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現状、毎日のライヴ放送予定をチェック出来ないため、当面はネット音源のご紹介にフォーカスします。

書庫殿堂入りの名盤(モーツアルト)

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久し振りにCDレビューです。今回ご紹介致しますのは、2002年のベルリン・フィルハーモニーにおけるライヴ録音で、イツァーク・パールマンのヴァイオリンと指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団によるモーツアルト・アルバムでございます。曲目はヴァイオリン協奏曲第3番アダージョとフーガ交響曲第41番という非常に充実したプログラムですが、このアルバム、世の評論家諸氏には殆ど見向きもされません。しかしながら、3曲ともにそれぞれのベスト録音に挙げられても全くおかしくないくらいに、非常に素晴らしい名演ばかりで、多くの方に知って頂きたいと思い筆を執りました。過去の歴史的な名演はさておき、少なくともデジタル録音期におけるベストパフォーマンスの一つであると確信しています。この3曲のうち、確かヴァイオリン協奏曲のみ、パールマンにとっての再録音であったと記憶していますが、旧録音のレヴァイン指揮するウィーン・フィルのバックとは180度趣が異なると申し上げて良く(この旧録音は賛否両論分かれているようですが…)、非常に重心が低く、ソロもかなり自由に振る舞っているのが印象的。また、それに輪をかけて『ジュピター』他の2曲が素晴らしく、我々が持っているパールマンの穏やかで気品に満ちた優雅な表情をいとも簡単に打ち砕く、正に驚異的な名演と言えましょう。

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『アダージョとフーガ』はともかく、ヴァイオリン協奏曲第3番及び『ジュピター』は私にとって非常に思い入れの深い作品です。ヴァイオリンを習っておられる方は、恐らくこのヴァイオリン協奏曲第3番という作品は一度はレッスンを受けたことがあるのではないかと思います。私も例外ではなく、スズキ・メソッドの教則本を除いて初めて取り組んだ本格的な作品でありました。スコアをご覧の方はお分かりかと思いますが、至ってシンプルでテクニックもさほど難しいものではありません。しかしながら、音が正しくこれ以上ない完璧な『あるべき姿』を現していることに感嘆させられ、それを表現することに悩み、奥深さを思い知らされたものです。『ジュピター』に関しましては、恐らくモーツアルトの全作品における最高峰であるばかりではなく、全クラシック音楽の中でも最高峰に君臨する作品の一つであることに異論を唱える方は少ないのではないかと思います。既に古典派等という枠を越えて、あらゆる音楽の手本とも言うべき技法の全てがモーツアルトの筆を通じていとも簡単に書き上げられてしまったことに、最早賛辞の言葉もありません。それほど全てを飲み込んでしまうほどにスケールが大きく、全知全能の神や宇宙を感じさせる稀有な作品であります。

さて、今回初めて登場するイツァーク・パールマンですが、言わずと知れた現代を代表する名ヴァイオリニストの一人。1945年イスラエルのテル・アヴィヴ生まれということですから、若いと思っていた彼ももはや65歳を過ぎてしまいましたね。使用楽器は1714年製のストラディヴァリウス『ソイル』という楽器だそうですが、この楽器とパールマンとの相性は抜群、この楽器の存在と出会いなくしては今の彼の名声も恐らく半減していたのではないかと思われるほどです。そして、パールマンに関して常々語られるのが幼少期の小児麻痺の影響で下半身が不自由になってしまった点です。これがハンディになるどころか、彼の音楽の幅を非常に大きく広げる要因の一つになっているのですから、音楽とはやはり人間性と経験が大きく影響しているのだと痛感しますね。


それでは、各曲の細部を見てみることにしましょう。

ヴァイオリン協奏曲第3番

第1楽章『アレグロ』は非常に清々しい、澄み渡る青空のような美しさと躍動感が同居したテーマで導入されますが、恐らくかなり編成を絞り込んでいるのだと思いますが、特に弦楽器の音色に顕著ですけれども、これがベルリン・フィルかと見紛うばかりに優美な表情を湛えているのが強く印象に残ります。テンポは平均的だと思いますが、流石はベルリン・フィル、芯のある落ち着いた運びで数字以上にズッシリした手応えを感じさせますね。そして、このアプローチは1分18秒からパールマンのソロが出てきたときに決定的になりますが、彼の品格と優しさに満ちた内面を表しているのだと分かります。ソロを導くオーボエを吹いているのは年代からしてシェレンベルガーではないので、アルブレヒト・マイヤーでしょうか。何とも言えぬ美しい瞬間。パールマンのソロは別段驚異的なテクニックというわけでも、骨太というわけでもありませんけれども、強音からトリル、装飾音に至るまで非常に心が篭った暖かい音色。私が彼の演奏でいつも驚嘆させられるのが、あの弓が小さく見えるほどに大きな手から、どうしてこれほどまでに柔らかいボウイングが可能なのかという点です。これが楽器の音色を最大限に引き出しているのを強く感じますね。7分26秒からのカデンツァでは、特に深々と響き渡る重音の音色が素敵です。第2楽章の『アダージョ』は、そんなパールマンの特徴が見事に曲想にマッチした白眉と言えるのではないでしょうか。微妙にポルタメントが利いた歌い回し、ときにフレーズの後半に向けて絶妙に導かれるタメの表情、ボウイング同様に柔らかいヴィヴラート、語りかけるようなカデンツァと、どこを取っても文句のつけようがありますまい。第3楽章の『ロンド〜アレグロ』は、意外なまでにキビキビとした躍動感とリズムが、恐らくパールマンの今までのイメージを覆すに充分かと思います。ベルリン・フィルの面々も楽しくて仕方がないという雰囲気が見事に伝わってきます。こういった雰囲気が感じ取れるのも近年では稀なケースだと思います。この楽章では前半部分での大きな弦の移動を伴う細かい動きや、後半に出てくる三連符等かなり正確なテクニックが要求されるパッセージが随所に現れますが、パールマンは今まで同様『生きた』音楽として再現しますので、テクニックよりも音楽の流れにフォーカスして曲が何倍も魅力的に映ります。

アダージョとフーガ

コンチェルトとは打って変わり、正しく『渾身の』と呼ぶに相応しい音楽が展開されていきます。後述の『ジュピター』含めて、指揮者パールマンの評価を大いに高める素晴らしいパフォーマンスと言えます。恐らく弦楽器の数を増やしていると思いますが、この厚みある弦楽器を主体に非常に重厚な音楽作りで、世界最高峰の名に相応しいベルリン・フィルが気迫溢れる演奏を披露。アダージョ部分はかなりゆったりと粘る表現によって、濃厚で悲劇的な雰囲気に満ちています。フーガ部分はトラックが分かれていますが、より切迫感が前面に出ていますね。当然ながらテンポはアップしているのですが、引き摺るような音楽運びのせいか、悲しみの心情が見事に描き切られ、懐深いスケールの大変大きな名演が生まれました。

