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			<title>野路の道づれ</title>
			<description>　理想は「晴耕雨読」ですが、当分そこまでいくことはできないでしょう。でもそうやっていながらダラダラと過ごさないようにと、ときに応じて立ち止まりながら、書いていくことにしています。かたよっているかもしれませんが、気軽に立ち寄って頂き、批判、反対意見と感想も含め、率直に言ってみてください。
　</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hiroaki_noji</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>野路の道づれ</title>
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			<description>　理想は「晴耕雨読」ですが、当分そこまでいくことはできないでしょう。でもそうやっていながらダラダラと過ごさないようにと、ときに応じて立ち止まりながら、書いていくことにしています。かたよっているかもしれませんが、気軽に立ち寄って頂き、批判、反対意見と感想も含め、率直に言ってみてください。
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			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hiroaki_noji</link>
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		<item>
			<title>自治会のこと</title>
			<description>&lt;div&gt;&lt;b&gt;　昨年の１１月に、この地方での自治会下部組織たる近隣の地域で、今年の新役員を推奨する作業が始められた。時間的に経過してしまったことだが、それ以来というものつまらぬ忙しさにかこつけて、書き込みをずいぶんとサボってしまった。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　この推挙は住民の推薦の数であるので、当然それに従って役職についてもらうのを承諾頂くのだが、これがまた大変に難渋してしまったのである。そもそも年長者が推進グループの長になるのが恒例とかで、隣接市の出身でＵターン組の者だから、リーダーに自動的に推されても、視線対象たる該当世代の顔も経歴も全く見えないのだった。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　ここはもう流れに任せて、長のＯＢは何人もいるし、尻馬にのってただただお願いをするしかあるまいという姿勢であったが、これがなかなかどうして。固辞の連続で毎夜打ち合わせても―やればいいってもんじゃなかろう。結論の出ない、意味をうまない打合せなど無駄の極致！―うまくゆかなかったのである。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　しかしながら、数日の連チャンを過ぎて何とか結果的には、村議会議員を今年の３月で辞める方にお願いをして引き受けてもらうことにした。早くそうすればよかったのだけれど、４月以降に立候補するしないの結論を聞いてからでないと打診が出来ない、意志を自ら出さないうちに打診とは失礼だろうという常識が働いていたのだった。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　それ以来、４ヵ月目に入っている。言ってみれば雑用、もっと言えば役場（役所）の使い走りをボランティアで手伝うようなものである。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;br&gt;
&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　この季節冬ごもりであったが、その間に、それなりに読み、いくらか鍵盤を弾いてバッハの片鱗に触れ、お恥ずかしい短歌を詠み、無論週３日～４日はきちんと対価を得る為に働き・・・といった具合であったが。いや、この自治会下部組織のボランティアの身に、産業廃棄物最終処理場建設予定に反対という凄まじい問題が、間接的に降りかかってきた。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　老いの一徹・・・・？、むろんもちろん足許に及ぶべくもないが、かつてノーベル平和賞をもらった数学者・哲学者であるイギリスのバートランド・ラッセルは晩年になって、なんと軍事基地にデモをかけた。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;「核兵器を無くせ！断固反対！」と叫んだであろうか。その頃に数年前亡くなってしまったが、若い頃の小田実が訪問したそうである。さすがは『何でもみてやろう』のひと。持論を老哲学者に述べると、&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　「君の言っていることはよくわからん。家内が応対するから」と、確か２番目の夫人に言ったとか。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　かようなことは当方するはずもないが、精神は学ばねばならぬかな。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　というわけで、現在ネット上にこの地方の問題が取り上げられているけれども。あらためて書ねばと思っている。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hiroaki_noji/40398359.html</link>
			<pubDate>Sun, 06 Mar 2016 07:24:17 +0900</pubDate>
			<category>ごみ問題</category>
		</item>
		<item>
			<title>「バッハへの旅」を読む</title>
			<description>&lt;div class=&quot; &quot; style=&quot;text-align:center;&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-47-87/hiroaki_noji/folder/672760/18/40356318/img_0_m?1454938312&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; width=&quot;338&quot; height=&quot;474&quot; class=&quot;popup_img_338_474&quot;/&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;br&gt;
