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日本語を学ぶ大学生が参加する「第5回清華野村杯」が日曜日に行われました。 僕は主催者で審査委員長です。 今回のお題は「中国人の創造力」。 20数名ものエントリーがあったので早朝から予選をして本戦10人を選ぶ盛況ぶり。 でも面白かった。 「中国の詩に創造の源あり」 「古代中国人の創造力」 「中国の教育制度」 「人力資本の潜在力」 「汗だけでは創造できない」 「競争が創造を生む」 「マイクロイノベーションの限界」 「自然への工夫が創造力」 「中国の食文化と創造」 最後の食文化を語った楊君が優勝しました! どうです?若い柔軟な頭でみんないい発想してますよ。 もう5回目ですけどいつもかわいい学生たちからサプライズもらいます。 中国の未来は明るい? |
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日中の教科書を取りよせて記述を比較し、歴史の事実を知るために200冊の本を読破した力作です。 中国の教科書はとても分厚く、しかも物語風になっていて記憶に残るようになっているそうです。 それに比して日本の教科書は頁数の制限があってどれも記述が少ない。 でも日本はその出来事がなぜ起こったかの周辺事象がしっかり書かれている、 それが中国との違いだということです。 |
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北京に来て4年3カ月、サプライズもなくなってきたこの頃。
最近は、もっぱらツイッターとフェースブック。 しばらくこの「ぺきん日記」も書くことがなかったけど、そろそろ書くか。 仕事場のオフィスが引越しました。 でもさあどうぞ、って言われて行ってみると 部屋はあるけど、中はがらんどう。 フローリングから、机、本箱に至るまで 自分で買って据え付けるんだって、驚いた。 オフィスデザインの担当なんて学部にはいないらしい。 でも、ここは大学ですよ。 隣は別の会社でもあるまいのに、床や家具など装備は みんな思い思いにやるから、部屋ごとにばらばら。 だから当然、共有の会議室の机もイスもばらばら。 これじゃあ、当然、情報共有だってやりにくい。 どうでもいいことのようだけど、中国の大学の結構本質的な欠点。 |
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今回の中国の鉄道事故は、中国のメディア人の魂も揺さぶった。 当局は強硬な報道規制に乗り出したが、記者たちは最後の抵抗を試みた。 今夜、百社の新聞が口をつぐんで記事を替えた。千人の記者が記事を消された。初七日の夜、1万の魂が行き場を失った(網易微博より)この写真のスクリーンショットに添えられていた言葉だ (出所は、大○元ネット7/30) 一方、微博上ではメディア各社の記者、編集者が悲痛の叫びをあげている。 「メディア人に希望があるのか。悪魔はいつも我々の身の周りにいる」「メディアは真相に迫れば迫るほど、政治闘争に近づくことになる。堂々とやるべきことをやろう。何が怖いのか?我々も退くとなれば、誰が真相を突き止めるのか?」 「今夜は眠れない。死者に祈りを捧げる」と、編集者らは微博で苦しい心の内をつぶやく。 新京報の編集者はこう説明する。「粘りに粘った。それでも、残ったわずかの4面も削除された。泣きたい。けど、どうしようもない。新京報の2000人の従業員は食っていかなければならない」中国の記者たちは、決してマスゴミ(福島香織さんの書籍より)ではない。 ぎりぎりのところで記者魂を守ろうとしている。 結果的にはお上に逆らうことは無理なのだが、記事(出所は同じ)を読んで、僕はちょっと熱くなった。 中国中央テレビ(CCTV)の番組「24時間」のプロデューサー王青雷氏は、番組の中で鉄道部を批判したことで停職処分を受けた。王氏は25日の番組で追突事故を特集し、先頭車両を埋めた行為に不満をこぼしていたという。 CCTVの王氏は、離れる前に同僚に8文字を送ったという。「守住底線、不惧犠牲」。(モラルの)最低基準を死守し、犠牲も恐れない、という意味だ。今、この8文字がネット上で広く伝わっている。 ネット世論の広がりと共感は、中国を変えてしまうかもしれない。 今回の事故は、ひょっとしたら歴史の転換点になるかもしれない。 |