交響曲第41番『ジュピター』

ベルリン・フィルは恐らくこの作品を何百回と演奏していると思いますが、当然ながら私はその全てを耳にすることは出来ていませんし、これからも出来るわけはありませんけれども、その手練の彼等にとっても会心の出来だったのではないかと思います。録音でもカラヤン、ベーム、フルトヴェングラーをはじめ、ジュリーニ、ムーティ、アバド等、評価の高い名盤中の名盤ばかりがベルリン・フィルによって達成されています。パールマンの演奏はこれ等に比して強烈な個性や変わった表現は見られませんが、非常に重心の低い落ち着いた充実振りを示しながらも、ヒューマンな暖かさと気品が滲み出ているのが驚異的で、上述の名盤に伍するどころかベスト盤として挙げられても何等不思議ではありません。かく言う私の『ジュピター』のベスト盤はこのパールマンとムーティの両ベルリン・フィル盤であります。第1楽章冒頭から並々ならぬ気迫がみなぎり、物凄い音圧が迫ってくるような印象です。低弦右側の配置で全体 のバランスよりも曲の巨大性を前面に押し出した演奏。テンポは古楽器演奏に耳慣れた方には、非常に遅く感じられるかも知れませんが、一般的には中庸かやや遅めといったところです。全般に、瑞々しい音色であるにも関わらず分厚い響きの弦楽器を基調としたシンフォニックな表現ですが、特に要所で楔を打つティンパニの重々しい音色に驚かれる方も多いでしょう。遅い、とまではいかないですがゆったりとしたテンポが表現の可能性を広げているのは間違いなく、低弦の何気ない伴奏音型ですら大いに物を言っています。木管楽器の魅力的な音色とテクニックの素晴らしさは最早言うには及びますまい。パールマンの特質が最も曲想に合っているのは次の第2楽章『アンダンテ・カンタービレ』でしょうけれども、パールマンは我々の期待を見事に裏切り、更にその上を行く演奏を為し遂げました。すなわち、『アンダンテ』という指示は二の次、『カンタービレ』に主眼を置いてテンポが多少遅くなろうがお構い無し、濃厚に歌い上げていきます。ヴァイオリンに弱音器がついていることなど忘れてしまいそうなくらい、非常に大きなヴィヴラートがかけられており、これが本当にあのパールマンか?と驚かれること請け合いです。中間部で弦楽合奏と木管が掛け合う部分等も実にチャーミングですね。続く第3楽章の『メヌエット』は、近年ではかなりのスピード感で正しく『疾走する』ような演奏が主流ですが、冒頭のメヌエット主題の導入から実に柔らかく滑らかで、優雅な表情に満ち溢れています。ただ優雅で柔らかいだけではなく、ティンパニの打ち込みが相変わらず物を言い、重厚な雰囲気を作り出すことに大きく寄与していると言えましょう。また、トリオのフルートとオーボエの掛け合いは絶品です。さて、ここまで聞いてきたところでこの演奏が素晴らしい名演であることが多少なりとも伝わったのではないかと思いますが、この演奏を尋常ならざる名演としている理由は次のフィナーレにあります。ライヴならではの熱気の高まりは大変なもので、ベルリン・フィルが全身全霊を傾け、パールマンの棒とスコアに集中して一心不乱に演奏している姿が手に取るように分かります。全般的にフレーズの後半に向けて、どこまでも飛んで行きそうな伸びやかな音色が印象的ですが、正にどこを切っても『血が吹き出る』かのような生命力に満ち、全編が息もつかせぬ聞き所。特に例の二重フーガが始まる10分24秒に向けての高揚感は見事という他はなく、そこからラストに至るまではギアがもう一段上がり、並ぶもののない巨大な偉容を示して全曲を閉じます。

総括

皆さんの中には『え?パールマンが指揮?』と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、なかなかどうして、彼の指揮は単なる余興ではありません。私はこのアルバムくらいしか知りませんけれども、今後更なる期待を抱かせるに充分な、大変魅力的なアルバムと言えるでしょう。


詳細タイミング

モーツアルト:ヴァイオリン協奏曲第3番ト長調K.216
第1楽章:9分12秒
第2楽章:8分11秒
第3楽章:6分14秒
合計:約23分
モーツアルト:アダージョとフーガK.546
アダージョ:4分15秒
フーガ:4分29秒
合計:約9分
モーツアルト:交響曲第41番ハ長調『ジュピター』K.551
第1楽章:11分35秒
第2楽章:8分40秒
第3楽章:4分43秒
第4楽章:11分21秒
合計:約36分

オススメ度(全て)

解釈:★★★★★
オーケストラの技量:★★★★★
アンサンブル:★★★★★
ライヴ度:★★★★☆
総合:★★★★★

録音データ

イツァーク・パールマン(ヴァイオリン)指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
2002年2月28日、3月2日〜3日ベルリン、フィルハーモニー(ライヴ)


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モーツアルトのピアノ協奏曲は20番以降27番までの、いわゆる『後期協奏曲』の8曲がいずれ劣らぬ名作揃いとして有名ですけれども、10番台の『中期協奏曲』にも見過ごせぬ佳作が揃っています。20番台のような深みや哀しみの表情は出てきませんが、ピアノの魅力を最大限に引き出した、チャーミングな名作揃いです。今回はその中から私が愛して止まない第17番ト長調K.453の名演をご紹介させて頂きます。コチシュ・ゾルターンのピアノと指揮、ブダペスト祝祭管弦楽団による演奏でフィリップス原盤のアルバムになります。
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 モーツアルトのピアノ協奏曲は本当に楽しさが極みに達した、聞いていて心が沸き立つような名作ばかりで、私はモーツアルトが好きなのは彼のピアノ協奏曲に尽きると言っても過言ではないくらいです。今までも、記事の数に相対してかなりの数のアルバムを取り上げてきました。ヴラダーグルダ内田光子さん等々…これからも沢山取り上げさせて頂くと思いますが、今回のコチシュ盤はその中でも珠玉中の珠玉の逸品。『隠し玉』的なアイテムです(笑)私は彼のフリークでも追っかけでも何でもありませんが、このアルバム1枚を聞いただけで、彼が歴史的な名ピアニストの一人として讃えられるべきだと、すぐに分かります。その名が知れている割には、彼の音源はさほど多くリリースされていないためか、あまり一般的ではないかも知れませんが、同じフィリップスに残されたバルトークのピアノ作品全集の金字塔を筆頭に、ラヴェルとドビュッシーのピアノと管弦楽のための作品集や、リストの同作品集がレコード史に燦然と輝く名盤として、一部のマニアには知られていますね。実は私、つい最近このリストの作品集をようやく中古市場で見つけまして、早速手に入れて聞いたんですが、これがまた実に素晴らしい!このリストのアルバムはまたの機会にご紹介させて頂きますが、何で彼がこんなにもマイナーな存在になってしまったのか、正直理解に苦しみます(苦笑)

そのコチシュ・ゾルターンの簡単なプロフィールですけれども、1952年ブダペスト生まれ。同世代のラーンキやシフと並んで『ハンガリーの三羽烏』または、『ハンガリーの三天王』と呼ばれたりしています。5歳からピアノを始め、63年にバルトーク音楽院に入学、ピアノと作曲を学びます。68年にはリスト音楽院に進学。パール・カドシャ、フェレンツ・ラドシュに師事。70年のベートーヴェン・コンクールで優勝し、国際的な音楽活動を開始しました。83年にはイヴァン・フィッシャーとともにブダペスト祝祭管弦楽団を設立し、本格的に指揮活動も手がけるようになります。97年にはハンガリー国立フィルの音楽総監督に就任。フランス文化芸術勲章も授与されています。余談ですが、コチシュがここでタクトを取っているブダペスト祝祭管弦楽団、当初は『祝祭』という冠名が示す通り、年3〜4回程度、音楽祭等のイベントに出演する団体でしたが、92年からは常設となり定期的に公演を行っているようです。近年ではザルツブルク音楽祭をはじめとする世界主要音楽祭への出演等、国際的にも活躍、フィッシャーとともにチャンネル・クラシックスから意欲的なレコーディングリリースを行っていることも、ご存知の方は多いでしょう。

