風と、水と、光と。

ひとつ選んで、こうなって、またひとつ選んで、ここにいる。なるほどね、なんて。

わすれえぬひと

[ リスト | 詳細 ]

いままで出会った、たいせつなひとたちとのできごと。
記事検索
検索

全1ページ

[1]

イメージ 1

一通のメッセージが届けられた。

読んだとたん、息が止まり、
体中の管という管が一気にふさがるような苦しさにおそわれて、立ち上がって、歩いて、
ひとり泣き転がった。

その子、心当たりがあります。
メッセージに答えたい。その先を聞きたい。自分のことが、自分で見えない。もどかしい。

立ち上がったらまた涙が噴き出してきた。


メッセージは、15年まえに失った子どもが、いまそばにきている、ことだった。

男の子、だったんだ。

彼が望んでいたのが女の子だったから、
わたし、あなたはきっと女の子だと思ってた・・・。



大学に入りたての授業、隣に座って教科書のことで話しかけたわたしを、彼はずっと覚えていてくれた。

それから、わたしが別のBFと歩いていたときも、ひとり学食に座っていたときも、
目で探して、ずっと見てたのだといった。
3年ずっと見ていてくれて、ようやくわたしに手紙をくれて、わたしはやっと彼のことを見た。

彼がやっていたボートの試合を観にいって、その横顔に、恋に落ちた。

背の高い、きれいな顔立ちのひとだった。はにかんだ笑顔をした。
ナイーブなものの感じ方をするひとだった。

どうしてもわたしでなくちゃだめだったと、言ってくれた。
手をつなぐとき、わたしの手の甲を、彼は手の指でぜんぶ包みこむようにしてぎゅっと握った。

神戸と東京。
家族構成も、育ち方も違えど、親とすれ違いの思いを抱いてさみしかった、そのこころを分かち合えた。
ふたりでいることが、ただただ安心だった。お互いの育った街を一緒に歩き、将来を一緒に思えた。

その中でいつも感じた“刹那”。
ふたりで歩くのはほんの一瞬だけのことだと、どうして感じていたのだろう。


ふたりで未来を思い描いて、漕艇場のそばの川面を見ながら並んで座っていたころ、
これからふたりで暮らしていく風景や、子どものことを想像しては、ふたりで笑った。

いちょうの木の下で、プロポーズされたころが、夢の極みだった。



学生からやがて社会人へ。


彼にもたくさんの可能性があり、先はまだまだ見極められないのに、
わたしは不確かな場所で、あまりに強くわがままに引き合いすぎて、

そのまま、こころがずれて、くだけていった。
おぼろげなやさしい夢にたどりつくには、わたしはあまりにも幼かった。


わたしの中にひとつの確信が芽生えたころ、
彼の中にも新しい世界が広がってきていた。


ある日突然、わたしの中の小さな希望は、わたしの身体から飛び出してしまった。


あのときお医者さんもわかっていたかもしれないが、わたしは本当のことを言わなかった。
見ず知らずのひとに、彼との赤ちゃんのことを口にしたくなかったのだ。
彼にさえ、そのことは告げられずにいた。
いっしょにいる手段にだけはしたくなかったからだった。

あまりに小さな希望は、わたしになにも伝えることなく逝ってしまった、
わたしはそう思っていた。




そして阪神大震災。
祈りの中で一瞬光を放って、こころのつながりは消えていった。





彼と離れてからの、長い長い数年で、わたしはいろいろなことを考えさせられたし、
むしろ離れてから、たくさんの思いを学んだ気がする。





メッセージの続きは届けられた。

『思い出して欲しくてきちゃうんです』
いっぱい光をおくるように、優しいアドバイスが添えられていた。

いまこのときに、こうしてメッセージをいただけたことに、こころから、こころから感謝いたします。



幾度も夢で出てきた、あの光景が思い返された。

このところずいぶん思い出すことが増えた、あのころのことも。

ゆとりの友達の男の子と話したりするときに感じる不思議な気持ちも、すとんと胸に落ちてきた。


あなたは、わたしがひとり残ったあの長い長い問いかけの数年のときも、
ずっとそばにいてくれたのだろうか。

やがてわたしは結婚して、ゆとりが生まれて、
気づかれなかったままのあなたはずっとさみしかっただろうか。

そこにいたの。ごめんね。ごめんね。

いま15歳に成長していたら、どんな面差しをした、どんな男の子になっていたのだろう。


ありがとう。
あなたは彼とわたしの、たったひとりの、大切な大切な子どもです。


あなたのお父さんのことを、とてもいとおしく思ってた。わたしも彼にとても大切にされてたの。
あのとき、いっぱい楽しかったし、いっぱいもがいた。あれ以上できなかった。

いまも、あのとき真剣に彼と向き合ってた時間や、優しい気持ちはわたしの確かな誇り。

わたしは、あなたのことをとても望んでいた。
わたしと彼とのあいだに、
あなたが来てくれたほどの、深いご縁があったことを信じさせてくれて、こころから感謝してる。

あなたがたましいとして在ったことに、わたしはこれからどれだけ力強く支えてもらうことでしょう。
なにもしてあげられなかったせつなさと、あなたが来てくれたことの意味を、一生思っていきます。



男の子なら、この名前にしようとあのとき決めてた。
やっと今になって、呼んであげられる。
『ひらく』。
お父さんの名前も、お母さんの名前も、この同じ読みがなを持った字だったの。

