|
さて、ちょっと間が空いてしまって申し訳ありませんでしたが、少し前に取り上げたクルト・ザンデルリンク指揮によるマーラーの『大地の歌』レビュー、改めてジックリ聞き込んでみた第2回目です。今回は後半の3つの楽章、第4楽章から第6楽章までをレビューします。
細部を見ていく前に、前回軽く触れました第3楽章から第5楽章を1つのスケルツォとして考え、全体を大きく4つの楽章で構成されているという見方についてですが、これは更に一歩踏み込んで第3楽章と第5楽章をスケルツォ主部のような形、第4楽章をトリオのような形で捉え、全体を三部形式によるスケルツォ楽章として考えるとより分かりやすくなるのではないかと思います。まぁそれにしても、30分前後を要する第6楽章の巨大で深い音楽が異端であるのは間違いないところですが。余談ついでに全体の演奏時間についても軽く触れておきたいと思います。このザンデルリンク盤は後述の通り、全体で約63分を要します。一般的な演奏が61〜2分であることを考えると、ホントに些細な違いかも知れませんが少しだけ遅めと言えるかも知れませんね。ちなみに、私が所有するディスクの中で最も速い演奏は故アルミン・ジョルダン指揮するモンペリエ・フィルのライヴ録音で、全体を約57分で駆け抜けてしまいます(古楽器演奏や室内楽版とかはまた別として)。そもそもマーラーの音楽はかなり曖昧な速度表記といいますか表現の指定になっていて、指揮者や演奏家達の判断に委ねられる部分が大きく、個々の楽章における差異は更に顕著になります。例えば、全体に約70分を要してジックリ歌い上げたデイヴィス盤。この演奏では特に第6楽章に35分をかけているんですが、上記ジョルダン盤では25分になっていて実に10分もの差が生まれていることになります。言うまでもないことですが、実際に耳にしてみるとかなり印象が異なり、音楽芸術の奥深さと申しますか、懐の深さを改めて感じた次第です。 第4楽章それでは早速、第4楽章から聞いてみるとしましょうか。ここでは『コモド・ドルッチッシモ』(ゆったりとした速さで、極めて優しく、甘美に)という指定がされていて、李白の詩に乗せて『美について』語られていきます。弱音器をつけたヴァイオリンの細かいメロディ音型に乗って、フルートが可愛らしい装飾音型を奏で、この楽章でも五音音階が効果的に用いられていて、中国の田舎の長閑な田園風景、あるいはあたかも天上の世界を表現しているかの冒頭部分ですが、ザンデルリンク先生は比較的ゆったりとしたテンポで慈しむような丁寧さ、繊細さでこの部分を導いていきます。この幾分ゆったりしたテンポ設定がまた絶妙で理想的なイメージですね。このテンポあればこそ、フィニラの美声と深い表現力が最大限に引き出されて更なる魅力の光を放とうというもの。『Ihrer Wohlger che durch die Luft』との一節が終わった直後の2分17秒から、トランペットのファンファーレ等を伴いながら短調に傾きつつ、音楽が緊張を見せる場面への転換もマエストロは相変わらず見事な手綱捌きを見せてくれます。ここでは一瞬チャイコフスキーの『1812年』のクライマックスのテーマに酷似した音型が出てきますから、初めての方でも耳に馴染みやすいかも知れませんね。その後はマンドリン等も入り乱れて、一層東洋的な雰囲気が強くなっていき、歌詞も駿馬に跨がって疾駆する少年の様子を語ります。この辺り、特に3分前後から4分前後はオーケストラにとってもメゾソプラノにとっても大きな山鳩も言える聞かせ所で、テンポを煽りながらスピードを速めてオケとメゾが掛け合う様は圧巻ですね。さすがにフィニラも最後の方はかなり息が上がっていますが、それでも全体的に余裕のある見事なテクニックを披露。そして特筆すべきは、彼女のまるでカルメンの如き仄暗さと味わいを感じさせる独特の歌声でしょうね。