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現状、毎日のライヴ放送予定をチェック出来ないため、当面はネット音源のご紹介にフォーカスします。

書庫殿堂入りの名盤(マーラー)

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さて、ちょっと間が空いてしまって申し訳ありませんでしたが、少し前に取り上げたクルト・ザンデルリンク指揮によるマーラーの『大地の歌』レビュー、改めてジックリ聞き込んでみた第2回目です。今回は後半の3つの楽章、第4楽章から第6楽章までをレビューします。

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細部を見ていく前に、前回軽く触れました第3楽章から第5楽章を1つのスケルツォとして考え、全体を大きく4つの楽章で構成されているという見方についてですが、これは更に一歩踏み込んで第3楽章と第5楽章をスケルツォ主部のような形、第4楽章をトリオのような形で捉え、全体を三部形式によるスケルツォ楽章として考えるとより分かりやすくなるのではないかと思います。まぁそれにしても、30分前後を要する第6楽章の巨大で深い音楽が異端であるのは間違いないところですが。余談ついでに全体の演奏時間についても軽く触れておきたいと思います。このザンデルリンク盤は後述の通り、全体で約63分を要します。一般的な演奏が61〜2分であることを考えると、ホントに些細な違いかも知れませんが少しだけ遅めと言えるかも知れませんね。ちなみに、私が所有するディスクの中で最も速い演奏は故アルミン・ジョルダン指揮するモンペリエ・フィルのライヴ録音で、全体を約57分で駆け抜けてしまいます(古楽器演奏や室内楽版とかはまた別として)。そもそもマーラーの音楽はかなり曖昧な速度表記といいますか表現の指定になっていて、指揮者や演奏家達の判断に委ねられる部分が大きく、個々の楽章における差異は更に顕著になります。例えば、全体に約70分を要してジックリ歌い上げたデイヴィス盤。この演奏では特に第6楽章に35分をかけているんですが、上記ジョルダン盤では25分になっていて実に10分もの差が生まれていることになります。言うまでもないことですが、実際に耳にしてみるとかなり印象が異なり、音楽芸術の奥深さと申しますか、懐の深さを改めて感じた次第です。

第4楽章

それでは早速、第4楽章から聞いてみるとしましょうか。ここでは『コモド・ドルッチッシモ』(ゆったりとした速さで、極めて優しく、甘美に)という指定がされていて、李白の詩に乗せて『美について』語られていきます。弱音器をつけたヴァイオリンの細かいメロディ音型に乗って、フルートが可愛らしい装飾音型を奏で、この楽章でも五音音階が効果的に用いられていて、中国の田舎の長閑な田園風景、あるいはあたかも天上の世界を表現しているかの冒頭部分ですが、ザンデルリンク先生は比較的ゆったりとしたテンポで慈しむような丁寧さ、繊細さでこの部分を導いていきます。この幾分ゆったりしたテンポ設定がまた絶妙で理想的なイメージですね。このテンポあればこそ、フィニラの美声と深い表現力が最大限に引き出されて更なる魅力の光を放とうというもの。『Ihrer Wohlger che durch die Luft』との一節が終わった直後の2分17秒から、トランペットのファンファーレ等を伴いながら短調に傾きつつ、音楽が緊張を見せる場面への転換もマエストロは相変わらず見事な手綱捌きを見せてくれます。ここでは一瞬チャイコフスキーの『1812年』のクライマックスのテーマに酷似した音型が出てきますから、初めての方でも耳に馴染みやすいかも知れませんね。その後はマンドリン等も入り乱れて、一層東洋的な雰囲気が強くなっていき、歌詞も駿馬に跨がって疾駆する少年の様子を語ります。この辺り、特に3分前後から4分前後はオーケストラにとってもメゾソプラノにとっても大きな山鳩も言える聞かせ所で、テンポを煽りながらスピードを速めてオケとメゾが掛け合う様は圧巻ですね。さすがにフィニラも最後の方はかなり息が上がっていますが、それでも全体的に余裕のある見事なテクニックを披露。そして特筆すべきは、彼女のまるでカルメンの如き仄暗さと味わいを感じさせる独特の歌声でしょうね。見事です。

第5楽章

第5楽章は『春に酔える者』というタイトルで速度指定は『アレグロ』になっており、第3楽章に次ぐ短い楽章でもしかしたら全曲の中でも最も馴染みが薄い音楽かも知れません。しかし、トリル音型が効果的に用いられ、非常に躍動感溢れる曲になっているのが特徴。一度限りの人生、努力や苦労が何の役に立つのか?とにかく酒を飲んで酔わせてくれ、というような大意の詩になっていますが、全般的に明るいだけの音楽には終わらずに金管や打楽器の独特な用法やトゥッティの迫力が単なるどんちゃん騒ぎに陥ることから救っている、マーラーの独創性がキラリと光るアイロニーに満ちた楽章と言えるのではないでしょうか。次の『告別』、あるいはその後の9番や10番の複雑にして深い世界へと繋がる不協和音の用法も実に巧みです。ここでは特にクラリネットとオーボエ、フルートの妙技に耳を傾けて頂きたいもの。ベルリン響は相変わらず仄暗い雰囲気を湛えた味のある音色で、ザンデルリンクは全体のバランスから考えると幾分速めのテンポで、しかしながら中間部分ではジックリと歌わせながら、グイグイとオーケストラを牽引。シュライヤーも相変わらず感情の籠った、ドラマティックな歌唱を聞かせていて見事の一語!あと、個人的には中間部分におけるソロ・ヴァイオリンとシュライヤーの掛け合いの妙に着目して頂きたいなと思います。とにかく、このヴァイオリンが秀逸で、シュライヤーの色気にダイレクトに絡んでくるような色香を感じさせる、何とも魅惑的な出来映えなのです。

