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今日は、何故か昔の事を思い出した。せっかくだから、忘れないように・・・。
初めて中国を訪れたのは、2004年春。いわゆる「下見」
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工場を作る時、この地を選んで進めたのは夫だ。
自分が赴任するとは思っていなかった様だが、各地を回って、住宅・学校・環境の良い所を探した様だ。
なるべく暮らしやすい地は何処かなぁ?と。
どんどん開発され、子ども達も健康で学校が大好き。1年経った今不自由はしていない。
正解!
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「下見」の時は、まだ赴任が本決まりではなかった。
しか〜し、5日間滞在したうち3日間も、委員会とこの地の有力会社の方々がエスコートをしてくれた。
「住宅の下見」1日5件は見て回った・・・お陰様で楽しかったなぁ♪(実はこういうのが好き)
「学校の下見」学校側からかなりの情報をもらえた。こりゃラッキ〜。
「日本料理屋さんの下見」赴任後の駆け込み寺を教えてくれた。
「周辺の下見」市場やスーパーなど、生活には必要だからね。
正直、臭いに敏感な娘の反応が気がかりだった。
汚いトイレなんてもってのほか。日本でも一苦労していたからなぁ。
しかし、一番最初に音をあげたのは実は私。ダハハッ
市場の入り口で「ごめん。入れない。」(いやぁ本当に臭かった。あの時は・・・)
「是非ご家族皆さんでいらして下さい。待っていますよ〜。」
「今度一緒に買い物に行きましょう。電話してくださいね。」
と委員会や有力会社の人に言われたのでは・・・ねぇ!?
まぁ、赴任が決まったら一緒に来るしか無さそうだ、と思っていたから良いのだが。
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ここからが問題だった。
初夏に“やっぱり行く事になった”と。それからがバタバタッ。
私は、自宅でも仕事中でも(すみましぇ〜ん)赴任準備の進め方・予防接種関係・学校関係・蘇州の情報・・・と調べまくった。
何しろ、中国でバックアップしてくれる人はいたが、日本では誰一人居なかった。
と言うか、海外進出する為の知識が全く無い人達が殆どだった・・・。
赴任するにあたり、調べて教えてあげよう、何て気もさらさら無かった様に感じる。
正直言って、なんてぇ会社だっ!と腹が立っていた。(←ボソッと言ったつもり)
でもまぁ、自分達で動いたお陰で、おりこうさんになったしねぇ〜、と思うようにした。
(が、今になってまた腹の立つ事も出て来た・・・。)
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2004年 8月下旬 蘇州 in.
この時、サバイバル生活が待っていようとは、誰一人考えていなかった・・・。
つづきは次回。
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