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現状、毎日のライヴ放送予定をチェック出来ないため、当面はネット音源のご紹介にフォーカスします。

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今回は書きかけの記事を中断し、先頃(7月14日)惜しくも亡くなられた名指揮者、サー・チャールズ・マッケラスの名盤をご紹介させて頂きたいと思います。共演はロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団、曲目はベートーヴェンの交響曲第7番を取り上げます。これは、『世界初の』ベーレンライター版の全集という触れ込みで、EMI(クラシカル・フォー・プレジャー・シリーズ)からのリリース時には異常な安価だったこともあり、クラシック音楽ファンの間で大変話題になった全集からの1枚です。マッケラスはその後、晩年の良好なパートナーであったスコットランド室内管を振って二度目の全集を完成させていますが(第九のみフィルハーモニア管)、やはりインパクトの強烈さという点においては、このリヴァプールのオーケストラとの旧全集に一日の長があるでしょう。

サー・チャールズ・マッケラスについては、どういうわけかスラヴ系音楽やイギリス音楽のスペシャリストというイメージが付き纏いますが、彼のルーツはアメリカとオーストラリアにあります。従って、その音楽を『本場物』とすることは出来ませんが、実際に彼の振るスラヴ系音楽やイギリス音楽には、本場物に優るとも劣らない素晴らしい世界が広がっていました。私も彼の演奏によってようやくヤナーチェクの音楽が分かるようになった、と申し上げても過言ではありません。以前、ドヴォルザークの8番及び9番の名演をご紹介した際、彼のプロフィールに簡単に触れさせて頂きましたが、これはプラハで直接ターリッヒに学んだ留学経験と全く無関係ではなさそうですね。ドヴォルザークやスメタナ、ヤナーチェク辺りは本当にどれも素晴らしい名演ばかり。イギリス音楽もエルガーやディーリアス等に数々の名盤を残していらっしゃいます。その他にも、マーラーの『巨人』やベルリオーズの『幻想交響曲』、ショスタコーヴィチの5番、シベリウスの2番、ムソルグスキーの『展覧会の絵』等、いわゆる『隠れ名盤』としてマニアに知られるところ。

さて、今回ご紹介するマッケラス先生のベートーヴェンですが、上でベーレンライター版による全集と書きましたが、基本的にはモダン楽器によるピリオド・アプローチですので、キリッと引き締まった爽快なテンポ感覚と、透明度の高い見通しの良いクリアな響きが特徴です。しかしながら、(聞いた限りでは)ノンヴィヴラート奏法ではないようなのでザラザラした感触は皆無、音量のボリューム感にも事欠かず、ピリオド楽器ほどに響きが薄くならないのは大きな美点と申せましょう。当然ながらヴァイオリンは両翼配置であり、特に今回の7番はヴァイオリンの掛け合いが執拗に繰り返し出てきますから、非常に効果的であると言えましょう。そして、この曲の『舞踏性』をこれほどまでにエキサイティングに表現し得た演奏を、私はクライバーと最近のダウスゴーの演奏以外知りません。従って、誤解を恐れずに言うならば『もしクライバー盤がこの世に存在しなかったら』という仮定の下に、私は、このマッケラス先生とロイヤル・リヴァプール・フィルとの演奏をスタジオ録音による最上位に位置付けるかも知れません。それほどに推進力が強く、生命力と躍動感に満ち、言わば『聞き古された』このベートーヴェンの傑作から、全く尽きることのない新たな表情がとめどなく溢れ出てくるためです。本当に何度でも耳にしたい『座右の名盤』と申せましょう。幸いにも全集の形で未だに入手可能なようです。ご興味のある方、まだお持ちでない方は私のこんな記事なんて読んでないで、今すぐにCDショップへ走って下さい(笑)