第6楽章

さて、いよいよ全曲を締め括るに相応しい、30分近くを要し全体の半分近くを占める第6楽章の『告別』。表記は『重々しく』とだけ書かれていて、その解釈の大半は指揮者に委ねられている壮大、深遠な音楽。ここでは友との別れに対する並々ならぬ決意のようなものと、大地の不変性と美を孟浩然及び王維の詩によってフィニラが滔々と歌い継いでいきますけれども、その何とも言えぬ寂しい雰囲気と重苦しさ、時折垣間見えるゾクッとさせられるような美しさ、儚さ、そういった要素が根底に流れている曲調と照らし合わせたときに、このバックのザンデルリンクとベルリン交響楽団のコンビほど、それに相応しいものがあろうかと思われるほどに実に見事なまでに曲調の細部に至るまで抉り出しているのが、我々に強烈な印象を残すことでしょう。過日、N響アワーで『マーラー生誕150周年』に合わせて交響曲全曲を紹介するシリーズがあり、そこで広上淳一先生の指揮による名演が放映されておりましたから、恐らくご覧になられた方も多いのではないかと思いますが、あの演奏ではメゾの加納悦子さんが大変な名唱を聞かせてくれて、近年稀に見る、否、我が国のマーラー演奏史上最高峰の『大地の歌』の名演であったのではないかと思います。広上先生の指揮もかなり深いところにまで踏み込んでN響も見事にその棒に応えていたのが誠に感動的でありました。このマエストロ・ザンデルリンクの演奏、個人的にはその広上先生の名演とベースはかなり似たタイプなのではないかと思っています。余談が過ぎて申し訳ありません。曲は大きく3つの部分から成り、第1部はまず冒頭でタムタムと低音楽器が奏でる重々しく引き摺るような伴奏音型の上を、オーボエが寂莫感漂う東洋風の印象的な動機を奏でますが、ここでザンデルリンクは一気に我々の心を鷲掴みにします。この日本寺院のような鐘、あるいはこれから死に絶えようとしているかの如き重い足取りの音型を、マエストロは比較的大きめの音量でベルリン響の類い稀な個性を生かしてズシンと響かせていて胸に迫ります(これに輪をかけて凄いのがデイヴィスの演奏)。実は比較のためにこれとは全く正反対の、前述のジョルダン指揮によるモンペリエ・フィルの演奏も聞いているのですが、オーケストラの違いが実に鮮明に現れていますね(ジョルダンのは、やはりフランスのオーケストラという気がします)。そこに、ベルリン響のカラーに見事にマッチしたフィニラの歌声が、1分24秒から『Die Sonne scheidet hinter dem Gebirge』を導入します。ここでは日没後から夜にかけての情景が歌われていきますから、やはりこのフィニラの声色は魅力的。そして見過ごしてはならないのが、先程のオーボエの動機と同一の音型を吹くフルートの音色。これがあったればこそ、情景が眼前に迫るような印象を抱かされます。ここのアンサンブルによる独白から、2分55秒から『O sieh! Wie eine Silberbarke schwebt』と歌い出す辺り(5分過ぎに至るまで)は最初のクライマックスとも言うべき白眉。川の水面に反射する月明かりを銀の小舟に例えた詩の意味をこれほどまでに見事に描き出したマーラーの天才には改めて感服せざるを得ませんが、それを詩の世界以上に掬い出してみせるフィニラの情感溢れる名唱に、是非とも酔いしれて頂きたいものです。8分10秒前後、『Die V gel hocken still in ihren Zweigen』と歌われる箇所での、木管が奏でる鳥の囀りを模した音型もニュアンス豊かで、かつテクニックの素晴らしさにも事欠きません。9分27秒から『Es wehet k hl im Schatten meiner Fichten』と歌い出す部分からは第2部が始まります。ここは更に夜の雰囲気が強まり、マンドリンやハープが登場する箇所(10分45秒過ぎ)からヴァイオリンによる甘美なメロディ、冒頭動機がイングリッシュ・ホルンに現れて低弦の重たい刻みを聞かせる辺りにかけてはマーラーのロマンティックな面が存分に発揮されており、ザンデルリンクの棒も緩急硬軟自在、第2のクライマックスとしたい部分です。執拗に繰り返される冒頭動機の重い意味を、これほどシンフォニックに充実した響きで聞かせた演奏もなかなかないでしょう。19分からの3つの強和音、特に3つ目の金管の重厚な響きが深い悲しみと絶望にも似た虚脱の世界へと、更に踏み込んで我々を誘います。19分45秒からは遂に第3部別れの歌と大地を称賛する歌。ここから最後まで全てがフィニラ最大の見せ場。緊張感を孕みヒンヤリとした雰囲気を漂わせる絶妙なバックを得て、深い呼吸と凛とした美声が涙を誘います。何と言っても25分28秒からの『Die liebe Erde all berall』の情感の込め方、そしてラストに繰り返される『Ewig...』の意味の深さは圧倒的。お見事の一語です。


総括

残された録音から判断するに、かなり限定的なレパートリーであったろうと思われるマエストロ・ザンデルリンクでありますが、マーラーの最高傑作にこのような極めて優れた録音を残して下さったことに心から感謝したいと同時に、改めてジックリ聞かせて頂いて物凄い豊かな音楽性と統率力を兼ね備えた、20世紀を代表する偉大な巨匠であったことを再認識致しました。マエストロは決して職人等ではありません。極めて繊細で感性豊かな、ロマンティストであったと断言しましょう。マエストロ、安らかにお眠り下さい。二度に渡るこの文章をもちまして、心より哀悼の意を表します。ありがとうございました。


詳細タイミング

マーラー:交響曲イ短調『大地の歌』
第1楽章:8分15秒
第2楽章:9分58秒
第3楽章:3分17秒
第4楽章:7分19秒
第5楽章:4分32秒
第6楽章:28分37秒
合計:約62分

オススメ度

解釈:★★★★★
ソリストの技量:★★★★★
オーケストラの技量:★★★★☆
アンサンブル:★★★★☆
ライヴ度:★★★★☆
総合:★★★★★

録音データ

ペーター・シュライヤー(テノール)
ビルギット・フィニラ(メゾソプラノ)
クルト・ザンデルリンク指揮ベルリン交響楽団
1983年


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マーラーの交響曲全曲の名盤紹介シリーズの続きですが、今回は9番や8番と並んで最高傑作の呼び声高い交響曲イ短調、『大地の歌』をビルギット・フィニラのメゾソプラノ、ペーター・シュライヤーのテノール、クルト・ザンデルリンク指揮するベルリン交響楽団による演奏で聞いてみたいと思います。タイトルにも記載致しました通り、マエストロ・ザンデルリンクに対する哀悼の意も込めまして…

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※字数の都合上、2回に分けてお送り致します。今回は前半の3楽章まで

実は私、かなり長い間この連作歌曲集のような『大地の歌』という作品が苦手でした。と申しますのも、一見すると全体に散漫で各楽章間の関連性と言いますか、統一性がなかなか自分の中で咀嚼出来ずにいたためです。サヴァリッシュ先生はこの作品以外にマーラーの交響曲を取り上げたことがなかったはずですが、『何でだろう?』という思いをいつも持っていたのです。恥ずかしながら私がこの曲に初めて接したのは、一部の方からは悪評の高いデイヴィス&ロンドン響によるフィリップス盤でした。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、この演奏はメゾソプラノにジェシー・ノーマン、テノールにジョン・ヴィッカースを迎えていて、ノーマンによる重量級の非常に重い歌唱も去ることながら、ときにカウンターテナーを思わせるヴィッカースの、いわゆる『ヘルデン・テノール』と呼ばれる明るく軽量な、中性的な歌声が曲想を台無しにしていると言われた演奏でありました。この演奏、また機会がありましたら是非とも取り上げてみたいと思っていますが(今は大変素晴らしい名盤の1つであると思います)、恐らくこの録音を最初に『聞いてしまった』ことが、その後の長きに渡るトラウマを産み出してしまったことは想像に難くありません。やはり一番最初に聞いた演奏って、物凄く大事で後々まで大きな影響を与えるのだという証ですね。

