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先述した中心静脈栄養で施設入所して、急速に食事摂取を回復した高齢者が、元気になった矢先に、施設内で転倒してしまった。以前左側の大たい骨を骨折した既往があるが、今度は右側の骨を折ってしまったのだ。
寝たきりだと起こらない事故が、回復して動けるようになると起こってしまう。残念ながらこういう事例は非常に多い。元気になると、事故リスクが増えるのだ。しかしだからといって、必要なリハビリを行わなかったり、抑制して元気ない状態に高齢者を追い詰める理由にはならない。慎重な対応が必要だとしか言いようがない。
以前から抑制を主張していた家族は、「こんな事故になるなら、やっぱり抑制してもらっておけばよかったのだ。」と語気を強める。一方で今回は施設のスタッフも、事故については謝りながらも、「抑制はできないし、すべきではない。むしろ元気なったこの流れを大事にすべきだ。」と主張する。
お互いが相容れないと聞いて、私は患者さんが入院している病院に向かった。
こういうとき、病院の対応がかぎになる。つまり施設側も家族もどちらも当事者である。ある意味私も当事者だ。家族と施設側どちらの言い分もあるとき、第三者でありなおかつ病気や高齢者の療養に詳しい病院の担当者が語った言葉がすべてを左右するのだ。私は担当の看護師と一緒に家族と面談した。
担当の看護師さんが、「ここまで元気になったのは施設のおかげ。食べれるようになっただけではなく、動けるようになったことを喜ぶべきですよ。」と家族を諭す。「せっかくここまで元気になったのだから、折れた骨の手術をしたら、早々に退院しましょうね。」「病院にいたらまた元気なくなってしまうから・・・」とうまく退院方針まで持っていく。
これには家族も黙らざるを得なかった。
私も横で見ていてあっけにとられるやり取りだが、看護師さんの行動力はそれだけでは終わらなかった。さらに今回の骨折を担当する整形外科の主治医を捕まえて、3日で退院させてあげてください。と詰め寄る。「早く退院して施設で見てもらったほうが、この方はいいのです。」主治医も緒って面食らったみたいだが、彼女の言うとおり術後4日目に退院することとなった。今度は私の番だ、「早めに帰りますので、その後の全身管理と抜糸などをお願いします。」もちろん私に異論はなかった。
しかしこの作戦は成功した。当初転倒など施設のケアに不信感を強めていた家族の不安を治めると同時に、患者さんもほとんど生活障害を強めることなく、施設に帰ることができたからだ。
3日後施設の食卓には、以前と変わらぬ姿で食卓を囲む婦人の姿があった。
「お世話になりました。」とまだ手術の傷がいえていない高齢女性は頭を下げた。
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