&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　「バッハへの旅」加藤浩子著、若月伸一写真。東京書籍。絶版。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　これは、よく画集にある上質の紙を用いて、写真をふんだんに盛り込んだ、少々贅沢な定価で3,000円（ただし&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;絶版なので古書で購入）の、製本が変に上等過ぎて、途中を広げておくのに一苦労する本でありますが、もしかしたらバッハの入門者にも心酔者でも、写真を中心にして読み進むことができるかもしれませんね。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　けれども、やっぱり大バッハの音楽を複数知っている―聞いているーひとで、もしかしたら教会の内部に興味のあるひとでないと面白くなく、食傷気味になるかも。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　彼の生地から永眠場所までの足跡を丹念にたどりながら、そのたびに作曲された作品を紹介しつつ、主として旧東ドイツの各都市を旅した、かつて放送していた番組のタイトルを借りれば「わがこころの旅」といったところでしょうか。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　いくつか知ったことを紹介します。彼は確かに家庭的な家長でありましたが、それ故にというべきでしょうか、名誉というよりかは正当なる報酬、といことは地位、を常に音楽という世界に身を置いて、真っ向勝負をして人生を歩んだ芸術家といえるでしょう。現在の尺度では推し量れない低い演奏報酬、十分でない演奏集団、音楽家としての地位の低さがありましたが。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　晩年の内省的なのを除いても、おしなべて彼の曲は、自在にはばたいているとはいっても、鋳型のなかにきちんと収まっていて、そのぶんいささか息苦しさが感じられなくもないのは、時代や宗教のせいばかりでなく、環境や自然、気質によるのでしょうか。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　享年65歳。1750年に永眠しましたが、一般的に忘れ去られていきました。時代はすでに彼を過去形に扱っていったからですね。復活はメンデルスゾーンの尽力でしたが、今はそれを語るときではありません。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　彼の墓は、音楽監督兼指揮者と作曲者をしていたライプティッヒの聖トーマス教会にあるのですが、ずっと別の教会に葬られていて、19世紀にそこが取り壊されるときに、なんと掘りおこされて移されたのだそうです。そのときの頭蓋からとったデスマスクからの類推して、現在流布している晩年の肖像画に近いということでした。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　著者の後書きの一部を紹介しておきます。素直な、ある意味で女性ならではの印象を受けます。著者をよく知りませんが、音楽を愛する女性はこうあるべき・・・・・・、というと男性本位かなあ。というよりも、バッハを愛する人はこうあるべきなんですね。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;br&gt;
&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;―いったいどれほどの人たちが、あなたの音楽に励まされ、慰められ、癒され、勇気づけられたきたことでしょう。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　はるかな時空の彼方から、私たちに寄り添いつづけてくれているあなたの音楽に出会えた幸せを、私たちは改めて噛み締めています。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;br&gt;
&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　読み終えたときは快晴の夕方。東にそびえる高山が夕日をうけていて、イヤな気分だったこともあった日が終わっていくと思いましたな。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;br&gt;
&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;div class=&quot; &quot; style=&quot;text-align:center;&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-47-87/hiroaki_noji/folder/672760/18/40356318/img_1_m?1454938312&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 2&quot; width=&quot;560&quot; height=&quot;420&quot; class=&quot;popup_img_640_480&quot;/&gt;&lt;/div&gt;
&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;br&gt;
&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;br&gt;
&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;br&gt;
&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hiroaki_noji/40356318.html</link>
			<pubDate>Mon, 08 Feb 2016 22:26:26 +0900</pubDate>
			<category>読書</category>
		</item>
		<item>
			<title>この県の一部おかしさ</title>
