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久しぶりに安吾を読んでみました。
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― 伝統とか、国民性とかよばれるものにも、時として、このような欺瞞が隠されている。凡そ自分の性情にうらはらな習慣や伝統を、恰も生来の希願のように背負わなければならないのである。だから、昔日本に行われていたことが、昔行われていたために、日本本来のものだということは成立たない。外国に於て行われ、日本には行われていなかった習慣が、実は日本に最もふさわしいことも有り得るし、日本に於て行われて、外国には行われなかった習慣が、実は外国人にふさわしいことも有り得るのだ。模倣ではなく、発見だ。ゲーテがシェークスピアの作品に暗示を受けて自分の傑作を書き上げたように、個性を尊重する芸術に於てすら、模倣から発見への過程は最も屡行われる。インスピレーションは、多く模倣の精神から出発して、発見によって結実する。
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― 多くの日本人は、故郷の古い姿が破壊されて欧米風な建物が出現するたびに、悲しみよりも、むしろ喜びを感じる。新しい交通機関も必要だし、エレベーターも必要だ。伝統の美だの日本本来の姿などというものよりも、より便利な生活が必要なのである。京都の寺や奈良の仏像が全滅しても困らないが、電車が動かなくては困るのだ。我々に大切なのは「生活の必要」だけで、古代文化が全滅しても、生活は亡びず、生活自体が亡びない限り、我々の独自性は健康なのである。なぜなら、我々自体の必要と、必要に応じた欲求を失わないからである。
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― 見たところのスマートさだけでは、真に美なる物とはなり得ない。すべては、実質の問題だ。美しさのための美しさは素直でなく、結局、本当の物ではないのである。要するに空虚なのだ。そうして、空虚なものは、その真実のものによって人を打つことは決してなく、詮ずるところ、有っても無くても構わない代物である。法隆寺も平等院も焼けてしまっていっこうに困らぬ。必要ならば、法隆寺を取り壊して停車場をつくるがいい、我が民族の光輝ある文化や伝統は、そのことによって決して亡びはしないのである。武蔵野の静かな落日はなくなったが、累々たるバラックの屋根に夕日が落ち、埃のために晴れた日も曇り、月夜の景観に代わってネオン・サインが光っている。ここに我々の実際の生活が魂を下ろしている限り、これが美しくなくて何であろうか。見給え、空には飛行機がとび、海には鋼鉄が走り、高架線を電車が囂々と駈けて行く。我々の生活が健康である限り、西洋風の安直なバラックを模倣して得々としても、我々の文化は健康だ。我々の伝統も健康だ。必要ならば公園をひっくり返して菜園にせよ。それが真に必要ならば、必ずそこにも真の美が生まれる。そこに真実の生活があるからだ。そうして、真に生活する限り、猿真似を羞じることはないのである。それが真実の生活がある限り、猿真似にも、独創と同一の優越があるのである。
― 坂口安吾 『日本文化私観』より抜粋
― 岩波文庫 『堕落論・日本文化私観 他二十二編』所収
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これが発表されたのは1942年(昭和17年)3月、ちょうどシンガポール陥落で日本全体がわき上がっていた頃です。
しかし、ここでの安吾は、もはや日本の敗戦を予言していたかの如く、冷徹なまでの眼差しが光っているようです。「..法隆寺も平等院も焼けてしまっていっこうに困らぬ。」これには、ゾッとするものがあります。戦後に書かれた『堕落論』との関連も興味深いですね。
そして、上っ面だけの滑稽な日本主義が強調された時代に於いて、これを徹底的に揶揄する表現で溢れていますね。唯物論的とでも申しましょうか。「我々の生活が健康である限り、...我々の文化は健康だ。我々の伝統も健康だ。...それが真に必要ならば、必ずそこにも真の美が生まれる。そこに真実の生活があるからだ。」安吾流の反体制論なのかもしれません。見事に言い切ってくれました。
とにかくこれが昭和17年に書かれていることには、もっと注目されてもいいのではないか(...とっくに注目されているかな...。)と思わずにはいられません。恐るべき安吾先生です。
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