話が横道に逸れてしまいましたが、今回ご紹介するザンデルリンク盤はそんな私の『大地の歌アレルギー』を払拭してくれた演奏として、今でもことある毎に取り出しては聞いている大切な演奏。皆さんが抱いているザンデルリンクのイメージそのままの『ハードボイルドさ』。恐らく、マーラーその人にとってはこの演奏のようなイメージが意外と近いのではないかと思っていますが、8番までのマーラー作品の特徴と9番の深遠さ、前衛性とを繋ぐ架け橋として、これ以上の演奏はなかなか出てこないのではないかという高みに達していると思います。あまりに崇高過ぎて近寄り難いオーラが充満しているわけでもなく、あまりに世俗的過ぎて表面的な美しさを磨き抜いて華美になり過ぎているわけでもない。両者の要素が極めて絶妙なバランスかつ高次元で結合している、そう感じられてなりません。変わったアーティキュレーションが施されているわけでもなければ、オケの技量に関してもこれを越える演奏はいくらでもあると思いますが(とは言いながら、ベルリン響の実に魅力的なこと!)、すっと心の中に染み渡ると言いますか、気付いたら手放せない大切な存在になっていた、そういう印象を強烈に与える名盤です。加えて、録音がまた実に見事なもので、決して約30年前のものとは思われますまい。そして、この曲に関して言うと二人のソリスト陣が非常に大きなウエイトを占めていますが、シュライヤーとフィニラの歌唱が実に味わい深い、魅力的な歌声で我々を魅了します。

さて、ここで指揮を担当しているマエストロ、クルト・ザンデルリンクのプロフィールを見ておくことにしましょう。1912年、旧東プロイセン(現ポーランド領)のアリス生まれ。1931年にベルリン市立歌劇場のコレペティトゥーアとして指揮者のキャリアをスタート。母親がユダヤ人であったためにナチスによりドイツ国籍を剥奪されて、35年には叔父の住むソ連への亡命を余儀なくされ、37年にようやく魔笛を指揮してデビュー。その後、41年にはレニングラード・フィルの第一指揮者に就任し、ムラヴィンスキーの下更に研鑽を積むことになります。また、この時期にはショスタコーヴィチ本人と知り合い、親交を深めたということです。60年には東ドイツ政府に請われて帰国し、ベルリン響首席指揮者及び芸術監督のポストを受諾、以降77年にその職を退いた後も終身客演指揮者、名誉指揮者として同楽団の黄金期を築き上げました。並行して64〜67年にはシュターツカペレ・ドレスデンの首席指揮者、72年にはフィルハーモニア管の首席客演指揮者(後に名誉指揮者)の要職を歴任。80年代以降、最後のコンサートとなった2002年のベルリン響との演奏会に至るまでフリーで活躍、先日速報致しました通り98歳で大往生を遂げました。死因は老衰であろうとのこと。最盛期には東側での活動がメインであったために、また、そのために商業録音が少ないためかヴァント先生のように大器晩成型のような見方をされる向きもあろうかと思いますが、相当な実力と音楽性、カリスマ性を兼ね備えていた稀有のマエストロであったと今更ながらに思います。

第1楽章

それでは細部を見ながら、この演奏の聞き所のいくつかをご紹介しておきましょう。第1楽章は『アレグロ・ペザンテ(重々しく)』の指示を持ち、『大地の哀愁に寄せる酒の歌』とのタイトルがつけられており、テノールによって李白の詩が歌われていきます。歌詞は3つの節から成り、それぞれ『生は暗く、死もまた暗い』という歌詞で結ばれているのが特徴。第1部冒頭ホルンをはじめとする管弦楽のトッティが強烈なフレーズを奏でる部分からオーケストラが充分に良く鳴っていて(演奏の方向性を決定付ける極めて重要な部分)、決して遅過ぎるというわけではありませんが、腹の底にズシッと溜まるような悠然たる歩みと、何事にも動じない決然たる強い意志を感じさせる見事な導入に、一気に耳を奪われることでしょう。『Schon winkt der Wein im gold'nen Pokale』の歌詞を導入するシュライヤーのソロは、マズア先生の第九のときにも絶賛しましたが、ここでもやはりその柔らかい歌唱が絶品!どこか濡れたような憂いを帯びた歌声が何とも魅力的です。1分過ぎでシュライヤーが『Wenn der Kummer naht』と歌い曲調が変わる部分のヒンヤリとした空気感にはいつ聞いてもゾクッとさせられます。この箇所で掛け合うヴァイオリンソロの音色が旧東欧のオーケストラらしく、木質の暖かみを感じさせる見事なものであることも特筆しておきましょう。1分50秒からの第2部でザンデルリンクは、第1部よりも更に意識的に暗い音色を要求しているようで、重たい金管と嵐のようにうねる弦楽器の響きを基調に、緩やかな箇所での優しい表情を巧みに織り混ぜながら、根底に流れる死への諦観を抉り出していきます。そして、弦楽器によるスフォルツァンドのピッツィカートをサインに4分12秒から表情が一変し、天空と大地の永遠に対する人間の生の儚さを歌い上げる、この楽章で最も繊細で美しい世界が広がる第3部に突入。この部分でまず耳につくのはクラリネットとトランペット、そして弦楽器群の枯れた味わいのある音色でしょうか。このバックがあってこそ、シュライヤーの名唱が更に魅力的に響こうというもの。こういった雰囲気のある音色は、今ではなかなか聞けなくなってしまいましたね。クライマックスの6分32秒に冒頭の動機が転調で再現されて以降、シュライヤーも鬼神の如き没入ぶりでドラマティックなラストを構築。最後の恐ろしく寂しい『Dunkel ist das Leben, ist der Tod』一語の後の重々しいトゥッティと、審判の鐘を思わせる最後の和音との対比が強烈な印象を残します。

第2楽章

続く第2楽章は『秋に寂しき者』とのタイトルを持ち、『やや緩やかに、疲れたように』との非常に珍しい表情指定を持つ緩徐楽章。もう一人の独唱者であるフィニラが、この楽章に限らずまた大変素晴らしい名唱を聞かせており、この名盤を名盤足らしめる大きな役割を担っています。良く考えてみると、オーケストラ、テノール、メゾソプラノ(アルト)の間にこれほどまでにギャップが少ない演奏もそう多くはないのではないかと思いますけど、もしこれがマエストロの人選によるものだとすれば、その慧眼には脱帽するしかありませんね。冒頭、ブラームスのヴァイオリンコンチェルト第2楽章や、『幻想交響曲』の第3楽章を連想させるような息の長いオーボエのソロと、そこに絡み合ってくるクラリネットのアンサンブルにまずは耳を傾けて頂きたいのですが、この色っぽさはどうでしょうか。外観を華美に飾ることなくどこか憂いを帯びたまるで未亡人を思わせる、何とも妖艶な響きが全体を支配しています。そこに1分17秒くらいからフルートがすーっと、波を立てずに水面に着水する水鳥のように、とても透き通ったメロディで入ってくるんですが、この箇所も毎回ゾクッとします。直後の1分28秒で『Herbstnebel wallen bl ulich berm See』と歌い出すフィニラの歌唱、これまた全体の調和を見事に保つ素晴らしい導入。秋という季節に思いを乗せて綴られていく孤独感、抗えない死への恐怖感。この銭起の詩と言われている歌詞から音を起こし、その中に詩の思いを全て託したマーラーの天才的な作曲技法を見事に再現してみせたマエストロの手腕には改めて驚嘆するしかありません。そして4分51秒から、フィニラが『Mein Herz ist m de(私の心は疲れ果てた)』と歌い出す場面からフィニラは表情を変えて幾分か音量も落としながら音楽は一層暗さを帯びていきます。その直前のオーケストラの内側から突き上げるようなうねりを特筆しておきたいですね。また、5分30秒過ぎに『Ich komm zu dir, traute Ruhest tte! Ja, gib mir Ruh, ich hab Erquickung not! Ich weine viel in meinen Einsamkeiten(私はそなたのもとに行こう〜)』と歌われる部分では一瞬長調に傾いて束の間の安らぎを感じさせる場面が訪れますが、場面転換の見事さはもちろんのこと、例えが難しいんですがクリスタルのような透明感が逆に暗さと重さを増すような、そんな印象を与えますので音楽の持つ『恐ろしさみたいなものも感じさせる稀有な名演です。