これから楽しい明るい世界に進んでいけるように、願いをこめて、送ってあげたい。



ブログに、この記事を載せたことをお許しください。

わたしの息子に、祈りたかったのです。

同じ痛みを抱えるひとに、祈りを届けます。

いま幸せに暮らすひとに、その幸せがずっと続くように祈ります。

そして、『ひらく』のために。
ブログに載せて、ネットのシグナルにのせて、どこかで生きているかもしれない彼のところへ、
距離を越えて、時間を超えて、このできごとをいま知らせます。

もうさみしくないからね。

満月

イメージ 1

急に頭の中のシナプスがつながって、懐かしいひとの映像が10数年ぶりにくっきりうかんだ。

一緒にいた木かげの、風のにおいもした。
ボートのオールのきしむ、ぎいっ、ぎいっという音もはっきり聞こえた。
そして、ぱしゃん、と、水音も。

ただ、とても、懐かしく、眼を閉じてしばらくひたっていた。


     変わったもの変わらないもの
     少しだけ すべてが切なくて

     君はいま 幸せかい
     僕をまだ 覚えてるかい
     優しさを あげたかった
     過ぎた日々を超えて

     なつかしい 胸の痛み
     手でそっと 押さえてみる
     君がいま幸せなら
     それでよかったから

                 *** 『79』 池田 聡


あなたがいま、幸せでありますように、きょう祈りました。
10数年ぶりに思い出した、記念の日に。

わたしはいま、とても幸せです。
あのときを超えたから。

イメージ 1

頭のてっぺんから、足の先まで体じゅう全部の力を使って、
ただそれだけを願って願ってやまなければ、
その願いは必ずかなうと私は信じている。途中で迷うことなく、あきらめることなく続けられたら。
でも、
そんな願いは生きてる中でたぶんそんなに出てこない。
もし出てきたら、きっと、めぐりあえたすごい幸運。

東京で暮らしていたとき、阪神大震災があった。
朝のニュースで『状況が映らない』ほどのなにかがおこったとみんなが騒いでいる。
会えないかもしれないと思っていた彼がその場にいる?
優しくしてくれた彼の家族が震源地で暮らしている。
朝一番の営業先の日本橋で、アポをずらして百貨店にかけこみ、2Lの水を2ダース買った。
ほかに何をしていいのか思いつかなかった。
百貨店のなかも水や災害用品を買いに来たひとがつめかけてきていて、
たくさんのひとが配送を頼んでいたが、神戸や大阪は状況がわからないので受けられないとのこと。
水を担ぎ出して近くの郵便局に持ち込んだ。
見ず知らずのビジネスマンが一箱運ぶのを手伝ってくれた。
郵便局でも配送は状況がわからず確約できないという。それでも、伝票を書いて頼んできた。
涙が出て洟が出て、みっともない姿だったろうわたしに、
何人ものかたが『無事だといいね、届くといいね』と声をかけてくれた。ありがたかった。
このひとたちが彼のそばにいたらいいのに、と思った。

会社にもどる道すがら、ただ祈った。ほかになにも思いつかなかった。
無事でありますように、無事でありますように、無事でありますように。
途中何度も「なぜもっと早く連絡しなかったんだろう」「ほかにもっとできることがあったかも」
「わたしの助けなんかいらないっていうかもしれない」…いろんな気持ちがわいてきた。
ただ、このちっぽけな「念」が、どこかに響いて、なにかおこるかもしれない。
ただ、無事でありますように、無事でありますように、無事でありますように。

日を追って被害の詳細が東京にも伝わってきて、荷物など届くはずがないことを知った。

意識にのぼるたびに、「無事でありますように」を繰り返した。
合間に仕事をしてた気がする。もっとも、仕事先も全国なので、関西のかたと連絡を取るたび
思い出していたから、ほぼほとんどの時間、祈っていた。

そして、しばらくたったある日、自分の家にはがきが届いた。
『自分も家族も無事だ、心配ありがとう』と書かれている。
懐かしい時間のころの、優しい字がそこにのっていた。
水が届いたのか、いつ届いたのか、彼がそのあとどうするのか、ちっともわからない。
でも、不思議と体の力が抜けた。
もう、これでいい。願ったのは、『無事でありますように。』ただそれだけ。
役目はこれでおわり、と、なぜか思った。

自分の家族に見つからないように、ふとんをかぶって『ああああ!!!』と叫んだ。
頭痛がするまで泣いていた。

震災ではもっとつらい目にあわれたかたも、いまもがんばっておられるかたもいらっしゃる。
彼はその後行方不明になってしまった。
あのとき、力いっぱいの祈りをさせてくれてありがとう。
いまも、あなたやあなたのまわりのかたすべてが幸せでありますように、と祈ります。
こんどはおだやかな気持ちで。

これからのわたしの課題。
大切なかたたちを思って、いつも、ずっと、幸せでありますようにと祈ること。
これから出会う人たちを思って、出会うときにふさわしい自分になれるよう背筋を伸ばすこと。
それから、嫌な思いをさせられて、もう二度と会いたくない、会わないと思っていた人へ
いつか『その後いかがですか、どうか幸せでいてくださいね』と『心から』祈れること。

これができたら、すごいなあ(笑)生まれてきたかいがあるってものです。

全1ページ

[1]


.
hirohiroyutorin
hirohiroyutorin
女性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

標準グループ

スピリチュアル

(*^_^*)

写真・絵・言葉

ハワイアン

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事