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今のような季節だと、雪の早朝でも散歩に出発したものですが、今年の8月14日におおよそ1ヶ月の闘病の末、ミニ・シュナのグリサンは11歳と少しで亡くなってしまいました。自宅を中心にして約1キロの円を描いたと仮定すると、ほとんどの道を踏破したといえるでしょう。外孫たちのところへ出かける機会が、年に何回かあるのですが、都度往復700キロのクルマ走行につき合い、その総合距離もかなりのものだったでしょう。
おしなべて寒さに強く、暑さに弱い、そして挨拶をするものを必ず記憶していて、それを次の機会には返す犬でした。
4年くらいは兵庫県の都市部で過ごし、以降はもっぱらこの地方暮らし。
たいへんな思いだったのは、彼にとっての巨大な音響だったでしょう。花火の炸裂音、雷鳴、鳥脅しの轟音、屋根を滑る融雪音、イベントの太鼓音等。
食べ物は定期的なもの以外に多くを与えることはありませんでしたが、果物類は好んで食べましたね。リンゴなどは、この時期になるとよく皮をむいて食卓に出すのですが、もうナイフを入れる時点から反応し、家人のそばに行って、よく怒られておりました。でも、必ず何がしかのかけらも含めてご相伴にあずかっていたのです。面白いのは、牙にしっかりかからないもの、たとえばブドウの粒などの場合、丸くて滑ってしまうので、皮を剥き、巨峰などでは半分に切ると、ようやく食べることができたことです。
いろいろたいへんなことはあっただろうけれど、娘家族が順番にインフルエンザやノロ・ウィルスに感染していったりしたとき、家人がつきっきりであり、私がほとんど日中は仕事であったので、朝から夕方まで留守番をしたことでしょうか。夏は部屋の最も涼しいと思われる所を選んで座り、冬はコタツの掛布団の端に座って、多くの時間を過ごしていました。
散歩の習慣は、6割がた朝に限り残っています。
「面白い犬とよく散歩してたオッサン、この頃姿を見なくなったが、どうしたのかな?亡くなったのかな」と、洋館風の家に建て直していて、飲酒をきらしたことのない陽気で赤ら顔のご主人が、何かの機会に言ったことがあります。しかるべきお答えをしておきましたが、左様なことを言うことによって、時間がたっていきました。しばらく、飼うのを休もうと思っています。
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犬の話
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約1ヶ月前に右側の前後肢が不自由になってから、療養とリハリビを始めてきました。薬のせいもあるのでしょうが、障害犬ながらそれなりの回復をしたのだろうと思われて、2週間ぐらいを経てきていました。食欲は普通だし、歩行も万全とはいえないまでも、気に入った地点からは右の後ろ肢を引きずって爪が路面を擦る音をたてながら―前肢は通常にさえ思えました―500メートル程を歩き、更に先へ行こうとする意欲さえ見せたものだったのです。
しかしながら、一昨日様子が急変して、激しい嘔吐を2度したかと思うと、家じゅうを歩き回り、座っては立ち上がりを繰り返しながら、14日の早朝には私の部屋にやはり何回目かにやってきて、やっと数時間の眠りについたのでした。
朝の散歩にはいつものように抱き上げて出かけましたが、ある地点に立つのが精一杯の様子。歩行は行わず、ただ向けられた方向を眺めるだけで終わりました。グリサンの肩にかけられた腕の力は弱く、爪の力もほとんどなし。そうして、傾いていってしまう身体を支えながら帰宅。
それ以後、心身ともに元気さを急激に失っていき、横たわるだけで、わずかな食事や水、そして溶かした薬剤も含めて口に入れても、最終的には吐き出してしまって、最後を迎えていきました。
今から思うとわが盟友は、近隣の可愛がられた人に前もって最後の挨拶を交わして、旅立っていった節があります。
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いかつい顔つきで白髪まじりのロングヘアー(想像する年齢の割には)をした、知っている顔から言えば、晩年の指揮者セルジュ・チェルビダッケふうのIH病院の獣医師が、
「7月19日に訪れたのだから、前の週に倒れたにしても、先々の結論を出すには20日程待ってください、って」
と言う。2回同じ内容を聞いた気がする。
右後肢は突っ張り、右前肢は「ナックリング」というらしく足首から折れてしまうという立ち方である。それが少しずつ変化し、意欲を示すときになると、時として普通に立てることはままあった。
今朝は段差のある玄関ドアから外へ歩き出し―主人のハーネスの支えはいくらかあったが―て、歩こうとはしたのである。そういう意欲を、いつものように抱きかかえることによって、そいでしまったかもしれない。何故なら、健常犬の頃は、細い水路にカバーされてある鉄網のカバーを飛び越えるのが常だったから、思い出させる為に、背中の握りを持って毎日吊り上げた―跳び越える気分にさせた?―のだったが、心配な主人がバランスの崩れるのを過剰に意識して、背の握りを持つことはあったけれども、低く見事に跳び越えて数歩歩いたのである!