第3楽章

さて、次の第3楽章はこの曲の中で最も一般的に知られているのではないかと思います。確かニッカだったかサントリーだったか、ともかくお酒のコマーシャルでテーマソングとして流されていたこともあったと思いますので。良く知られているように、ここでは五音音階が散りばめられていて、東洋的な雰囲気満点。加えてチャルメラを思わせるオーボエや鳥の合唱を思わせるフルート、和やかな雰囲気を作り出すクラリネット等、特に木管楽器が実に効果的に使われていて、李白の詩に乗せて明るく幾分華やいだ雰囲気の中『青春について』語られていきます。余談ですがこの第3楽章から5楽章を一つのスケルツォと見る見方がありますが、私もそれに全面的に賛同。全て長調で書かれている上五音音階が抜群の効果を上げており、曲調が軽く雰囲気が似ていて極めて密接な関連性が感じられるためです。私はシュライヤーの数ある名盤の中でベートーヴェンやシューベルトの歌曲を扱った録音を愛聴しており、いわゆるドイツリートの分野では最も高く評価したい一人なんですが、この楽章はそんな彼の特徴が如何なく発揮された名演と思います。3分少々という非常に短い音楽ですが、シュライヤーは聞くからに肩の力を抜いて魅力的な雰囲気を作り出し、随所に現れる跳躍音型においても終始余裕の歌唱を見せています。


今回はここまでとなりますが、また少し時間を掛けて聞き込んでみたいと思いますので『その2』はもう少しお待ち頂ければと思います。


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デ・ワールトの『復活』レビュー、続きです。

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第2楽章

第2楽章は『アンダンテ・モデラート』、『極めて寛いで、急がずに』という指定になっていますが、スケルツォ的な要素を孕みつつ、緩徐楽章の色合いが極めて濃い、この曲の中でも特殊な楽章であると私は捉えています。一見して『死してこそ魂は復活する』というこの曲の根底にある思想からすると、突然降って湧いたようなこの楽章の柔らかな光に違和感を覚えるリスナーもいらっしゃるのではないかと思いますが、マーラーはこの楽章に以下のような補足説明を与えています。『過去の回想…英雄の過ぎ去った生涯からの純粋で汚れのない太陽の光線』である、と。この説明を基にこの楽章を聞いてみると、マーラーがこれをこの場所に配置した意味が自ずから見えてくるのではないでしょうか。さて、デ・ワールトの演奏。彼が設定したテンポは通常聞かれる演奏よりもほんの少しだけ遅めになっていますが、これは次の第3楽章との対比を明確に打ち出すためと捉えることが出来るでしょう。かつ、音量も比較的大きめ。この楽章での一番の主役はズバリ弦楽器で、さすがにウィーン・フィルとまではいきませんけれども、冒頭の舞曲風のテーマを奏する弦楽合奏からしてふんわりと柔らかく、実に魅力的な音色を聞かせてくれます。このテーマの後半では静かな湖面に水紋が緩やかに広がっていくような、言葉で表現するのは難しいんですが、何とも癒えぬ魅惑的な響きが耳に飛び込んでくる箇所ですけれども、例えば最近出たヤルヴィとhr響の名盤(私はこれも高く評価しています)と比べると違いが分かりますが、デ・ワールトとオランダ放送フィルのアプローチはヤルヴィとは対極にあるのではないかと思います。すなわち、全体を適度に程よくブレンドさせ、完全に分離してしまうことを避けている、とでも言いましょうか。非常に微妙で難しいところですが、各楽器間のボリュームバランスがとても丁寧に計算されているのでしょう。確かに近年は透明度と分解度の高さで勝負し、それが評価される傾向にありますが、ことこの曲の第2楽章に限って言えばデ・ワールトのアプローチを採りたいところです。主題のリピート(3分過ぎ)におけるチェロのカンタービレに満ちたしみじみとした歌い回しも気品すら漂わせていて、とてもセンスが良いですね。と、このゆったりとした流れに身を任せていると、突如訪れる激しい音楽(4分36秒から)。ここでは弦楽器は3連符を主体とする伴奏に回りますが、幾分レガート気味に奏されるためか、全体的にシンフォニックな印象を受けますね。伴奏でありながら一切疎かにせず、主導権が移る管楽器同様、雄弁に歌います。また、ラストの消え入るような弱音にコンセルトヘボウの優れたホールトーンの一端が垣間見えた次第。

第3楽章

第3楽章は正に『スケルツォ』との指定を受けておりますので、先に述べたようにデ・ワールトは第2楽章との違いを鮮明に打ち出しています。テンポはもちろんですが、特にティンパニの扱い方。今まであまり目立っていなかっただけに、この冒頭のリズム強打は強烈な印象。しかしながら、弦楽器は決して鋭さを感じさせないマイルドな響き。そして、ここでも『全体が分離し過ぎない』ことの効果(楽器が重なる部分で聞こえてくる『行間の音』のようなもの)が、最大限に発揮されているように思います。また、ティンパニ同様に鳴りを潜めていた管楽器群、特にフルート、クラリネット辺りのテクニックの確かさも見事な聞き所です。4分20秒過ぎ、ヴァイオリンソロと木管が速いパッセージで対話する部分、非常に地味でさりげないので見過ごされがちな部分ですけれども、実は私がこの曲で最も好きな箇所の一つです。何度か触れていますが、この録音のアドバンテージの一つであるコンセルトヘボウでのレコーディングということが大きくものを言い、とても美しい瞬間になっているのも魅力。直後の4分50秒の金管のファンファーレ風のフレーズも、柔らかさと神々しさが同居した聞き所になっています。

第4楽章

さて、第4楽章からはいよいよ声楽が合流しますね。『原光(おおもとの光)』という表題がつけられたこの楽章、マーラーは『単純な信仰の次のような歌が聞こえてくる…私は神のようになり、神の元へと戻ってゆくであろう』という補足を与えていますが、正しくこの後に続く巨大なフィナーレへの序奏と言えますね。非常に短い曲ですが、さすがに『神の世界への入口』を描いたような曲だけあってこの曲の成否を大きく分ける重要な楽章であり、古来、多くの名アルトが名唱を繰り広げてきた非常に感動的な音楽であります。この名旋律、素晴らしい詞をデ・ワールト盤で歌うのはブリギット・レンメルトですが、過去のルートヴィヒ等の別格の名唱に比べるとさすがに独自の個性があるとは言い難いものの、地味ながら透明度の高い深々とした味のある歌唱を聞かせてくれています。この好演を支えているのは、前半部分での金管のコラールの金色と、何と言っても大変な名演と申し上げても過言ではない、楽章中間部分(2分30秒過ぎから。アルトが『Je lieber mocht ich im Himmel sein!(私はむしろ天国にいたい!)』と歌う辺り)で出てくる夕映えの色彩を存分に感じさせるオーボエのソロとの見事なコントラスト!そして、冒頭の弱音導入伴奏部分から何とも言えない気品と格調の高さを感じさせる、厳粛で神々しいオーケストラ全般の響き。終結部分でのハープとヴァイオリンのアンサンブルが静かに消えていく箇所も絶品の空気感ですね。

