風と、水と、光と。

ひとつ選んで、こうなって、またひとつ選んで、ここにいる。なるほどね、なんて。

わたし

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夏休み最後の一日ですね。
お昼過ぎから、ゆとりはぱぱとプールにでかけて、
ひょんと、

やっと、自分の時間がもどってきました。

半年ちかくも放置のままのブログに、
やっと気持ちを向ける余裕がもどりました。

たくさんの足跡、メッセージ、ほんとにありがとうございます。
いま、やっと読めて、
すごく胸が温かくなりました・・・。
いっぱい励ましてくださって、ありがとう!


偶然というか、知らせがあったというか^_^;
急に胸に意識が集まり、
調べてもらったら、いままで左胸にちょこっとあったしこりというかかたまりというか、
それが成長しちゃっており、
おまけに右胸とおなかにもカゲがでていたので、

ちょっとばかり、
いえ、ほんとは、かなり、
へこんでおりました。

検査に行った先の病院のベンチで、
検査着すがたの自分が、待合室の大きな水槽にうつったのを見ているうちに、

いつのまにか、わたしの両方の目から涙がごろんごろんとおちていくさまを、
まるでひとごとのように、感情がなにひとつ沸いて来ず、
不思議な思いで見つめている自分が、

なんだか変な感じでした。


身体と、こころが、べつべつになるってこともあるんだ・・・なんて感じでした。


おかげさまで、結果は最悪にはいたらず、
ちょっと短い期間での経過観察でしばらく、ということになり、

一段落してはじめて、
わたしの両親含めて家族の手厚い思いに守られていたことと、
ひとまずまだ先の予定をたてられる時間をもっていることに感謝しつつ、

いま、こういうできごとにめぐり合った意味について、
考えるときなのかな、と思えるようになりました。

わたしはこのことで、何を見出すことができるのだろう。



やりたいことはいっぱいある。
守り育てたいものもいっぱいある。



時を同じくするように、

わたしは、
ずっと探した、消し去れなかった、
わたしにとって大切な出会いをしたひとの消息を
突然、そしてやっと、知ることとなりました。
・・・13年ぶりに。



なぜ、今?



いまのわたしには、なんとなくわかるような気がします。
“・・・今、だから。”

でも、今、何が起こっているのか、実はよく、わからないのです($・・)



これからどうしたらいいのか、
どういうことを、わたしは選んでいくのか、



いまやっと、背筋を伸ばして、
目の前に広がることを見つめようとしているわたしがいます。


不思議なことに、
このネットの上の世界から、
もうすこし何かがわかる気がして、


自分のこころに寄り添って、この場にいることを感じたいなと思っています。



ご縁をいただいて、わたしのブログに触れてくださったかた、
こころから、ありがとうございます。
いつか、ご恩返しができますように・・・。

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しばらく時間があいてしまいました。

見に来てくださっている、温かいみなさま、ほんとうにありがとうございます。

おかげさまで、元気でいられています。

近くの手芸やさんの縫製下請けで、縫い物をして対価を得ることをはじめさせていただき、
いただく対価以上の何かをいつももうひと縫い、かならず添えています。
(なのでかなり時間がかかって・・・^^;よい修行をさせていただいてます)

ハワイアンキルトも、ひとへ伝えるための準備を小さく小さく積み重ねています。
先生はじめ、仲間や家族のたくさんの力添えをいただいて、感謝いっぱいです。

フラも新しい先生のもと、しっかり足の裏を大地につけて、
娘と同じ振りの曲を踊れる、ほんの一瞬のしあわせなひとときを味わっています。
もうすぐ、菜津子ちゃんたちと同じ舞台に・・・。


3日前、長い時間を越えて、
たくさんのことが一気につながってきそうな、『再会』をしました。

まだこころのなかをすべてつかみきれていませんが、
大きな波がきたことだけはわかりました。

自分の記録を読み返したくて、
ブログに戻ってきました。
書き留めておいたこころといっしょに、いまの波に向かって立っています。
あのころの日記もひっぱりだして・・・

途中なんども書けなくなったり、読めなくなったりしましたが、
『ここにブログを置かせていただいていた』ことが、
いまのわたしを大きく支えてくれています。
たくさんのひとがくださった、温かいコメントが、
あらためて心にしみいっています・・・


もうすこししたら、いくつか記事を書こうと思っています。
また、たくさんの尊敬するブロガーのみなさんのところへ、
いろんな気持ちを教えていただきにいこうと思っています。


読んでくださっているあなたに、気持ちを向けてくださってるあなたに、
心からの感謝をこめて・・・

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今日は横浜、初雪です!

