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新潟日報 5月27日 文芸欄
本日の俳句投稿者に驚きました。
同時に選者・黒田杏子氏のセンスに脱帽しました。
入選上位5氏の句に選評があります。
なんと、上は96歳、最年少が77歳。
5氏の平均年齢は、えーと…。
計算してください。
まだまだ、おぢさんなんて洟垂れ小僧です。
参った、参った。
楽あれば 句ありと咲いて 五月晴れ
楽あれば 句ありと甘き 翁飴
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俳句
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俳句は世界一短い詩なので、できるだけ余計な 言葉は使わない。
↑を小林直司に指摘されて思い出した。
いにしえの 昔の 武士の侍が
馬から落ちて 落馬して
女の婦人に笑われて
家に帰って 帰宅して
腹を切って 切腹した
子どものころ。遊び仲間の誰かが教えてくれた。
これは後になって重文の戒めである、と分かった。
今は漢字を当てているが「口移し」で、どんな字なのかは知らなかった。
ただ語調がいい響きで、何となく楽しい。すぐに暗唱できた。
意味はぼんやり理解できた。
憶えたのは幼稚園児では無理だろう。教わったのは小学校の低学年であったか。
子どものころは大勢で遊んだ。
年長の子も混じっていたから、教えてくれたのは小学生の高学年だったに違いない。
ただ中学生ではない。遊び場には中学生はいなかった。
中学生になる前の春休み、つまり小学校を卒業すると、ある“儀式”を行った。
宝物のビー玉やパッチン(メンコ)を後輩に配った。
分け与えるのではない。
あちこちに隠す。近所の後輩たちはカクレンボの鬼の気分で、探す。
これは小学生が中学生になるための遊びの要素を加えた儀式であった。
家の土台の換気口、板で作った壁面(雨板)の隙間などに隠されていた。
宝物をすっかり捨てて、小学生は中学生になった。
中学生になると遊び場の空き地には顔を出さなくなった。
部活動や勉強が忙しくなったせいもある。
そのころの中学生は、とても信頼されていた。
「中学生と一緒なら泳ぎに行ってもいい」と母が言っていたのを思い出す。
小学1年までは川で泳ぐことができた。
2年からは、上流に病院ができて、廃液を流すので水泳は禁止された。
プールならいざ知らず、川での水遊びである。
まかり間違えば命すら落とす恐れがある。
自分が中学生になって、いかに頼りがないかを実感した。
大人になっても、中学生にわが子の命を託すなんて、とてもできない相談だ。
それくらい、母の中学生一般に対する信頼は篤かった。
きっと母以外の世間の評価も同じだったろう。今では信じられないが。
↑小林直司の指導は「馬から落ちて落馬する」の戒めである。
子どものころ憶えたものは、いつまで経っても忘れない。
本日の新潟日報1面の広告にも「戒め」破り?があった。
新潟県消費生活センターの広告である。
コピーは次の通り。
「借金を返すために、借金を重ねるとか、
多重債務になっていませんか?」
「多重債務」という言葉を分かりやすい言葉にするための心配りなのだろうが。
今朝、新聞を読み始め、真っ先に思い出したのが小林直司の冒頭の言葉だった。
[追加]
「馬から落ちて…」のバージョンでもっと詳しいのがあったので、参考までに。
いにしえの昔、武士の侍が、
山の中の山中で、
馬から落ちて落馬して、
女の婦人に笑われて
顔を赤く赤面し、 家に帰って帰宅して、
仏の前の仏前で、
腹を切って切腹し、
お墓の墓地に埋められた。
↑
こういうリズム感のない文章を読むと、つい筆を入れたくなってしまう。
おぢさんなら、↓のように直したい。
いにしへの昔の武士の侍が
お山の中の山中で 馬から落ちて落馬した。
女の婦人に笑われて 顔を真っ赤に赤面し 家に帰って帰宅した。