見事です。第5楽章第5楽章は『春に酔える者』というタイトルで速度指定は『アレグロ』になっており、第3楽章に次ぐ短い楽章でもしかしたら全曲の中でも最も馴染みが薄い音楽かも知れません。しかし、トリル音型が効果的に用いられ、非常に躍動感溢れる曲になっているのが特徴。一度限りの人生、努力や苦労が何の役に立つのか?とにかく酒を飲んで酔わせてくれ、というような大意の詩になっていますが、全般的に明るいだけの音楽には終わらずに金管や打楽器の独特な用法やトゥッティの迫力が単なるどんちゃん騒ぎに陥ることから救っている、マーラーの独創性がキラリと光るアイロニーに満ちた楽章と言えるのではないでしょうか。次の『告別』、あるいはその後の9番や10番の複雑にして深い世界へと繋がる不協和音の用法も実に巧みです。ここでは特にクラリネットとオーボエ、フルートの妙技に耳を傾けて頂きたいもの。ベルリン響は相変わらず仄暗い雰囲気を湛えた味のある音色で、ザンデルリンクは全体のバランスから考えると幾分速めのテンポで、しかしながら中間部分ではジックリと歌わせながら、グイグイとオーケストラを牽引。シュライヤーも相変わらず感情の籠った、ドラマティックな歌唱を聞かせていて見事の一語!あと、個人的には中間部分におけるソロ・ヴァイオリンとシュライヤーの掛け合いの妙に着目して頂きたいなと思います。とにかく、このヴァイオリンが秀逸で、シュライヤーの色気にダイレクトに絡んでくるような色香を感じさせる、何とも魅惑的な出来映えなのです。第6楽章さて、いよいよ全曲を締め括るに相応しい、30分近くを要し全体の半分近くを占める第6楽章の『告別』。表記は『重々しく』とだけ書かれていて、その解釈の大半は指揮者に委ねられている壮大、深遠な音楽。ここでは友との別れに対する並々ならぬ決意のようなものと、大地の不変性と美を孟浩然及び王維の詩によってフィニラが滔々と歌い継いでいきますけれども、その何とも言えぬ寂しい雰囲気と重苦しさ、時折垣間見えるゾクッとさせられるような美しさ、儚さ、そういった要素が根底に流れている曲調と照らし合わせたときに、このバックのザンデルリンクとベルリン交響楽団のコンビほど、それに相応しいものがあろうかと思われるほどに実に見事なまでに曲調の細部に至るまで抉り出しているのが、我々に強烈な印象を残すことでしょう。過日、N響アワーで『マーラー生誕150周年』に合わせて交響曲全曲を紹介するシリーズがあり、そこで広上淳一先生の指揮による名演が放映されておりましたから、恐らくご覧になられた方も多いのではないかと思いますが、あの演奏ではメゾの加納悦子さんが大変な名唱を聞かせてくれて、近年稀に見る、否、我が国のマーラー演奏史上最高峰の『大地の歌』の名演であったのではないかと思います。広上先生の指揮もかなり深いところにまで踏み込んでN響も見事にその棒に応えていたのが誠に感動的でありました。このマエストロ・ザンデルリンクの演奏、個人的にはその広上先生の名演とベースはかなり似たタイプなのではないかと思っています。余談が過ぎて申し訳ありません。曲は大きく3つの部分から成り、第1部はまず冒頭でタムタムと低音楽器が奏でる重々しく引き摺るような伴奏音型の上を、オーボエが寂莫感漂う東洋風の印象的な動機を奏でますが、ここでザンデルリンクは一気に我々の心を鷲掴みにします。この日本寺院のような鐘、あるいはこれから死に絶えようとしているかの如き重い足取りの音型を、マエストロは比較的大きめの音量でベルリン響の類い稀な個性を生かしてズシンと響かせていて胸に迫ります(これに輪をかけて凄いのがデイヴィスの演奏)。実は比較のためにこれとは全く正反対の、前述のジョルダン指揮によるモンペリエ・フィルの演奏も聞いているのですが、オーケストラの違いが実に鮮明に現れていますね(ジョルダンのは、やはりフランスのオーケストラという気がします)。