いつも寝坊のゆとりが、『雪!』のことばにがばっと飛び起き、

だるまのように着込んで、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、
お友達と雪合戦かな、雪だるまかな、と、
わくわくして学校へ行きました^m^。

そんなには降らないかもだけどね、楽しみだね。



わたしが小学生のころ、

雪が降ると、服の袖か裾の色の濃いところをつまんで、
降りかかる雪を乗せて、

『じい〜〜〜』っと、雪のつぶのかたちをみるのが大好きでした。

虫眼鏡つきのちいさな定規をもってきて、
本に載ってるとおりの、美しい形の結晶を確かめることができると、
もうそれだけでわくわくでした・・・

はためには、ただ、じいっとしゃがんでる子供にしか見えなかったようですが(笑)。



小学生のころ、
東京に過ごす関西弁の女の子のわたしは、
かなり『ひとりぼっち』でした。

忙しく働く両親に『いい子ね』といわれたくて、
きちんということを聞き、
本の中の世界へいつも入り込んでいた・・・


そして体は大人になっていっても、
『ひとりぼっち』癖からどうしても抜けられなくなっていたわたし・・・



たくさんの時間のなかでの思いを経て、
ほんとはさみしかった『ひとりぼっち』から、
すこしずつ抜け出したいと思っている自分を認めています。

子供時代を子供らしく過ごしているゆとりや、

ご縁があって触れ合えた、大切な大好きなお友達が、



今朝のこの雪を『温かい』と、
いま、わたしに感じさせてくれるのです。


そこに居てくださって、ありがとう!
ここに居させてくださって、ほんとうにありがとう!

今年、わたしの中でおこったできごとを、書かせていただけたらと思います。

一部、おどろおどろしい事柄もございます、
読むのはちょっと、という方、申し訳ございません、どうぞ画面をとばしてくださいませ。

ただ、このできごとを目に留められることで、ご自身の厄除けになるかたもいらっしゃるかもしれませんし、

わたし自身は、現在落ち着いて、しっかり地に足をつけた感覚がありますので、
この記事にあるどんなささいなネガティブな感情も、すでに過去のもの、
読まれる方には何にも感化することはないと、びしっとイメージを広げた上で、書かせていただきます。


***

年明け、般若心経を聞かせていただく機会に恵まれまして、そこで、
わたしの中の、かすかな『興味本位の祓いの力への憧れ』が、
わたしのからだとこころをゆさぶってしまいました。
(しばらくしてから、そんなところかなあと、推測しているのですが。)

結果、その場から胸が重苦しくなり、次の日から2〜3日40度近い高熱で動けなくなり、

脳内?首の上辺り?中から、外から、
『・・・助けて、助けて、・・・』と、数十人もの声が響き渡って、
起きていても、眠ろうとしても、ひょっと声におびえさせられて、

当然不眠は続き、気持ちがささくれて、ささいなことでいらつき、
目の下に黒々とくまがつき、ほっぺたが急にこけ、自分の顔がいやな人相に見えてきました。

そういうときに限って、
娘の幼稚園のお遊戯会のお手伝いで25枚もの衣装作りで、
手分けを手配したり、自分でミシンを動かしたりと作業が山ほど舞い込み、
当然にこにこ笑顔を作って人前に出る機会がふえ、

感情に任せて騒げたらどんなに楽になれるだろうと思いつつ、
次は、こういうふうにしなくちゃ、次は、これもしっかりしなくちゃ、と、
一連の動作を自分で自分に言い聞かせていて、
結果、その理性が、あぶなっかしい状態にかぼそい手綱をかけてくれてた毎日でした。

家の中の電化製品が、かなり壊れました。
パソコンも、誰かにメールしようとすると、かたまります。

3月に主人が乗船で家をしばらく空けることになり、
はやく自分がしっかりしなくちゃ、と

いっこうに止んでくれない頭の中の声をとめてもらおうと、
とても信頼している、横浜の霊能師の女性へ連絡をとろうとしたら・・・
彼女が体調を崩し、無期限の活動停止をしていることを知りました。
わたしの中で、この状態の解決の手段がまったくわからなくなってしまいました。

