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現状、毎日のライヴ放送予定をチェック出来ないため、当面はネット音源のご紹介にフォーカスします。

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前回に引き続き、チャールズ・マッケラスの名演を聞きます。今回は2008年に惜しくも音楽活動からの正式な引退を表明した、アルフレート(アルフレッド)・ブレンデルの『フェアウェル・コンサート』から、モーツアルトのピアノ協奏曲第9番『ジュノーム』をウィーン・フィルとの共演で聞きます。文字通り、ブレンデルのラスト・コンサートとなった演奏会の貴重な記録です。最近のアルバムですのでお持ちの方も多いと思います。私がご紹介差し上げるまでもなく、方々で既に絶賛を得ているアイテムですが、『アイツはあんな風に聞いてやがるな』と、軽く読み流して頂けると幸いです(苦笑)

マッケラス先生とブレンデルはつい最近までスコットランド室内管弦楽団をバックに、モーツアルトのピアノ協奏曲シリーズを録音している最中でしたが、確か9番、12番、17番、20番、24番、25番、27番を録音したのみで終わってしまったのは、その優れた演奏内容からして他の名曲の名演も大いに期待出来ただけに、返す返すも残念でなりません(フィリップスのデッカへの統合とも無関係ではなかったと思いますが…)。そのようなわけで、この第9番『ジュノーム』は奇しくも再録音となったわけですが、当然のことながら『さよなら』コンサートのライヴ録音ということもあり、録音をリリースする前提で作られたアルバムではありません。しかし、やはりそういった特別な事情が背景にありますので、スタジオ録音とは演奏の雰囲気が全く異なり、オーケストラがウィーン・フィルということも相俟って、大変魅力的な演奏に仕上がっていると言えます。タイミングが全てではありませんが、全体で34分を超える演奏時間になっており、一連のスタジオ録音からは想像するのが難しいくらいにブレンデルの、ときにチャーミングな表情に溢れ、ときに沈思黙考するかのようなジックリとした歌い口とロマンティックなフレージングが特徴で、特に第2楽章の深く沈み込むような陰影の表情は、大変感動的であると言えましょう。また、テンポも比較的自由に変化するのも、マリナーとの全集や前回の録音には見られなかった点です。マッケラス先生の棒もそんな『盟友』ブレンデルのインスピレーション溢れるピアノにピタリと併せ、最後の別れの時間を惜しむかのように、終始暖かく真摯な姿勢でサポートに徹しており、前回ご紹介させて頂いたベートーヴェンの交響曲で見せたような、躍動感と生命力に満ちた刺激的な表情が抑えられ、大変チャーミングなバックを作り出しているのが大変興味深く感じられます。そして、これは最大の美点と言っても過言ではありませんが、何と言ってもオーケストラがウィーン・フィルであるという点は特筆しておくべきでしょう。管楽器からティンパニ、もちろん弦楽器に至るまでその優雅でふっくらとした暖かさ、根本的な『明るさ』に満ちた気品溢れる音色は、やはりグローバル化したと言われる現代でも得難い魅力が満載であると脱帽せざるを得ません。感覚的なものでしかありませんが、これはやはりベルリン・フィルやコンセルトヘボウ、ドレスデン等の超一級のオーケストラが逆立ちしても決して真似の出来ない、正にウィーン・フィルがウィーン・フィルたる由縁でもありますね。