第1楽章

それでは細部を見てみることにしましょう。第1楽章の『ポコ・ソステヌート〜アレグロ・コン・ブリオ』は、序奏冒頭の和音から瑞々しいオーボエ等の木管に引き継がれるフレーズの部分から、速めのテンポでグイグイと進んでいくエネルギーを内に秘め、主部に向かって蓄えられるそのマグマのようなエネルギーにワクワクさせられっぱなし、いきなり初っ端から心を鷲掴みにされてしまうでしょう。ティンパニの鋭い強打と弦楽器の上昇音型は心臓の鼓動のようにえぐられ、聞く者の胸に迫ってきます。トゥッティの迫力ある鳴りっぷりも尋常ではない。私はこの曲の序奏でここまで興味を引き付けられた演奏は、正直言って初めてです。序奏から主部に至るブリッジ部分(3分8秒辺りから)のフルートは他の演奏に比べると若干技術的に破綻しているように聞こえるかも知れませんが、この演奏の『火の玉』のような高揚感に比べたらそれも些細な疵。主部のトゥッティによる主題(3分56秒から)は正しく歓喜の爆発、綺麗事の一切排された渾身の表現であり、録音時60代後半を迎えた老巨匠の衰えを知らないエネルギッシュな棒に、荒々しくときに響きが濁ることも辞さず、オーケストラが必死に食らいついていく様が実に感動的です。4分20秒過ぎからの第二主題も同じようなフレージングで奏され、引き締まった筋肉質の響きに魅了されます。展開部は7分35秒から。ここでは8分56秒からの、トゥッティによる付点リズムの繰り返しの部分での厚みのある響きと、迫力ある鋭角的なリズム処理をまず特筆しておきたいですね。9分48秒からのオーボエによる第一主題の回帰は流れからしてアッサリしていますが、それも全体の推進力を損なわない好ましい表現。そしてコーダ(11分28秒以降)直前、サッと波が引いて一気に音量を増してコーダに雪崩れ込んでいく辺りの怒涛のような激しい表現(10分47秒辺りから)は、正しくマッケラス先生の真骨頂と言えましょう。流麗なクライバーを武骨にしたような熱の篭ったクライマックスに向けての絶妙な畳み掛け!

第2楽章

第2楽章の『アレグレット』。マッケラス先生はこの楽章の全曲に対する相対タイミングからすると、幾分ゆったりとしたテンポを設定しています(もちろん、他の演奏に比したら速めですが)。冒頭の木管の和音こそ不協和を強調した刺激的な強めの音量で驚かされますが、弦楽器によるテーマは音量バランスに神経質なほどに気を遣っていて、静かに、繊細に開始されます。そして、ジワジワとカンタービレを注入して歌い上げられていくのが美しい。ここでのロイヤル・リヴァプール・フィルの弦楽セクションの技量はなかなかのもので、その艶やかな音色が実に見事。ここでは弦楽器の両翼配置が効果を発揮し、普段ヴァイオリン・セクションとして一くくりで聞いているパートが左右に鮮明に分かれて聞こえてきます。2分59秒からの長調による中間部においても基本的にインテンポを保ち、爽やかな表情が魅力的です。第1楽章で『疵』と評してしまったフルートを含めて、木管楽器の柔らかく魅力的な音色とテクニックの奮闘が光ります。

第3楽章

第3楽章のスケルツォは『プレスト』。この辺りからマッケラス先生の棒にはより一層熱が篭り、フィナーレに向けてエネルギーを改めて蓄積しているような趣。正しくプレストを体現しているその快速テンポが特徴で、反復を含めて8分程度で一気に駆け抜けます。ここでも、冒頭から目立って優秀な弦楽セクションの見事なアンサンブルが非常に印象に残ります。マッケラス先生のリズム処理はキレキレで冴え渡っており、金管楽器やティンパニに至るまで、決して編成は小さいとは言えないと思いますが、その室内オーケストラのように小回りの効いたアンサンブルは素晴らしい精度を誇り、非常にシャープで推進力の強い演奏になっていることがお分かり頂けるでしょう。かと言って、決して鋭角的で刺激的過ぎるようなことはなく、むしろときおり柔らかさすら感じさせる演奏になっています。これは、オーセンティックな演奏でありながらピリオド奏法とは一線を画し、恐らくいわゆる『ノン・ヴィヴラート奏法』を採用していない、ということと無関係ではなさそうで、中間のトリオの部分(2分12秒から)でその柔らかく暖かい響きが、より一層明確になっていると感じられます。ここでのオーボエ、クラリネット、フルートのアンサンブルは地味ではありますが、かなりの好演と言えましょう。