こういうときは、いろいろ重なってくるものです。

月の生理のときに、いつもずきずきと異様に痛む胸が気になっていたのですが、
健康診断で、胸に腫瘍の疑いあり、の結果が出てしまいました。

痛む胸はもう数年続いておりましたので、
結果を知らされたときは、ああ、胸を削るくらいでことはおさまるだろうか・・・と、
体中が冷たくなるのを感じました。

息苦しくなる思いの中で、
いま、こんな状態でも明るいイメージをすることができるかどうか
試されているのかな、と思えるときもあり、
事実、何度も、もうこれで悪いことは終わり、すぐに明るく楽しい毎日がやってくる!と
大好きな縫い物や、きれいな曲のフラを練習し続けることとかもして、
試行錯誤してみたのですが・・・

胸の再検査は、その後良性と診断がおり、突然の死の恐怖から逃れられ、
実際、ときどきかなり抜け出て楽になったような感覚もあったのですが・・・


残念ながらまだ天災は続き、ゆとりを乗せている運転中に車をぶつけられたり、
デパートの駐車場で追突事故にあったりと、
ダメージの形はどんどん大きくなっていきました。
(今になって思えば、事故の形態のわりに、誰もけがもなく、むしろ何かに守られていたような
 ところも大きくあるのですが・・・)

夏のお盆のころは、昔からかなり感覚が重くつらくなるのですが、
今年は輪をかけて重苦しく、夏休みのほとんどを、ゆとりを実家に預けてひとりで過ごしました。

このころだったでしょうか、
何かをしようとすれば、からだの中から『・・・そんなの無理だよ』『・・・できないね。』と、
わたしの気持ちを凍らせるような言葉が聞こえてきて、
あるときは、『おまえには、決してどうすることもできないね、ざまあみろ』と・・・。

わたしは、それからずっと願い続けました。
『見えないものは、見えないままでいい、何も感じなくていい、
どうか、何も感じられないようにしてください!』

実は、般若心経を聞く前に、ある場面で、
とてもとても温かい、すでに亡くなっているはずのかたのすがたをはっきり感じたことがあって、
確かに、見えなくても存在する思いがある、と感じさせていただけたことがあったのですが、

見えない世界はわたしが思っていた以上に
たくさんの思いがひしめきあっていて、
決して、あのときのあのかたのように、優しく見守ってくれる思いだけではないのだと、
ただそれだけを知らされている気がしました。

見えるもの、感じること、人の声、思い、
見た目や語りかけられる言葉とは別の思いが、わたしの中に流れ込んでくるようになりました。
知りたくないです。でもブロックできません。
外に出るのがおっくうになりました。
(ただ、身内や、友人では、こういうウラの気持ちは流れてきませんでした、助かりました)

時を同じくして、このころ、別の声もわたしの中に響いてくるようになりました。
『もう、だいじょうぶ』『すべて、ここまで』『自信をもって』
目の前に突然、白や黄色の光が点滅して見えたり、全身かあっと熱いくらい温かくなったり。

ただ、正直、このときは、ああ、こんな幻見るようじゃ、そろそろわたし限界かも、と
自分の精神状態を疑いかけておりました。

そして、やっと主人が乗船勤務を終えて家に戻ってきました。
主人がもどってきて、たわいのない話をしてくれるだけで、
少し、自分の中の緊張感がとれていくのを感じました。


今にして思えば、脱出のきっかけはこの場面でした。

わたしは友人3人とともに、一度はとてもお世話になった方と離れることになりました、
お世話になり始めたころはとても熱心な楽しい方だったのに、
最近は心無いきつい口調や態度で、わたしたちはとても悲しい思いをしていました。
言葉を選び、わたしたちは、今までのお礼のことばを添えて、お世話になりましたと挨拶しました。

次の日、そのうちの1人が、その方が最近痛めている足のつけねと同じところが痛くて痛くて
動くのがつらいといいだしました。
みんなで集まってみると、いきなり足を引きずっているので、
彼女の腰の辺りに目をやったら・・・

しがみついている、手がみえました。これって、あの方の手そっくり・・
見えたことより、似ていると判ったことのほうがわたしにとっては強い驚きでした。

普段持ち歩いているクイントエッセンスも、たまたまこの日家に置いてきていて、
もっともそれでなくても、わたしには何も出来ません・・・
でも、彼女はかなり暗示に弱いタイプです。
見たそのままを言おうものなら、寝込んでしまうでしょう。

