おぢさん散歩する

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2006年3月に始めたYahoo!ブログ「おぢさん散歩する」は「サービス終了」となります。
最近は更新がめっきり減りました。
それでもAmebaブログに引っ越すことになりました。

「おぢさん再び散歩する」というタイトルで再スタートです。
過去2281本の記事は面倒なのでそのまま消滅の運命となります。

今までご訪問ありがとうございました。
今後ともよろしく。
ただ、あまり「更新」はないものと思ってください。

本日もシジュウカラ

2羽がやってきました。
水浴びを終えた1羽が向かったのは巣箱。

きのうより入念に巣箱の中をのぞいているようです。

イメージ 1

ふと、私の気配を察したのか振り返りました。
「何か?」と問われたような気がしました。

再びゴッホの真贋騒ぎ

きのうAFP電を紹介しました。
記事に添付されていたゴッホの「自画像」は記事とは全く無関係な作品でした。
本当に紛らわしい添付写真で、危うく「誤解」するところでした。
本物と再鑑定された「果物と栗のある静物」は↓の絵の可能性が強い。
参考までに紹介しておきます。

イメージ 1

なぜ、記事の添付写真が「自画像」に変わったのか。
編集者の判断に首を傾げています。
しかも「自画像」も贋作の疑いがささやかれている、いわく付きの作品です。

以前、ゴッホ自画像の1点に「贋作の疑い」があることを紹介しました。
本日、AFPが、くだんの絵は再鑑定の結果、本物とすると伝えた。
さて、どうなるのでしょうか。
以下はAFP電です。その後に「贋作の疑い」を紹介したブログを再掲します。

ゴッホの「贋作」、実は本物だった 米美術館所蔵、再鑑定で判明

2/7(木) 12:42配信
AFP=時事
【AFP=時事】米サンフランシスコ美術館(Fine Arts Museum of San Francisco)が所蔵し、後期印象派の画家ビンセント・ファン・ゴッホ(Vincent van Gogh、1853〜90)の贋作(がんさく)とされてきた作品が、再鑑定の結果、真作だったことが分かった。オランダのアムステルダム(Amsterdam)にあるゴッホ美術館(Van Gogh Museum)が6日、AFPに明らかにした。

【写真】ゴッホ作品の中にバッタの死骸 米美術館が驚きの発見

 作品は1960年にある夫婦から寄贈された「果物と栗のある静物(Still Life with Fruit and Chestnuts)」(1886年)。ゴッホの作品ではないかと思われていたものの、複数の専門家から真作ではないと鑑定され、ゴッホの総作品目録には掲載されてこなかった。

 しかし、ゴッホ美術館の広報担当者によると同美術館の専門家が昨年末、ゴッホの手になるものだと結論づけた。さらに、静物の下に女性の肖像画が描かれていたことも新たに判明したという。

「ひまわり」などの作品で知られるゴッホだが、生前は作品がほとんど売れず貧困下での制作を強いられ、キャンバスをよく使い回していた。

 ゴッホ美術館には毎年200点ほど真贋(しんがん)の鑑定依頼が舞い込むが、1988年以降、真作と認められたのは14点にとどまるという。【翻訳編集】 AFPBB News
以下は以前紹介したブログの再掲です。
国立新美術館で開催されている「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」に26日行ってきた。

