今回はチェコ往年の名匠、カレル・アンチェル指揮するチェコ・フィルハーモニー管弦楽団による名演をご紹介させて頂きます。曲目はブラームスの交響曲第1番。スプラフォンレーベルより『アンチェル・ゴールド・エディション』として再発売されたものですので、元々のオリジナルカップリングは異なるかも知れませんが、私が所有するこのアルバムでは後半にベートーヴェンの同じく第1番のシンフォニーが収録されています。恐らく何度も再発売を繰り返している名盤であり、アンチェルという世紀の巨匠の芸術を知るのに相応しいディスクと申せましょう。ただし、先ほど調べました感じでは、このディスクも明確に廃盤にはなっていないものの、かなり入手は難しいことはお断りしておかねばなりません。これほどの名盤が入手困難とは、クラシック音楽界の見識を疑いますね(苦笑)
私はアンチェルについてあまり多くの録音を聞いた経験がなく、正当な評価を下すにはあまりにも材料が少ないのですが、私の数少ない彼の所有アイテムを聞く限りはいずれも大変な名演ばかりでハズレが全くなく、近年再評価しなければならない指揮者の一人であると、認識を新たにしているところです。また廃盤になってしまう前に、是非とも色々と集めたいところですが…入手困難という情報をお伝えしたついでに、もう一つお伝えしたい情報があります。このアンチェルのブラームス、60年代、アナログ時代の大変素晴らしい録音です。分離感はそれほどでもありませんが、トゥッティにおける強打強奏の生々しいこと!この大変に優秀なブラームスの録音に対して併録のベートーヴェンはモノラルなんですが、チャネルの位置がどうも左寄りです。私のディスク個体の問題なのか、ゴールド・エディションのリマスターの問題なのか、はたまたオリジナルのマスターテープに起因するのか。いずれにしても、その点はご了承下さい。
さて、ここでカレル・アンチェルの簡単なプロフィールをご紹介しておきましょう。今初めて知ったのですが、アンチェルと私は誕生日が同じなんですね!(驚)1908年、南ボヘミアの生まれとあります。73年に没しており、実はこの没年は私の生年でもあり、この時点で私はアンチェルとの大いなる縁を感じますね(皆さんには関係ありませんが…)。カラヤンと同い年ということですから、もう少し長生きしていれば我々も実演に接する機会があったかも知れませんが。プラハ音楽院で作曲と指揮を学び、特に指揮は名匠ヴァーツラフ・ターリヒに師事したそうです。30年、作曲の師であるアロイス・ハーバのオペラ初演をヘルマン・シェルヘンが担当し、アンチェルはシェルヘンのアシスタントを務めていたことから、シェルヘンの指導も受けることになったそうです。33年にはプラハ交響楽団の音楽監督に就任(25歳の年!)。39年、チェコがナチスの支配下に入るとアンチェルはユダヤ系であったためにプラハ響を追われ、42年には家族全員が強制収容所送還となってしまいます。44年にはアウシュヴィッツにて家族が虐殺されてしまい、アンチェルただ一人が生還するという凄絶な前半生を送ります。戦後、楽壇への復帰を果たした彼はプラハ歌劇場(45〜48年)、チェコ放送響(47〜50年)の指揮者を経て、50年にはクーベリックの後任としてチェコ・フィルの首席指揮者に就任。同オーケストラの再建に多大なる功績を残しました。59年にはこのコンビで来日公演を行いましたが、その類い稀なる名演により音楽ファンを魅了。しかし、アメリカへのツアー中の68年に『プラハの春』事件が起こって彼は帰国を断念、チェコ・フィルを手放して亡命の道を選び、69年にはトロント響の首席指揮者に就任しますが、4年後には波乱に満ちた生涯の幕を閉じます…
