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3月16日に思想家の吉本隆明氏が亡くなったと報じられた。87歳。信奉者は「吉本教」の信者と言われるらしいけれど、私はきっと数多いその人たちのうちの末席に属する一人である。代表的論考といわれる『共同幻想論』『言語にとって美とはなにか』を、難解でよくわからないのであるから、全くもって真の心酔者とは言い難い。ご本人の嫌いだったひと任せの世評によるばかりでなく、 「誰もなし得なかった未踏の領域」―確かこの思想家自身も書き上げた頃、違った言いまわしでこう語っていたと記憶する―にたどり着いたのは違いない。
私の浅薄な知識によるならば、この詩人から出発して行動的評論家、知的武闘派でならしたひとは、それらばかりでなく、より自立していく為にオリジナリティーを出し世に問う必要があったであろう。
晩年は壮年時に比べて優しい目つき(写真は往年の目つきにやや近い)になって、平明な語り口で多くの講演―対等な立場で聴衆という生徒を前にした授業であったかもしれない―を行なった。かつて若い頃の私は前を向こうとしてはいたものの、果たしてこのままでいいのかどうか迷いのなかにあったとき、この思想家のたった一言が、何よりも救われた気になった経験がある。
とても素晴らしいことのひとつに群れないことがあげられる。つまり、冷戦時の反核に、オウム真理教の弾劾に、原発の廃止に対して、両手を挙げて賛成をしなかったことである。何故か?
まず、反核の運動は、その頃核の保有国を旧ソ連以外に限っていて、全く片手落ちという見解。
次は、かのカルト教団の件だが、法に反したのを罰するのは当然として、麻原被告の宗教性をしっかり問うてみる必要を強調した点。
そして現在。核融合施設にかけてきたのと同等の予算と知力をかけて、安全装置を設置せよというものだ。この背景には、化学技術の進歩への確信―氏自身東工大で数学を専攻した―、エネルギー供給と消費の現実、これまでに投資した膨大な国家予算の結果としての装置、過疎地と都市部との関係等の現実主義があるように思う。
独断だが、これらに共通するのは、あるキャンペーンの類にデマゴーグにフライングして組してはいけない、と言っている気がする。自身、先の大戦という負け戦に駆り出されたという苦い経験があったのかもしれない。多くの場合、孤立無援になったと言われたが、決して老いの一徹や晩節を汚すものではなかった。と言ったら、肩の持ちすぎだろうか。教徒というものは、かようなものなのだろうが、待てよ、違うんじゃないのかな?という考えこそ、この思想家の狙いでもあるように思える。
まとまったものとして、私は『源実朝』をやっと読んだばかりである。それでもまだ実朝の歌が全部理解できる訳ではない。続けてではないにしても、他の論考もきっと読んでいくだろうと思う。それが合掌のひとつになると信じている。
「江藤淳とか私は、もののあわれではなく、分析というかたちで批評してきました」と、最近書いていた。全く正反対の立場(政治的姿勢、大学か在野か、旅行をするかしないか等の)の二人だったが。
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読みたい本
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『野生の呼び声』ジャック・ロンドン著。深町眞理子訳。光文社文庫。
もっと狼ィという雰囲気のする表紙のハードカバーもあるようですが、在庫切れで入手不可。ただし少年・少女向けのものなら多くあるようです。
かつては『荒野の呼び声』というタイトルでしたが、今は「野生」となっています。荒野は当然「あれの」で荒涼として何もなく、不毛の地の感じがします。そういうところには野生の狼といえども住むことはできないでしょう。ヨーロッパ狼、日本狼、北米の狼の住む所は、山林か森―草原もあったかもしれない―だから、情緒的な「あれの」の意味で使う「荒野」よりも「野生」の方がしっくりすると思われます。
もしかしたら『野生のエルザ』なんかのタイトルと内容のイメージが強いせいかも知れません。松島トモ子がアフリカの現地で、ライオンとチータにまともに噛まれたのを知っている方も多いでしょう。大きい目の合ったのが原因のようですが。近頃パンダ、パンダと騒いでいるが野生であることには変わりがありません。おそらく食物の内容で、気性が異なるのだろうけれど。
この本の著者は実に破滅的な人生を送った、太く短く、生き急いだひとのようですが、名前の響きが実にいいですねえ。原題は”The Call of the Wild” です。