さて、ここでアルフレート・ブレンデルの経歴について、簡単に触れておきたいと思います。1931年、チェコ領北モラヴィア地方のヴィーゼンベルクという町の生まれということですから、もう今年は79歳を迎えるんですね…6歳からピアノを学び、グラーツ音楽院でルドヴィカ・フォン・カーンという方にピアノを師事しています。47年にウィーンへ短期留学し、公式にはウィーン音楽院でパウル・パウムガルトナー等に学んだらしいですが、実際はほぼ独学で研鑽を積んだようですね。49年のブゾーニ国際コンクール4位入賞、同年夏にはエドウィン・フィッシャーのマスタークラスに参加し、多大な影響を受けたとのこと。70年にはフィリップスとの専属契約を結び、モーツアルト、ベートーヴェン、シューベルト、リスト作品等をはじめとする数々の名盤をリリースし、その名声を決定的なものとしました。日本ではポリーニやアシュケナージ同様、『アンチ・メジャー』の気質なのかどうか分かりませんが、評価が真っ二つに分かれているのは大変興味深い点ですね。宇野先生や中野先生と共著で文春新書にガイドブックを書かれた福島先生は、『誰の演奏を聞いたのか心に残らないピアニスト』というような表現で評されていました。しかし、残されたレコーディングを何度聞いても、全くオーソドックスと言いますか、良い意味で良く考察された解釈が隅から隅まで行き渡っていて、私は非常に好きなピアニストです。余りにも作品に深く入り込み過ぎる演奏が、ときに作品の姿形を歪めて変えてしまうことがありますけれども、ブレンデルにはそうした心配が一切ない。実に安心して、大舟に乗ったつもりで身を委ねることが出来るのが、このピアニスト最大の個性と言えるのではないでしょうか。そういう点では、サヴァリッシュ先生と物凄く良く似ていますね。

モーツアルトのピアノ協奏曲第9番変ホ長調K.271『ジュノーム』は、1771年ザルツブルクにおいて作曲されたとされていますが、何とモーツアルト15歳の年に書かれた作品。特に初期の作品の中でもずば抜けて素晴らしい出来栄えであり、楽器編成やメロディの魅力、スケールの大きさ、そのどれを取っても傑出した名曲と言えるでしょう。モーツアルトの作品の中でも変ホ長調という調性は非常に象徴的なものであり、15歳のモーツアルトが既に意識していたか分かりませんが、交響曲第39番や歌劇『魔笛』等はフラットが3つということで、フリーメイスンとの関連性が指摘されています。それはそうと、他の作曲家の変ホ長調の作品をお聞きになられても分かる通り、変ホ長調という調性は一種独特の雰囲気を持っています。シューマンの『ライン』やブルックナーの『ロマンティック』、マーラーの『千人の交響曲』の例を持ち出すまでもなく、雄大な自然や宇宙との繋がりを意識させる響き。また、この曲はいくつかの点で大変ユニークな特徴を持っていますが、第一には第1楽章の冒頭、いきなりオーケストラとピアノの対話によって始まるという、型破りの形式をとっています。これは、後にベートーヴェンが4番と『皇帝』で用いた手法を先取りしているとも言われます。そして、第3楽章の中間部分で非常に緩やかな音楽になるという点も(これがまた言語を絶するほどに美しい)、モーツアルトの他のピアノ協奏曲作品にはないこの曲ならではの非常に魅力的な特徴です。


第1楽章

それでは細部を見てみることにしましょう。『アレグロ』の第1楽章は、先ほど申し上げたオーケストラとピアノの対話によって開始されますけれども、ブレンデルとマッケラスは非常に落ち着いた音量とテンポで曲を導入します。所々、ブレンデルの掛け声のようなものが聞こえるのは愛嬌ですが、44秒から第二主題を導入する弦楽器の、真綿のようにふんわりと柔らかく、得も言われぬ美しい音色がダイレクトに胸に響くことでしょう。ウィーン・フィルならではの、大変美しいレガートです。ブレンデルのピアノは1分40秒くらいからのトリルで改めて本格的に登場してきますが、正しく『演奏活動60年の総決算』とも言うべき、大変見事な滋味と憂いに満ちた落ち着いた表情で入ってくるのが実に素晴らしい。ブレンデルのピアノはともすれば、少し人工的に過ぎるような硬質なタッチで、乾いた音色が特徴であると私は思っていますが、このときばかりは尋常ならざる雰囲気が十二分に伝わってきます。2分37秒からの第二主題、ブレンデルは彼の精一杯のチャーミングな雰囲気を作り出しているのが、思わず笑みがこぼれてしまうくらい微笑ましいですね。そして、5分53秒で冒頭のフレーズが回帰する部分では、オーケストラとピアノの主従が入れ替わりますけれども、このフレーズの後半を担当するヴァイオリンが、幾分掠れた音色で雰囲気ある応答を見せています。その直後に来る第二主題の再現がまた絶品で、このピアノとウィンナホルンの掛け合いは『ジュノーム』史上屈指の、極めてロマンティックな表情を湛えていると言っても過言ではないでしょう。8分53秒からの短いカデンツァでは全く力みの見られない、ブレンデルが60年かけて到達した芸の境地を垣間見るようで圧巻の一言。

