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久し振りにCDレビューです。今回ご紹介致しますのは、2002年のベルリン・フィルハーモニーにおけるライヴ録音で、イツァーク・パールマンのヴァイオリンと指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団によるモーツアルト・アルバムでございます。曲目はヴァイオリン協奏曲第3番、アダージョとフーガ、交響曲第41番という非常に充実したプログラムですが、このアルバム、世の評論家諸氏には殆ど見向きもされません。しかしながら、3曲ともにそれぞれのベスト録音に挙げられても全くおかしくないくらいに、非常に素晴らしい名演ばかりで、多くの方に知って頂きたいと思い筆を執りました。過去の歴史的な名演はさておき、少なくともデジタル録音期におけるベストパフォーマンスの一つであると確信しています。この3曲のうち、確かヴァイオリン協奏曲のみ、パールマンにとっての再録音であったと記憶していますが、旧録音のレヴァイン指揮するウィーン・フィルのバックとは180度趣が異なると申し上げて良く(この旧録音は賛否両論分かれているようですが…)、非常に重心が低く、ソロもかなり自由に振る舞っているのが印象的。また、それに輪をかけて『ジュピター』他の2曲が素晴らしく、我々が持っているパールマンの穏やかで気品に満ちた優雅な表情をいとも簡単に打ち砕く、正に驚異的な名演と言えましょう。
『アダージョとフーガ』はともかく、ヴァイオリン協奏曲第3番及び『ジュピター』は私にとって非常に思い入れの深い作品です。ヴァイオリンを習っておられる方は、恐らくこのヴァイオリン協奏曲第3番という作品は一度はレッスンを受けたことがあるのではないかと思います。私も例外ではなく、スズキ・メソッドの教則本を除いて初めて取り組んだ本格的な作品でありました。スコアをご覧の方はお分かりかと思いますが、至ってシンプルでテクニックもさほど難しいものではありません。しかしながら、音が正しくこれ以上ない完璧な『あるべき姿』を現していることに感嘆させられ、それを表現することに悩み、奥深さを思い知らされたものです。『ジュピター』に関しましては、恐らくモーツアルトの全作品における最高峰であるばかりではなく、全クラシック音楽の中でも最高峰に君臨する作品の一つであることに異論を唱える方は少ないのではないかと思います。既に古典派等という枠を越えて、あらゆる音楽の手本とも言うべき技法の全てがモーツアルトの筆を通じていとも簡単に書き上げられてしまったことに、最早賛辞の言葉もありません。それほど全てを飲み込んでしまうほどにスケールが大きく、全知全能の神や宇宙を感じさせる稀有な作品であります。
さて、今回初めて登場するイツァーク・パールマンですが、言わずと知れた現代を代表する名ヴァイオリニストの一人。1945年イスラエルのテル・アヴィヴ生まれということですから、若いと思っていた彼ももはや65歳を過ぎてしまいましたね。使用楽器は1714年製のストラディヴァリウス『ソイル』という楽器だそうですが、この楽器とパールマンとの相性は抜群、この楽器の存在と出会いなくしては今の彼の名声も恐らく半減していたのではないかと思われるほどです。そして、パールマンに関して常々語られるのが幼少期の小児麻痺の影響で下半身が不自由になってしまった点です。これがハンディになるどころか、彼の音楽の幅を非常に大きく広げる要因の一つになっているのですから、音楽とはやはり人間性と経験が大きく影響しているのだと痛感しますね。
それでは、各曲の細部を見てみることにしましょう。
ヴァイオリン協奏曲第3番第1楽章『アレグロ』は非常に清々しい、澄み渡る青空のような美しさと躍動感が同居したテーマで導入されますが、恐らくかなり編成を絞り込んでいるのだと思いますが、特に弦楽器の音色に顕著ですけれども、これがベルリン・フィルかと見紛うばかりに優美な表情を湛えているのが強く印象に残ります。テンポは平均的だと思いますが、流石はベルリン・フィル、芯のある落ち着いた運びで数字以上にズッシリした手応えを感じさせますね。そして、このアプローチは1分18秒からパールマンのソロが出てきたときに決定的になりますが、彼の品格と優しさに満ちた内面を表しているのだと分かります。ソロを導くオーボエを吹いているのは年代からしてシェレンベルガーではないので、アルブレヒト・マイヤーでしょうか。何とも言えぬ美しい瞬間。パールマンのソロは別段驚異的なテクニックというわけでも、骨太というわけでもありませんけれども、強音からトリル、装飾音に至るまで非常に心が篭った暖かい音色。私が彼の演奏でいつも驚嘆させられるのが、あの弓が小さく見えるほどに大きな手から、どうしてこれほどまでに柔らかいボウイングが可能なのかという点です。これが楽器の音色を最大限に引き出しているのを強く感じますね。7分26秒からのカデンツァでは、特に深々と響き渡る重音の音色が素敵です。第2楽章の『アダージョ』は、そんなパールマンの特徴が見事に曲想にマッチした白眉と言えるのではないでしょうか。微妙にポルタメントが利いた歌い回し、ときにフレーズの後半に向けて絶妙に導かれるタメの表情、ボウイング同様に柔らかいヴィヴラート、語りかけるようなカデンツァと、どこを取っても文句のつけようがありますまい。第3楽章の『ロンド〜アレグロ』は、意外なまでにキビキビとした躍動感とリズムが、恐らくパールマンの今までのイメージを覆すに充分かと思います。ベルリン・フィルの面々も楽しくて仕方がないという雰囲気が見事に伝わってきます。こういった雰囲気が感じ取れるのも近年では稀なケースだと思います。この楽章では前半部分での大きな弦の移動を伴う細かい動きや、後半に出てくる三連符等かなり正確なテクニックが要求されるパッセージが随所に現れますが、パールマンは今まで同様『生きた』音楽として再現しますので、テクニックよりも音楽の流れにフォーカスして曲が何倍も魅力的に映ります。