仏壇前の仏前で 腹を切って切腹し お墓の墓地に埋められた。
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雨に濡れるモミジ 撮影 11月7日
雨が降っています。
日本海側の宿命でしょうか。この時季が切ない。
こんな日は来年の賀状作りでも考えましょう。
「気の早い!」とヒンシュク買うのは承知です。
賀状は「俳句」でいこう。
そう決めました。
私は勝手に俳句の先生を決めています。
当ブログにも何回か登場した小林直司です。
彼は俳句のほかにも絵や詩、エッセイをものします。
本業は「法律学」の先生でした。
一言で言えば多才。
悪く言えば器用貧乏。これ「やっかみ」が相当入っていますね。
で、おぢさんは彼と高校の同級生だった、というのが唯一の自慢。
こんなのちっとも自慢になりませんがね。
賀状の話でした。
俳句で行こう。で2句作りました。
直司は「河(主宰:角川春樹)同人」です。
添削してもらったわけです。しかも無料で。
key wordを「古希」にしました。
①元旦や昭和肴に古希の酒
②亡き父と酌む初夢や古希となり
すると直司から返信のメールあり。
①について
肴は酒菜なので、酒という語とダブる。俳句は世界一短い詩なので、できるだけ余計な 言葉は使わない。
“元旦や古希と昭和を肴にし”
②について
原句を生かして下記のように添削しました。
“亡父(ちち)と酌む古希の初夢まだ醒めず”
原句は説明っぽい感じがします。俳句は感性です。
━ということでした。
なるほど、俳句になりました。「目からウロコ」ですね。
昔、新聞社の整理記者をやっていた時、「活字1本は血の一滴」と教わりました。
主見出し8(9)本、脇見出し10(11)本が基本です。
これがなかなか難しい。そうか! 俳句も同じか!
「インターネット」をどう短くするかで、「泣いた」ことを思い出します。
同僚が「ネット」と出した時は、うなりました。
今やこの表現はすっかり定着していますが、当時は大胆で斬新でした。
93歳のエッセイスト吉沢久子の夫君古谷綱正を思い出します。
毎日新聞の1面コラム「余録」の筆者だった人で整理記者時代を回顧しています。
「不倫関係にある男女が毒薬を服用して心中した」
この事件の記事の見出しをつけろ、と言われて四苦八苦した思い出。
デスクはすらすらと紙に書いてみせた。
「悲しい恋の青酸カリ」
清算と青酸をひっかけた。
今ではちょっとお寒い“おやじギャグ”の類ではあるが、古谷はおおいに感心した。
おぢさんは、と言えば、朝日新聞に「三宅一生の不覚」というのがあった。
有名なデザイナーが脱税を摘発された記事の見出し。
「三宅一生」と「一生の不覚」をかけた“おやじギャグ”
この見出しは感心したな。ギャグ好きは整理記者時代の名残りなのかな。
来年の賀状には上記の添削してもらった俳句を使おうと、直司の許可を得た。
返信に「いただいてもよろしゅうございますか」と書いた。これ「許可願い」だよね。
俳句ではないが、おやじギャグバージョンも作った。
手元のシジュウカラの写真を添えた。
シジュウカラ 撮影 2010年4月5日
シチジュウカラも元気なり
なにせおぢさんは古希を迎えて初めての賀状だ。
「古希」「七十」は欠かせないと思っている。
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ヒヨドリ 撮影 3月 4日 淡雪や 食えぬとヒヨは 長居せず 昨日は4センチ、今朝は1センチの積雪。 でも、すぐに溶けてしまいます。 やはり弥生、地温が高くなっているせいでしょう。 訪問客がすっかり途絶えたわが庭。 懐かしい“お客”も、すぐに飛び去っていきました。 |
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サザンカ 撮影 3月 3日 山茶花に 砂糖をまぶす 弥生雪 |

猛暑に負けずファイトです〜。