昼間には、クルマのエンジンの音に反応し、居間のテーブルの中央辺りから窓側まで走ったことを、夏休みに来ている小1の外孫が大声で教えてくれたものである。
そして、夕方。支えは背中でいくらかあったものの、50メートル余を歩き―後ろ肢の爪を引きずる音がして、引きずっていたけれども―好きな場所を選んで排泄し、外気を吸って戻ったのだった。
記念すべき日。
主人たる私が一縷の希望を抱いて、いつか治ることを夢みて、おお、なっという感涙ものであろう!と言ってしまうのがよくないが、男は黙って****ビール?なんて古いのがありましたっけ、と支離滅裂な悪文になってしまうだけ興奮しているのだ。
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mont-bell(モン・ベル)はアウト・ドア活動や登山をする人々には、よく知られたブランドであるらしい。この海外メーカーが犬用のブランドとしてあるのがruff・wear(ラフ・ウェア)である。近隣にラブラドールの老犬を飼ってる家があって、サングラスの落とし物を届けた縁―他のものを頂いたり、お返ししたりということは数回あったが―で、店の紹介を頂いた。この家の犬は右後足が不自由であるが、短い距離なら歩行可能である。
それで、IH動物病院に通院した後立ち寄り、サイズを合わせてハーネスを購入した。¥6,200也。安くないけれども、背中部に握りがあること、一体化されていて前後2ヵ所を固定できること、丈夫であること、等の使い勝手のよさがある。
ちょっと緩めだが、着けてみたのが以下である。
右前後の脚が不自由になり、ナックリングというらしいが、足首が後ろにかえってしまい歩行不能なのである。立とうとする意欲は、食事前とか大事と思われるときの前には見ることができるようになってきたが。
相当程度はこのように支えなければならない。
疲れてきたり、立つ意欲がなくなったりすると座るのであるが、右側の脚がが不自由であるため突っ張ってしまい、いわゆる正常な曲げ方をして座ることができないのである。曲げることは不可能ではないが、自然にできないでいる。
この暑さが盛りになるときから、リハビリが始まっている。それが習慣になりつつある。
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入院中に先生や助手さんに用件があって触られたりすると、ほとんど吠えることも怒ることも少ないグリサンは、吠え怒ったらしい。「金儲け」で入院させたくても―とは無論言っていないが―、
「こういう神経質さでは、長い入院は無理ですから、家でみてあげてください」
と、やんわりと言われる。様々な性格を犬であってももっているから、そうであることが悪いことではあるまい。
「飼主に似るって言いますからね、そういうことでしょう」
こちらのせいにして、受け流すように言った。知らされることは点であって、線であるように思えなくなり、従って何処かに本当に分かって処置してるのかなという不信感を抱き始め、
「不都合が生じたらすぐに言ってください。また、大きな変化とかがあったら同様です」
と言われても、それじゃあ事後処理で、誰でもできることじゃないかい?と思うようになりつつあったときに近々に戻る予定の家人の勧めで―紹介までのいきさつは省略する―IH病院へ出向いた。
まあ、実に愛情深い飼主が多いと知ることができた。かくいう当方も同類項か?いやいや足元にも及びませぬが、もはや高齢によって盲目となりとても、幾たびの入院をさせてなおも家族として伴に生きようとする動物への愛情には頭が下がるし、ヒューマニズムと同等のものだろうとさえ思う。
「右側両脚だけが全く立てない訳でないから、おそらく二つの症例があり得ます。ひとつは、これは最悪の状態ですが、脳腫瘍です。この場合じょじょに進行していきます。対処方法は、ここではありません。手術を選択するかどうかですが・・・・。もうひとつは、犬の肩甲骨の中を通っているある一本の神経が、何らかの理由によって炎症を起こし、運動をつかさどる系統だけが麻痺していることが考えられます。それを疑って、まず治療してみましょう。おおよそ20日くらいをまずみて下さい」
という訳で、まあ予算からいえば同じように支払を必要としたのであり、歩行がすぐに可能になる訳ではない。
散歩は自分の為、排泄だけを目的としているが、外気を感ずることは、何かの刺激にはきっとなるに違いない、と信じてみる。障害犬とともにあるのだが、そう、いくらか障害の「し」ぐらいは知る気になっているようだ。
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