無題
終戦日を迎えて
2011/8/16(火) 午前 9:47
66年前の終戦日のことは鮮明に記憶に残っていろ。当時私は小学校6年でした。玉音放送を聞くため村の集会場に走った
毎年今日を迎えると、新たな思いを迎えるのです。今まで生かされたことに感謝です。
あの陛下の放送を聞いた(玉音放送)その時私たちは佐世保の2つめの川棚で学徒動員で鹿児島の田舎の女学校
今の高1の4月から川棚海軍工廠にきていました。近くに、大刀洗飛行場、大村空軍があり、毎日のように空襲警報でした。町はいなかで山に囲まれ湾になり、山を掘り進めトンネル式工場になっていました。
作ってたのは人間魚雷の1部です 回心の映画ご存じですか?
敗戦を知り泣きながら・・・・・汽車に乗り2日かかりやっと鹿児島に着きました いなかの町、町、焼け野が原でした。我が家に着くと, 皆奥地え逃げて村も人影すらあ
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