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はじめに
私は13年間、東京・新宿を中心に在宅診療を行ってきた。その間介護保険の施行や在宅療養支援診療所の成立など在宅療養をサポートする地域の介護、医療提供体制は著しく進展し,いまや親身な介護者さえいれば、重症度の高い患者も在宅療養が選択できる時代を迎えることができた。しかし一方で、ますます家族介護力が低下し、高齢者の孤立化が進みつつあり、在宅療養を選択できる高齢者が増えていないことを鑑みると、従来の退院支援型在宅医療の限界を感じざるを得ない。今後すべての高齢者が、地域で療養を完結出来るためには予防から急変期、回復期、安定期さらには終末期までを一貫して対応し続けることができる在宅ケア・在宅医療が望まれる次第である。さて本稿では、新宿区医師会診療所(在宅療養支援診療所)の活動や今後の展望を述べながら、従来の退院受け皿やターミナルケア中心型の在宅医療提供機関としての在宅療養支援診療所から、社会生活基盤としての在宅療養支援診療所への変容を模索している状況を概括したい。
新宿区医師会診療所の変遷
新宿区医師会診療所は、昭和50年に開設された医療機関である。もともとは区民のための夜間・休日診療を会員医師たちが交代で担当するために設立されたものであり、これまでも地域の一次救急医療体制構築に非常な実績を発揮してきた。しかし本診療所の機能は、外来通院可能な患者のための救急医療提供であり、外来にこれない高齢虚弱患者の対応が課題であった。さらに昨今はかかりつけ医による在宅医療の提供も進展しており、かかりつけ医の在宅医療支援の必要性も増加してきた。
実際、平成19年に新宿区医師会で行ったアンケート調査では、多くのかかりつけ医からも休日往診代行などの必要性を指摘された。(アンケート図)これらの事情から、平成20年6月より、新宿区医師会は新宿区の協力の下、新宿区医師会診療所に非常勤当直医を擁する夜間往診代行センター(仮称)を設立した。当初は夜間往診代行のみ、さらに在宅療養支援診療所である医師会員医療機関のみに利用が限られ、まずは主治医に電話連絡があり、主治医の要請の基に当直医が出動するという制度であったために、利用が限られていたが、同年12月より24時間365日対応体制となり、「しんじゅく医療あんしんカード」保持者の直接の往診依頼にこたえる形へと変更して以来、徐々に利用実績が増加した。さらに平成21年7月より本新宿区医師会診療所が在宅療養支援診療所となり、単回の往診対応だけではなく、数回の連続往診を行いつつある程度の調整期間を設けて在宅療養環境整備が可能になることで、さらに業務拡張を図れる基盤整備が行われた次第である。
新宿区医師会診療所の展望
本診療所が担わなければならない機能は、
・ かかりつけ医支援機能
・ 独居高齢者など虚弱高齢者の生活支援医療
・ 在宅医療担当者の養成機能
・ 在宅関連諸団体との連携強化
・ そのほか(採算性の向上・参加会員の増加)
に大別される。そこでこれらの項目について、今後の本診療所の役割・展望を検討する。
1・かかりつけ医支援機能
先述の医師会で行ったアンケート調査でも、在宅医療を提供する医療機関は決して在宅療養支援診療所だけではないことが明らかになった。またこのようなかかりつけ医療機関が多く在宅医療を行っており、その多くが休日や夜間などの対応についての負担感が強いことが伺われた。さらに在宅医療に力を入れる在宅療養支援診療所でさえも、長期に24時間365に対応を継続することに不安を感じていることが伺われた。したがって、かかりつけ医・在宅療養支援診療所双方にとって、往診代行を行う意義は少なくないと思われる。現在本医師会診療所では、かかりつけ医からの直接の依頼によって、往診代行が開始される場合も少なくない。夏季や冬季などの休暇中の医療行為継続やターミナル期の継続対応、また看取りなどの突発的対応を代行することなどである。さらにこのほか、直接かかりつけ医からの依頼ではないが、カード保持者からの依頼で行った往診報告をかかりつけ医に返信することで、その後のかかりつけ医対応に資する努力も行っている。しかしこのようなかかりつけ医からの依頼はまだまだ少なく、今後さらに多くの医師会員の先生方に理解し、協力し、利用していただくための努力を継続する必要があると考える。
2・独居高齢者など虚弱高齢者の生活支援医療
平成21年6月に新宿区内に在住するおよそ6000名の独居高齢者に本システムの案内が行われたが、非常に多くの関心と興味を持って本事業の意義が受け止められ、これを機会に新宿区内にかかりつけ医をもちたいという声やかかりつけ医に本カードの発行を依頼する例が増えた。現在医師会が把握しているカード発行数は170程度と非常に限られているが、実際にはかなり多くのカードが配られていることが、実際に多くの往診依頼が、カードは持っていても医師会への登録が成されていない患者から来ていることで伺われる。今後様々な健康情報や介護情報などを医師会が広報したり、普段の生活配慮をより濃密に行うためには、カード保持者の実態把握に努める必要があると考える。
3・在宅医療者の育成機能
かかりつけ医のための在宅医療支援には、実際のかかりつけ医の患者の在宅療養を支援するという側面と、かかりつけ医に対して地域の在宅患者を紹介し、在宅医療参画を促すという側面がある。本医師会診療所が独居高齢者の一次在宅医療対応を行い、その結果在宅療養環境整備および療養方針などを十分策定した上で、適切なかかりつけ医療機関に継続診療をゆだねていくこととしている。実際に往診依頼は亜急性期などの対応から出発することが多いので、数度かの往診を行い、身体状況の調整、介護環境整備、さらには療養方針が確定した段階でかかりつけ医への移行を果たした例も出てきている。しかし患者移行に際して、対応の一元性も重要と考えるので、今後本事業に参加協力するかかりつけ医療機関を中心に紹介業務を行っていく所存である。
4・在宅関連諸団体との連携強化
在宅療養は訪問診療医のみで支えられるわけではなく、他職種の共同作業が望まれる。またさらに地域生活の見守りを多くの介護サービス事業者や地域包括支援センターにより担われている実情から、今後高齢療養者の療養を包括的に捉えていく必要がある。そのためには在宅療養手帳などの導入。地域包括ケアシステムの中での往診事業という捉え方をしていく必要があると思われる。
5・そのほか
採算性のみを問われる事業ではないが、継続のためには採算は大変重要である。そのためにかかりつけ医療機関や会員在宅療養支援診療所とのすみわけをしつつも、患者増加を目指す必要がある。
また現時点ではごく一部の医師会員によって担われている往診機能だが、今後本事業に参加してくれる会員をいかに増加させるかが課題となっている。
最期に
本事業を通じて、これまでだったら調子が悪いときに、紹介状をもらって病院に行かなくてはならなかったのに、家で往診での一次対応をしてもらえて、不要な受診を避けることができた。おかげで安心して家で介護ができるようになった。夜も安心できるためにかえって急変が少なくなったなど、利用した患者家族からの感謝の声は大きい。今後本事業が進展することで、高齢区民の不用意な病院受診ひいては社会生活中断が少なくなり、介護者に安心が広がるようになることが本事業の目標である。またこれまで地域医療は、個々の単独開業された開業医が中心に担われてきた。しかし昨今は開業事情も厳しく、新規で独立で開業するには困難も伴う。そこで今後は新宿区医師会診療所業務において初期患者対応を集約化し、その役割を担う中で開業をしていくという地域連携型開業もありえると考える。本事業がこのような連携型開業に資することを期待してやまない。
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