			<description>&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;事件&lt;/font&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;は何処にもあるけれども、地味な地方であるはずが、実に常道を逸脱したのをあらためて示してみます。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　その１．県建設関連団体の厚生年金機構で、払い込み金額の＊億円を横領。一人の担当者が全てを処理していたことから、長い期間見つからず。犯人は家庭のある中年男性。タイに逃亡していたが、金の切れ目は縁の切れ目で、部屋代も滞納するようになって帰国。と同時に逮捕。個人の補償では穴を埋められず、かといってどこから賠償するのだろうか？これ北部地方での出来事。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　その２．日本郵便が上場する直前、東部地方の簡易郵便局で、総額＊億円の払い戻し請求が発生。ここの口八丁のおばはんが高い利息を約束して、多分１００万円単位で金を集め、着服。長い期間に渡る。郵貯は何割かを補償したが、ほとんどは彼女の補償となるようで、詐欺で刑務所行って働いても、そんなに返すことができるだろうか？&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;その３．北部地方の森林組合は、県が推奨する森林作業をしてないのに行っていると報告を繰り返し、長きにわたって累計12億円を県税から出させ、多分給与その他に流用。一部の責任で理事長が逮捕送検されているが、返還の見込みもたっていないという。でも、たとえ1円でも返却したの？&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　文書だけで処理した役人も問題。この県の知事はこの組合に確か「腹を割ってどうなのか話したい」と、対話したようだけれど、何の為？12億円の血税を返還させる手だてを指示するのが仕事じゃないのか。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　その４．これは事件でなく報道。いわゆる「子供の性被害防止条例」が制定され、全国最後の県であったという。制定されないのが自慢だったような議会と知事。呆れてものが言えないが、言っている。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　この国は資本主義のくにである。故に性、なかんずくその産業は売りと買いの大きな原理で成り立っているという、心情的にはどうかと思うが、哀しいけれどもそういう現実がある。社会学者でこの方面の碩学上野千鶴子氏の一部指摘のとおり。残念ながら性善説で、大人がパトロールすれば未然に防ぐことが出来るなんてのは甘いですよ。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　その５．こと程左様にほんの一部の指導的立場にいる人々が、決然たる行動と判断に極めて鈍感、知っていてもダンマリを決め込み、流れをみているといった有様。今後、卑近な例を用いて、この点を書いていきたい。まずは、週刊誌的なところから、書いてみました。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hiroaki_noji/40345696.html</link>
			<pubDate>Tue, 02 Feb 2016 08:34:24 +0900</pubDate>
			<category>長野県</category>
		</item>
		<item>
			<title>とはいっても新年会</title>
			<description>&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　今年（一月～12月迄）は、この村の自治会下部組織である班と称しているそれぞれにある集落の長を、回り番で引き受けている。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　かつては何代にも渡り、信州高遠藩の南に位置する村で、天龍川の支流を挟んで隣の天領（江戸の旗本直轄の領地）と水利権をめぐってにらみ合いを繰り返していた、その上流の地域である。けれどそんなことは今や昔。土地代が安く、このモータリゼーションの時代、シャッター商店街の近くに住むよりも&lt;/font&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;郊外の大型店や中央道に近く、他地域にもアクセスしやすいゆったりした田園地帯に住まう、私などを除いて若い家族が増えてきた。で、私どもの狭い部分を例にとっても、４０％は新しい家族たちなのである。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　それでも、年中行事というものは欠かすことが出来ないのは仕方がない。総意を無視して独断にはしることは、そもそも自治に反するし、小さな民主主義にはならないので、例年どおりに近く実施した。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　この新年会なるもの、伝統的に自前なのである。飲食は年間の予算でまかない、場所は区の中規模のホールを使用し、大人５００円、子供無料というもの。飲食の内容は昼食として、幹事にアルコールを含み任されているというもの。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　家人の悪しき性癖で、当初予約した期日は、幹事の片腕となるべきサブ・リーダー家族が知らぬ間に前々からユニバーサル・スタジオ・大阪に家族旅行を決定しており、やむなく他家族の協力を取りつけたにもかかわらず、プロセスが難渋し始めると、ブツブツとグチ始める。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　本来こちらもあまり気の長い方ではないから、一喝するが、そうすると性格上気分がよくない。ピアノ練習などとてもやる気にならず、ベートーヴェンには悪いが「田園」を聞いてみる。つとに有名な曲だが、なかなかの大曲。全くの個人的見解だが、耳を悪くしてからの彼のアンサンブルはかなり悪く、一種ヒステリックに聞こえることがある。それをまるで人類の宝であるかのように祀り上げるのは愚の骨頂だと思う。そういう破調は、かの「第九」のなかに随所にみられることだ。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　そういうところがギリギリ抑えられていて、第五楽章なんかはとてもいい。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　とはいうものの、総勢４３名（内子供１３名）、当初より欠席者がいたから全員ではないが、無事終了。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　やれやれ、と厳冬の午後に戻ったのであるが・・・・・・、アリャ、準備していたダルマを持っていかず、&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;目入れをしてない！！どうしようか、と日がたっている。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hiroaki_noji/40332388.html</link>