さて、モーツアルトのピアノ協奏曲第17番ト長調K.453は、1784年に作曲された一連のピアノ協奏曲(14〜19番)の一曲。この短期間に6曲も書いてしまう、しかもそれが全て珠玉の逸品というところにモーツアルトの尋常ならざる天才の一端が証されています。この曲は4月12日に作曲され、弟子のバルバラ・プロイヤーという人物のために書かれたとされており、モーツアルト自身によって初演されたと考えられています。ト長調という調性自体、ニ長調やハ長調、イ長調、変ホ長調といった調性が多いモーツアルトの作品の中でも比較的珍しい調と言えそうで、確かピアノ協奏曲では他にこの調で書かれた曲はなかったように思います。『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』やヴァイオリン協奏曲第3番がモーツアルトのト長調の代表作ですね。ト長調という調性で書かれた作品自体、バッハの『ゴルトベルク変奏曲』、ハイドンの『驚愕』・『軍隊』、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番、ドヴォルザークの交響曲第8番、マーラーの交響曲第4番、ラヴェルのピアノ協奏曲くらいしかパッと思い付きませんが、非常にチャーミングで室内楽的な印象を与える作品が多いのは間違いないでしょう。作曲家のオリヴィエ・メシアンは『モーツアルトが書いた中で最も美しく、変化とコントラストに富んでいる。第2楽章のアンダンテだけで、彼の名を不滅にするに十分である』と語っているようです。私も同感。激しく同意します(笑)更に余談ついでですが、ベートーヴェンは4番の協奏曲の作曲に当たり、モーツアルトのこの17番を範としていると言われています。ちなみに、フルート1、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、弦五部、独奏ピアノという編成であり、モーツアルトお得意のクラリネットが使用されていない編成というのも特徴の一つ。

さて、この曲の名演と言いますと単独で録音される機会が非常に限られてきますから、どうしても全集の中の1枚という演奏が多いと思いますが、前述の内田光子さんの演奏や、ペライアの弾き振り、ブレンデル、バレンボイムの新旧両盤、ブッフビンダーの弾き振り、ツァハリアスの新旧両盤(特に旧盤はマリナー&シュトゥットガルト放送響との共演)等が永年定評ある名盤と言えましょう。全て、私の愛聴盤です(笑)あと、ハイドシェック盤も良いですね。近年ではポリーニがウィーン・フィルを弾き振りした演奏が話題になりましたが、私は盤歴はそれなりに長いですけど、こんなにも賛否両論巻き起こる演奏も珍しい(笑)私はポリーニの信者ではありませんし、どちらかと言うとあまり好きではないアーティストの一人ですが、この演奏のどこがいけないのか、私には皆目分かりません(苦笑)皆さん、『ポリーニのモーツアルト』ってことで、あまりにも過敏なフィルターをかけて見てませんかね?虚心坦懐に聞けば、かなり良い演奏だと思いますが…私の耳が悪くなければ、の話です(笑)


第1楽章

余談が過ぎました。それでは細部を見てみることにしましょう。第1楽章は『アレグロ』。『快活に』という指示が書かれた、チャーミング極まりない極上の音楽。トリルがさりげなく盛り込まれたヴァイオリンによって提示される第一主題、それに彩りを添える木管のフレーズは『可愛らしい』としか表現のしようがありませんね。まるで『フィガロ』のスザンナを人物描写したかのような名曲。コチシュがまた絶妙な間合いと呼吸でもってこれを提示するので、もう無条件に幸福な気分にさせてくれます。このアルバムではコチシュの優れたピアノが最大の聞き所であることは言うまでもありませんが、それに劣らず、ブダペスト祝祭管の魅力的な響きが最大の貢献をしていることを見逃すことは出来ません。この第一主題からして、弦楽器群の瑞々しい音色は傑出して見事なもの。加えて、第二主題を奏でる木管が実にサラッとさりげなく吹かれており、音符を感じさせない自然な息吹が大変心地良く感じられます。2分4秒から登場するピアノは、ロココ調を意識したような幾分乾いた固めの音で導入されますが、曲調にマッチしていて楽しさの極みです。コチシュのテクニックは細かい音符でも危ない箇所は全く皆無であり、安心して身を委ねることが出来るのは最大の美点。そして、コチシュが単なる優れたピアニストというだけでなく、指揮や作曲まで含めた『総合芸術家』だなと感じさせられるのが、5分過ぎ、ピアノが上下する分散和音系のフレーズを弾き、そこに木管が絡んできて短調に傾いていく辺りのアンサンブルの妙!真に心から音楽を楽しんでいるのだなと実感させられる、大変美しい瞬間です。

第2楽章

第2楽章の『アンダンテ』は『やや遅めに』との指定を受けた緩徐楽章。上でメシアンの言を引用しましたが、正にモーツアルトの音楽の中でも(有名ではないものの)屈指の名旋律が展開されていきます。コチシュはモーツアルトの指定通り、アンダンテよりもやや遅めのテンポ設定で第1楽章同様に瑞々しさ溢れる弦楽アンサンブルを導入、また、息の長い主題を提示するオーボエを存分に歌わせており、冒頭から耳を引き付けられますね。1分51秒から登場する自らのピアノはより一層耽美的な歌心を通わせ、(曲のコロコロした雰囲気を生かすためか、若干乾いた音ではありますが)持ち前の美音を惜し気もなく披露。特に短調に傾いていく瞬間の、儚く脆い曲調がその美しい弱音によって表出される瞬間は溜息が出るほど、言語に絶する美しさです。もちろん、弱音の美しさだけではなく、例えば5分20秒過ぎからシンコペーションを伴って弦楽器が厚みと音量を増し、ピアノが主題を提示する部分等は、ベートーヴェンの世界にも似た大変充実した響きを聞かせてくれます。7分40秒からのカデンツァも、直前のパウゼが大きく取られているのが特徴の一つですが、単なるテクニック披露の場ではなく、実に情感豊かに奏でられているのが印象深く感じられました。

第3楽章

さて、私がこの曲の中で最も好きなのは次のフィナーレ、『アレグレット』です。ご存知のように、『取って付けたような』プレストのコーダを持ち、主部は変奏曲の形式で書かれているのが最大の特徴。この楽章のテーマは一度耳にすると忘れられないほど印象的で、第1楽章のテーマ同様にトリルが効果的に用いられたヴァイオリンによって提示されますが、ブダペストのオーケストラが極めて高い技術とアンサンブルの精度を誇る団体であることを嫌でも見せ付けられます。コチシュのテンポと間合いはここでも理想的、絶妙と言う以外にありません。何と言う躍動感と生命力に満ち溢れた音楽なのでしょうか。それほどまでに魅惑的な管弦楽の響きであり、モーツアルト演奏における最良の姿の一つがここにあると言っても過言ではありません。艶やかな弦楽器が比較的強めのアクセントと短めのフレージングを身に纏い、ふくよかで柔らかい木管はさながら暖かい陽光に照らされた花畑のような趣であり、それらをバックに自由に飛翔するコチシュのピアノは花畑に舞う蝶の如く優雅で華やか、気品にも事欠きません。正しく、モーツアルトの楽曲を聞く最高の至福の全ての要素を兼ね備えていると言えましょう。ここでも充分過ぎるほどに取られたパウゼの後、4分47秒から件のコーダに突入しますが、『プレスト』をこれほどまでに感じさせる演奏は稀でしょう。このギアチェンジの見事さは他の演奏を軽々と凌駕し、主部以上の躍動感に満たされるのですから唖然とするばかり。木管楽器群のテクニックも見事なものですが、コチシュのテクニックは更に冴え渡り一気に聞かせます。思わずブラーヴォ!と叫びたくなる、大変な名演と言えましょう。


