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それなのに私たちはいつも片親だけのキャンプとなる。
ほとんど家に帰らない父親が、母親抜きで子供たちと水入らずの時間を持ちたいからというのが理由なのだが、周囲はなぜ父親だけなのだろうと、それとなく事情を慮るようである。
この行事は3年目を迎えている。
いつまで続くのかはまったくわからない。今のところは、私も子供たちも気に入っているが、いつか私の都合か、もしくは子供たちの嫌気が破綻のきっかけになるのだろう。
かつて私には家族が永遠だと思えていた時期がある。私が子供のときのことである。
銀行員だった私の父親は、実直な性格だった。そして母親もそれが当然だと思っていた。毎日夕方決まった時間に帰宅して、決まった時間に入浴し、そして決まった時間に夕食をとる慣わしだった。そして私たち子供たちもそれが永遠に続くものと思っていたのだ。
母親の闘病、そして死によって、いともあっさりと家族が崩壊することを知った私は、家族のはかなさと同時に、貴重さを実感した。
家庭が崩壊していると言われて久しい。家庭内暴力・家庭内別居、介護放棄・・昨今の家族崩壊を表す言葉に枚挙に暇がない。
しかしこれらの言葉はまだ家族の絆は強いということを前提としているように思える。
先日人口問題の専門家から伺った話では、今の日本で問題なのは、高齢者の増加以上に若い人の未婚率の増加、出産率の低下が著しいことだと言う。しかしこの事実を知り、そこに問題意識を持っている人は少ない。
子達が大きくなったとき、家族というユニットがどのようになっているのか私には想像できない。
今の家族とはまったく違った意味を彼らは創設しているかもしれない。
あるいは今とまったく同じなのかもしれない。
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