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ずいぶん前から、わたしは闇の中にいて、
そこから、いつか見える光をめざして、進んでいるような気がする。
黒い夜の海の中を、波しぶきが船の後ろへ白くラインを書いて
エンジン音だけが低く響きながら、暗い中を進んでいく。
幼稚園児のころに見えた灯台のひかりは、シマ先生。
『大阪から、ひとり東京にいって卒園式を迎えても、先生は忘れないからね』と
そこから10年間も、年賀状を送ってくれた。
小学校3年生のときに見えた灯台のひかりは、エハラ先生。
『子どもなのに、疲れたなんていうんじゃないよ。できるよ、さかあがり、きっとできる』と
力強いひかりがおしりをたたいて鉄棒をあがらせてくれて、わたしに初めて自信のかけらをくれた。
中学校3年生の、クラスの誰もがわたしの存在を消す“無視”のいじめにあっていたとき、
母の勤めていた病院のテラツカ総婦長さんが、ある日わたしをじっと見て、
『お留守番するあなたのおかげで、お母さんがたくさんの患者さんのお世話ができるのよ、
ありがとうね』と、
わたしがいるささやかな意味をひとつ、ぽんとひかりにして投げかけてくれた。
高校生のときに読んだ、ある新聞記者の本もまた灯台。
バッシングをいっぱい受けていながらも、どうしてもこのことはきちんと伝えますと
戦争や差別の事例をつぎつぎに書き続けているのを読み、
仕事をするなら、こういう誇りをもった仕事をしたいと、
ぼんやりしてた学校生活の舵をぐいっと切り返した。
大学で出会ったゼミの先生もまた灯台。
『書け、書け、とにかく書け』『死ぬときにどう死ねるか考えろ』
あのときはみんなで、また言ってるってつい笑い飛ばして、ごめんなさい。
いまごろ先生のことばを思い出してます。
勤めた会社の4人目の上司、K部の部長補佐もまた灯台。
『人間はしゃべる葦なんだ、ひととしゃべってるうちにいろいろわかってくるんだ』
研修プログラムの中での、営業に企画に運営に、いろんなお客さん相手。
たくさんのトラブルにも出会ったけれど、いつもそこから
最後はお腹のそこからでてくる『やったあ!』の達成感を感じさせてもらった。
わたしが、生涯の夢となるひとをぽっかりなくした暗闇から、
ひとつひとつ、日々の仕事を重ねていくことで、失った自信をとりもどさせてくれた。
結婚して、もう平凡な暮らしをするのだろうと思っていたところに、
降りかかった課題。説明もつかず頭をかかえた。
ご縁があった若い女性の声が、澄んだワンドのひかりを添えて黒雲を払ってくれた。
はるか昔のできごとを語ってもらった。
見えない世界を初めて真横に感じたできごと。
状況はたしかに好転した。
好転したものの、自分の後ずさりでいくらでもまた悪いことがでてきてしまう、
自分自身次第、前向きに暮らすようにといわれて、
きゅうにこわくなり、自信も消え途方にくれかけたとき、
出会った白いひかりのブログの声。
『大丈夫、大丈夫、こわくないこわくない。』
ひかりを胸の中に入れて、祈ることを教えてもらった。
その後、時を経て、大切な存在も、見つけてもらった。
いつ、出会った灯台も、
どれもみんなやさしいあたたかいひかりで、
わたしは思わず進みすぎて、そこにぶつかりそうになった。
むりに灯台に近づきすぎて、むりに灯台のまねをしようとすると、わたし自身が壊れてしまう。
灯台は灯台。わたしはわたし。
灯台に道を教えてもらいながら、進むのはわたし。
眼をこらして周りを見ることができると、
ある灯台は岬の上にそびえて、
ある灯台と思っていたものは、別の船だったりするのを見つけられる。
数え切れない船が、ぽつぽつと並んで走っている。かたちのわからない海を進んでいる。
わたしもそのなかの船のひとつ。
このさきいくつも、美しいひかりの『灯台』を見つけて進む。
いつか自分自身も、中から湧き出すひかりをつくれるようになり、
そのひかりを見つけて、使ってもらえるようになりたいと思う。
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