがうそのようです。 年も年ですが、まだまだ元気で居て欲しいと思っていたので、 ムシが知らせたのかもしれません。 手術は無事に終わったのですが、年寄りなので心配です。
ワタシも今日は疲れ果てました・・・。 |
|
11/28 鎌倉八幡宮です 公卿の隠れイチョウがまっ黄色でした。 実朝が惨殺されたのは雪の中でしたが、 この日は雪の代わりにイチョウの葉が舞っていました。 静御前の舞った舞殿では厳かに結婚式が執り行われていました。 この景色、北条早雲も、豊臣秀吉も、見た景色のはずです。 参道の向こうに鎌倉の海が見えるはず、山の向こうに富士が見えるはず、 この景色を見たら、気が大きくなるはずです。 青空に拝殿も映えていました。 建物は当時と違いますが
舞台は同じ鎌倉八幡宮です。 中世を生きていた人たちを思い出します。 |
|
東慶寺、駆込み寺とか縁切り寺とか・・・。 北条時宗の妻、覚山尼が再興したそうです。 彼女のお墓もありました。 お寺の紋は当然のように3つ鱗。 紅葉に誘われて、大勢の人が来ていました。 覚山尼の墓です。 お寺の裏に静かにありました。 こちらは人が来ていないので 静かに散策ができました。 パンフ200円と拝観料チケット100円です。 そして御朱印です。
この日は、紅葉を楽しみ、覚山尼のお墓参りをして 次の目的地に進みました。 |