			<pubDate>Mon, 25 Jan 2016 08:16:01 +0900</pubDate>
			<category>その他祝日、記念日、年中行事</category>
		</item>
		<item>
			<title>ノロ・ウィルスの来襲</title>
			<description>&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　潔癖症になればきりがないけれども、心がけ次第である程度にはできる。社会生活を営めばひととの接触はおこるのだし、それがなければ正常な生活とは言えない。接触とは何か。体が触れることのみではなく、ウィルスが飛び交うところに居るかどうかということ。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　それを極度に恐れたのは、20世紀の天才ピアニストのグレン・グールド。奇人だったので書けばきりがない演奏家だが、とにかくウィルス感染を極端に嫌い、全身を衣服で覆って初対面のひとの前に現れるようなひとだった。そのときのことを、壮年のピアニストの女性がかつてあらゆるツテをたどり、トロントに何カ所もあるグールドのマンションの一室に出かけ、何万分の一の偶然、運のいい人とマネージャーに言われながら面会したというエピソードを、先般ラジオで聞く機会があった。部屋の奥から、もちろんにこやかになどではなく、ちらりと姿をみせただけで、&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　「貴女は、ご自分の才能を信じて進みなさい。それが最善の成功への道です」&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　と、言ったという。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　ところで、ここは鬼才グールドのことではない。正月も終わりの頃、娘夫婦が三人の子供を連れてやってきた。それは、老境に入り始めた私たちにとってとても悦ばしいことであるのだが、まあ運がよくないというのだろうか、二人の孫が嘔吐と下痢を繰り返してノロ・ウィルスの感染中なのだった。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　注意はしていたけれども、彼らが帰ったの2日後、昼食時の食欲がおかしい。体がいくらか熱くなる。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;時間が過ぎるにつれ胃がムカムカし、腸の調子がいつもと違ってくる。そうやって、病状態をかかえて&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;帰宅し、私としたら見えない何物かと一晩中闘ったのだった。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　次の朝は母親のいつもの入院に立ち会わねばならなかった。幸い微熱も引いており、ほぼ絶食したのが功を奏してか、腸の調子も小康状態。で、いきつけの主治医のところへ行くと、&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　「あの、今日は休診なんですけど・・・・」&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　「え・・・・・・」&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　いつもなら（冗談じゃねえよ！今日は平日じゃないか！）とか言うところだが、何せ悲しいかな胆力が出てこない。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　母親の用事を済ませ、嫌いな総合病院へ向かう。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　小柄な髭剃り後がいくらか残る顔の内科医が言った。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　「様子を聞くところから判断すると、典型的なノロ・ウィルス感染の症状ですね。念の為、レントゲンと血液検査をしてみましょう。点滴を受けていってください」&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　検査後はこう付け加えられた。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　「明日になれば、正常になるでしょう。できれば食べない方がいいのですが、いけない訳ではありません。水分は充分にとって下さい。人にうつりますから。くれぐれも家族には注意を」&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　クルマの運転の足代わりを私が行った訳だが、雑用と付き添いで、家人は一日中「戦争」だった。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;もつべきものは＊＊であろう。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hiroaki_noji/40306539.html</link>
			<pubDate>Sat, 09 Jan 2016 08:53:33 +0900</pubDate>
			<category>その他の病気</category>
		</item>
		<item>
			<title>『夜と霧』を読んで</title>
			<description>&lt;div class=&quot; &quot; style=&quot;text-align:center;&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-47-87/hiroaki_noji/folder/672760/58/40291158/img_0_m?1451652640&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; width=&quot;312&quot; height=&quot;474&quot; class=&quot;popup_img_312_474&quot;/&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;br&gt;