第5楽章

さて、いよいよ感動の結末を迎えるフィナーレ。全てのクラシック音楽作品の中でも、これほどまでに人々の気分を熱く高揚させ、充実した感動を与える名曲ですね。『全ての者が平等に罪を許され、魂が浄化され、祝福され、復活する』という内容以上に、遥かに大きなスケールで音楽が進んでいきます。ご存じの通り、この楽章だけでも30分を優に超え、場合によってはテンシュテットの演奏等は40分にも迫ろうという演奏時間を要するオバケのような作品ですが、特に後半合唱が神秘的なコーラスを導入する辺りからは、正に一瞬たりとも気が抜けず、手に汗握る圧倒的な音響空間が築き上げられていきますので、よっぽどマーラーの作品に共感出来ない方は別として、退屈さを感じることはないでしょうね。マーラー初心者の方にも、この楽章の特に後半部分を繰り返し聞いて頂いて、彼の素晴らしい交響曲作品の世界に深く足を踏み入れられんことを願います。前置きはこれくらいにして、デ・ワールトの演奏は嵐のようなトゥッティによって始まる冒頭部分から気合いが漲り、最後まで高い集中力を保っている、しかもそれがライヴであるというのがまず驚異的。そして第二に、この楽章全般で特に大きな意味を持ち、大活躍する金管楽器の音色が明るす過ぎず、幾分のくすんだ感触を含んでいて演奏に格調の高さを与えています。例えば3分17秒から木管に現れる『復活』の動機を引き継ぐトロンボーンとトランペット。何とも言えずしっとりとした潤いを湛えた、他に代え難い響きが獲得されているのです。恐らく、これはこのメロディを支える弦楽器のピッツィカートの素晴らしさも大いに影響していると言えるでしょう。また、デ・ワールトの場面転換の手腕の確かさは、恐らく今までの彼の豊富なオペラハウスでの経験が大きくものを言っているように思います。この『復活』のフィナーレのように曲想が目まぐるしく大きく変化する作品においては、彼のそういった手腕が最大限に発揮されていて見事。例えば、5分38秒辺りで突如弦楽器のトレモロが始まって切迫した雰囲気の中を『復活』の動機が展開されていく部分の、嫌味にならない程度の絶妙なテンポ及びバランスの揺らし加減。直後に落ち着いた辺り(6分56秒)から現れる金管のコラールが、また実に渋くて良いですねぇ。オルガンのようなハーモニーが絶品の美しさです。これが徐々に音量を増して、8分16秒からの第一のクライマックスに向けてのスケールの大きさ、息の長いエネルギーの放射、金管の充実したファンファーレ、ティンパニのずっしりとした手応えを感じさせる強打、11分19秒辺りの第1主題が行進曲調に現れる箇所でのずっしりとした感触に至るまで、ドラマティックに聞かせる手腕は誠に見事なもので、デ・ワールトのマーラーに対する適性の高さと、彼が紛れもない巨匠の一人であることを痛感させます。そして、その後の目まぐるしい展開を見せる部分の息を飲む素晴らしさは言うまでもありませんが(テンポの揺れ具合やボリュームバランスは言うまでもなく各々の箇所でのあるべき姿を見せていて痛快の極みとすら言えるほどで、また、舞台裏から聞こえる金管のバンダが実に見事!)、やはり声楽が加わる21分2秒以降からコーダにかけての表現が圧倒的に素晴らしい!特に『復活』の讃歌を歌い始める神秘的なコーラスの導入は全く自然でありながら高潔な美しさの限りで、この曲の最も美しい瞬間を表現し尽くしていると断言します。抜群の透明度とハーモニーの美しさを誇るこのオランダ放送フィルのコーラスの素晴らしさなくしては、間違いなくこれほどの名演は決して成し遂げられなかったことでしょう。また、アーノンクールの第九やモーツアルト・オペラの多くに参加している名ソプラノ・マルジョーノの出番は少ないですが、この讃歌の歌い出しの部分及び28分38秒からの独唱部分(O glaube〜)でこれまたデ・ワールトの真摯な音楽作りに大きく貢献しており、その嫌味のない柔らかく優しい歌唱が素晴らしい録音によって見事に捉えられています(ヤルヴィ盤のドゥセ等の歌唱と比べるとかなり違いが明確で、一聴するとアルトかと見紛うほどに憂いを帯びた表情が印象的です)。後者のソプラノ独唱以降は特にこの楽章の大きな聞かせ所ですので、皆さんもお手持ちの『復活』のディスクで繰り返し聞き比べて頂ければと思います。そして最高のクライマックスは、この演奏では31分14秒からのヴァイオリンによる印象的な音型をサインに訪れます。直後のマルジョーノとレンメルトの二重唱から微妙なアッチェレランドをかけながら熱気を孕んで高揚し、33分44秒の『復活』の動機の高らかで厳かなコーラスへと突入、コーダに向けての壮麗なオルガンが大変効果的で、併せて鐘やハープ、ティンパニ、大太鼓、シンバル等の打楽器に至るまで力強くも厳粛で神々しいまでの圧倒的なクライマックスを築いてこの長大な楽章の幕を閉じます。こんなに素晴らしい演奏を実演で聞かせられたら、しばし言葉を失うこと必至でしょう…ブラーヴォ!マエストロ・デ・ワールト!


総括

二回に渡ってご覧頂きましたように、デ・ワールト&オランダ放送フィルによる渾身のマーラー全集の中でも、屈指の出来映えを誇る交響曲第2番『復活』。聞き終えたとき胸一杯に押し寄せる強い感動は、バーンスタインやテンシュテットの演奏からも感じ得ない、何とも不思議な充実感に満ちています。是非、この格調高く気品に満ち溢れた名盤を全集の形で再発して頂いて、多くの方のお耳に届かんことを強く願っておる次第です。もし、今ご興味をお持ちになられた方がいらっしゃいましたら、中古市場を当たられますことをオススメ致します。

詳細タイミング

マーラー:交響曲第2番ハ短調『復活』
第1楽章:22分7秒
第2楽章:10分28秒
第3楽章:11分10秒
第4楽章:5分44秒
第5楽章:36分42秒
合計:約86分

オススメ度

解釈:★★★★★
ソリストの技量:★★★★☆
コーラスの技量:★★★★★
オーケストラの技量:★★★★★
アンサンブル:★★★★☆
ライヴ度:★★★★★
総合:★★★★★

録音データ

シャルロット・マルジョーノ(ソプラノ)
ブリギット・レンメルト(アルト)
オランダ放送合唱団
エド・デ・ワールト指揮オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団
1993年9月4日アムステルダム、コンセルトヘボウ(ライヴ)


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音楽祭の残りのレビューは申し訳ありません、ちょっとお休みとさせて頂きまして、大変久しぶりにCDレビューです。今回は皆さんのお陰で6万アクセスを無事突破させて頂いたということもあり、今年もアニバーサリー・イヤーのマーラーの交響曲でまだ取り上げてない残りの作品から、第2番『復活』を取り上げます。演奏は、エド・デ・ワールト指揮するオランダ放送フィルハーモニー管弦楽団。ソリストが非常に魅力的な顔触れでソプラノはシャルロット・マルジョーノ、メゾソプラノはブリギット・レンメルトが担当しています。

