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昨年の11月に、この地方での自治会下部組織たる近隣の地域で、今年の新役員を推奨する作業が始められた。時間的に経過してしまったことだが、それ以来というものつまらぬ忙しさにかこつけて、書き込みをずいぶんとサボってしまった。
この推挙は住民の推薦の数であるので、当然それに従って役職についてもらうのを承諾頂くのだが、これがまた大変に難渋してしまったのである。そもそも年長者が推進グループの長になるのが恒例とかで、隣接市の出身でUターン組の者だから、リーダーに自動的に推されても、視線対象たる該当世代の顔も経歴も全く見えないのだった。
ここはもう流れに任せて、長のOBは何人もいるし、尻馬にのってただただお願いをするしかあるまいという姿勢であったが、これがなかなかどうして。固辞の連続で毎夜打ち合わせても―やればいいってもんじゃなかろう。結論の出ない、意味をうまない打合せなど無駄の極致!―うまくゆかなかったのである。
しかしながら、数日の連チャンを過ぎて何とか結果的には、村議会議員を今年の3月で辞める方にお願いをして引き受けてもらうことにした。早くそうすればよかったのだけれど、4月以降に立候補するしないの結論を聞いてからでないと打診が出来ない、意志を自ら出さないうちに打診とは失礼だろうという常識が働いていたのだった。
それ以来、4ヵ月目に入っている。言ってみれば雑用、もっと言えば役場(役所)の使い走りをボランティアで手伝うようなものである。
この季節冬ごもりであったが、その間に、それなりに読み、いくらか鍵盤を弾いてバッハの片鱗に触れ、お恥ずかしい短歌を詠み、無論週3日〜4日はきちんと対価を得る為に働き・・・といった具合であったが。いや、この自治会下部組織のボランティアの身に、産業廃棄物最終処理場建設予定に反対という凄まじい問題が、間接的に降りかかってきた。
老いの一徹・・・・?、むろんもちろん足許に及ぶべくもないが、かつてノーベル平和賞をもらった数学者・哲学者であるイギリスのバートランド・ラッセルは晩年になって、なんと軍事基地にデモをかけた。
「核兵器を無くせ!断固反対!」と叫んだであろうか。その頃に数年前亡くなってしまったが、若い頃の小田実が訪問したそうである。さすがは『何でもみてやろう』のひと。持論を老哲学者に述べると、
「君の言っていることはよくわからん。家内が応対するから」と、確か2番目の夫人に言ったとか。
かようなことは当方するはずもないが、精神は学ばねばならぬかな。
というわけで、現在ネット上にこの地方の問題が取り上げられているけれども。あらためて書ねばと思っている。
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無題
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バラは幾種類も植えてみたけれども、家や倉庫、植木の影になって、何本かがようやく生きているというありさまだが、このジュール・オブスキュアだけは堂々としています。ということにかこつけて、この地方での方言を、書いてみることにしました。もしかしたら、かなり独自色をもった個人的な事柄に属しているのかもしれませんが。
今回は語尾について。
「****なんだよ」と、ある女性は言います。この使い方は一方ではとても気にかかり、他方では一種特徴的であります。子供が使うような言い回しにも、率直な言い方にも、更に言えば、ちょっとぶっきらぼうにさえ感じられなくもない。「****なんですよ」が本来と思いますが、もしかしたら子供を相手にする場合が多いので、いきおいそういう言い回しが習慣ずけられたのかもしれません。
「****と、言ってるだよ」と、あるひとは使います。これもまた率直かつ直截な印象を受けますが、性別と年齢を問わず使われています。「****だ」とすると、断定的な言い方ですが、土俗的な雰囲気が出る言い方にも使われている気がします。
「ナカラ***している」という言い方。おおよそ、大半、ほとんど、という意味を示すときに使います。面白い言い方ですね。