というような経緯もあってか、アンチェルが作る音楽には一種の悲壮感のようなものを感じさせる瞬間が無きにしもあらずですが、基本的には非常に洗練されスッキリした音楽を作る指揮者であると、私は理解しています。そのような中でも細部の響かせ方等には大変丁寧な姿勢が見られ、ハーモニーにも細大の注意が払われていたことが窺えます。どこかで『ヴァン・ベイヌムを彷彿とさせる』と書いてあるのを見かけたことがありますが、実に言い得て妙!なるほど、確かに似ている部分があるなと思いました。
第1楽章
それでは、細部を見てみることにしましょう。第1楽章は『ウン・ポコ・ソステヌート』の序奏と『アレグロ』の主部を持つ雄渾な音楽。その剛毅で雄渾な面を引き出し、アンチェルは現代にも通じる大変引き締まった、洗練された響きを序奏から聞かせてくれます。正に中庸と言えるテンポでティンパニが打ち込まれていきますが、決して突出することなく全体に程よく溶け込んでいるのが印象的です。弦楽器等は室内オーケストラを聞いているかのように、余計なものが削ぎ落とされた印象を与えます。恐らく相当なトレーニングの賜物でしょう。しかし、1分47秒から2分5秒にかけての強奏部での生々しい迫力は格別で、内面からの音楽が滲み出る様が素晴らしい。ロマンティズムは少し後退していますが、2分7秒からのオーボエソロが独特の鄙びた雰囲気と呼吸感で聞かせますね。2分47秒からの主部、冒頭の和音こそやや控えめな印象を与えますが、各パートは良く鳴っており、ジワジワと湧き出る情熱が見事!ジックリと腰を据えてゆったりしたテンポにも関わらず充分な推進力を感じさせるのは、キリッと引き締まったリズムの扱いとインテンポによるものと考えられます。表面的にはスコアそのものに語らせる音楽と言えるので、特別な仕掛けがあるわけではありませんが、知らぬ間に引き付けられ不思議と耳が釘付けなる演奏と言えましょう。5分26秒の金管のサインは独特な鋭さを持ち、その後のヴィオラとヴァイオリンの掛け合いからトゥッティへと高揚していく部分、かなり武骨な表情を感じさせるアンチェルの一面と言えましょう。(提示部の反復なしのため)6分8秒からの展開部では、7分28秒辺りからの木管楽器とヴァイオリンの掛け合いにおいては、さほど大きな強弱の変化がついていないので、ここはアンチェルのクライマックスではなさそう。8分20秒辺りからコントラバスのフレーズをサインに、長いクレッシェンドとともにトゥッティの爆発部分に雪崩れ込みますが(8分52秒)、この雪崩れ込む直前の金管の強奏はかなり凄絶です。11分17秒からのヴィオラをサインに終盤に突入しますが、やはりトゥッティの部分がクライマックスと言えましょう。凄絶な金管の咆哮とティンパニの強打が炸裂します。
第2楽章
第2楽章『アンダンテ・ソステヌート』が、もしかしたらこの演奏最大の聞き所と言えるかも知れません。アンチェルの設定したテンポは中庸よりやや遅め、ジックリと腰を落として旋律が朗々と歌い紡がれていきます。『男の哀愁』を『背中で語る』典型的な演奏と言えるかも知れません。最大の特徴は、やはりチェコ・フィルの弦楽セクションの素晴らしさでしょう。最初のテーマは非常に渋い印象を与えると同時に、オレンジ色の落日のような美音が丁寧に紡がれてジワーッと染み渡っていくような趣で、とても感動的な音楽が作り出されています。ヴィヴラートがたっぷりとかけられ、強弱の振幅も大きく、アンチェルのイメージからすると意外なほどにロマンティックな演奏に驚かされます。1分15秒からのオーボエソロによる美しいメロディもそのような色調に相応しく、どことなく漂う哀愁が印象的。2分40秒からの中間部では、特にクラリネットの音色に注目したいですね。中間部後半におけるロマンティックなヴァイオリンも、相変わらず溜息が出るような甘い美しさで聞かせます。5分9秒辺りからは再び前半部分が戻ってきて今度はヴァイオリンソロが活躍しますが、割と明るめの音色が印象的。6分22秒辺りでヴァイオリンソロに絡むホルンのふくよかな美しさ!