寄贈品で成り立っているユニークな米国首都にある美術館。歴史は70年。
世界有数の西洋美術コレクションを誇る国立美術館の所蔵品の展観である。

サブタイトルは「印象派・ポスト印象派 奇跡のコレクション」
印象派約400点のコレクションの中から「極めて質の高い83点」(同館学芸員)がやってきた。

日本初公開が50点もあるそう。
今さら印象派なんて…と思ってはみたものの、一見の価値は十分あった。

イメージ 1
ゴッホ「自画像」 1889年 油彩 57.2×43.8センチ

お目当ては↑の1点。
ゴッホの「自画像」とされる。

昨年11月にも同じ美術館を訪れた。
「ゴッホ展」で、別の「自画像」↓を鑑賞した。

イメージ 2
ゴッホ展のカタログ表紙

↑この自画像は素晴らしかった。
何より絵の具が鮮やかで、印刷物とは全く別物という印象だった。


今回、数ある印象派の中で、なぜゴッホか。
小林英樹著「ゴッホの証明」(情報センター出版局)を読んだからである。

この本は一貫して、1枚目のゴッホの絵は「贋作」と主張している。
著者は東京芸大油画専攻卒。画家の目から「絵」を実証的に点検しての結論は説得力がある。

読んだのは10年前。
米国首都にある国立美術館所蔵の“贋作”を一目見てみたいと思っていた。

好機到来。
お目当ては1点。日曜日の混雑はちっとも気にならなかった。

ゴッホの自画像は鏡の中の自分を描く。
1枚目の絵では、パレットを持つ手は「右手」になっている。

すると、ゴッホは「左利き」となるが、実際のゴッホは「右利き」である。
ゴーガンの「ヒマワリを描くゴッホ像」を画集で見ると、当然ながら「右利き」になっている。

なぜ、贋作者はわざわざ左利きに描いたか?
小林の疑問は、パレットの形、不自然な指、パレット上の絵の具の色――次々に広がっていく。

小林は、贋作者が贋作がばれた際に、逃げ口上となるように謀ったのではないか、と推理する。
「尊敬し敬愛するゴッホを模写しました」と。


イメージ 3
ゴッホ「カンバスの前の自画像」 右利きが鏡に向かえばこうなる

↑の絵はオランダのゴッホ美術館にある。これは本物だ。
パレットを持つ自画像を描けば画面上は左側になる。1番目の絵とは逆である。

「本物の可能性を一つずつつぶしていき、最後に一つもゴッホであることが残らないことを明らかに」
小林の論証の仕方は消去法で進められていく。

論証は顔に及び、衣服にも注がれる。
そして、贋作者の名前も明らかにされる。

問題の絵が世に出た事情も胡散臭い。
まるで推理小説のようなスリリングな展開――。

ぜひ一読をお薦めしたい。

ところで、問題の「ゴッホ像」は展覧会のポスターにもカタログの表紙にもなっている。
主催者は「正真正銘のゴッホ」として扱っているようだ。

ただ、問題の自画像について、カタログの「作品解説」にこんな一節がある。

「ポーズそのものと、こちらに向けられた鋭い眼差しは、彼独自のものとは言い難いが―」
「パレットはその右手で持つように描かれるが、それは右利きの画家には身体的に不可能である」

しかし、引用個所の後段はいずれも、前段を打ち消す内容となっている。

それにしても、「この肖像画を貫く徹底した誠実さと反目するようにみえるが、だからといって…」
など言い訳がましい記載が目に付く。

贋物という説があることを知っての上の記述か。
後で言い逃れができるような伏線すら感じさせる。

直に観たおぢさんの感想を述べよう。
ゴッホの絵に共通する画肌の「美しさ」がなかった。

ただ、自殺直前の人間が描くとすれば…納得できないこともない。

「ゴッホの証明」の著者が最も力説するのは、そこにある。
ゴッホの自殺原因が「精神の異常」に帰するとする――説は仕組まれたものだと言う。

ゴッホの弟テオの妻ヨーが仕組んだ巧妙な“演出”であると。
小林はそれを「ゴッホの神話」とする。

その「神話」、ゴッホの精神錯乱が自殺の原因である。
その「神話」に、おぢさんはずっぽりハマっていたことになる。

問題の自画像はゴッホの死後10年で世に出た。
オランダの画家イサークソンがテオから「もらった絵」として画商に売却、1904年公開された。

テオはゴッホの死後、母親や兄弟所蔵のゴッホ作品を一括管理するため返却を求めた人物である。
半年後、兄を追うように死んだが、それほど親しくない人間に「絵をくれるだろうか」との疑問はある。

イサークソンとテオの妻ヨーは親しかった。
ヨーは問題の画商とも付き合いがあったが、この作品に何ら言及していない。

この沈黙の意味するところは何か? 「ヨーのたくらみは『何か』を隠すためだ」。
「いつか、遠くない将来に、『左利きの自画像』は贋作として消え」る、と小林は終章で断言している。