そこに、ベルリン響のカラーに見事にマッチしたフィニラの歌声が、1分24秒から『Die Sonne scheidet hinter dem Gebirge』を導入します。ここでは日没後から夜にかけての情景が歌われていきますから、やはりこのフィニラの声色は魅力的。そして見過ごしてはならないのが、先程のオーボエの動機と同一の音型を吹くフルートの音色。これがあったればこそ、情景が眼前に迫るような印象を抱かされます。ここのアンサンブルによる独白から、2分55秒から『O sieh! Wie eine Silberbarke schwebt』と歌い出す辺り(5分過ぎに至るまで)は最初のクライマックスとも言うべき白眉。川の水面に反射する月明かりを銀の小舟に例えた詩の意味をこれほどまでに見事に描き出したマーラーの天才には改めて感服せざるを得ませんが、それを詩の世界以上に掬い出してみせるフィニラの情感溢れる名唱に、是非とも酔いしれて頂きたいものです。8分10秒前後、『Die V gel hocken still in ihren Zweigen』と歌われる箇所での、木管が奏でる鳥の囀りを模した音型もニュアンス豊かで、かつテクニックの素晴らしさにも事欠きません。9分27秒から『Es wehet k hl im Schatten meiner Fichten』と歌い出す部分からは第2部が始まります。ここは更に夜の雰囲気が強まり、マンドリンやハープが登場する箇所(10分45秒過ぎ)からヴァイオリンによる甘美なメロディ、冒頭動機がイングリッシュ・ホルンに現れて低弦の重たい刻みを聞かせる辺りにかけてはマーラーのロマンティックな面が存分に発揮されており、ザンデルリンクの棒も緩急硬軟自在、第2のクライマックスとしたい部分です。執拗に繰り返される冒頭動機の重い意味を、これほどシンフォニックに充実した響きで聞かせた演奏もなかなかないでしょう。19分からの3つの強和音、特に3つ目の金管の重厚な響きが深い悲しみと絶望にも似た虚脱の世界へと、更に踏み込んで我々を誘います。19分45秒からは遂に第3部、別れの歌と大地を称賛する歌。ここから最後まで全てがフィニラ最大の見せ場。緊張感を孕みヒンヤリとした雰囲気を漂わせる絶妙なバックを得て、深い呼吸と凛とした美声が涙を誘います。何と言っても25分28秒からの『Die liebe Erde all berall』の情感の込め方、そしてラストに繰り返される『Ewig...』の意味の深さは圧倒的。お見事の一語です。総括残された録音から判断するに、かなり限定的なレパートリーであったろうと思われるマエストロ・ザンデルリンクでありますが、マーラーの最高傑作にこのような極めて優れた録音を残して下さったことに心から感謝したいと同時に、改めてジックリ聞かせて頂いて物凄い豊かな音楽性と統率力を兼ね備えた、20世紀を代表する偉大な巨匠であったことを再認識致しました。マエストロは決して職人等ではありません。極めて繊細で感性豊かな、ロマンティストであったと断言しましょう。マエストロ、安らかにお眠り下さい。二度に渡るこの文章をもちまして、心より哀悼の意を表します。ありがとうございました。詳細タイミングマーラー:交響曲イ短調『大地の歌』
オススメ度解釈:★★★★★
ソリストの技量:★★★★★ オーケストラの技量:★★★★☆ アンサンブル:★★★★☆ ライヴ度:★★★★☆ 総合:★★★★★ 録音データペーター・シュライヤー(テノール)
ビルギット・フィニラ(メゾソプラノ)
クルト・ザンデルリンク指揮ベルリン交響楽団
1983年
にほんブログ村 クラシックCD鑑賞に参加しています |

>
- エンターテインメント
>
- 音楽
>
- クラシック