「****だでね(ぇ)」と、若く印象のいい、ある品質関連の仕事をしている女性社員が、ある話題をもちだしたときに相づちを打つように言い、とても好感のもてるひとだから、内心仰天してしまったものでした。実は同様なことが、「なんだよ」女性からも聞いたような気がします。「****ということである」という断定的な意味を、失礼なく且つ語り手がフランクに語るときに使うようですね、と同じ地方でありながら、他人ごとのように言っていますな。
「**があるんな」という言い方。「**があるのですよ」という意味ですが、この県の南の方面でよく使われます。どちらかと言えば、近い間柄で用いらる気がしています。
「**だもんで」は「**であるので」とか「**だから」という意味を表し、使われる場合がかなりあります。
「**ズラ」は「**でしょう」「**だろう」という、断定できないけれども、それに近い推測を意味する代表的なもの。これは南部方面から静岡県にかけて使われているようですね。
方言の使い方というものは、一度県境を大きく超えて生活してみないと解らない代物であるように思います。果たしてそのひとの品位を落とすのか持ち上げるものなのか―素朴である、純朴であるとみるのか―どういうものでしょうか。何を言っているのですか?あなた、そんなことを言っていて、同じ穴のムジナであるのをお忘れなく、ですね。
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屋根の軒に巣をつくったアシナガ蜂です。毎年軒下の何処かに家を作らないと気が済まないらしい。確かにここは
高さもさることながら、人の行き来とか鳥の飛来が少ない方向で、安全というべきでしょう。午前中の残暑の始まる時間帯のせいか、器用に鋼板部分に取りついて休んでいるのが見られました。
いつだったか近くの知人の家に行くと、玄関は蜘蛛の巣が多い。そう言うと、「益虫だから」という返事。そういうことかと納得はしたけれども、顔にかかる蜘蛛の糸はいかにもうっとうしいですね。そこで部分的に払ってはみたが、全部は・・・・という訳で、いわば宙づり。生きていくことでしょう。
そうそう、どういうものかヘビに遭遇する機会に恵まれているようです。雑草抜きをしていると、目の前を逃げていく
茶色の小型の生き物。とにかく、敷地内が緑の多いせいか、いや他者のせいにしたくないが、腰丈にまで鬱蒼と伸びている雑草地と化した庭(畑?)を保持している隣家のせいでしょうか、散歩のエリアとなっています。
きっと住み心地がいいのかもしれません。 |
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この日はどんよりとしていて、家人は所用で出かけており、夜に戻ってくる予定であった。私とグリサンは留守番をしていて、日中でもまだ寒いので、暖房を入れて座って一方は本を読み、もう一方はうずくまっていた。その時間のおよそ1時間弱前だと思うが、グリサンが急に立ち上がっていささか興奮したのを憶えている。
半吹き抜けの天井で、ギシギシと音が鳴るのがよくわかった。今迄に様々地面が揺れても、そのような音はしたことがなかった。テレビのスィッチを押すと、画面は既に承知のとおり、音声は武田アナウンサーの何十回となく繰り返される緊迫した、しかし明快な口調をながし続けた。
老齢に入りつつあった私は、多分以降にはないだろう過去を含め2回目になるハローワークに半ば儀礼的に通っていた。あのタッチパネルの画面に出てくる様々な行にこだわった訳ではないが、次々に報道されてくる慟哭にあふれた内容を聞いたり読んだりした末に、故なく命を落とし、財産を消失していった人々を前にして何をなし得るか。と、大げさに考えたのである。
いっときの善意の如きものはできたにしても、まだ納得できるものではなかった。このままでなく、私はいくらかでも対価を得るために働くことがひとつの解決方法のひとつだろうと思い至った。
しばらく後になって、山折哲雄が「アエラ」紙上に寄稿した「科学者のうちで何人かは、今回の一連の震災を想定外と言っているが、科学に携わる者として言語道断の発言」と書かれてあるのを読み、溜飲がさがる思いだった。その思いは今も変わっていない。
加古隆作曲『パリは燃えているか』「映像の世紀」のテーマ曲。
