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素晴らしい本をご紹介します。
著者の林氏は1954年生まれの今年51歳。愛媛大学医学部卒の医者でもあり,6年前に直腸がんを患った患者でもあります。
『手術は成功し,一命はとりとめた。つらかったのはその後である。排便の不自由がいつまでも続く。これまでのように元気に飛びまわることができない。生きがいを失い,精神的に滅入っていた。そんな時期に私は,HIV感染者に出会ったのだ。医者として援助を行う立場の人間として出会ったのではなく,患者として友人として出会ったのである。彼らは当時四十五歳の癌患者であった私よりずっと若かった。健康上の苦しみだけでなく,精神的な苦しみをかかえていた。それに関わらず彼らは,同じ病気仲間として私に気づかってくれた。「エイズ」との出会いは私に新しい生きがいを与えてくれた。「エイズ」を夢中になって追いかけているうちに,私の病気も回復に向かっていた。』(「p.15)
今の林氏は,アフリカ日本協議会代表として,アフリカ・エイズ問題に取り組んでいます。この著書は,林氏本人がエイズと闘ってきた記録でもあります。
p.3では,2002年に著者が訪ねた同じ11歳の子どもの写真が登場します。一人はブラジル人の少女,もうひとりは南アフリカの男の子。
二人ともエイズをおこすウィルス(HIV)をもらっています。決して裕福な家庭に生まれたわけではありません。
しかしブラジルの女の子は,国から無料で薬がもらえるために,エイズを発病しないで生き続けることができます。一方,南アフリカの男の子は。死を待つ施設・ホスピスにいます。薬も与えられたいません。すでにエイズとしての症状が出始めていました。
なぜ,同じ子どもに対して,このような違いが出てきたのか。そして,このような子どもが多くいる南アフリカの事態はどうなったのかという疑問を解くのがこの著作の意味の一つでもあります。
アメリカなどのグローバル企業を守るために,エイズの特許権を主張した世界貿易機関(WTO)などに対して,ブラジルが,ブラジルのNGOやエイズの感染者がいかにして,闘ってきたかが実にスリリングに語られているのです。
そして,製薬会社を向こうにまわして,南アフリカの政府が闘ってきた裁判でも,被告に代わって感染者が法廷に立つことによって,流れが変わります。
「アフリカの感染者たちの行動は,世界中の人々の意識を呼び覚まし,声援の輪が広がった。そして,声援の数がある一線を超えたとき,突然,決着がついた」(p.52)
南アフリカの裁判の結果は,南アフリカ一国の出来事にとどまらず,世界のルールを変える引き金となりました。ルールが変われば,国連が動き出します。その結果,画期的な国際機関ができます。
「エイズ対策20年にして,本格的にエイズ対策を行う仕組みが出来たのである。エイズという病気を予防する対策だけでなく,感染者を生かす対策が始まった」(p.55)
しかし,エイズについての理解は日本では悲しくなる程進んでいません。
林氏は,エイズと戦っているアフリカの友人に聞いたそうです。
「私はいったい何をしたらよいのか」と。
個人やNGOができることは限られています。だから,あえて聞いたのです。どうしてほしいのか…。
友人は答えました。
「日本を変えてくれ。日本の人口1億2000万人を変えてくれ」
日本の人口は世界の人口の約2%です。でも,日本の国民総生産は世界の14%を占めています。海外から見ると,良くも悪くも結構,日本は力をもっているのです。日本がどちらを向くかで世界の未来は異なったものになるはずです。もちろん,エイズへの対策も変わってくるでしょう。
友人はそのことを言いたかったのです。
ブラジルでは,感染者の人々の命を救うために「ブラジルの社会全体を変え,貧困対策を進めるために大統領まで変えてしまった。」そして,アフリカでは,「一国の政治を変えるだけでなく,世界の仕組みまで変えた」のです。
なぜ,日本人が日本を変えることができないんだ!
そろそろホームラン打者日本人の打席だ!がんばれ!
世界のこのような動きを知るにつけ,そう声援されている気がしてなりません。
とにかく,一気に読めて,力が湧いてくる本です。
ぜひお読み下さい!
480円です。
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