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このデ・ワールト盤はいわゆる巷の『名盤選』の中では全く話題になることはないディスクではありますが、私にとって『復活』と言えばこの盤がまず頭に浮かびます。この演奏の特徴は、何と言っても曲と対峙する『誠実な姿勢』にあるのではないかと思います。これはこのデ・ワールトによるマーラーの交響曲全集全般に渡って言えることで、表面的な表現こそ変わったものはなく極めてオーソドックスなものと言えるでしょうが、長らく付き合っていくうちにその深い味わいに気付かされる、そんな感銘を与えてくれます。気付いたらいつもそばにいる、みたいな感じでしょうか。また、この演奏を忘れ難いものとしているのが、オランダ放送フィルの確かな技量(ここまで磨き上げたのは間違いなくデ・ワールト先生の偉大な功績!)、コーラスのハーモニーの美しさ、両女声ソリストの渋いながらも曲想に相応しい魅惑的な歌声、ライヴ録音ならではの終曲に向けていやが上にも高まる高揚感、そして何よりもアムステルダムのコンセルトヘボウにおいて行われた演奏会の実況録音であるため、その豊かな残響と前後左右に広がる立体的な音響空間…様々な要素が高いレベルで結合しており、競合盤数多ひしめくこの『復活』という名作のディスコグラフィにおいて、独自の光を放つ名盤と言えるでしょう。しかしながら、誠に残念ではありますが、1994年前後の初出以降、確か一度だけ外盤で再発売されたことがあるだけで、現在は当然ながら廃盤であると記憶しています。これほど優れたディスクでありながら、皆さんのお耳に触れる機会が少ないのは実に遺憾ではございますが…


指揮者のデ・ワールトについては、以前『好きなアーティスト』ということでご紹介済みですが、改めて復習も兼ねて簡単なプロフィールを見ておきたいと思います。1941年、アムステルダムに生まれたデ・ワールトは今年70歳を迎える、現代を代表する巨匠指揮者の一人ですが、皆さんもご存知のように元々はオーボイストであり、スウェーリンク音楽院を1962年に卒業した直後はアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(現ロイヤル・コンセルトヘボウ管)のオーボエ奏者であったことは留意しておく必要がありますね。23歳のときにミトロプーロス国際指揮者コンクールで優勝、副賞として与えられたニューヨーク・フィルハーモニックでの一年間のバーンスタインのアシスタント経験を経て、ハイティンクの下、アムステルダム・コンセルトヘボウ管のアシスタント・コンダクターとして、本格的な指揮活動をスタートさせます。73〜79年にはロッテルダム・フィルの音楽監督、77〜85年にはサンフランシスコ響の音楽監督、86〜95年にはミネソタ管の音楽監督、89〜2004年にはオランダ放送フィルの音楽監督、93〜2003年にはシドニー響の音楽監督等の世界各国の要職を歴任し、現在は2004年以来その任にある香港フィルの芸術監督兼首席指揮者及び、2009年よりその任にあるミルウォーキー響の音楽監督、今シーズンよりその任にあるセントポール室内管のアーティスティック・パートナーのポストを兼任しています。ただし、香港フィルのポストは来シーズン限りで退任予定。また、2012/13シーズンより、ロイヤル・フランダース・フィルの首席指揮者に就任する予定です。いかがでしょう?現代の指揮者でこれだけの要職を歴任している人物もなかなかいないと思いますが、デ・ワールトの凄いところは、就任したオーケストラの殆ど全てを国際的に無名な存在から一流の仲間入りを果たさせている点にあります。ロッテルダム・フィル、オランダ放送フィル、香港フィル然り。既にある程度の名声を得ているオケであっても、その建て直しに成功している例は数知れず。個人的には彼の元気なうちに、何としてもN響の面倒を見て欲しいのですが…


さて、マーラーの交響曲第2番『復活』。ご存知のようにこの作品は全5楽章からなり、オルガンを含む大管弦楽と混声合唱、ソプラノソロ、アルトソロを要する大変規模の大きな作品であるのみならず、演奏時間が80〜90分かかり第3番に次いで長大であり、マーラーの交響曲全曲中でも屈指の人気作品です。プロ・アマチュアを問わず、実演でも多く取り上げられます。指揮者にとっても大いに取り組み甲斐があるためか、昔から名盤と呼ばれる録音が数多く作られてきましたね。クレンペラー&フィルハーモニア(若しくはバイエルン放送響とのライヴ)、ワルター&ウィーン・フィル、ショルティ&シカゴ響、バーンスタイン&ニューヨーク・フィル(新旧全集)、テンシュテット&ロンドン・フィル(若しくは北ドイツ放送響とのライヴ)、シノーポリ&フィルハーモニア、インバル&フランクフルト放送響(現hr響)といった辺りが、ファーストチョイスとして推薦されることが多いでしょうか。こういった言い方が適切かどうか分かりませんが、基本的にある程度のレベルがクリアされていれば、これだけの曲ですからどのような演奏でもそれなりの感動を得られることは必至。逆に申しますと、クレンペラーやワルターのようなマーラー直伝とも言える『荘厳型』、バーンスタインやテンシュテットのような『没入・激情型』、シノーポリやインバル、ブーレーズ、ギーレンのような『冷静な分析型』、そして最近リリースされて話題のヤルヴィのような『美しさの限りを尽くした耽美型』と、様々なアプローチが可能な偉大な曲であることがお分かり頂けるでしょう。今回ご紹介するデ・ワールト盤の位置付けがどうかと申しますと、クレンペラー盤ほどは重厚長大ではないものの、意外にも大変聞き応えのある『荘厳型』と言えるのではないかと思います。私の知る限りでは、実はこの『荘厳型』と呼べるタイプの演奏はあまり多くなく、優れた録音でこのタイプの演奏を聞きたい場合に、デ・ワールト盤は筆頭に指折られるべき名盤であると確信しています。


