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街を、空いろのタクシーが、走っています。
うんてんしゅの松井五郎さんは、いままでにもたくさんのお客さんを乗せてきました。
お客さんはみんな、松井さんの優しいこころくばりに、胸をあたためて降りていきます。
今日は、いつもの駅前の大通りを『遠まわりしてください』というお客さんがたくさんいました。
12にんめの、松葉つえをついたおばあさんが、松井さんにわけを話してくれました。
33年前のきょう、この国はいくさをしていて、30機のB29が、この街の空に飛んできたことを。
そして、しょうい弾がつぎつぎおとされ、町は火の海になって燃えたことを。
〜こんなすずしい車で、あのつらい火の道をすいすいとおりぬけることが、つらいんですよ〜
そんな暑い一日の終わり、また、乗ってきたお客さんにまた遠まわりといわれて、
松井さんは、ずっと待っていた人にであったような気がしました。
うしろの席から、男の子のかわいいわらい声が。
「ちゃあちゃん、だめよ」とおかあさんがたしなめています。
男の子はまた、わらいながら、「みてみておかあちゃん、ほら、犬だよ」
「あ、あのおじちゃんったら」と、外のけしきを、おかあさんとたのしんでみているようです。
赤信号でバックミラーを見ると、まゆをふかくよせた、しらが氏の顔が見えました。
(しらが氏と、おかあさんと男の子は、まるでしらないどうしみたいだなあ)と
松井さんは首をかしげました。
しらが氏が、笑っていなかったからです。
ひまわり橋をすぎたところで、男の子の声がしました。
「おかあちゃん、おとうちゃんったら、ねむったよ」
「ええ、おとうさんは、このごろ、とってもつかれているからねえ」
おかあさんがしんぱいそうな声。
(なあんだ、このしらが氏は、この子のおとうさんなんだ) 松井さんはおもいました。
男の子が、言いました。「ぼく、びゅんびゅんかぜにあたりたいよう」
松井さんが男の子のほうのまどガラスをすこしだけ下ろすと、
「あらっ。」とおかあさんがびっくりした声をあげました。
「ぼうや、ちゃあちゃん。おとうさんがねむっているから、ちょっとだけにしようね」
話しかけた松井さんに、ありがとうを言った男の子は、
「ねえ、おじちゃん、ぼくのこえ聞こえるの? ぼくが見えるの?」とたずねます。
松井さんが、「そりゃあ見えるとも、目がふたつあるからね。」と笑うと、
男の子もうれしそうに笑いました。
車は、やがてみどり町3丁目のあたりにはいり、おかあさんの声がしました。
「つぎの道を、右にまがってください」「この道を、つきあたりまで、まっすぐ。」
男の子が、かさねていいます。「まっすぐだからね。」
車は、いけがきのある家の前でしずかに止まりました。
「ありがとうございました」「おじちゃん、ありがとう。」
男の子と、おかあさんがおりていきました。
(あれま、おとうさんをおこさないで、おりちまったよ)
松井さんは、しらが氏に、「お客さん、つきましたよ」と声をかけます。
しらが氏は、びっくりして目を覚まします。「え、どこにつきましたか。」
「こんな路地の中まで、よくわかりましたねえ。」
しらが氏に、松井さんはいいます。
「あのかた、おくさんでしょう。いっしょのかたに、おしえてもらいましたよ。
ぼうやの名は、ちゃあちゃんでした。」
とたんにしらが氏は、うめくような声を出して、家にかけこんでいきました。
そしてしらが氏は、赤い目をしばたたかせて家からでてきます。
「うちじゅうをさがしました、でも、いません、・・・いないんです」
「わたしは、かないと、むすこが、いっしょに車にのっているたのしいゆめを見ていました。
かないとむすこは、33年前のきょうの空襲のとき、しにました。いくさにでかけたわたしが
生きのこって帰ったとき、るすばんをしていたあのふたりは、・・・しんでいました」
夏の夜のかすかな風が、むきあっているふたりの男のあいだを、とおりすぎていきました。
とおくから、川のながれる音がきこえてきます。
***
あまんきみこ・作 北田卓史・絵 『続・車のいろは空のいろ〜しらないどうし〜』より
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