犬は吠えるものと承知していても、飼われている一画に近づくとまたたく間に「ワン、ワン、ワン、」と大声を出されると、いい気持ちがしません。それで、出来る限りそこを通るのを避けようと散歩のコースをとることが多いのです。
早春になると、さすがに閉めきっていた窓も時として開け放たれることがあるようで、寒い快晴の朝、50メートル以上は離れて建っている家の方向から、ちょっと細いが明らかな遠吠えが聞こえてきました。しばらく歩行をゆるめ聞いているうち、
(そうか、ジャック・ロンドン野生の呼び声かな?)と。
主人の勝手な感慨をよそに、同行のグリヘイ君はどこ吹くカゼ、興味も示しませんでした。本犬には野生の呼び声ではなかったのでしょうね。
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『賜物』 ウラディミール・ナボコフ著。沼野充義訳。河出書房新社
著者34歳から4年かけて完成したロシア語での大作の小説である。後年英語で本人が書いたものがあり、
その訳はすでに日本で出ていたが、今は絶版である。今回の新訳はロシア語から。
まだ1章を読んだに過ぎないが、それで無論全てがわかったわけではない。ここでは、明らかに亡命してベルリンにいたナボコフを連想させる青年詩人フョードルの生活と内面、彼をとりまく亡命ロシア人たちのサロンの様子が戯画的に描かれている。同時にその頃のベルリンと郷愁のロシアも。
といっても、ことは簡単ではないのである。まだ数編しか読んでないが、そのなかでも文体において最も複雑だろう。まず人称が一定でない。彼の内的独白もあれば、3人称であったり、双方でもなかったり判別のつかないところ―こちらの読解力のせいだろう―もある。しかし人称を把握して読み進めば、自然理解が得られる可能性はたかい。
もうひとつ今回「発見」したことだが、言語の天才ナボコフは幼少の頃絵画を習っていた。おそらくそれと言語が結びついて、独創的かつ比類のない華麗なとでもよべる描写力を創造していったと思われる。大きなキャンパスを埋め尽くすように、挿入の多い、形容の多い、長い文章。それに洒落、語呂合わせ、戯画化、深い文学的知識が散りばめられ、むろん様々な人々がうごめく。
いかようにも読み取れ、それによって読み手のレベルが問われるとするならば、それは『ロリータ』からではなくて『賜物』からではないかと思う。晩年の2つの大作を読んでないけれども、そんな予感がする。
2章は青年詩人―といっても帝政ロシアからベルリンに亡命してきてわずかな詩集を私家版で出版した、うちに持った情熱はすごいが、見た目にはきっともの静かな若者―が、蝶の採集・調査旅行で出かけた中央アジアの何処かで消息不明になってしまった父親に思いをはせる。収集はこの場合蝶だが、趣味にはいろいろある。この父親は研究家の域に達している。読み進む者は、何故テンシャン山脈を越える冒険旅行につきあわさせられるのかと思うかもしれないが、主人公がそうであるように、いつの間にかいっしょに旅行している気になってしまうのである。 それは作家のペンの力だろう。「私はフョードルではない」と後年この小説家は語っているし、同様に夫人もまたヒロインとは違うと言っている。もちろん同じではないが、研究者が調べ上げて似ているじゃないか、モデルじゃないかと言われるのに対して、予防線を張っている気がする。ナボコフ自身が蝶の収集家であり学者であったことは周知のことであり、父もまたそれを趣味としていたのも確かであって、その遺伝子を通じて書いている。そのせいもあってか著者は父を尊敬していたようである。
そうすると、では実際の父親ドミートリーはどうだったか、と脱線してみたくなる。このひとはニコライ2世時代の
今で言う内閣官房副長官くらいの立場で、法律家でもあったが、何よりも何代も続く貴族の当主であった。一般に父子は反抗する関係にあるのが多いようだが、この場合は違っていたようである。父は官吏であり政治家だから外向的であり、子は物書きを生業としたから、言ってみれば内向的である。共通点は蝶の収集と深い教養だろうか。革命の災難を逃れてクリミアにできた臨時政府での法務大臣でもあったが、更には亡命してベルリンに住む。その2年後、本国から差し向けられたと思われる暗殺者に撃たれて亡くなってしまうのだが、実際には、当時の亡命ロシア人政党の党首が狙われたのをかばって、狙撃されてしまったのだという。とすれば、とてつもない同胞意識が強い人間的な人物であったのだろうが、他方私にはどうも死に際を感じとった行為ではなかったかと想像する。