アダージョとフーガコンチェルトとは打って変わり、正しく『渾身の』と呼ぶに相応しい音楽が展開されていきます。後述の『ジュピター』含めて、指揮者パールマンの評価を大いに高める素晴らしいパフォーマンスと言えます。恐らく弦楽器の数を増やしていると思いますが、この厚みある弦楽器を主体に非常に重厚な音楽作りで、世界最高峰の名に相応しいベルリン・フィルが気迫溢れる演奏を披露。アダージョ部分はかなりゆったりと粘る表現によって、濃厚で悲劇的な雰囲気に満ちています。フーガ部分はトラックが分かれていますが、より切迫感が前面に出ていますね。当然ながらテンポはアップしているのですが、引き摺るような音楽運びのせいか、悲しみの心情が見事に描き切られ、懐深いスケールの大変大きな名演が生まれました。
交響曲第41番『ジュピター』ベルリン・フィルは恐らくこの作品を何百回と演奏していると思いますが、当然ながら私はその全てを耳にすることは出来ていませんし、これからも出来るわけはありませんけれども、その手練の彼等にとっても会心の出来だったのではないかと思います。録音でもカラヤン、ベーム、フルトヴェングラーをはじめ、ジュリーニ、ムーティ、アバド等、評価の高い名盤中の名盤ばかりがベルリン・フィルによって達成されています。パールマンの演奏はこれ等に比して強烈な個性や変わった表現は見られませんが、非常に重心の低い落ち着いた充実振りを示しながらも、ヒューマンな暖かさと気品が滲み出ているのが驚異的で、上述の名盤に伍するどころかベスト盤として挙げられても何等不思議ではありません。かく言う私の『ジュピター』のベスト盤はこのパールマンとムーティの両ベルリン・フィル盤であります。第1楽章冒頭から並々ならぬ気迫がみなぎり、物凄い音圧が迫ってくるような印象です。低弦右側の配置で全体 のバランスよりも曲の巨大性を前面に押し出した演奏。テンポは古楽器演奏に耳慣れた方には、非常に遅く感じられるかも知れませんが、一般的には中庸かやや遅めといったところです。全般に、瑞々しい音色であるにも関わらず分厚い響きの弦楽器を基調としたシンフォニックな表現ですが、特に要所で楔を打つティンパニの重々しい音色に驚かれる方も多いでしょう。遅い、とまではいかないですがゆったりとしたテンポが表現の可能性を広げているのは間違いなく、低弦の何気ない伴奏音型ですら大いに物を言っています。木管楽器の魅力的な音色とテクニックの素晴らしさは最早言うには及びますまい。パールマンの特質が最も曲想に合っているのは次の第2楽章『アンダンテ・カンタービレ』でしょうけれども、パールマンは我々の期待を見事に裏切り、更にその上を行く演奏を為し遂げました。すなわち、『アンダンテ』という指示は二の次、『カンタービレ』に主眼を置いてテンポが多少遅くなろうがお構い無し、濃厚に歌い上げていきます。ヴァイオリンに弱音器がついていることなど忘れてしまいそうなくらい、非常に大きなヴィヴラートがかけられており、これが本当にあのパールマンか?と驚かれること請け合いです。中間部で弦楽合奏と木管が掛け合う部分等も実にチャーミングですね。続く第3楽章の『メヌエット』は、近年ではかなりのスピード感で正しく『疾走する』ような演奏が主流ですが、冒頭のメヌエット主題の導入から実に柔らかく滑らかで、優雅な表情に満ち溢れています。ただ優雅で柔らかいだけではなく、ティンパニの打ち込みが相変わらず物を言い、重厚な雰囲気を作り出すことに大きく寄与していると言えましょう。また、トリオのフルートとオーボエの掛け合いは絶品です。さて、ここまで聞いてきたところでこの演奏が素晴らしい名演であることが多少なりとも伝わったのではないかと思いますが、この演奏を尋常ならざる名演としている理由は次のフィナーレにあります。ライヴならではの熱気の高まりは大変なもので、ベルリン・フィルが全身全霊を傾け、パールマンの棒とスコアに集中して一心不乱に演奏している姿が手に取るように分かります。全般的にフレーズの後半に向けて、どこまでも飛んで行きそうな伸びやかな音色が印象的ですが、正にどこを切っても『血が吹き出る』かのような生命力に満ち、全編が息もつかせぬ聞き所。特に例の二重フーガが始まる10分24秒に向けての高揚感は見事という他はなく、そこからラストに至るまではギアがもう一段上がり、並ぶもののない巨大な偉容を示して全曲を閉じます。
総括皆さんの中には『え?パールマンが指揮?』と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、なかなかどうして、彼の指揮は単なる余興ではありません。私はこのアルバムくらいしか知りませんけれども、今後更なる期待を抱かせるに充分な、大変魅力的なアルバムと言えるでしょう。
詳細タイミングモーツアルト:ヴァイオリン協奏曲第3番ト長調K.216
モーツアルト:アダージョとフーガK.546
モーツアルト:交響曲第41番ハ長調『ジュピター』K.551
オススメ度(全て)解釈:★★★★★
オーケストラの技量:★★★★★ アンサンブル:★★★★★ ライヴ度:★★★★☆ 総合:★★★★★ 録音データ
イツァーク・パールマン(ヴァイオリン)指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団2002年2月28日、3月2日〜3日ベルリン、フィルハーモニー(ライヴ)
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