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今年(一月〜12月迄)は、この村の自治会下部組織である班と称しているそれぞれにある集落の長を、回り番で引き受けている。
かつては何代にも渡り、信州高遠藩の南に位置する村で、天龍川の支流を挟んで隣の天領(江戸の旗本直轄の領地)と水利権をめぐってにらみ合いを繰り返していた、その上流の地域である。けれどそんなことは今や昔。土地代が安く、このモータリゼーションの時代、シャッター商店街の近くに住むよりも郊外の大型店や中央道に近く、他地域にもアクセスしやすいゆったりした田園地帯に住まう、私などを除いて若い家族が増えてきた。で、私どもの狭い部分を例にとっても、40%は新しい家族たちなのである。
それでも、年中行事というものは欠かすことが出来ないのは仕方がない。総意を無視して独断にはしることは、そもそも自治に反するし、小さな民主主義にはならないので、例年どおりに近く実施した。
この新年会なるもの、伝統的に自前なのである。飲食は年間の予算でまかない、場所は区の中規模のホールを使用し、大人500円、子供無料というもの。飲食の内容は昼食として、幹事にアルコールを含み任されているというもの。
家人の悪しき性癖で、当初予約した期日は、幹事の片腕となるべきサブ・リーダー家族が知らぬ間に前々からユニバーサル・スタジオ・大阪に家族旅行を決定しており、やむなく他家族の協力を取りつけたにもかかわらず、プロセスが難渋し始めると、ブツブツとグチ始める。
本来こちらもあまり気の長い方ではないから、一喝するが、そうすると性格上気分がよくない。ピアノ練習などとてもやる気にならず、ベートーヴェンには悪いが「田園」を聞いてみる。つとに有名な曲だが、なかなかの大曲。全くの個人的見解だが、耳を悪くしてからの彼のアンサンブルはかなり悪く、一種ヒステリックに聞こえることがある。それをまるで人類の宝であるかのように祀り上げるのは愚の骨頂だと思う。そういう破調は、かの「第九」のなかに随所にみられることだ。
そういうところがギリギリ抑えられていて、第五楽章なんかはとてもいい。
とはいうものの、総勢43名(内子供13名)、当初より欠席者がいたから全員ではないが、無事終了。
やれやれ、と厳冬の午後に戻ったのであるが・・・・・・、アリャ、準備していたダルマを持っていかず、
目入れをしてない!!どうしようか、と日がたっている。
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