&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　&lt;b&gt;&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　&lt;b&gt;悪名高きアウシュビッツ収容所から奇跡的に生還できた、ユダヤ人精神分析学者フランクルの体験記であると同時に、あまりにあまりにも苛烈で残酷な体験を経て得た人生哲学の書とも呼ぶことのできる本です。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　私たちは、内村剛介著『スターリン獄の日本人』、会田雄次著『アーロン収容所』、大岡昇平著『俘虜記』を日本人として読むことが出来ます。一世代か二世代前の体験を経たのを読むことは、現実の南京事件の死者の規模、慰安婦の補償を論ずる前に、まず必要と思っています。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　更に人種は違っていても、この本―アラン・レネの静的なトーンのドキュメンタリー映画『夜と霧』と同名のタイトルでいいのかと思う点を別にすれば―も当然加えられていいでしょう。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　フランクルは言います。ひとは、いかなる時であれ決断する存在だと。私のようにぬるま湯につかっている身で、シェスタをする、食事をとる、眠る場合でさえも、これを応用することができると考えられます。そうだとすれば、怠惰であれ勤勉であれ、過酷な戦時であれ、また平和な時であっても、生きていくための指針ととることもでき、意味があるともいえます。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　大きく生死を分けたところとは何だったのでしょうか？とにもかくにも何らかの希望をもつこと―親、伴侶、子供、孫、故郷、仕事、学業、そして神―何でもいいから、生き残ったときに得たいもの、ことを思い描き、また待っているに違いない何ものかに希望を託し、決して自暴自棄にならぬことだったと言っています。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　名にたがわぬ名著であるのは間違いありません、よくわかりました。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　けれども、旧訳新訳のそれぞれの翻訳者が、太平洋戦争における日本の特攻作戦を中止できなかった総責任や、アメリカのイラク戦争に突入する為の根拠なき大義名分である宣伝戦への多大な責任といったところに言及しているのは、意見自体に反対しないけれども、いささかお門違いじゃないでしょうか。そんな責任論をフランクルが言ってないのは、賢明な翻訳者たちに分からなかったのでしょうかねえ。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　&lt;/b&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hiroaki_noji/40291158.html</link>
			<pubDate>Fri, 01 Jan 2016 21:50:26 +0900</pubDate>
			<category>読書</category>
		</item>
		<item>
			<title>映画「東京物語」の感想</title>
			<description>&lt;div&gt;&lt;embed allowscriptaccess=&quot;never&quot;  src=&quot;https://www.youtube.com/embed/jjJ9arHKAEU&quot; width=&quot;480&quot; height=&quot;270&quot; wmode=&quot;transparent&quot; class=&quot;&quot;/&gt;&lt;br&gt;
&lt;a href=&quot;https://www.youtube.com/watch?v=jjJ9arHKAEU&amp;amp;feature=share&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;東京物語/監督/小津安二郎/Tokyo Story/Ozu Yasujiro Film/Shochiku-Pictures&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;b&gt;１９５３年公開のモノクロです。ナボコフ御大は「芸術作品に自己を重ねるなどもってのほか」と言ったのですが、今回もまた同調することができないでいます。&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;&lt;b&gt;　というのも、この映画は、おおきくは育っていくこと、自立してゆくことによって―とても重要なことで、そうでなくては困りますね―古い日本の、いやもしかしたらこの国以外にもとうに当たり前になっている国もありますが、家族の形が大きく変っていくどころか崩壊していく姿を、いかにも自然に、しかし残酷に温かい目線で描いたものです。&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　笠智衆（りゅうちしゅう）と東山千栄子の老夫婦が実にいいですねえ。何人もの子供たちを育て上げ―兄弟姉妹はそれぞれにあるいは家庭を、職業をもっていますー悠悠自適で、子供たちに会いに尾道から上京してくるのですが、意外にも子供たちは温かいようで冷たい。これこそ現実ですね、&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;世の中そんなもんですよ。私もかつて老母にはそうだったし、親の因果が子に報いで、高齢の仲間入りを始めたらしい私たち夫婦にも似たようなことが時として起こっています。そういうところが、様々目もくらむような名優が演じていて見事というほかないのですが、山村聰の事実上長男の鷹揚、長女の杉村春子の当意即妙、軽快な意地悪さと悲しみのうまさなどがあげられますが、なんといっても、11月に他界した原節子演ずるところの夫の戦死で寡婦となった30代前半の会社員の姿&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;であり、演技でありましょう。