第3楽章
第3楽章は『ウン・ポーコ・アレグレット・エ・グラツィオーソ』。冒頭のクラリネットがふくよかで、またどことなく『チンドン屋』のようにおどけた雰囲気を漂わせていて、いきなり聞かせてくれます。この楽章でも全般に弦楽器群のシットリした魅力が全開で、比較的速めのテンポでサラッと演奏されているように見えて、不思議な感動を残す名演と言えるでしょう。1分35秒からの中間部においては金管楽器の音色も柔らかく、決して重たくならずに前に進んでいく推進力が素晴らしい。3分52秒からはコーダになりますが、その直前のクラリネットの何とも独特な魅力溢れる響き、コーダではグッとテンポを落として歌い込み、ラストで奏でられる2つのピッツィカートはハープのような印象を与える独特の弾かせ方で、まるで野辺に咲く一輪の花のようにチャーミングでありました。
第4楽章
さて、第4楽章の『アダージョ〜ピウ・アンダンテ〜アレグロ・ノン・トロッポ、マ・コン・ブリオ』では、第1楽章と並んでアンチェルの最も彼らしい一面が如実に表れた名演が展開されていきます。そして、改めてこうして聞いてみると、不思議なことにこの楽章のベートーヴェンの第九のフィナーレとの類似性を改めて意識させられた次第です。すなわち、序奏の『アダージョ』の部分において第1楽章の序奏部分が回想され、徐々に主部に向かって霧が晴れていくような展開という点においてです。まず、『アダージョ』の部分ではティンパニ等が突出することなく弦楽器主導で全体が程よく溶け合い、通常はピッツィカートの部分でも緊迫感を強調した演奏が多い中、アンチェルはよりバランス重視の響きを志向していることが窺われます。そして、単にマイルドなだけではなく、一転してその後の弦楽器のうねりから1分59秒のトゥッティに至る辺りの動きや、序奏部分のクライマックスとも言える2分18秒の頂点の和音の迫力等も実に見事なもの。直後の『ピウ・アンダンテ』に入り、ホルンによる例の有名な朗々たるフレーズは、正しくチェコ・フィルの魅力全開で、続くフルートともに大変柔らかく暖かい音色で全体を大きく包み込んでいきます。ここは最大の聞き所と言えるでしょう。4分43秒からはいよいよ主部に入りますが、その直前のパウゼが大きく取られていて、有名な主題を導くヴァイオリンの感動を最大限に引き出していますね。木管に引き継がれた後の弦楽器のピッツィカートが、また弾けるような瑞々しさを湛えているのも印象的。その後もラストに至るまで見事な推進力で一気に聞かせてくれますが、例えばオーボエとフルート、弦楽器が掛け合って急に静まり、7分56秒から徐々にクレシェンドしてトゥッティにより喜びが爆発する部分は、珍しくティンパニと金管を思い切り弾かせてただならぬ迫力が漂います。あるいは、8分37秒に主部冒頭が回帰する部分では直前のアウフタクトを少し大袈裟に取り、最初よりもテーマを強めに弾かせることでより感興を高めていて感動を誘います。その後も尋常ではない迫力でオーケストラを鳴らし切り、大きなアッチェレランドとクレシェンドをかけて壮麗極まりないコーダ(15分18秒から)に持っていく手腕は見事の一語。素晴らしい名演ですね。
総括
やはり、一般的な世評通りにアンチェルという名匠は類い稀なるオーケストラ・ビルダーでありますけれども、かなり表現のパレットが多彩でロマンチストな一面も顔を覗かせており、フィナーレに見るような『熱い』一面もまた堪らない魅力の一つ。クーベリックやノイマン、ターリヒだけでなく、是非お聞き頂きたい素晴らしいチェコのマエストロです。
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