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今日で一年・・・

父が突然亡くなってから、今日で一年が経ちました。
 
記憶は鮮明ですが、とても前に感じる時もありますし、つす昨日のように感じる時もあります。
 
実家の片づけは、妹二人と協力し、何とか3月にすべての荷物を処分しました。
 
形見としていくつかは手元におきましたが、やはりほとんどの物を処分せざる得ませんでした。
 
けれど、そうしなければ残された者は前に進む事ができません。
 
そして、父が最期まで住んでいた家も売却する事になり、今は買い手を探している状況です。
 
本当に色々な事があったなぁと思います。私が子供だった頃の事、私の結婚式の事、それから母が癌になって
 
亡くなってしまった事、母が亡くなって父が一人になってしまってからのこと。
 
本当に色々と思い出します。
 
父と母は、生涯ずっとお金に困った生活をしていました。だから、私たち子供も色々と迷惑をかけられたり、子供
 
の頃は食べる事に困った事も何度となくありました。
 
貧乏でしたから。だから、今、何不自由なく子供2人と幸せに暮らせている事で主人にとても感謝しています。
 
本当に貧乏だったなぁと思います。洋服もほとんどがいとこからのおさがりで、新しい洋服を買ってもらえるの
 
も半年に一度でした。水道が止められたり、電話が止められるなんてしょっちゅう。
 
お金の事でしょっちゅう両親は怒鳴り合いのけんかをしていました。そんな状態だったので、父もお休みの日
 
は家にいたくなかったんでしょう。休日となると朝からずっとパチンコ屋に入り浸っていました。
 
結局はまたそれが家計を圧迫し、更に貧乏になっていきました。止める事もできなくなり、父が亡くなった場所
 
はパチンコ屋でしたから。
 
本当に大変だったなって思います。だから、塾とか習い事にも行かせてもらった事がなく、高校を卒業して
 
すぐに就職しました。給料がもらえるようになってからは、家にも毎月お金を入れるようにしていましたし。
 
私が結婚する時に母に「もうお金がもらなくなるわね」と言われた時には、とても悲しい気持ちになりました。
 
そんなだったので、結婚する時の費用は全部自分で貯めて親からは1円も援助をしてもらいませんでした。
 
いいことはあまりなかったけれど、両親がいて、貧しい中でも育ててくれたおかげで今の私がありますので、
 
感謝しています。

怒涛の3ヶ月①

9月7日に父が亡くなってからというもの、本当

に色々な事があってたいへんでした。

実家の片づけ、手続きに追われている最中に義

母が高齢者サービス付き住宅に移りたいと言い

出しそれも進行する事になりました。

その事を言われたのが9月26日頃だったと思います。 

父の事で忙しいのを知っていながら言い出したの

だから、こちらはあまり手伝わなくて良いのだと

思っていました。ところが、言い出したのに自分では

何もできないという有り様。

そのせいで、私は実家の事と義母の事とで振り

回される事になったのです。

高齢者サービス月付き住宅とは、老人ホームとは違い、

あくまで賃貸住宅。24時間ケアマネ資格のある人が

建物に在中して、なにかあればすぐにかけつけてくれる。

食事も別料金だが頼めば準備してくれて、食堂で

他の部屋の人と食べる事ができる。

などなど、色々なサービスがついていて、高齢者の一人暮らし

には有り難い施設。だから、家賃の他にサービス料も払う。

一応、年金で払い切れると義母は言うが主人が

言うに無理だろうって。

もっとあると思っていた貯金もあまりないことが発覚し

引越後、様子を見て仕送りが必要になるかもしれない

と言われた。正直、まだ小学生の子供がいる我が家では

仕送りと言われると辛い面もある。でも、同居をしなくて

良いと思えば仕方がない陽ような気もした。

入居金15万円をうちから出し、新しく必要な家具など

全てをうちが負担する事になった。

無事に送り出しました

9/14に通夜、9/15に葬儀という日程になりました。
 
父は葬儀をしなくて良いと言っていましたが、いくらなんでもそれはという事で家族葬という形にしました。
 