&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　もっともこの女優が、日本的というのはよくわかりません。独身を通していくことへの不安と寂寥を、明朗で親切、家族のなかでも血族外でありながら最も気が利き、はっきりとわずかの時間で見せる表情と姿というものは、ひとの孤独感というよりこういう境遇の女性が本質的にもっているエロスを思ってしまいます。私が男性で低俗かもしれませんが。もっとも高橋治著の「絢爛たる影絵」を読んだところによれば、脚本を書いているこの場面では、脚本家同士でそうとうに性に踏み込んでの直截な物言いをし合ったようですね。&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;　それにしても、老妻を亡くし多くの家族が去った後の笠智衆の寂寥感というものは、身につまされました。そう、40年も前の亡父の葬式の後のように。&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hiroaki_noji/40281236.html</link>
			<pubDate>Mon, 28 Dec 2015 08:57:20 +0900</pubDate>
			<category>映画レビュー</category>
		</item>
		<item>
			<title>異教徒でも雰囲気はわかる</title>
			<description>&lt;div&gt;&lt;embed allowscriptaccess=&quot;never&quot;  src=&quot;https://www.youtube.com/embed/HSZg6sQ5J2k&quot; width=&quot;480&quot; height=&quot;360&quot; wmode=&quot;transparent&quot; class=&quot;&quot;/&gt;&lt;br&gt;
&lt;a href=&quot;https://www.youtube.com/watch?v=HSZg6sQ5J2k&amp;amp;feature=share&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;Jesu Joy of Man&amp;#39;s Desiring&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　明日はキリスト者の皆さんには大切なクリスマス・イブです。適切であるかどうかわかりませんが、雰囲気でいくとして、「主よ、ひとの望みの喜びよ」を聴いてみましょう。もともとはバッハの147番のカンタータ『こころと口と行いと生活をもって』に入っている室内オーケストラ伴奏つきの合唱曲です。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;　紹介するのは、オルガンとオーボエの伴奏で歌っているエジンバラ合唱団のもの。イントロがちょっと切れていて残念ですが、とてもいい雰囲気―メンバーの年齢が一様でないと想像されるけれど、で、なかなかのハーモニーなので。&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;br&gt;
&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;　&lt;br&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hiroaki_noji/40271580.html</link>
			<pubDate>Tue, 22 Dec 2015 20:59:44 +0900</pubDate>
			<category>クリスマス</category>
		</item>
		<item>
			<title>バレンボイムのインタビューを読んで</title>
			<description>&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;br&gt;
&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　先日の新聞に指揮者でピアニストのダニエル・バレンボイムのインタビュー記事が載っていた。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　現在はベルリン歌劇場の指揮者だか総監督である。ユダヤ人だがイスラエルで堂々とワーグナーを振って、音楽は音楽だからと、過去のナチズムに利用された云々という、今では風説に近いのを意に介さない。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　かつても今も名ピアニストであるのは周知のとおりだが、雄弁さをもったオールラウンドなピアノ奏者という気がする。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　記事の中で面白いことを言っているので紹介しよう。まことに刺激的、かつアルゼンチン生まれのこの俊英な音楽家にして言いうる発言。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　「音楽には面白いもの、面白くないもの、偉大なものに分類され、そうしてモーツァルトがあります。彼のは別格なんです」&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　ピアノ協奏曲の数曲を弾いたそうである。&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hiroaki_noji/40267993.html</link>
			<pubDate>Sun, 20 Dec 2015 17:27:22 +0900</pubDate>
			<category>音楽レビュー</category>
		</item>
		<item>
			<title>「バッハ」を読んで</title>
			<description>&lt;div class=&quot; &quot; style=&quot;text-align:center;&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-47-87/hiroaki_noji/folder/672760/08/40244008/img_1_m?1449443725&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 2&quot; width=&quot;300&quot; height=&quot;463&quot; class=&quot;popup_img_300_463&quot;/&gt;&lt;/div&gt;