第1楽章

早速細部を見てみましょう。第1楽章は『アレグロ・マエストーソ』、『真面目で荘厳な表現で一貫して』という指示があるように、低弦楽器による極めてドラマティックな主題によって開始される冒頭部分が強烈な印象を残しますね。デ・ワールトは決して煽ることなく汚い音を極力排除し、しかしながら重々しいリズムを刻みつつ見事なまでに決然たる表情でこのテーマを導入。ピアノとフォルテの錯綜、たっぷりとしたテンポと充分に取られた間合いが素晴らしく理想的であり、この段階でこの演奏の成功は約束されたようなものです。2分34秒からヴァイオリンに現れる第二主題は濃厚過ぎない表情で、飽くまでも純音楽的な解釈。しかしながら、オランダ放送フィルの弦楽セクションが優秀で、薄味ながらも大変美しく聞かせてくれています。6分3秒から展開部が始まりますが、第二主題を奏でるヴァイオリンが、提示部とは微妙に異なる表情かつ、それとは分からない程度にテンポを少しだけ落としているのが印象に残ります。なお、ポルタメントは必要最小限に抑えられています。そして、オーボエをはじめとする木管群、ホルンをはじめとする金管群の随所に現れるソロフレーズが、コンセルトヘボウもかくやと思わせるほどに、相当上手いことに舌を巻かれる方も多いのではないでしょうか。この展開部で特筆しておきたいのが、およそ7分50秒辺りから微妙に雲行きが怪しくなって、第一主題を軸にじっくりとした歩みで大きな盛り上がりを見せる10分10秒過ぎにかけて、そして、直後の11分21秒で一気に静寂が破られ、再び第一主題の動機が恐怖の気分を高める部分においては、この楽章の第一のクライマックスと言える見事な音響空間が作り上げられていて、天の怒りを思わせるテューバやホルン、トランペットの金管群、そして雷鳴の轟きを思わせるティンパニやシンバル、銅鑼の強打が圧倒的なスケールの大きさを我々の胸に強く刻み込むでしょう。また、12分過ぎから微かに聞こえてくる低弦の不気味なリズムに乗って、第一主題の動機がイングリッシュホルンによってじっくりと歌われる悲しげな雰囲気が見事テクニックで披露されており、この部分も決して聞き逃せません。第二のクライマックスは、15分過ぎの展開部のエンディングに現れます。この部分の最後の二和音の落差が強烈で得も言われぬ脱力感を感じさせられるのは言うまでもありませんが、この頂点に向けてのエネルギーの蓄積と放出の凄まじさにも事欠かず実に見事なもの。全てをなぎ倒して進軍する重戦車、一瞬のうちに全てを消し去ってしまう強烈なパワーを感じさせながらも、全く煩くなく有機的に響くのが驚異的です。18分56秒から始まる長大なコーダでは、強奏と弱奏のダイナミックレンジの広さと、決してブレることのない確たる信念を感じさせる足取りの確かさが一貫したインテンポによってラストの下降音型にも見事に表れていて、この長大な第1楽章を締め括るに相応しい感動的なエンディングを聞かせてくれます。


第2楽章以降につきましては、字数の関係で次回『その2』として取り上げる予定です。申し訳ありませんが、今しばらくお待ち頂けると幸いです。


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アニバーサリー特集でマーラー交響曲第7番を取り上げます。1番、3番、4番、5番と来て、今回はサイモン・ラトル指揮バーミンガム市交響楽団による7番。『現代最高の指揮者』の一人にして言わずと知れたオーケストラ界最高峰のベルリン・フィルの芸術監督を務める、この類い稀な才能を今まで一度も取り上げたことがなくて大変申し訳なかったんですが(苦笑)、マーラーのアニバーサリーイヤーを機に私が考える彼の最高の名盤の一つをご紹介しようと思いまして、今回ようやくの登場となった次第です。彼の前の手兵であるバーミンガム市響他との交響曲全集からの1枚でありますが、このラトルによるマーラー全集は比較的評価が高いですから、単売も含めて今でも入手可能でしょう。
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マーラーの7番は『夜の歌』というタイトルがついていますが、全体の副題ではありません。飽くまでも第2・4楽章に対してですが、その静寂と神秘を思わせる言葉のイメージとは異なり、大変難解な音楽であるのは改めて言うまでもなく、この曲が嫌いという方も大勢いらっしゃると思います。私もこの曲のレビューするのは大変骨が折れました(苦笑)一時期良さが全く分からず、全集を買っても聞かなかったのですが、このラトル盤との出会いが私とこの曲の『橋渡し』をしてくれたようで今では5番等よりもこの7番の方が好きなくらい、愛聴しています。もしかしたらこの曲だけは過去の歴史的な名盤ではなく、現代の指揮者による演奏から入るのが取っ付きやすいかも知れません。私も名盤と言われているクレンペラーやバーンスタインの演奏すら、最初は分かりませんでしたから…現代の名演と申しますとこのラトル盤を筆頭に、アバド、バレンボイム、シャイー、ティルソン・トーマス、ヤンソンス、ジンマン、インバル、ゲルギエフ、ベルティーニ、シノーポリ、ブーレーズ、マーツァル、ノイマン、デ・ワールト、小林研一郎さんといった辺りが思い浮かびますけれども、ラトルの演奏は中でも突出して『分かりやすい』演奏なのではないかと思います。

サイモン・ラトルのプロフィールは1955年リヴァプール生まれ。若いと思ってたら、もう60の声が近付いてきましたね…幼い頃からピアノと打楽器を学び、71年にロンドン王立アカデミーに入学後は指揮を学び、74年のジョン・プレイヤー国際コンクールで優勝。76年にフィルハーモニア管を指揮してデビュー。80年バーミンガム市響首席指揮者就任時には世界を驚かせたようですが、当時国際的に無名だった同オーケストラを短期間のうちに世界でも屈指の存在に育て上げ、黄金期を築いた手腕は大変なものでした。94年にはナイトに叙されています。2002年にはベルリン・フィルの首席指揮者兼芸術監督に就任。


第1楽章

前置きはこれくらいにして、細部を見てみましょう。第1楽章は『ゆるやかに』という指定を持つ序奏と『アレグロ・リゾルート・マ・ノン・トロッポ』の主部より構成されています。交響曲第3番の第1楽章で出てくる印象的なリズムに似た音型を弦楽器がひっそりと刻み、16秒から柔らかい音色のテノールホルンによる印象的な第一フレーズが出た後、1分58秒辺りから木管を主体にマーチ風の第二フレーズが出てきてトゥッティへと力強く高揚していきます。比較的ゆったりとしたテンポではありますが、3分46秒からの主部への移行部分等は決して声高に絶叫するようなことはなく、滲み出るような自然な高揚感を湛えていて印象的。5分9秒からはヴァイオリンによるロマンティックな第二主題ですが、ラトルは展開部でのこの楽章のクライマックスとも言える部分を見据えてか、さほど感情を込め過ぎずに、しかしながら充分滑らかで美しく歌わせているのが印象的。7分41秒辺りから始まる長大な展開部では、ハープのグリッサンドをサインにこの第二主題が情熱的に歌われる部分がありますが(12分13秒付近)、この箇所の儚い美しさは充分に素晴らしいもの。ヴァイオリンの情熱的な歌い回しはもちろんですが、特に直前で霧が晴れていくように室内楽のアンサンブルから徐々に楽器が重なっていくグラデーションや、鳥の囀りを模したような木管のフレーズが見事。13分50秒過ぎにかけて大きく高揚し、シンバル等の打楽器を含む強烈な和音がトゥッティで強打される辺りはライヴならではですが、ラトルの意外なまでの感情が込められていてまるで『アルプス交響曲』の日の出のシーンを思わせるような、大変雄大で感動的な場面です。このクライマックスが急激に落ち着き(14分過ぎ)、冒頭のリズムフレーズが低弦の再現に導かれて現れるトロンボーンのフレーズは第3交響曲の第1楽章でのそれを想起させますが、このトロンボーンが実に朗々としていて逆に不安感と不気味さを煽っていて、また、20分53秒からのコーダではやはりラストの『タン、タタンッ』という3音の重量感溢れる迫力が見事なエンディングを築き上げています。