第2楽章

次の第2楽章『アンダンティーノ』は、正に全曲の白眉としか言いようのない、実に深遠な世界が繰り広げられていきます。テンポはアダージョやラルゴと見間違うばかりの遅さで、それに相応しく表情もグッと沈み込み、どこまでも深い闇の中に吸い込まれてしまいそうな、まるでベートーヴェンやシューベルト晩年のソナタを聞いているかのよう。また、弱音器をつけたウィーン・フィルの弦楽セクションですが、スタジオ録音ならばもっと精度の高いアンサンブルを見せたであろうことは残念ですが、ダイレクトに響いてくる弦の音色がかえって曲に対する生々しい共感を伝えており、遅いテンポと相俟って、悲しみに満ちた暗い世界を作り上げています。ブレンデルのピアノも大変美しいタッチで弾かれており、後半に行くに従って引きずるようなテンポが更に歩を遅くしているのが、実に興味深い解釈と感じました。これほどまでにロマンティックなこの楽章は、恐らく他に数えるほどしかないでしょう。10分33秒からのカデンツァも、私はこんなに暗くて悲しい演奏を他に聞いたことがありません。

第3楽章

続く『プレスト』によるフィナーレのロンド、この楽章の明るさにこんなにも救われる演奏も珍しいでしょう。このコントラストは一流の音楽家のみが持つインスピレーションの成せる技であり、より完璧な出来栄えが求められるスタジオ録音では決して出せない類のもの。前2楽章同様、ここでも『プレスト』と言うには少し落ち着いたテンポではありますが、ブレンデルのテクニックは冴え渡っており、冒頭の細かい音型による第一主題も非常に良く指が回っていると思います。しかし、やはりこの楽章でのクライマックスも4分2秒からの緩やかな中間部分にあるのは間違いないでしょう。直前のブリッジ部分で、ブレンデルは更にたっぷりとしたテンポでリタルダンドし、この中間部分のテーマを聞こえないくらいにとても弱い音で、愛でるような優しい表情で導入していくのが感動の極致!これ以上美しい世界がありましょうか?ここでも、弱音器付きの弦楽器の魅力が尽きることはなく、特にピッツィカートとピアノが掛け合う部分の美しさは、唖然とする以外にありません。これらの伏線があってこそ、7分59秒からのプレスト部の躍動感と生命力が生きてくるというもの。ブレンデルならではの楽譜を深く読み込み、実に良く考え抜かれた演奏と言えますが、やはりこれはマッケラス先生がウィーン・フィルの美点を最大限に生かし、ブレンデルの意図を見事に汲んでサポートしたからこそ、成し遂げられた名演と言えましょう。


総括

ベートーヴェンやモーツアルト、シューベルト、ブラームス等の交響曲において、若々しく溌剌とした音楽を聞かせてくれたマッケラス。ここではそのイメージをガラッと変えて、伝統に根差した正統派の名演を繰り広げており、恐らく本物の音楽が分かるリスナーならば、深い感銘と幸福感が得られる唯一無二のアイテムです。スコットランド室内管とのスタジオ録音も捨て難い魅力がありますが、私はこちらに第一指を屈したいと思います。同曲ベストを争う名盤です。

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