全体表示

[ リスト ]

再び話は太宰府の旅へ戻るとする。九州国立博物館を後にしたオイラ。この後は太宰府市内を散策する。
 
まずは観世音寺である。
 
イメージ 1
 
観世音寺は天智天皇が母である斉明天皇の菩提を弔うために建立したと伝わっている。しかし、正式に縁起は伝わっていないそうだ。天智天皇が関わっているという事は、恐らく白鳳〜天平時代頃といったところか。考えてみれば、大宰府(行政機関としての大宰府は『大』を使い、現在の地名は太宰府と『太』を使う)のすぐ隣に立っていた寺院だ。かなりの寺勢があったと考えるのが普通だろう。まずは参拝だ。
 
イメージ 2
 
かなり大きな本堂だが、ちょっとすすけているというか、朽ちてる感が否めない。寺院の維持というのは、一般的に考えられているよりもはるかに金と労力が掛かる。大宰府という九州一帯を統治していた機関に付随する名寺院であっても、観光寺でなければ維持は容易ではないといったところか。
 
しかし、境内には宝物館があり入ってみるとものすごいことになっている。5mはあろうかという巨大な十一面観音像と馬頭観音像、不空羂索観音が居並んでいる。その周りにも、これま2〜3mはゆうにあろうかという地蔵菩薩像と阿弥陀如来像に四天王像などが居並んでいる。
 
オイラも百観音満願した身。それなりの数の仏像を見てきたが、ここまでの数と規模、そして精緻な造りの仏像が一堂に会しているのを観たのは東寺の立体曼荼羅や、三十三間堂以来かも。これは素晴らしい!大感激しながら隣の建物に。
 
イメージ 3
 
ここは戒壇院だ。戒壇とは正式な僧になるために授ける戒律の事で、戒壇院とはそれを授けるための場所だ。古代の日本仏教では東大寺、下野薬師寺、そしてこの観世音寺にしかなかったものだ。戒壇院があるというだけで、観世音寺が如何にスゴイ寺だったか窺い知れる。
 
そこからさらに歩く。太陽は凶暴に襲ってくる。足取りはどこまでも重い。途中コンビニでアイスボックスを買い、かじりながら歩く。すると・・・あった!やっぱりここに来なきゃダメでしょ!
 
イメージ 4
 
大宰府跡!
 
あれ?石碑は太宰府になってる・・・どっちが正しいんだ?まあいいか。早速中に入ろう!
 
イメージ 5
 
単なる広大な野原やんけΣ( ̄□ ̄lll)
 
いや、今でこそスゴイことになってる奈良の平城宮跡も、オイラが大学生の頃はこんなだった。いつの日か平城宮のようにスゴイ建物が再建される日が来るかもしれない。炎天の中、野原を歩く。
 
イメージ 6
 
都府楼があったことを示す石碑がポツリ・・・ここがかつての九州の中心地だ。菅原道真が太宰府に左遷と言われているのでイメージ良くないかもしれないが、太宰府の長官である大宰帥は従三位という大納言に匹敵する超高級官僚だった。それだけ重要視されていたのだ。
 
在りし日に思いを馳せようと思ったが、あまりの暑さに断念。バスが来るまで資料館で涼む事に。
 
イメージ 7
 
ここはここで発掘の様子なんかがよくわかって面白かったですよ。単なる涼みと時間潰し以上の貴重な勉強時間となった。いやいや、良かった。
 
 
帰りの新幹線の時間もあるのでここでタイムアップ。短い時間だったが、太宰府観光は非常に楽しめた。本当にいい場所だったなぁ・・・またいずれ、夏じゃない時に是非訪れてみたい。

この記事に

閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

開く トラックバック(0)


.


みんなの更新記事