一家は、まず住み慣れたサンクトペテルスブルグからクリミアへ、更に領内を出国してアテネを経由してロンドンへ、最後にベルリンへと移り住んでいった。父親が野心家であったようには思われないが、20世紀のうねりのような時代の波に漂っていくと、過去が過去だけにいかに理性的な一家の当主―夫人と3人の子供たちの―であって、一瞬の仲間の危機にとっさに対応したのであっても、私にはそう見えてしまう。
さて主人公の母親は、フョードルに彼の父親の伝記を書くように薦めるけれども、彼は断念する。詩人の言葉は彼の感受性を代表するが、尊敬に値する父親の足跡を辿るまでには至っていないと知るからである。
だが、ここでふと立ち止まってしまう疑問点があるのに私は気がつく。主人公がそう決めたのは、小説のなかの筋書きとして納得がいく。けれど読者は、すでに彼の父親の全部とはいわないまでも、中央アジアの学術旅行を通して語っているではないか、と思ってしまう。更に・・・・である。これは主人公の想像であり―実際には中央アジア旅行記のいくつかを基にして、ナボコフなりの再現をしているらしいという研究があるという―何ら母親の求めている伝記、つまりはナボコフが言うところの伝記ではないのであろう、と思ったのだった。
主人公の父親の何回もでかけたという東部ユーラシアの旅につきあうと、後年ハンバートが、ロリーを乗せ、あるいは1人で車を駆ってアメリカ各地を走り回るのを思い浮かべてしまった。なんでそんなことを?という疑問がすこしは晴れたかもしれない。
3章。弁護士事務所で働く下宿の主人の娘ジーナとの出会いや交際を中心にしている。ここでもフュードル青年は青白き青年詩人にしか見えない。もっとも家庭教師をしているのでその生徒に若い女性がいて、一瞬の魅力を感じたりするが特別のものではない。出会いは自然といえば自然だが、劇的なものではない。そして禁欲的である。
彼が書こうとするのは、取りまき連のおおかたの予想に反してチェルヌイシェフスキーの自伝である。この人のことはよく知らなかったが、『何をなすべきか』を書いていて、ずいぶんと読まれたらしい。それもロシア革命の前で多くの急進改革派が真面目に読んだという。おそらく精神的な背骨であったのだろうと思う。
彼のサロンの人々は亡命ロシア人だから、この人の自伝をなどと感情的にみても相容れないのは当然のことである。しかしこの文才に恵まれた青年は、必然性をもって書こうと決意し、作業していく。普通では理解できない事柄だが、巻末の「解説」に頼る他ないが、ナボコフの語ったという「人生が芸術を模倣する」という紛れもない現実をみて、取り組んだと解釈すべきだろうか。
案の定その出版は拒否されてしまう。出版を引き受けるのは、サロンでは笑い者でピエロのような滑稽な劇作家である。
後半では、おそらくロシア文学の専門家でしかわからない知識と内容という群生を知ることができる。注だけでも1頁になることもあった。その意味するものは、もちろん披瀝ではなくて、たぶんにその営々と続いてきている歴史のなかにいる自分がいるという矜持だろうと思う。
「人生が芸術を模倣する」ではないが、実際のところ完成した長編『賜物』は、チェルヌイシェフスキー―いつもながら長い―の自伝部分、次の章だが、をカットされて最初ロシア語で出版されたという。後からのこじつけ?と思ったが、いや、書き終えてから起こったのでなければつじつまが合わないから、納得がいった。
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最近の喜ばしいことのひとつは、本の文字が大きくなったことですね。読むのに眼鏡を必要としない程度の老眼ですが―新聞や辞書を裸眼で読めるのが自慢。ただし辞書の文字にふってあるルビはかなり無理があります―それでも、かつて購入したもので文字の小さいのには苦労します。というのか、目から離して読めばいいのですが、だんだんと疲れてきてしまいます。
「文字を追うと頭が痛くなってしまって。眼鏡かけても合わないから無理だわ」
という年輩の女性の言うのを聞いたことがあります。この奥さん、毎週バレー・ボールの練習をしているスポーツ・ウーマン(と言っていいでしょう)と聞いていたから、きっと読むことが好きでない言い訳したんでしょう、と思いました。けれども、この言い分の部分はわかる気がします。
という訳でもないのですが、グリヘイ君をクルマに乗せて、用事を済ませた後、ふらりと本屋に立ち寄りましたが、まあそれなりの駐車場はいっぱいに近いのでした。DVDレンタルも関係あるのでしょうが、雑誌や本のコーナーも思ったよりも人がいるのです。平日の午前11時前。閑散としているだろうという予想は大ハズレ。活字文化は衰退しない!ですかな。それより野路クンは、なんでそんな時間にいるんだよ!
