鹿児島てくてく見てある記

西郷どん、いよいよ幕末編ですねー😀

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大河ドラマ「西郷どん」ますますおもしろくなってきましたねぇ・・

沢村さん演じる「赤山靱負(ゆきえ)」の自刃,血染めの装束を抱き号泣する鈴木亮平こと西郷どん

そして,渡辺謙さん斉彬様がついに,11代藩主となりました。

来週がまちどおしいです・・・西田敏行さんじゃないけど チェスト!きばれ!!

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さて・・大隅半島の最南端の町,南大隅町に

大河ドラマ「西郷どん」の放送を記念して「西郷(せご)さあ展示館」がオープンしています。

というわけで,今回はこの界隈を散歩です。


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この展示館のすぐ近くには,

西郷さんが遊猟のために,ここ南大隅町根占(小根占村)を訪れたとき宿泊所としていた

平瀬十助氏宅があります。

西郷どんが,県内の各地を犬をつれて,猟をしていた話は有名で,県内各地にいろいろな逸話が残っていますが,

ここ南大隅町根占が,西郷どん遊猟の最後の地となるのです。

この地を最後に,西南戦争へのみちを進んでいっちゃうんですね。



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明治6年,朝鮮への派遣(征韓論)に破れた西郷さんは,

すべての官位官職を辞退し鹿児島に帰ります。

そして,西郷どんを慕う鹿児島出身の官僚達もまた,同じように職を辞してこぞって鹿児島に帰ってくるんですね。


征韓論について以前書いたページはこちらから



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その当時,鹿児島県内には明治政府に不満を持つ者や時代になじめないものが大勢あふれていました。

これじゃいかんということで,文武や農業を教育するために県内各地に「私学校」が設立されます。

たしかこれも以前,このブログで書いたことがありました・・・

そのページはこちらから

「明治日本の産業革命遺産 寺山炭窯跡界隈を歩く その1」
https://blogs.yahoo.co.jp/hiro_hiro_tomato/68328260.html

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ところが「私学校」というのは,大久保さんらの中央政府からみれば

独立国薩摩の軍隊組織にしかみえない・・・なんとかして薩摩を挑発して

これを攻撃する口実がほしかったんですね



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当時の警視庁が派遣した刺客による「西郷どん暗殺の計画」などが発覚しても

私学校では「決して挑発に乗るな」ってみんなをおさえていたのですが

明治10年,鹿児島市にあった政府の草牟田火薬庫を,私学校の生徒達が襲撃することによって

ついにその均衡が破られることになるのです。


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そして,その情報を西郷どんが知ったのが,

ここ,南大隅町根占の平瀬十助氏宅だったんですね。


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以下,司馬遼太郎「翔ぶが如く」(7)「西郷の下山」より引用

「大事をあやまった」

若者(にせ)どん達(たっ)が・・・と,この座で,桐野がつぶやいたとき,いつもの昂然としたこの男の顔つきが,人変わりしたように黒ずんでみえた。

桐野の思案は,この事件を見すてておけば政府は犯人のひきわたしを命ずるであろうということであった。

「見すごせるか」

と桐野はいった。眼前に政府の警官に曳かれてゆく若い者たちを見すごせるか,ということである。とすれば,いま剣をとって起ちあがり,政府を相手に決戦するしかないではないか,といった。」


ちなみに,桐野っていうひと・・むかし中村半次郎っていって・・そうそうこのあいだの大河ドラマ「西郷どん」で吉之助さあにサツマイモをもってきた,あの少年ですよ。


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・・以下さらに引用です。(鹿児島弁は一部捕捉しました)

この知らせを知った西郷どんは,・・・

「シモタ!」

西郷は,最初そうつぶやいたらしい。(―略―)

次いで辺見に対し怒気を発し,あたかも辺見が火薬庫を襲った張本人であるかのように,

「何事,弾薬などをおっとっせえ」(ないごっか!弾薬なんぞをおっとっせえ)
と,どなった。何事であるか弾薬などを奪って,ということである。

あるいは,「汝(わい)ども,弾薬,何の用がある」(わいどま,弾薬になんの用があっとか!)といったという。

これは,辺見らの記憶が伝承されたものである。」


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展示館の資料によると

西郷どんは,ここ小根占村に,明治8年,9年,10年と3回ほど訪れて

根占の各地の山で猟を楽しんでたんですね・・・

今人気の「雄川の滝」界隈でも・・・

だから,大河ドラマ「西郷どん」のオープニング映像で雄川の滝が映し出されているのかもしれませんねぇ・・



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その知らせを聞いた次の日・・・

西郷どんは,小舟で悠々と鹿児島へかえっていきます。

どんな気持ちで帰って行ったんですかねぇ・・


勝海舟が西郷どんのことをうたった句があります。

「濡れ衣を,干そうともせず,こどもらが,なすがままに,果てし君かな」・・・

まさにそんな感じだったんでしょうね・・西郷どん・・せつないですね。



西郷どんが,ここ小根占村で「シモタ!」ってくやしがったのが

明治10年2月1日・・・・実は,141年前のあさってのできごと・・だったんですよ。



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○引用しました。

「翔ぶが如く」(7)「西郷の下山」 司馬遼太郎  文春文庫 

○西郷さあ展示館の展示資料を参考にさせていただきました。
 受付の南大隅町のみなさんありがとうございました。がんばってください!チェストー!



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