第2楽章

第2楽章は『夜の歌』と名付けられた『アレグロ・モデラート〜アンダンテ・モルト・モデラート』。冒頭からいきなりホルンが印象的な掛け合いのフレーズを吹き、これに絡むように木管の細かいフレーズがテクニカルに提示されていきます。境界が曖昧な主部に入って弦楽器のピッツィカートとコルレーニョの上を、再びホルンが柔らかく第3交響曲のようなマーチ調の第一主題を重ねていきます(解説によっては『悲劇的』との関連性が指摘されている)。この伴奏とメロディの対比がいかにも不気味で、ここはラトルの真骨頂と言えるでしょう。叩きつけるように強打されるティンパニの一撃も痛烈の一語。このメロディが徐々に弦楽器にも派生して、調性が不安定な管楽器の合いの手を伴って展開していきます。3分23秒からのチェロによる叙情的な第二主題に込められたロマンティズムは必要にして充分なもの。4分56秒で突如、また冒頭の動機がホルンに戻ってきて主題が繰り返し展開された後、6分47秒辺りから『夜の雰囲気』を漂わせる旋律がオーボエを中心に提示されますが、ミュートをかけた金管の強いアクセントや、弦楽器のフラジョレット奏法等の扱いがやはりラトルの真骨頂。8分過ぎにこのオーボエによる中間主題がチェロとヴィオラのソロによって室内楽で再現される部分では、シニカルな表情を含みながらも大変美しいアンサンブルを聞かせてくれます。また10分59秒辺りで突如艶かしい雰囲気を持つフレーズが弦楽器に出ますが、かなり大きなポルタメントをかけて妖しげな雰囲気を演出。13分20秒過ぎからの『鳥の囀り』を模したような木管群の約40秒以上にも及ぶ長大なカデンツァ風のフレーズではオーケストラの抜群のテクニックが披露され、ひんやりとした雰囲気の中静かに楽章を閉じます。

第3楽章

第3楽章は『影のように、流れるように、しかし速過ぎずに』という不思議な指示が出されていますが、冒頭から怪しげな雰囲気満点。こういう音楽をやらせたら、やはりラトルは天下一品で『影のように忍び寄る不安感』を模したヴァイオリンの細かい音型によるメインテーマの後半部分では、ポルタメントが炸裂します。それを煽るように、時折差し込まれる強いアクセントを伴った管楽器の叫び。この弦楽器が叩きつけるようなアクセントを伴って独特の世界を作り出し、次から次へと新しい楽想が現れて消えていきます。何か夕立の前に一気に空が暗くなるイメージと申しますか、尋常ではない音響空間が展開されていくので最早メロディはありませんが、非常に聞き応えがあります。3分ちょうど辺りから急に明るくなり、オーボエが少しおどけた雰囲気のフレーズを吹きますが、ヴァイオリンソロによって一気に元の雰囲気に引き戻されます。この中間部における舞曲調のリズムの処理がこの楽章の成否を分けると言えますが、ラトルのリズム感覚は抜群で曲の雰囲気を最大限に生かした名演を展開。5分34秒で強打されるティンパニの固い音色と迫真のパワーがまた秀逸。その後のティンパニと管楽器、弦楽器のピッツィカートの掛け合いがまたグロテスクさを加速し、まるで救いようのない闇に吸い込まれていくかのよう。

第4楽章

第4楽章は第二の『夜曲』。『アンダンテ・アモローゾ』との指定がありますが、第2楽章とは対称的にいわゆる夜のイメージにピッタリの、大変ユニークで美しい音楽が書かれていますね。何と言ってもマンドリンが用いられている点がキーポイントですが、いきなり冒頭からヴァイオリンソロで始まるというのも独創的。柔らかくけだるい雰囲気の弦楽器甘く切ない木管の音色、それに対して『場違い』とも言えるマンドリンのシャカシャカした伴奏音型。この楽章がこの曲唯一の緩徐楽章と言えますが、決して生易しいロマンティズムに陥らないのがこの曲を難しいものにしている要因の一つ。ラトルは丁寧にパーツを解体しながらも、流れを損なわずに有機的な再結合を試み、それが見事なアウトプットとして提示されているのが天才と言えましょう。5分12秒からの中間部はチェロとホルンによる、『牧歌的』とも言える暖かくて優しい音楽。ここでもマンドリンが冷静に、『そうは問屋が卸さないぜ』的な合いの手を入れるのが実に滑稽に見えてくるから不思議なものです。中間部後半、7分37秒辺りからヴァイオリンとハープのアルペッジョの上を、オーボエが美しいフレーズを奏でる部分がありますが、ここでようやく美しい…と思う間もなく、再びヴァイオリンソロやマンドリン、ホルンの怪しいフレーズが戻ってきて、最後はクラリネットのトリルによって静かに閉じられます。

第5楽章

そして、今までの雰囲気が一変する『ロンド・フィナーレ、アレグロ・オルディナリオ』。この楽章は明確な祝典的気分に支配された音楽なので比較的分かりやすいですが、全体の構造はかなり複雑に入り組んでいて色々な素材が現れては消えていく手法はこれまで以上に徹底されています。冒頭でティンパニが『ズンドコドンドン、ズンドコドンドン、ドロロンドロロンドロロンドロロン〜』という強烈な野趣溢れるリズムを強打し、すぐに金管が祝祭の主題を高らかに歌い上げます。バーミンガムの金管セクションは実に輝かしく、芯が太いのがいいですね。木管も非常に高いテクニックでライヴとは思えぬ驚異的なアンサンブル精度を誇ります。この『ピロピロ、ピーヒャラ』は大変な聞き物。このテーマが各パートに受け継がれながら発展し1分37秒で一段落、弦楽器に新しいフレーズが出て第5交響曲のフィナーレのような展開を見せる辺りの推進力も見事なもの。例えば弦楽器のソロ同士が絡み合うような室内楽的な部分でもその弱音の美しさが見事で、トライアングルから弦楽器のピッツィカートに至るまで生命力の塊のような演奏が展開されていきます。目まぐるしくフレーズが交錯する中間部含めて全編聞き所ですが、圧巻はやはり15分32秒からコーダに至る約2分強の過程。たっぷり取られたテンポで高らかに奏されるファンファーレとカウベルの独特な味わい、絶妙な間合いでぶっ放されるラストの『全てを吹き飛ばしてリセットしてしまう』音圧による和音の轟きの凄まじさは圧倒的!終演後の聴衆の反応も納得の超名演です。


総括

このアルバムはラトルの比較的初期の録音に属しますが、若々しく迸るような情熱が漲り、既に凡人の及ばない鋭敏なリズム感覚と色彩豊かなオーケストラドライヴが克明に刻まれています。ラトルがお嫌いなそこのあなた、あなたにこそ是非聞いて頂きたい。え?『夜の歌』がお嫌いですって?それはどうしようもありませんな(苦笑)


詳細タイミング

マーラー:交響曲第7番ホ短調『夜の歌』
第1楽章:22分6秒
第2楽章:14分40秒
第3楽章:10分15秒
第4楽章:12分19秒
第5楽章:17分49秒(うち、約10秒程度終演後の拍手)
合計:約77分

オススメ度

解釈:★★★★★
オーケストラの技量:★★★★☆
アンサンブル:★★★★☆
ライヴ度:★★★★★
総合:★★★★★

録音データ

サイモン・ラトル指揮バーミンガム市交響楽団
1991年6月21日〜22日スネイプ、スネイプ・コンサートホール(ライヴ)

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