総括

これだけ絶賛しておきながら大変申し訳ないんですが、確か初出時以来、再発売された記憶がありませんので、多分現在は廃盤です(苦笑)メジャー作品でもありませんので、恐らく今後も再発の見込みは薄いでしょう…是非、中古市場を当たって下さい。カップリングの11番、19番ともに期待以上の感動が得られることは私が保証します(笑)それにしても、この見事な弾き振りがこの1枚に終わってしまったのは何とも残念ですね。
今回は久しぶりにモーツアルトの名作を取り上げようと思います。セレナード第9番『ポストホルン』をギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送交響楽団による演奏で。これは2001年に録音、BMGから発売された巨匠最晩年の名盤の一つで、ベートーヴェンの交響曲第4番とともにプログラミングされたコンサートの模様がそのまま収録されています。このカップリングのベートーヴェンがまた大変驚異的な奇跡の名演なんですが、それはまた次の機会とさせて頂きます。
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ヴァント先生のモーツアルトと言いますと録音は多くありませんが、3大交響曲や『ハフナー・セレナード』、フルートとハープのための協奏曲等、いずれも極上の名演ばかり。そのような中でも私が知る限りこの『ポストホルン』は3種類の録音がありますが、ケルン・ギュルツェニヒ管との若かりし頃の演奏は未聴のため、78年のバイエルン放送響によるライヴ録音(プロフィールレーベル)との比較になりますが、両盤に大きな違いは見られません。いずれも真に余計な力が抜け、モーツアルトの愉悦感を見事に表出、しかしながら、厳しさを適度に残した正しくヴァントならではの名演。オーケストラとの呼吸も正に阿吽と言えるもので、本盤は巨匠自身、大変満足の行く出来であった、と語ったとされる素晴らしいコンサートの記録です。本当に多くの方に触れて虚心に聞いて頂きたい超名演なんですが、先程調べましたらHMVでは既に入手困難とのこと。大変申し訳ないんですが、ご興味のある方は是非中古市場を当たってみて下さい。

モーツアルトのセレナード第9番『ポストホルン』は320というケッヘル番号が与えられており、1779年にザルツブルク時代最後のセレナードとして完成されたとされています。交響曲第31番等と同じ時期の作品ですが、作曲の経緯については不明。しかし、全7楽章という曲の規模や楽器編成の大きさ等から、何らかの祝典のために作られたものと考えられています。そして、タイトルになっている『ポストホルン』、全編に渡って活躍するなら話は別ですが、実は第6楽章の一部にしか出てこないのでタイトルとして相応しいかどうかは疑問なんですけど、その是非は別としてポストホルンという楽器にモーツアルトが託した思いのようなものが垣間見えるようで興味深いところ。すなわち、この楽器は『馬車の出発』を暗示するものであり、自分のことなのか知人のことなのか分かりませんが、いずれにしても何らかの『別れ』を暗示しているのであろう、とする説もあります。全体で7楽章と書きましたが演奏時間は約40分かかりますけれども、各楽章がそれぞれが単独でも名曲と言い得る独自の魅力を持ち、全く異なる曲調で書かれているので長くは感じられず飽きさせず、一気に聞き通せる曲になっていますね。

さて、この曲の名演と申しますと、実は私はあまり録音を耳にしたことがありませんので偉そうなことは言えないのですが(苦笑)、パッと思い付くところではモーツアルトのスペシャリストとも言えるマリナー&アカデミー室内管盤(未聴)、意外にもシュターツカペレ・ドレスデンとの相性が非常に良いと感じられるアーノンクール盤、とんでもないビッグネームを管楽器のソリストに迎え、また良い意味で枯れた優しいアプローチが魅力のヴェーグ&ザルツブルク・カメラータ・アカデミカ盤、永遠のスタンダードと言えるベーム&BPO盤とボスコフスキー&ウィーン室内合奏団盤(未聴)、マリナーとともにクラシックの底辺底上げに多大な貢献を果たしたと言えるパイヤール&パイヤール室内管盤(未聴)辺りが『名曲名盤○選』で良く上位に挙げられる名盤と言えるでしょうか。その他にもマッケラス&スコットランド室内管盤、デイヴィス&バイエルン放送響盤(未聴)、アバド&BPO盤、ホグウッド&エンシェント盤(未聴)、レヴァイン&VPO盤(未聴)、意外なところではロペス・コボス&ローザンヌ室内管盤(当然ながら未聴)なんていうのも、食指をそそられますね。少ないながらも(特にピリオドアプローチの演奏が少ない)質の高い名盤が揃う同曲にあって、このヴァント先生晩年の名演の位置付けは今後も上位に食い込む可能性はあまり高くないと思いますが、存在が知られていないのは大変もったいないと思い、今回のご紹介に至りました。

第1楽章

それでは、早速細部を見てみることにしましょう。第1楽章は『アダージョ・マエストーソ』の堂々たる序奏によって開始され、主部は『アレグロ・コン・スピーリト』と指定されています。ここではやはり『マエストーソ』と『スピーリト』という言葉がキーワードになるでしょう。ヴァント先生の演奏では序奏から実に雰囲気満点、たっぷりとしたテンポとレガートで堂々たる序奏が描かれていきます。分厚い弦楽器のハーモニーとかなり前面に押し出されたティンパニの力強い打ち込みが、全体の力強さと懐の深さ、祝祭的な雰囲気を目一杯引き出していますね。そして、先生の確固たる強い意志によって全体が見事なまでに統率、コントロールされて手兵がことごとく忠実な反応を見せるので、それが『厳しさ』と言われる所以でもありましょう。そして、この序奏の雰囲気に優るとも劣らず見事なのが42秒からの主部の躍動感。決して鋭角的でキビキビとした快速な部類の演奏ではありませんが、冒頭のシンコペーションからマジックとしか言いようのない不思議な躍動感に溢れ、ヴァイオリンの跳躍音型は丁寧かつしなやかに飛び回り、低弦のシンプルな伴奏音型でさえも深い意味を語り、また、ふくよかな管楽器の音色が全体の雰囲気をまろやかなものにしており、引きずるような重々しさは皆無、90歳前後の老巨匠の棒とはとても思えません。先生の音楽に対するひたむきで真摯な姿勢が見事に反映されています。ヴァイオリンのフレーズを繋ぐオーボエは柔らかさの極致、後半でヴァイオリンの細かい刻みから金管、ティンパニを伴って大きくクレッシェンドする辺りもさすがの一言。1分48秒からの第二主題は穏やかでロマンティックな表情が魅力的で、正にモーツアルトを聞く喜びが『ここに極まれり』と申せましょう。展開部では一部、『プラハ』交響曲第1楽章に酷似した箇所が出てきますが、そのセレナードの枠を大きくはみ出したシンフォニックな厚みは、大指揮者のそれとしか言いようがありません。