ときどきコメントをいただくKiyoiさんはあまりお好みでないようですが、まっすぐに大岡昇平のコーナーへ。といっても地方の書店のことですから、紀ノ国屋、八重洲ブックセンターなどという訳にはいきません。「在庫に無いものは、当書店のホーム・ページから注文できます」ということですね。ある金額以上ならアマゾン等もいっしょでしょうか。
今も昔も不倫はとても「大切」な恋愛の題材で、かなり通俗っぽく、さる大手の宣伝文句がそううたわれていて『美徳のよろめき』と並んで『武蔵野夫人』がありました。ちょっと可哀想だなあと思いましたよ。でもそれも世の流れか、仕方ないねえ。
で、『武蔵野夫人』は何回も読んでいて、誰かに貸したままないのかもしれないと思いながら『野火』と『俘虜記』を選び、 しばらく横へいくと小西甚一著『古文の読解』の文庫本。いやあ懐かしかったですね。当時の国文学の教授が自ら筆をとった(多くはそうでないということですね。ことは古文に限らないのですが)正統的参考書、いや古典研究篇のひとつといえたでしょう。何しろ肉声が聞こえてくることがとてもよかったですね。
これは諦めて、さらに左へ。たどり着いたのは青柳いずみこ『ピアニストが見たピアニスト』でした。
この著者はドビッシーのスペシャリストたるピアニストですが、祖父が青柳瑞穂でフランス文学者にして骨董好み、かつて文士のたまり場を提供し、また彼女の父と祖父、つまり子と父親は敷地内でも口も利かない犬猿の仲という具合で、ホンを書いても一級の腕前です。
「お父さんは、カードを持たせると、いくらでも本やCDを買う。本棚にあるの、あれどないするの」
数百キロ先にいる陰の主人が言っているようです。かたわらのグリヘイ君は横になっていたのでした。
「疲れたよワ。眠たいなア」
参考までに旧版講談社文庫433頁(1982年版)対して新潮文庫562頁(2010年版)。いずれも『俘虜記』の冒頭から「あとがき」までの比較。
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上の3冊手島圭三郎さんの絵本は、版画でお話がとっても素晴しく、子供はむろんのこと大人でさえも感動をさそわずにはいない傑作である。もう20年以上前に買って子供と読んだものだった。
最近はこれらはリブリオ出版からの復刻であるらしい。たまたま3つの作品しか紹介していないが、同氏の作品はもっとあって、これらは代表作であるものの、一部にしかすぎない。
どうか、漫画を読みふけってしまう年齢の前に―漫画が悪いといっているのではない―是非いっしょに読んであげて下さい。それが親のあるいは大人の情愛というものです。
次は、オスカー・ワイルド『幸福な王子』新潮文庫。これ、まだ読んでないんです。物語は知っているつもりですが。
最後は古書でしか入手不可ですが、『ブレーメンの音楽隊』大庭みな子訳。佑学社刊。子供館で、孫といっしょに読んだもの。 |