展覧会は9月5日まで東京、京都市美術館で9月13日から11月27日まで開催。
セザンヌ作品は一見の価値あり。
この記事に
 
1






50年前に出会った「絵」と再会した話の続き。
絵は藤田嗣治の油彩画「私の夢」

新潟県立美術館が所蔵している「旧大光コレクション」の1点である。
元は長岡現代美術館にあった。

館長は駒形十吉。母体の大光相互銀行の頭取。
駒形氏は銀行オーナーであり、ワンマンであったから、美術品購入が可能だった。

銀行が美術品を購入することに、大蔵省はいい顔をしなかった。
利益は税金として国庫に納めるべき、との論法である。

しかし、駒形ブレインの巧妙な「法の隙間」は、国の介入を許さない。
稀有で斬新なコレクションは、こうして形成された。

同じ長岡の北越銀行は利益を税金として実直に国に納めた。
地味で堅実、歴代のサラリーマン頭取に引き継がれて生まれた行風でもある。

しかし、派手な旋風を巻き起こした長岡現代美術館は短命に終わった。
大光相互銀行の内紛である。駒形氏は銀行を追われた。

銀行母体の存続も危うくなった。
訪れた大蔵省の役人は、銀行のロビーなど至るところにある美術品に驚いた。

「冗談じゃない」と吐き捨てた怒声を行員は聞いた。

600点以上のコレクションは銀行再建のため売却されることになった。
新潟県が10億円で購入した。しかし国内作家のみの作品群である。

大戦後、アメリカで花開いたポップアートなどの現代作品は「問題外の外」であった。
それが今、驚くほど軒並み高騰している。

例えば数年前、ウォーホル「16のジャッキーの肖像」は16億円で落札された。
ポロック、ローゼンクイストの大作も、似たような高額で取引されている。

その他、1億円級の版画はごろごろだ。全部合わせれば100億は下らない。
当時、これらの作品群は「一括5億円」で「提案」されたが…。

作品群は数点ずつ国内の美術館に買われた。
個人が所蔵したケースもあるが、これは明らかにされていない。

「とんでもない!」「ガラクタになるかも知れない絵に、そんな大金を出せるか」
当時の大方の空気だ。

県知事、県の役人、誰ひとり「現代美術品群」を理解する者はいなかった。
地元の長岡市でも一部に「つぶやき」があった程度だ。

早すぎたのだ。
ともあれ、コレクションの一部が県所蔵品となった。

その1点がレオナルド・フジタの「私の夢」である。
この絵を購入する際、駒形氏は収集品の何点かを売却し資金に充てた。



ずいぶん前置きが長くなった。


話は絶頂期の駒形氏に戻る。
ある年、「私の夢」を氏が経営する銀行のカレンダーにしたことがある。

絵を大きく扱い、絵の下に1月から12月までの暦を配置した。
当時、見た記憶がある。ユニークで珍しいカレンダーだと思った。

ところが、フジタの未亡人・君代さんからクレームがついた。
正確な年度は不明だが、1960年代の後半である。

「自分が買ったものを、どうしようと自由だろう」と駒形氏は怒った。
当時の実務担当者は伝える。

今では著作権の理解も進んできつつあるが、駒形氏の当惑は当然だったろう。
しかし、君代夫人は強硬だ。

開催中の「レオナール・フジタとモデルたち」展にも紹介されている。
君代夫人は「藤田の作品と名誉を守った」という意味の解説がある。

交渉の末、銀行は「50万円」を支払うことで決着した。
当時の大学出の初任給が約3万円だから、「相当な額」ではあった。

この事件、公にされることはなかった。
私がこの話を関係者から聞いたのは、70年代半ばを過ぎてからである。

「著作権」を意識した始まりである。

日本では死後50年とされている。
欧米では70年、ロシアも韓国も同じ。一方で30年の国もある。

フジタの死は1968年1月、2018年が死後50年となる。








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