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ピアニストのエレーヌ・グレモーはフランス生まれのアラフォーである。
週末に家人留守の為に主夫をする破目になり、例によってわかっちゃいるけど、時間配分が身についてないので、忙しそうにしていただけなのだが、you tubeで音楽を大きくして聞いても怒られないから、ランダムに聞き始めた。そもそも「平均律」1番の前奏曲を習っているので、その演奏にアクセスしているうち、偶然に知ったのであった。曲はどういう訳かべ−トーヴェンの4番のピアノ・コンチェルト。オーケストラはパリ管弦楽団―私たちの世代では、アンドレ・マルロー文化相の肝いりでフランスの威信をかけて結成されたオーケストラとして知られ、気のいいミュンシュ爺さんが急死して以降、どういう訳か多くの場合ドイツ系の指揮者を迎えている―で、録画時にはなんとクリストフ・エッシェンバッハが指揮していた。彼は私の若い頃には、ドイツ気鋭の若きピアニストとして売り出し中だったが、かの洞察力鋭い吉田翁に言わせれば、当時の発言として(ラジオの音楽時評で)次の如きだった。
「彼が、ケンプやバックハウスのようにドイツを背負ってたつ大ピアニストであるかと言えば、かなり疑問だなあ」
現在の様相をよくは知らないが、多分そのとおりだろう。
肝心の演奏の方。2001年の場所はロンドンのロイヤル・アルバート・ホール。いやはやたいへんな会場と思えた。というのも、円形に近い数階建ての観客席。その聴衆の多いこと。彼女は30歳くらいだったと思われるが、女性にこういう表現は当たらないけれども、まさに獅子奮迅の演奏。かなり自在なリズムと大胆な強弱の付け方。技巧は完璧。美形なひとだが、一種野性的な印象を抱かせるように見ているひとを意識してないようにさえ見える。つまり比較にならないが、あのカラヤンが礼をするとき、どういう角度で、どういう視線と姿勢で、何回するのが効果的かちゃんと計算されていた、というのと全く反対の。これはまさに彼女のベートーヴェンである。滋味だけを醸し出す演奏よ、彼方に飛び去るがよいというような。
経済的にも知的にも恵まれた家庭に育ったが、反抗的で協調性の少ない、特異な少女として育ち―両親の心配を想像するに余りあるが―やがてピアノ演奏に才能を見出されてピアノ音楽に同一性を持つにいたる。
私のにわか知識だが、彼女はフランス人として生まれながら、ドビッシー、ラベルとかに全く興味がないという。当然ながらドイツ系が得意。面白いのは、ショパンを「ポリーニの演奏会に行って、好きになった」というが、真意の程がわからない。決して弾くことがないとは言わないが、ブラームスのふたつの長大、強靭、渋いピアノ・コンチェルトを女性のピアニストが演奏するのをあまり知らない。が、エレーヌ・グリモ―は好んで弾くようである。故に男勝りだなあ、と称賛の溜息をついてしまったのだった。
今はニューヨークに住み、ピアニストのかたわら、野性の狼の子供の世話をしているという。これもまた特異といえば特異であり、彼女らしいではないか。
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