第2楽章

第2楽章は『アレグレット』のメヌエット。第1楽章同様、スケールの大きさは相変わらずで、実に懐の深い音楽が展開されていきます。テンポは速くありませんが、リズムがキビキビとフレーズは短かめに処理されているため、停滞感は皆無。2分6秒からのトリオはヴァント芸術の真骨頂と言えるかも知れません。この力の抜け切った柔らかいフルートとファゴットの表情が実に魅力的なこと!メヌエット主部との見事なコントラストが我々の耳を釘付けにします。

第3楽章

第3楽章は『アンダンテ・グラツィオーソ』。『コンチェルタンテ』という表記があるようで、木管楽器が協奏曲のソロ風に用いられています。終盤では大変短いですが、カデンツァ風のアンサンブルが出てきたりして、短くてチャーミングながら、非常に聞き所の多い魅力的な音楽と言えましょう。特にフルートとオーボエが大活躍。この演奏ではヴェーグ盤のようなビッグネームは当然いませんが、さすが北ドイツ放送響ですね、柔らかい音色が曲調に相応しいとしか言いようがなく、文句なく上手いです。

第4楽章

第4楽章は『アレグロ・マ・ノン・トロッポ』のロンドですが、私はいつもこの『ポスト・ホルン』を聞き終えるとこの楽章のメロディが耳を離れなくなってしまうくらい、極めて美しく魅力的な楽章です。モーツアルトの数多ある名旋律の中でも極上の部類に入るでしょう。私が初めて聞いたのは確かアーノンクール盤をFMで聞いたときだったと思いますが、そのときの感動は今でも良く覚えています。ロンド主題を提示するのはフルートとオーボエですが、これはもう天才としか言いようがないくらいに、これらの楽器の長所を十二分に引き出した極上の音楽。ヴァント先生は意外にも比較的速めのテンポでこのテーマを導入し、この2パートがそのテンポとニュアンスを極めて適切に描き切っていて、これはもう『天上の音楽』と呼びたくなるような幸福感と神々しさすら漂わせた名演。中盤で短調に傾く部分ですら柔らかさを失わず、まるでオペラのアリアを聞くような趣。これ以上の言葉は不要でしょう。

第5楽章

第5楽章はこの曲で唯一短調で書かれており、『アンダンテ』という指示の緩徐楽章になっています。先生の表現は一転して厳しく重くなり、相対的に見ると幾分ゆったりとしたテンポを設定。内声部を比較的前面に押し出して厚みのある響きを作り、『フリーメイスンの音楽』のような重厚な雰囲気を醸し出しています。しかし、重厚感の中にも細かいニュアンスが非常にロマンティックであり、第1楽章で指摘した点同様、弦楽器を中心に滑らかな歌い口に刮目すべきものがあります。ラストのリタルダンドとオーボエの悲しげなフェルマータが一段と郷愁を誘いますね…

第6楽章

第6楽章は再びメヌエット。この楽章も比較的ゆったりとしたテンポを採り、シンフォニックな響きとスケール感を表出しているのが興味深い解釈と言えるかも知れません。とりわけ1分10秒からの第一トリオでの、スタッカートを抑えてレガートが大きめにかかった弦楽器の響きには注目です。2分34秒からの第二トリオでは例のポストホルンが出てきますが、これがまた朗々と歌われていて、のんびりとした、鄙びた雰囲気を実に良く出しており、地味ですが素晴らしい名演と言えるでしょう。この部分の効果を最大にするために、比較的ゆったりとしたテンポが採られたのだと納得の、大変説得力の強い演奏です。

第7楽章

第7楽章は『プレスト』のフィナーレ。これももっと速いテンポの演奏は多いですから、それらと比してもゆったりとしたテンポと言えるかも知れませんが、それもごく僅かな差異であり、老齢を考えると極めて躍動感と多彩なニュアンスに彩られた名演が展開されています。冒頭のテーマにおいてズシッと叩かれるティンパニ、祝祭的な気分を盛り上げるトランペットの輝かしい音色、芯が強く太い音色ながらも流麗に次のフレーズへと受け渡されていくヴァイオリン、そして遊び心満載の木管楽器の見事なフレージングとテクニック、いずれを取っても正に理想的な演奏になっています。全編息もつかせぬ聞き所ばかりですが、特にクライマックスで轟くティンパニの強打と張り上げんばかりのトランペットの絶叫は、正しく『歓喜の爆発』と呼ぶに相応しく、モーツアルトのスコアを遥かにはみ出していて、ヴァント先生の従来のイメージを覆すに充分なもの。私も先生の演奏はそれなりに聞いていますが、ここまで興が乗って強いライヴ感を聞かせる演奏は極めて稀であると断言出来ます。のみならず、モーツアルトの楽曲での『手に汗握る』ような体験は本当に数えるばかりしかありません。


総括

モーツアルトのセレナードと言いますとやはり娯楽音楽の枠をはみ出すことは稀であり、我々のイメージも『軽やかに、楽しい』という固定観念に固められがちです。しかし、この演奏を聞くとモーツアルトのスコアが持つ無限の可能性と、個々の演奏が生き物であることを改めて思い知らされます。そういう意味では『モーツアルトらしさ』の一端が後退した演奏とも言えるのでファーストチョイスには向きませんが、『ポストホルン』を充分に聞き込んだ諸兄にはまたとない贈り物となるでしょう。


詳細タイミング

モーツアルト:セレナード第9番『ポストホルン』ニ長調K.320
第1楽章:8分34秒
第2楽章:4分8秒
第3楽章:6分49秒
第4楽章:5分44秒
第5楽章:3分59秒
第6楽章:4分58秒
第7楽章:3分57秒
合計:約38分

オススメ度

解釈:★★★★★
オーケストラの技量:★★★★★
アンサンブル:★★★★★
ライヴ度:★★★★★
総合:★★★★★

録音データ

ギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送交響楽団
2001年4月8日〜10日ハンブルク、ムジークハレ(ライヴ)
このブログでの記事掲載も瑣末なものを含めて、お蔭様で200本を数えましたので、何か記念の記事を書こうと思いまして久しぶりに声楽作品になりますが、今回はモーツアルト晩年の最高傑作の一つ、レクイエムを初めて取り上げてみたいと思います。演奏はハインツ・レーグナー指揮するベルリン放送交響楽団&合唱団による、サントリーホールにおける1991年のライヴ録音で、確かオリジナルはドイツ・シャルプラッテン原盤だったと思います。

来場者数等の統計数値が手元にないので正確なところは分かりませんが、恐らく今年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンは昨年以上の大盛況で成功裏に終わったことと思います。私は聞けなかったのですが、今年のテーマはショパンでしたからモーツアルトは全然関係ないだろうと思っていたら、実はこのレクイエムがコルボ先生の指揮で演奏されました。ん?と思われるかも知れませんが、実はショパンが遺言みたいなものに『自分の葬儀でモーツアルトのレクイエムを流して欲しい』みたいなことが書かれていたとかで、このプログラムが実現したとのこと。さぞかし素晴らしい演奏だったことと思いますが、私も改めてこの曲を聞いてみようと思って手に取った次第です。