簡素な祭壇でしたが花はいっぱい用意してもらえました。
 
父が最後の最後までお世話になっていた、仕事仲間の方にだけ連絡をして、来ていただきました。
 
遠方の親戚もお断りをして。
 
人数が少なくて、寂しく見えたかもしれないですが、父の遺志を尊重してのことです。
 
通夜の後は、私たち姉妹で斎場に泊まり、父のそばにいました。それぞれの夫と子供には自宅に帰ってもらい
 
ました。姉妹3人で子供の頃の話なんかをたくさんしました。
 
私たちにはもう両親がいなくなってしまったと。
 
私は36歳、下の妹は35歳、その下の妹は30歳。両親を亡くすには早いです。
 
全員、結婚して世帯をもっていたというのは、両親にとっては親孝行だったのではないかと思います。
 
告別式の日は台風の影響で夜中から大荒れでした。
 
けれど、不思議な事に式が始まる少し前からピタリと雨と風がやみ、晴れ間が出ました。
 
滞りなく父を母の元へ送り出しました。
 
火葬場の炉が閉まる瞬間というには、恐ろしくし悲しみが溢れてくるものです。あの瞬間以上に辛い事は、
 
今までに経験がありません。
 
父には66年間お疲れ様でしたと声をかけました。
 
正直、父とは上手くいっていなかったので、親孝行と呼べることは何一つしていませんでした。何か月も連絡
 
しない事をあったりしました。
 
けれど、8月の事があってからは、電話も頻繁にしていましたし、顔を見る事もできたので少しだけ後悔の念が
 
和らいではいます。不仲のまま全く連絡をとらず、会わずにいて、今回のような事になったいたら、後悔だら
 
けだったと思います。
 
父には、申し訳なかったと謝る部分もありますが、ちゃんと父を送り出す事ができただけ良かったと思います。
 
まだまた家の片づけや手続きが残っていて大変なのが現実です。
8/29の事。
 
父が救急搬送されて、私が病院へ行った日、父がこんなことを言ってました。
 
「もし自分が死んだら、葬儀も何もしなくて良いから」
 
なんて。その時は何を弱気な事を言ってるんだって言いました。
 
けれど、父は至って真面目な顔で「遺言だと思って聞いておいてくれ」と言いました。
 
それから、「俺が死んだら、この家を売って、3人で分けてくれ」って。
 
でも、その時がこんなにすぐに来るなんて誰も思っていませんでした。
 
9/6の夕方、父から病院へ行ってきて、8/30に受けた検査の結果を聞いてきたと。経過観察で半年後にまた
 
見せに来るようにって言われたと。だから私は「すぐにどうこうでしゃなくて良かったじゃん!とにかく無理しちゃ
 
ダメだからね」と電話で話をしました。まさか、それが最後になるなんて思いもしないで。
 
父は、66歳でした。まだ若いです。母が53歳で亡くなって、母が亡くなってからまだ6年9か月。
 
去年の11月にみんなで母の七回忌をしたばかりでした。

予想もしなかった事

毎日のように父の健康状態などを姉妹で代わる代わる電話で確認をしていました。
 
9/7のこと、私は長男のサッカーの大会を観るために車で自宅から30分ほどの競技場へ行っていました。
 
お昼前だったので、試合開始前にお昼ご飯を済ませようと、一緒に観に行っていた友達と持参していたおにぎり
 
を食べ始めた時です。携帯電話が鳴り、着信を見ると全く知らない電話番号でしたが出ました。
 
そうしたら、病院からの電話でした。
 
「○○さんの関係者の方ですか?」
 
「はい、娘ですが・・・」
 
「お父様の○○さんが今、心停止で救急搬送されてきています。正直に申し上げましてかなり厳しい状況
 
かと思います」
 
という内容でした。病院の連絡先をとなりにいた友達にメモしてもらい、電話を切りました。
 
けれど、パニックになってしまい、どこに電話をして良いか分からなくなってしまいましたが、とにかく主人に
 
電話しました。ずっと「落ち着いて」「落ち着いて」と言われていたと思います。
 
とにかく妹たちに電話するように主人に言われて、妹たちに電話をしました。病院名と状況を伝えてすぐに
 
切りました。
 
長男の試合はまだ始まっていなかったので、一緒にいた友達がすぐに長男のところへ行ってくれました。
 
長男は、帰宅準備をしていました。そくにやっと私も辿り着いて、周りにいたチームメイトの保護者たちに
 