『わたしの中』が、できることをしてあげて、といいました。
思いつくまま動いてみました。

彼女の後ろに回り、腰に手を当てさせてもらって、般若心経の終わりの数行のあの言葉を
彼女に聞こえないように小さく唱えました。
『ここの手』には聞こえるように、彼女から、離れてください!と。

この友人たちには、黒いものが見えたりいやな気配が感じられたりしたときは
話したことがあり、また友人たちもわたしを信じようとしてくれていたので、

いやな感じがしたけど、疲れてるせいもあるんだよ、
このへんぱんぱんたたいて、あとはお塩いっぱいいれたお風呂に入って、
ぐっすり眠ればだいじょうぶだよ!と笑っていいました。

せめてこの適当な暗示が彼女を楽にしてくれますように、
変なこと信じないほうが、楽にはねかえせるに決まってる、と思っていました。

結果、
やっぱり、吸い込んでしまったようでした。わたしが祓えるはずがなかった・・・。
いきなり息がつまり、それから眠くて眠くてたまらなくなり、
とんでもない数のげっぷがでてきて、
次の日、顔と、手と足の甲以外、全身に発疹が出始めました。
みるみるうちにひろがって、ものすごいかゆみが襲ってきました。

皮膚科に飛び込むと、『慢性蕁麻疹』の診断。
原因の特定が難しく、ふつうの蕁麻疹と違って何日も何週間も出続け。
最初の数日はあまりのかゆさに一晩一時間も眠れませんでした。

ところがかわりに、あの暗い悲しい、わたしの中の声が、止まったのでした。

彼女は次の朝には、すっかり足が軽くなった!と言ってきました。

蕁麻疹がおさまってきたところで、ふと、『これで終わったね・・・』と声がしてきました。
気持ちがとても軽くなっている自分を見つけました。
そして、胸の中が明るく温かくなっていることにも・・・

現在、わたしのからだはまだかなりのヒョウ柄でして、
ゆとりに見られて、『ママ!痛い?かわいそう!!!』と大泣きされたりもしましたが、
もうかゆみもほぼなく、むしろすっきりしつつあります。


わたしのからだの中の声は幻聴かも知れず、
わたしのみたものは幻覚かも知れず、
暗示に弱いのは、誰よりわたしが一番だったような気もするし、
まだ、わからないことも納得できないこともたくさんあるのですが。

困ったことが確かにたくさんおきましたが、
そのつど、とてもいいタイミングで救いの手があったことも確かでした。

このまま、感じなくなっているかもしれません。
温かいものだけ、感じられるようになれたらいいと思ったりもします。



わたし自身の身の丈を、自覚した学びとなりました。
そして、これからしばらくあとに、
こういう学びをした理由がわかるような気もしています。漠然とですが。

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ほんとうにごぶさたいたしました。

突然、なんの更新もしなくなり、ほぼ一年がたってしまいました。

きっかけがあり、
自分のからだとこころを見失っておりましたが、
ようやく、暗闇から抜け出せてきました。

ネットでも、暗闇を伝えてしまうのが怖くて申し訳なくて、
自分のブログを自分で見に来ることすらできずにおりました。

おかげさまで、とてもよい学びのときを過ごしてまいりました。

主人は船に乗り、7ヶ月の乗船勤務を終えて、また一緒に暮らせる毎日が始まっています。
ゆとりも小学校に入学、元気にフラを踊っています。
家族のことでなにかあったのでは、というご心配の思いをいただいて、
申し訳ございません、おかげさまで家族幸せに暮らせております。

わたし自身は、ハワイアンキルトと、フラに支えられながら、
あちこちからだとこころをぶつけまわりながら、
やっといま、生きてる幸せをかみしめております。


わたしがいまここにいられるのは、
知らずとも、聞かずとも、ずっと心配してくださり、祈ってくださっていた
みなさんの思いのちからが、わたしへひかりを送ってくださっていたのだと、
ようやく感じることができました。


心から、心から、感謝いたします。
わたしは、ひとりぼっちではなかった。
感謝いたします。


放置していたとんでもないわたしのブログに、
びっくりするくらいの数々のご訪問と、
たくさんのコメントやメッセージをくださり、
ほんとうにありがとうございます。
時間をかけて、ゆっくり受け取らせていただきますね。

また、みなさんのブログへ、
ぜひいろいろな学びをしにうかがいたいと願っております。
どうか、よろしくお願いいたします。


さしのべられた、ほんとうにたくさんの温かい思いへ、心からの感謝を込めて。

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