私が申し上げるまでもありませんが、このモーツアルトのレクイエムは626というケッヘル番号が与えられ、モーツアルト最後の作品としても知られていますが、未完に終わってしまったことやモーツアルト自身が死を意識していたこと、また、作曲の経緯や背景が謎に包まれていたため、非常に神秘的なものとして捉えられ、映画『アマデウス』でもその辺りのエピソードが強調されて描かれました。今でこそこの曲の作曲を依頼した主はフランツ・フォン・ヴァルゼック伯爵であること、彼の夫人の追悼のためにレクイエムを作曲させたこと等が明らかになっていますが、夭逝の天才ならではのエピソードと言えるでしょうね。なお、曲は彼の弟子のジュスマイヤーによって補筆完成されており、この補筆完成版が演奏されることが比較的多い、と言えるでしょう。モーツアルトの死後、困窮した夫人のコンスタンツェがこの作品の完成を望み、ジュスマイヤーが最終的に完成させた、というのが経緯のようですが、そのうちモーツアルトが完成させたのは第1曲のみに過ぎず、スケッチも第8曲の8小節までで後は全てモーツアルトの手によるものではありません。他にバイアー版、モーンダー版、ランドン版、レヴィン版等の版があり、様々な折衷様式での演奏、録音も行われています。これらは全て『ジュスマイヤーの補筆が全くモーツアルトらしくない』という批判に基づくものから生まれたものですが、そもそもモーツアルトが完成させたものではない以上、私には誰がどういう形で補筆完成させたものであるにせよ、あまり大差はないと思いますけどね(苦笑)というか、ジュスマイヤーの補筆は『良くぞ完成させてくれた!』と申し上げたいくらいです。いずれにせよ、ブルックナーやシューマン、メンデルスゾーン等の改訂版論議以上に複雑な背景が絡んだ作品である、ということは間違いないでしょう。そんなわけで、『最高傑作』と言いながら実は半分以上はモーツアルトの作品ではない、と言うことも出来ます。

さて、指揮者のハインツ・レーグナーは1929年ライプツィヒ生まれ。2001年に亡くなりましたが、生きていればハイティンクとかと同じ世代でしたから、早逝が惜しまれます。ライプツィヒ音楽大学でピアノとヴァイオリンを学んだ後、ワイマール国立歌劇場の指揮者に就任、ゲヴァントハウス管やシュターツカペレ・ドレスデン等の名門オーケストラへ客演。58年にはライプツィヒ放送交響楽団の首席指揮者、62年にはベルリン国立歌劇場の音楽監督、73年にはベルリン放送交響楽団の首席指揮者にそれぞれ就任し、要職を歴任しました。特にベルリン放送響とは約20年に渡る良好な関係を築き、日本でもその名コンビぶりが知られるところです。読売日本交響楽団の首席客演指揮者の地位にもあったため、実演を聞かれた方も多くいらっしゃることでしょう。録音はドイツ・シャルプラッテンにブルックナーやマーラー等が比較的多く残されています。


第1部『レクイエム』&第2部『キリエ』

さて、この演奏の細部に入りますが、第1曲『レクイエム』は正に『これぞレクイエム!』と言える、実に悲痛で荘厳な響きが支配しており、弦楽器の伴奏に乗ってファゴットとクラリネットによる、何とも言いようのない悲しみの旋律が提示されていきますが、レーグナーの棒はライヴということもあってか、丁寧な筆致でありながらただならぬ緊迫感を漂わせており、彼の他の音源と比べても感情の起伏が相当激しいことに驚かされます。テンポの揺れは少ないものの、ウワーッと波が押し寄せるかのような分厚い管弦楽の響きが涙を誘う素晴らしい表現。45秒で登場するコーラスは、恐らく相当数の人数がいるものと思いますが、綺麗な透明度の高いハーモニーは見事であり、特別なスウェーデン放送合唱団やエリック・エリクソン合唱団等に比べてアドバンテージがあるわけではありませんが、真摯な歌唱が胸に響きます。加えて、サントリーホールの音響の素晴らしさが実感出来る優秀な録音により、左右に大きく広がる音響空間も特筆すべきもの。第2曲の『キリエ』でもタップリとしたボリューム感が魅力的であり、レーグナーのテンポは中庸の極みで慌てず騒がず、例のフーガも優秀な録音と相俟って、見事なハーモニーを作り出してくれました。これほどに安心感をもって聞ける演奏もあまり多くないでしょう。

第3部『ゼクエンツ』

第3曲から第8曲までは『ゼクエンツ(続誦)』と呼ばれる、この大作の中核を担う重要な部分。第3曲の『ディエス・イレ(怒りの日)』は、バンクーバー五輪で安藤美姫選手が演技の際に使ったこの曲の中でも、特に『氷の女王』を思わせた実に印象的な部分で、一般の方々にもこの曲の魅力が存分に伝わったと思います。その第3曲ですが、シンコペーションのリズムに乗って歌われるコーラスがここでも素晴らしく、レーグナーは幾分速めのテンポ設定で、流れるように運動性の高いこの曲の魅力の一端を最大限に引き出していると言えましょう。オーケストラ、特に弦楽セクションの共感と感情が篭った熱演が見事。第4曲『トゥーバ・ミルム』は冒頭のトロンボーンとバスの独唱が成否を分けるポイントになりますが、このトロンボーンとバスはかなりの名演ですね。地味で渋いですが暖かみに溢れ、柔らかい暖色系の音色で紡がれていく様が、メロディが湛えた雰囲気の魅力を的確に表していると思います。このトロンボーンに負けない朗々とした素晴らしい歌唱を披露しているのは、ヘルマン・クリスティアン・ポルスター。私はこのアルバム以外に彼の歌唱を知りませんが、知らないけどまだまだ素晴らしいアーティストがいるのだな、と驚かされました。第5曲は『ルックス・トレメンデ』。ジュスマイヤー版では『グラーヴェ』と指定されており、管弦楽の重々しい響きと目一杯に歌われるコーラスとによって、前半は凄絶とも言える音楽が展開されていきます。レーグナーは後半の柔らかい部分に滑らかに繋げていく意図からか、幾分前半は抑えていますけれども、マエストーソに近い重々しい雰囲気の前半と後半の静かな場面との流れを丁寧に描き出してくれています。特に後半部分はかなり明確なリタルダンドをかける等、普段のレーグナーからはなかなかイメージ出来ない表現を見せており、極めて興味深い演奏と言えましょう。第6曲の『ルコルダーレ』は冒頭のクラリネットとチェロのアンサンブルが魅惑的。4人のソリストは先のポルスター以外のランペシュヴァルツランドールともに美しいアンサンブルを聞かせてくれます。静かで室内楽的な魅力を湛えながらも、レーグナーは動きのあるフレーズを生かし切った晴らしい表情。次の第7曲『コンフターティス』は賛否分かれる問題作。と言ってもレーグナー以下、緊迫した雰囲気満点のオーケストラも、清澄な響きが見事なコーラスも大健闘の部類で極めて優れた演奏なのですが、2分を過ぎた辺りでアクシデントが…そう、携帯電話の呼び出し音が鳴ってしまうのです(涙)まぁ、私は修正されたライヴ録音なんかよりも、この方がよっぽど自然で良いと思うんですけどね。ダメな人にはダメでしょう。そして、モーツアルト絶筆のナンバーと言える第8曲、『ラクリモーザ(涙の日)』。これはモーツアルト以外には書けないと言っても過言ではない、この曲でも白眉の美しい音楽が展開されていきます。コーラスの魅力を最大限に引き出した技法は見事としか言いようがなく、これを聞いて感動しない人はいないでしょう。演奏も素晴らしい。特に弦楽器が刻む伴奏音型と、ズッシリとしたティンパニの迫力ある響きは感動ものです。