&lt;br&gt;
&lt;div class=&quot; &quot; style=&quot;text-align:center;&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-47-87/hiroaki_noji/folder/672760/08/40244008/img_0_m?1449443725&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; width=&quot;300&quot; height=&quot;463&quot; class=&quot;popup_img_300_463&quot;/&gt;&lt;/div&gt;
&lt;br&gt;
&lt;b&gt;&lt;/b&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;/font&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　上は見慣れているかもしれないJ・Ｓ・バッハの肖像画です。上段は壮年の頃のー真偽がはっきりしないそうですがー下段は生前ので、音楽をこよなく愛し、ポリフォニックな音楽の集大成と新しい音楽スタイルの幕開けを知りつつ、65歳の生涯を全うした雰囲気がよくでています。もっともかなり頑固一徹な感じがしますね。なお頭髪は１７世紀風アデランスというのか、ファッションとしてのかつらだそうです。&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　「バッハ」角倉一郎著。音楽之友社。初版は1968年で今は絶版。&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　今まで部分読みしかしてなかったのですが、今回しっかりと読み通しました。音楽史家が、その頃の最新の研究のもとできちんと書いた立派な研究書のひとつという実感がありました。私のように主観的での思い入れのない、客観的な記述です。&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　なにしろバッハの生きた時代は、日本では江戸時代にあたり、近松門左衛門や与謝蕪村がいたときですから、東西の違いがあるとはいえ、おおよそ３百年前を想像してみないといけません。&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　生まれたのは中部ドイツで１６８５年。ルターの宗教改革が不統一であったドイツにしっかりと根付いていた時期でした。家系は大音楽家家系。主として協会のオルガにストや演奏家を代々にわたり出してきている音楽一族であります。少年時に父母を失い、叔父に預けられますが、このひともオルガにストであって音楽の雰囲気にはこと欠かず、加えてそう豊かな家計でなかったにもかかわらず養育したのは一族に互助精神の伝統があったということでした。なかなかできないことです。&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　教会の合唱隊の一員から合奏団のヴァイオリニスト、傍らにというか本意だったというのかオルガン曲の筆写ばかりでなく、演奏もしてきていて、両親もいず、そうはいっても居候であることには変わりなく、自活を常々考えていたのでしょう、オルガニストとしての職を得ていきます。&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　当時のドイツの先輩たちの曲をしっかりと学んだのはもちろんのこと、南はイタリアの、西はフランスのを、協奏曲、舞曲、宗教曲等々と次々に吸収し学んでいきました。その後の1,000曲以上に及ぶ（失われたのは別で）作曲活動の結果は瞠目に値し、巨魁を仰ぎ見る他ないという気がします。&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　この本であらためて学んだことがいくつかあります。以下のように。&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　&amp;#9312;二人の夫人（先妻は病死）との間に20人の子をもうけたが、半数は亡くなってしまっています。とても家庭を大切にし、なかでも音楽に満ちた家庭であったことで、そこに音楽の泉、ミューズの神が宿る場所であったということです。更にこんにち重要なことに、現在練習曲と称される曲集は技術の習得＝芸術的作品であって、やらされてかなわぬ技量習得のための楽集ではなかったということ。現代が不幸な時代なのでしょう。&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　&amp;#9313;ゆりぎないルター派のキリスト者が中心にあって、作品がそれに関わる宗教音楽であるのは事実だが、熱心でゴリゴリの宗教音楽家というシュバイツァーなどの言ったのは間違い。宗派でくくりきれない、あるいはそこから離れた音楽作品も多いということです。&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　&amp;#9314;常に仕事―オルガにスト、合唱団と合奏団指揮、作品献呈―は家計を十分に維持することのできる俸給でなければならず、それを属する教会や学校、市議会や&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;領主に正当に要求し、一歩も引くことはありませんでした。中年の頃には辞職へのペナルティーで判事宅に2ヵ月の謹慎処分を受けたこともあった記録があるようです。　&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;　こういう言い方はあまり適当ではないかもしれませんが、カンタータには教会の祈祷や記念日の為に作曲していったので、どんどんと映画音楽をつけたり、流行作家並に原稿や漫画を書きとばすのに、いささか似てなくもありませんが、案外に宗教心の他に給料の為というてんも多くを占めていたに違いありません。にもかかわらず、素晴らしいのがたくさんあり、そこが大バッハと言われるゆえんでしょう。&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;b&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hiroaki_noji/40244008.html</link>
			<pubDate>Sun, 06 Dec 2015 11:08:30 +0900</pubDate>
			<category>読書</category>
		</item>
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