第4楽章

第4楽章のフィナーレは、再び『アレグロ・コン・ブリオ』で正に輝かしさの極みとしか言いようのない、息もつかせぬ圧倒的なスピードと高揚感でこの楽章の極限の演奏が展開されていきます。これほどまでに他を圧する存在感を持った演奏を他に知らない、と断言しても良いくらいに初出時からその評価は全く変わっていません。この楽章では冒頭のトゥッティによる『ズン、ジャカジャン!ズン、ジャカジャン!』というリズムの処理が、その成否の全てを決すると言っても過言ではありませんけれども、マッケラス先生の処理は見事なまでに理想的であり、第3楽章でキレていたその表現に更に磨きが掛かっている印象です。全体的にバランスが配慮されてはいますが、その中でも金管楽器とティンパニをより前面に押し出して、聞き手の興奮を煽る抜群の構成。グルグル回るようなヴァイオリンによる第一主題も所々で開放弦の汚い金属音が聞こえますが、そんなことは一切お構いなしで押し通す潔さ!29秒からのトゥッティでは金管の雄叫びとティンパニの痛打が炸裂します。ヴァイオリンによる上昇音型が印象的な54秒からの第二主題は、特にフレーズ頭の音に強烈なアクセントをかけており、切れ味の鋭さはクライバー盤以上と言えるでしょう。今でこそベーレンライター版を用いた演奏では珍しくなくなりましたが、発売当初は私もこの表現には唖然とさせられたものです。そして、1分26秒から弦楽器間での目まぐるしい掛け合いから大きくクレッシェンドしていく部分ですけれども、ここでは両翼配置が抜群の効果を発揮し、左→右→真ん中…と、目まぐるしく音が聞こえる場所が変わるのは爽快の極みです。素晴らしく立体的な音場が作り上げられており、それを見事に捉えた(EMIらしからぬ)優秀な録音に、手放しで賛辞を送りたいと思います。そして、この直後のトゥッティがまた見事で、『全身是火の玉』のような渾身のタクトが楽員達を一心不乱の演奏へと導く、その魔法のような過程が大きな感銘を与えることでしょう。提示部のリピートと短い展開部を経て、5分10秒からの提示部の回帰、トゥッティでは提示部以上の迫力で、金管のパワーには私も改めて聞いて圧倒されっぱなしです。そして、6分58秒以降の目も眩むような輝かしいコーダ!弦楽器の掛け合いは両翼配置によって見事な音場を繰り広げ、第1・第2ヴァイオリンの対話がこのような掛け合いで成り立っていたのかと改めて気付かされました。そして、これでもかと執拗なまでに熱く燃え上がり、オーケストラを限界まで煽り立て、圧倒的なクライマックスを築き上げています。超名演!


総括

このマッケラスのベートーヴェン全集、残念ながら第九だけはその疾風怒涛のようなスピード感が仇となり、軽重浮薄な印象が否めず、私としては物足りないんですが(全体で62分を切る破格のスピードは大した問題ではないのですが…)、他の8曲全て傾聴に値する名演ばかりであり、やはり『最初の』ベーレンライター版による全集ということで、歴史的な名盤と言って良いでしょう。マッケラス先生、あまりにも突然の訃報に接し私も混乱しています。これから先生の新しい録音に触れることが出来ないのは痛恨の極みとしか申し上げられませんが、私の中であなたは永遠に生き続けます。子々孫々まで大切に受け継いでいきます。今までお疲れ様でした。ゆっくりお休み下さい…

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    これだけの名盤が、日本ではほとんど無視されているのが残念です!

    素晴らしいベートーヴェン演奏を残してくれたマッケラスに感謝です。

    [ とらう゛ぇるそ ]

    2010/7/26(月) 午後 9:00

    返信する
  • とらう゛ぇるそさん>
    はじめまして。コメントありがとうございました。
    お返事が遅くなりましたこと、お詫び申し上げます。

    そうですね、確かにこのマッケラス先生の全集は『知られていない』と言えるかも知れませんが、実は私はそれは評論家の先生方が今まで取り上げてこなかっただけの話で、実は相当数の方がこの全集をお持ちだと思ってます。
    HMVに勤めていたとき、常連さんから良くこの全集が挙がるのを聞いてましたからf^_^;

    是非また遊びにいらして下さい。

    [ サヴァリッシュ ]

    2010/7/27(火) 午後 6:37

    返信する

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