第4部『オッフェルトリウム』

第9曲から12曲までは『オッフェルトリウム(奉献文)』。確かに、モーツアルトの音楽とは明らかに雰囲気が変わり、メロディアスな魅力が少し減じているのがお分かり頂けると思います。第9曲の『ドミネ・イエス』は弦楽器の特徴的な動きと、カノン風のコーラス、四重唱が融和していない嫌いはありますけれども、レーグナーの棒はその辺りの不満を速めのテンポによって最小限に留め、動きの面白さを前面に押し出した解釈が光っているように感じました。第10曲は『オスティアス』。これもモーツアルトの作風に比べたら単調な曲想ですが、後半の弦楽器の跳躍音型とコーラスがカノンで掛け合う辺り等、なかなか素晴らしい作品に仕上がっていると思います。レーグナーの解釈も妥当の一語。第11曲の『サンクトゥス』は、この『オッフェルトリウム』の中でも特に有名なナンバーと言えるのではないかと思いますが、金管を伴った管弦楽と左右に大きく広がるコーラスが作り出す冒頭の荘厳な神々しい雰囲気と、後半部分でコーラスが『オザンナ〜』と歌い出すフーガとの対比が見事で、やはり有名になるだけのことはある素晴らしい楽曲と言えましょう。第12曲『ベネディクトゥス』も引き続き長調のナンバーですが、中間部分でのバス対他の3人との掛け合いの部分は特に素晴らしい音楽。この演奏での4人は実に心の篭った、真摯で誠実な歌唱を聞かせており感動的ですね。

第5部『アニュス・デイ』&第6部『コンムニオ』

第13曲『アニュス・デイ』とラスト第14曲の『コンムニオ(聖体拝領唱)』と呼ばれる『ルックス・エテルナ』。この2曲は切れ目なく続けられますが、ゆったりしたテンポで厳かに進んでいく曲調が、ジュスマイヤーの手によるものであっても感動を呼びますね。特に『ルックス・エテルナ』の後半のフーガにおける、レーグナーの起伏の大きい表現は素晴らしく、ラストの締め括りも大変ドラマティック。心に染み渡る感動的な名演になっています。


総括

モーツアルトのレクイエムと言えば古くはワルターやベーム、カラヤン等、新しくはジュリーニ、バーンスタイン、ムーティ、アーノンクール、コルボ、マリナー、ブリュッヘン、デイヴィス、ティーレマン等の決定的な名盤をはじめとして、数多の名演がひしめく大激戦区。私もそれらの名盤に指を屈すること吝かではありませんが、こういった渋いながらも味わい深い名演にも捨て難い魅力があります。しかも、それが1991年というモーツアルトの記念年に、しかも東京で行われたライヴであるという点が、尋常ならざる雰囲気を漂わせる一因となっています。っていうか、91年当時はまだ携帯電話は普及してなかったはず。私は94年くらいから周囲に奇異な目で見られながら持ち始めたくらいです(苦笑)相当なセレブが会場にいたってことかも知れませんね(笑)
『三寒四温』と良く言いますが、今年も桜の季節が足早に過ぎ去りつつあるかと思えば、25度前後の気温になったり一気にまた10度くらい下がったりと、特に寒暖の差が激しいような気がしますけれども、皆さんいかがお過ごしでしょうか。唐突で申し訳ありませんが、私は春という季節が一番好きです。徐々に明るさを増し、暖かくなってきて木々や草花が芽吹くこの季節、自然と心も沸き立ちます。そこで、春という季節を思わせる曲、春というイメージに合う曲、皆さんにとって様々だと思いますが、ヴィヴァルディやハイドンの『四季』やベートーヴェンのスプリング・ソナタ等、タイトルなんかにベタに『春』という言葉が現れるものを除き、私にとっての春をイメージする曲は何だろう?と考えたときに、真っ先に浮かぶ曲、それが今回ご紹介致しますモーツアルトのピアノ協奏曲第27番変ロ長調であります。演奏はラファエル・オロスコのピアノ、シャルル・デュトワ指揮イギリス室内管弦楽団によるものです。

※後にこの曲の第3楽章が『春への憧れ』という歌曲に転用されたのは有名な話。私は高校で習いました(笑)そのときの『美しい!』という印象が強烈に残ってるからかも知れませんけどね。
イメージ 1

 このアルバム、私が所有しているのは『クラシカル・フォー・プレジャー』という、マッケラスとロイヤル・リヴァプール・フィルのベートーヴェン全集とか、デルマーのチャイコフスキー5番とか、なかなか侮れない名盤が揃うEMIレーベルの1シリーズなので、もしかしたらオリジナルのカップリングとかが違うのかも知れませんが、いくら調べても情報がゲット出来ず、詳細は不明です。不勉強で申し訳ありません(苦笑)加えて、大変申し訳ないのですが、このオロスコというピアニスト、全く存じ上げませんでした…というか、調べてもどこにも載ってないんですよね。ライナーノーツの中にも一切、オロスコに関する記載はありません。インターネット上でも1946〜96年という生年・没年の記載くらいしかありませんでした(既に故人のようです)…唯一、吉澤ヴィルヘルムさんの『ピアニストガイド』143ページに、第2回リーズ国際コンクールの覇者だ、との記載があるのみ。現役のディスクを調べてみるとデ・ワールトと組んでフィリップスに入れたラフマニノフの全集が有名なくらいで、Valoisにもファリャ等の録音を入れているようですがいずれも廃盤…かようなわけで、これはもちろんオロスコ目当てで入手したディスクではありません。デュトワ目当てです(笑)このディスクには2つの大きなポイントがあります。まず1つ目に、デュトワが実演を含めて極めて珍しいと思いますが、モーツアルトを振っているという点。以前、彼のハイドンのシンフォニーの名演について触れましたが、モーツアルトはおろか、古典派という意味においても、このオロスコとのアルバム以外に見たことがありません…そして2つ目に、デュトワがイギリス室内管と共演しているという点。ハイドンのディスクではモントリオール・シンフォニエッタという、モントリオール交響楽団の室内オーケストラバージョンの楽団を指揮していましたが、これは完全に専門の室内オーケストラ。しかもバリバリのイギリス室内管です。

結論から申し上げますとこのディスク、これほどの演奏を眠らせておくには惜し過ぎる!というくらいの傑出した名演であり、デュトワの指揮はもとよりオロスコのピアノが実に明快さと繊細さのコントラストを見事に生かしたタッチでモーツアルトの作品を的確に描き出しており、気品と輝きに満ちた素晴らしいソロを聞かせてくれるからであります。一方のデュトワ、彼が古典を振るとき、『ええ?デュトワの古典物?う〜ん…』と、無意識のうちに避けている方が多いのではないかと思います。そんな、もったいない(苦笑)私は、以前頻繁にN響の定期に通っていたときにデュトワのベートーヴェン7番を聞いたことがありますが、これが実に生き生きとしたリズム感と高揚感を湛えた、近年稀に見る名演であったことを今でも良く覚えています。ホントに『幻想』を聞いたときのような興奮に目眩すら覚え、思わず立ち上がりました(=スタンディング・オベーション)からね(笑)モーツアルトやハイドンなんかをやる機会に恵まれたならば、是非、逃さずに聞きに行かれることをオススメ致します。