「車なんだから、とにかく落ち着いて、子供乗せてるんだから」と言われて、一度頭の中をリセットして深呼吸
 
をして車の運転を始めました。
 
事故などなく、病院に辿り着く事ができましたが、1時間以上かかってしまったので、間に合いませんでした。
 
暫く、待合室に放置されていました。状況が全く分からないままどのくらい時間が経ったか分かりません。
 
少しの時間だったのかもしれませんが。
 
医師が一人説明に来てくれました。
 
「お父様は、パチンコ店で突然倒れて、搬送されてきましたが心停止で、蘇生を計りましたが・・・」
 
「CTで検査をしたところ大動脈瘤かい離で即死状態だったと思われます。倒れられたのが外でしたので、
 
現在、警察の方が色々と調べていますので、このままお待ちください。」
 
と言われました。即死状態と聞いた時、気が遠くなってしまい、フラッとなりました。
 
持病があったか聞かれました、8/29日の事を話して、心電図もその時にとっているけれど分からないものか
 
確認したところ、血管造影などでみないとなかなか分からないです。と言われました。
 
それからしばらくして、妹二人も病院に到着しました。
 
その後、看護師に呼ばれて、父のともへ行きました。「霊安室」です。
 
警察の方が2人いました。
 
まず、間違いないか父の顔を確認するように言われ、確認しました。間違いなかったです。
 
それからは、普段の生活や持病があったかなどの話をしました。少ししたところで鑑識の人が2人来て、事件性
 
はないという話でした。また、パチンコ店だったんです。
 
一通りの話を軽率の方として、その後、治療入院していたという事ではないので、ご遺体を検案に送りますと
 
一連の説明がありました。すぐに葬儀屋さんをよばなければいけなかったのですが、母が亡くなった時にお願
 
いした葬儀社の電話番号が私の携帯電話に残っていたので、そこに電話をして事情を話しました。
 
葬儀社に遺体の引き取りをしてもらい、翌日検死をしている病院へ搬送してもらい、終わり次第自宅に送り
 
届けてもらう事になりました。なので、亡くなった日は、父を連れて帰ることができませんでした。
 
手続きをを済ませ、私たち姉妹は、実家へ向かいました。
 
実家は、少し前まで父がいた痕跡がたくさんありました。その日の読みかけだったスポーツ新聞。
 
食べかけのお菓子、灰皿には吸殻。何でこんなことになったのか、全く理解できませんでした。
 
妹たちととにかく父が帰ってきてからの事を相談しました。葬儀の事など色々。
 
亡くなった事を親戚にも電話して知らせました。どの親戚、本当に驚いていて、何度も聞き返されました。
 
一通り、連絡が終わった頃に葬儀社から電話がありました。
 
火葬場の状況の連絡でした。最短でも12日。母の葬儀を行った同じ斎場が使えるのが14日と言われました。
 
1週間も遺体を安置する事が現実として無理だということ。私たち姉妹は全員結婚して独立していて、子供も
 
いますし、1週間自宅をあける事ができないということ、そして何よりも家で痛いを1週間安置する事は不可能
 
だということ。葬儀社にそういう場合は、どうしているか尋ねると、一時的に自宅に安置してその後は葬儀社
 
で安置しますとの事でした。
 
妹たちと相談して、検死が終わった後、自宅に送り届けてもらい一時的に自宅に安置をしてまた迎えにきて
 
もらうとの事でした。妹たちと相談して、父にはもうわけないけれど、そうしようという事になりました。
 
検死が終わり、解剖をする必要はなかったのですが、死因は「大動脈瘤破裂」と断定されました。
 
父がお昼頃に自宅に戻ってきました。
 
お線香をあげ、葬儀社の方と葬儀についての打ち合わせを行いました。祭壇、花、などなど色々と。
 
母の時もほとんど私が取り仕切りをしていた上、同じ葬儀社でしたので、特に疑問もなく話を進めました。
 
父を一時的に安置し、その日の夜、迎えに来てもらいました。
 
その後は、それぞれ自宅に戻りました。台風の影響で土砂降りの中での帰宅になりました。
 
 

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