|
ある人から、質問がありました。
「よく似た像を北海道で見ましたが、像は何なのですか?」
お答えします。
イースター島のモアイ像です。
以前、ブログにアップしたものです。ご覧ください。
写真のPC編集ソフトの「Picasa」には同一人物を集めてくれる機能があります。
マイドキュメントには写真などを保存しています。
その何十枚とある写真から、例えば数十人の集団写真の中から個人を特定します。
家族数人分を編集していますが、見事に分類します。
びっくりするほどです。
ただし、似ている人が時折まじることがあります。
兄弟とか、他人でもたまにありますが、非常に少ない。
ある日、Picasaを編集していましたら、私の中にモアイ像が混じっていました。
さすがに、落ち込んでしまいましたね。
でも、それ以来、なぜかモアイ像に親しみを感じています。
PCのデスクトップの背景写真はモアイ像で、「プロフィール」もその一枚なのです。
|
ピースボートの船旅
[ リスト | 詳細 ]
|
猛暑続きで「おぢ散」ままならず、急きょ始めた「人物編」でした。
横浜港を出たピースボートが停泊した港順にまとめました。 本日で最終回になります。 いつの間にか、涼しくなっていました。 108日間の船旅、旅行後に書いた71回の旅日記。 そして今回の「人物編」25回。何度も何度も「旅」を楽しむことができました。 お付き合いいただいた方々に厚く御礼申し上げます。 最終回はサモア独立国。ウポル島にある首都アピアです。 ひなびた風情の静かな町。キリスト教徒が100%といいます。 キリスト教徒は日曜日、教会に参拝するのが習わし 11月 29日 売店の母娘。手を振ってくれた 海岸通りを歩く裸足の男 博物館の学芸員(?)も裸足 港に設営したみやげ物屋で客待ち顔の女性 男たちはスカートを履いている こちらは警官or軍人? 教会前で手を振る女性。笑顔がステキです この島の住民は本当に人懐こい人が多い。 観光バスが通ると、ほとんどの人が笑顔で手を振ってくれる。 「笑顔」はいい。 つくづく感じ入りました。 どんな言葉より笑顔ひとつで全てうまくいきます。 豊かな国、貧しい国、いろいろありましたが、「笑顔」は貧富には関係なかった。 縁あって訪れた国々、笑顔に接することができ、幸せでした。 (おわり) |
|
南海の楽園タヒチは「ゴーギャンの島」
この地を2度訪れた画家は、島の娘と結婚する。 どんな女性だったのだろう。 ゴーギャンは彼女をモデルにして描いている。 生きている女性の中にゴーギャンの妻の面影を求めた。 我々を音楽で迎えてくれた彼女だろうか? 撮影 2009年 11月25日 コーラス隊の「おばさん」タイプだろうか 街を歩く太めの彼女だろうか 市場で見かけた人だろうか 花飾りが似合うこの方かな 左腕のタトゥーが気になる肝っ玉おっかさんでしょうか? タクシードライバーだろうか それとも港で見かけた若い娘か でも、やっぱり観光バス運転手の「あいちゃん」だと思いたい。笑顔がいいから |
|
イースター島は「モアイの島」として有名である。アフトンガリキのモアイ像 撮影 2009年11月18日 島には港がない(空港はある)。 テンダーボート(9人乗り)で接岸する。 波はかなり荒く、上陸が決まったのは午後になってからだ 見送りを受けて、島へ出発だ 逆巻く波、風も強い。島へは15分くらいかかったろうか。とても長く感じた 島民が無言で出迎えてくれた モアイ像のおみやげを売る女性。ちょっとモアイ像に似ているような… 警官が遠巻きに観光客を監視している。いたずら防止のためか 「定番」のモアイ像写真。このアングルからの写真が多い 当初は全島のモアイ像を見て回る予定だった。 しかし、気象条件が悪く島への上陸が午後からになり、「2時間」という制限付きの観光になった。 したがって、観察できたのはアフトンガリキのモアイ像だけであった。 それでも、はるばる訪れた甲斐があったと思う。 「上陸決断」は難しい判断だったに違いない。 簡単に再訪できる地ではないだけに、主催者の英断に感謝している。 |
|
信号でバスが停まると、少年がやってきて「芸」を披露した 11月10日 マチュピチュ遺跡を訪れた翌日、ペルーの日本人社会を訪問した。 このことは前回の「ピースボート船旅」には触れていない。 邦字新聞「ペルー新報」を訪問 厳重な門。扉には何重もの施錠が 「ペルー新報」は日刊6ページ。日本語2ページ、スペイン語4ページ。 日系市民約15万人の「心のよりどころ」になっている。 一時は1万部ほどあったが現在は5000部。 日本と同様、活字離れで経営は厳しいと聞いた。 「日本人ペルー移住資料館」 日本文化紹介展のポスター 「日秘文化会館」を訪れた。中に「日本人ペルー移民資料館」がある。 日系2世に嫁いだ鹿児島県出身の上原きんさんに案内された。 移民の苦闘の歴史をあらためて思う。 上原さんから説明を受けた 日米開戦を伝える号外 上原さんの夫の父は新潟県白根の出身という。 「車で30分くらいの近くです」と言うと、懐かしそうにいろいろ質問された。 最高齢者の当山ツヨさん。99歳 文化会館は日を決めて日系老人のために集いを開いている。 最高齢者の当山ツヨさんは沖縄出身、レストラン経営の1世と結婚した。 子ども8人、孫22人、曾孫18人、玄孫(やしゃご)1人。 一族からは医師、弁護士を輩出しているという。 慶祝行事に訪れた昭和天皇と常陸宮に「握手してもらった」のが自慢だ。 「来年は100歳の誕生祝いだから、日本から来てちょうだい」と“招待”された。 頭脳明晰、かくしゃくとしている。 笑顔もステキだ。 まもなく1年、100歳は今もお元気に違いない。 |

猛暑に負けずファイトです〜。