それにしても、いつからデュトワは『フランス物や近代物のスペシャリスト』というレッテルが貼られてしまったのでしょうか?確かに、モントリオール響との一連のデッカ録音がデュトワに決定的な評価を与えたのは間違いありません。ベルリオーズ、フォーレ、ラヴェル、ドビュッシー、ストラヴィンスキー、プロコフィエフ…その他、エラート等にルーセルやオネゲルの名盤もありますね。当時、これほどまでに人々を唸らせる録音がなかった、ということなんだと思いますが、出てくるディスクは次々と高い評価を獲得。その洗練された流麗な曲作りと目の覚めるようなテンポ感・リズム感、そしてモントリオール響の優れた機能性が高い次元で融合し、長らくそれぞれの曲を代表する決定盤の地位に君臨しています。加えて評論家の先生方がまた絶賛したものですから、こういったイメージが彼の預かり知らぬところでどんどん大きくなってしまった、というのもあるんじゃないかと思いますね。確かに、『春の祭典』や『ボレロ』、『カルミナ・ブラーナ』等で見せる切れ味の鋭さ、クリアな見通しの良さはこれ以上のものは求められない、というくらいに素晴らしく、私も高く評価しています。

しかし、果たして我々はデュトワの絶対的な能力を、正当に評価し得る環境を与えられているでしょうか?答はNOでしょう。未だにフランス音楽のスペシャリストというと、何か特別扱いされてしまったり、そもそも相変わらずの独墺音楽絶対の現代にあって、特にベートーヴェンの交響曲の録音が1枚もないなんて、評価の土俵にすら上げてもらえないかも知れません(涙)実際のところ、我々が音楽を聞いて『これは良い/悪い』という評価を下す際、何らかの『比較』が無意識に働いてしまうものです。従って、少なくとも他の指揮者と比較しやすいベートーヴェンの交響曲全集をカタログに加えた指揮者というのは、その時点で既に一歩リードしていると言えるでしょう。デュトワのベートーヴェン…何となく想像というか妄想は出来ると思いますが(笑)、聞かずに評価を下すことは誰にも出来ません。同じようなことがメータやサロネン、ティルソン・トーマス、そして先日ご紹介したエッシェンバッハなんかにも当て嵌まるような気がしますね。彼等はまだ望みがありますから良いですけど、ドホナーニ(クリーヴランドとかなり前に全集はありますが)とかインバルとか、是非とも録音を残して欲しい指揮者が現役でも沢山います。私はデュトワという大好きな名匠を思うとき、そんなことをつい考えてしまいます。しかしながら、これからはロイヤル・フィルとフィラデルフィア管のシェフに就任するということで、遂にデュトワの時代が来たな、と勝手にほくそ笑んでいるんですがね(笑)ただ、久しく新譜を見ていないような気がしますので、レコーディングも再開して欲しいな、とそこだけが気掛かりです。


第1楽章

それでは細部を見てみることにしましょう。第1楽章は『アレグロ』の指定がありますが、最初の1小節が伴奏パートで始まるのが少しユニークでしょうか。ヴァイオリンによって提示される、第3楽章のテーマ同様、春を感じさせる優雅で穏やかなこの名旋律を、デュトワは持ち前の引き締まった造形で導入していきます。途中の木管やホルンの『合いの手』は幾分強調されたバランスで、曲の立体感とシンフォニックさを高めているように感じました。前打音を伴う装飾的な音型に特にデュトワのセンスが集約されており、何とチャーミングなこと!イギリス室内管のアンサンブルも実に安定度が高く、特に弦楽器の艶やかで流麗な音色はさすが一級楽団のそれですね。フォルテの部分でもその瑞々しい音色を失わないのは秀逸。2分50秒からさりげなくオロスコのピアノが登場しますが、優雅で品の良さを感じさせる、一聴して一流ピアニストのそれと分かる絶妙なピアノ。少し暗い雰囲気に傾く音色が個性的と言え、例えば第一主題を弦楽器との掛け合いで提示していく際の静謐さや、第二主題で短調に傾く辺り等はハッとするような美しさ。そして、4分20秒前後で弦楽器のピッツィカートと対話する辺りは、この楽章の白眉とも言える美しさです。12分20秒からのカデンツァでは絶妙な力の『抜き加減』や、かなり大きな変化を見せるルバートであったり、オロスコのセンスの一端を垣間見ることが出来るでしょう。

第2楽章

第2楽章は『ラルゲット』ですが、モーツアルト晩年の作品群に共通する『悟りの境地』とでも申しましょうか、この世とあの世をさ迷う境目の世界の音楽と言え、ただただ美しいとしか言いようのない音楽が、ゆったりとした時間の中に紡ぎ出されていきます。オロスコの弱音がこの楽章では最高に生かされており、沈み込んでいくような冒頭の主題提示から息を飲む美しさですが、オーケストラを導入するデュトワの棒がまた素晴らしく、ホルンの深いブレス等も実に見事!そして、オロスコの美質はデリケートな弱音ばかりではなく、後ろ髪を引かれるようにフレーズの後半に向けて絶妙にテンポを緩め、グッとモーツアルトのスコアの深奥に入り込んでいく手腕には唖然とするばかり。後半、冒頭主題が再現する部分でピアノ、ヴァイオリン、フルートが同じテーマを奏で、そこにホルンが被さってくる辺りは言葉を失うばかりで、涙なしには聞けませんね…

第3楽章

そして、『アレグロ』のフィナーレは有名な春のテーマですが、ここまでお読み頂いてお分かりの通り、オロスコの音色がこのテーマを奏すると『春が来た喜び』よりも、桜が散るかの如く『春のはかなさ』を嫌というほど感じさせられます。どちらかというとユニークな演奏ではなく、テンポやフレージングなんかも至極真っ当でスタンダードとも言える解釈なんですが(ほんの一瞬ずつですが、小節間を区切るようなイメージはありますが…)、恐らくデュトワ指揮のオーケストラがかなり華やかで流麗なため、そのコントラストの結果としてそう聞こえるのかも知れません。木管楽器の速いパッセージとかもキリッと引き締まっていて、大変見事なバックを聞かせてくれます。オロスコは何気ない細かいパッセージを一つもおろそかにすることなく、丁寧に情感を込めて歌い上げていきますけれども独りよがりの解釈に陥ることは皆無であり、フォルテの部分でより一層柔らかく和音を奏する辺りは本当に只者ではありませんね。5分58秒からのカデンツァ、これがまた暗さに傾いていくような感性がこの人ならではで、テクニックの素晴らしさはもちろんのこと、この曲の内側にある表面的ではない魅力を、実に的確に掬い上げた名演と言えるでしょう。


総括

先にもお話しましたが、このディスクはデュトワがモーツアルトを、イギリス室内管を振った珍しい演奏、ということで触手を伸ばしてしまいましたが、デュトワの古典物の素晴らしさを再認識させられたのはもちろんのこと、ラファエル・オロスコという優れたピアニストの存在をこれからも示し続けてくれる貴重なディスク。当然のことながら廃盤ですので中古市場を当たって頂くしかありませんが、ご興味をお持ちの方は是非!それにしてもオロスコは、なぜこんなにも悲しみを背負ったピアノを聞かせるのでしょう?彼の50年という短い生涯にも興味を持たされる演奏です。

詳細タイミング

モーツアルト:ピアノ協奏曲第27番変ロ長調K.595
第一楽章:14分26秒
第二楽章:9分28秒
第三楽章:9分9秒
合計:約33分

オススメ度

解釈:★★★★★
ソリストの技量:★★★★★
オーケストラの技量:★★★★☆
アンサンブル:★★★★☆
ライヴ度:★★★☆☆
総合:★★★★★

録音データ

ラファエル・オロスコ(ピアノ)
シャルル・デュトワ指揮イギリス室内管弦楽団
1981年4月グラスゴー、ヘンリーウッドホール

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