NHKで放映された20世紀のドキュメンタリー番組である。戦争の世紀という主題で何回かにわたって放送された。鎮魂の曲は他に多くあり、必ずしもこれが妥当とは言い難いかもしれないけれども、落命ということからすれば、同類と思える。そして、短時間のうちにという点も。
( いつか弾けたらいいな、という個人的希望を含めて紹介してみる。)
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現在は、休養中(療養中?)で活動を休止している吉田拓郎の数年前に行なったコンサート「つま恋2006」の部分を、You tubeで見ることができる。曲は『永遠の嘘をついてくれ』(中島みゆき作詞・作曲)である。詞は例によってというのか、ものすごく口語体で長くて意味深長だが、そのことに今は言及しない。面白いのはこの曲の2番を、あらかじめ予定されていたと思われるが、彼女が出演してきて歌い、主役が歌い終えた後の口上の興味深さである。
おおよそ再現してみる(一字一句正しくではないので、それを求めるなら、検索して聞いて欲しいが)。
「嫌なヤツだったんだね。若い頃は。でも、お互い歳とったからね」
と、むろん作詞・作曲者を讚えるのを前提にし、親しみを込めて言い、笑いをとっている。
「ステージでは女性と一緒に仕事しないようにしてるんだけどね。・・・・・・中島みゆき、でした!」
と紹介して、この私生活ではいろいろあるひとが、さらっと言ってまた笑いをさそった。
この場合のい「嫌なヤツ」にはいろいろな意味があるだろうが、ひるがえって仕事場に置き換えると、意外に単純で何処にもありそうないわゆる「人間関係のギクシャク」であるととらえて、今回話を述べてみよう。
私は現在、老境にさしかかった仲間たちとともに、週に何日か「一応」働いている。この様々に職場を通じて多くの体験と時間を過ごしてきた男たちの集まりだから何をか言わんやだけれども、勉強することがあるなと思うのは、まだ懲りることなく、小さな社会生活を営めと言われている証かもしれないと自画自賛する。
そのうちの一人でこういうひとがいた。よくいえば職人気質、教え魔、目の前にある量があれば、短時間内に処理しないと気が済まない「真面目な」「いらちな」性格。自分が出来るから、他者も同じようにでき得るだろうという考え。故に他者に自分のやりようが一番正しく、適用させないと気が収まらない。と、こういう信条の持主、まあオーナーなんかには向くのかもしれないが、一種達観していて、身をわきまえて行動しているつもりである中では、結果として突出してしまうのだろう。
どちらかというとノンビリ派の私は、確かに効率とか能率という点で学ぶことがあったが、反面そこまでしなくても、「われら五木寛之のいう林住期の人間じゃないの」と思う質なので、烈しく対立することはあった。
ある新人仲間に教える段になって、彼は技量がその性格から大きく空回りし始めた。私と対立したよりも更に著しい仲間内のトラブル―貸した作業用のカッターナイフを紛失した為、その弁償の方法をめぐるという実に些細な事柄―に端を発して、自ら熱帯低気圧を発生させ、台風を周囲に襲来させてしまったのである。
トラブルの発生した事情を「線」で知っている者はある程度理解するが、「点」でしか解らない者には、とてつもなく逸脱した行為に思われるだろう。仲介者との押し問答、取っ組み合い―ああ、実に野蛮だ!気弱な私は暴力に萎縮する!―が、朝の始業直前に起こってしまった。
きっと、私なんかが何日もいられなかっただろう軍隊というものは、もしかしたら、かういふ鬼の上等兵がいたのだらう、と常々思っていたのだが。でも、映画の(北野武)軍曹とは違うね。
彼は、「俺がこれらの作業の屋台骨を背負っている」という強い自負心をきっと大いに傷つけられ、著しく不名誉な立場に置かれ、ネーム・プレートを床に投げつけて―これもまた成熟した老境の男性のやる行為ではなかろう。過去に何を得てきたのか?―辞めた。
すでによく知られたことではあるが、「手を出した方が」「先に異常な雰囲気をつくった方が」負けであるのは自明の理である。
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