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このところマイナーなものが続いたので、メジャーというわけではありませんが、久しぶりにブルッフです。と言ってもヴァイオリン協奏曲ではなくて『スコットランド幻想曲』ですけど(苦笑)カナダのCBCというレーベルからリリースされている、ジェームズ・エーネスのヴァイオリン、マリオ・ベルナルディ指揮するモントリオール交響楽団によるブルッフのヴァイオリン協奏曲全集の中からの1枚。ただし、1枚目の1番と3番のコンチェルトのアルバムの指揮はデュトワだっただけに、このアルバムでもデュトワに振って欲しかったのが本音ですが…以前から『エーネスはいい、エーネスはいい』と申し上げていましたが、ようやくご紹介することが出来ます。
ジェームズ・エーネスというヴァイオリニストはあまりメジャーな録音をリリースしていないために、実は一部のファン以外にはあまり知られていないかも知れませんが、昨年の『題名のない音楽会』でブラームスのコンチェルトのフィナーレを弾き、その音色の素晴らしさに魅了された方も多いのではないかと思います。私も実物はあの映像が初めてでしたが、想像以上の長身で指が長く、軽々とヴァイオリンを包み込むかのような大きな手が印象的でした。これほどの恵まれた体格と甘いルックスの持ち主でありながら彼の名が今まであまり知られることがなかったのは、やはり所属レーベルの問題があろうかと思います。ドヴォルザークのコンチェルトが収められたアルバムのChandosは今やメジャーの仲間入りと言えましょうが、CBCやONYX等は全くのマイナーレーベル。そして、メジャーコンクールでの優勝歴がないということも、こうしたマイナーレーベルとの契約に無関係とは言えないでしょう。 エーネスは1976年、カナダのブランドン生まれということで、今年34歳を迎えますが、意外と若いような気もします。ブランドン大学にてトランペットを教えるアランを父に持ち、4歳からヴァイオリンを習い始め、ジュリアード音楽院の卒業生でもあるようですね。ソリストとしてのデビューは13歳で、モントリオール交響楽団と共演、早くから抜群の才能を発揮していた様子。1987年にカナダ音楽コンクールの弦楽器部門で優勝。そして、2005年にブランドン大学で音楽学の博士号を取得した、ともあります。また、1715年製ストラディヴァリウス、『エクス・マルシック』を貸与されています。ディスコグラフィとしては、二度のパガニーニの『カプリース』(全曲)、ラヴェル&ドビュッシー&サン・サーンスのソナタ集、プロコフィエフのソナタ集、バッハの無伴奏ソナタ&パルティータ(全曲)とヴァイオリン・ソナタ、ブルッフのヴァイオリン協奏曲全集(wデュトワ&ベルナルディ)、ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲(wノセダ)、モーツアルトのヴァイオリン協奏曲全集(弾き振り)、エルガーのヴァイオリン協奏曲、ウォルトンのヴァイオリン協奏曲等がリリースされているとのこと。これからN響とかに呼ばれたら、日本でのブレイク間違いなしなんですけどね(苦笑) ブルッフの『スコットランド幻想曲』は副題に『スコットランド民謡の旋律を自由に用いた、管弦楽とハープを伴ったヴァイオリンのための幻想曲』と書かれています。随所にスコットランドの民謡が出てくるのと、管弦楽の中でもハープに特別な役割が与えられている点が特徴。ここでハープが特別に用いられているからといって、『ダブル・コンチェルト』ではないということは留意しなければなりません。そして、伝統的な協奏曲形式である急−緩−急の3楽章の構成ではなく、序奏+4楽章の5部分から成るのも大きな特徴の一つ。サラサーテに献呈され、彼自身によって初演されたそうです。ちなみに、この曲は有名な割にはあまりステージにかけられることは多くないようで、私も実演に接したのはN響の定期でギル・シャハム素晴らしい名演を披露したときのみです。もっと実演にかけられる機会があるといいのですが… 序奏それでは、早速聞いてみましょう。序奏は『グラーヴェ』との指示があり、金管の荘重な響きを中心とする重い管弦楽の響きの中に浮かび上がるロマンティックなヴァイオリンソロで始まります。エーネスのソロはどこまでも限りなく柔らかく、優しく暖かい音色を基調としていて、このブルッフのロマンティックな名旋律を共感豊かに、伸びやかに歌い上げていきます。ベルナルディ指揮するオーケストラはエーネスとは対照的に、決して前面に出過ぎることなく沈み込むような深い音色が印象的。特に中心となる金管はお寺の鐘のような重厚感があります。1分30秒過ぎに出てくるエーネスのソロは、細かい音型が高音部分で提示されますが、この辺りは男性ヴァイオリニストにしては若干線の細さを感じさせるものの、非常に美しく感動的です。第1楽章そして、ソロヴァイオリンの静かなトリルに続けてアタッカで演奏される次の第1楽章は、『アンダンテ・カンタービレ』。管弦楽の響きに明るさが出てきてハープのアルペッジョが印象的な音楽ですが、決して表面的ではない深みを持ったオーケストラの表情がここでも印象に残りますね。モントリオール交響楽団らしいと言いますか、非常に洗練された明るい色彩の弦楽アンサンブルが特にこの楽章にマッチしており、エーネスのソロの魅力を最大限に引き出しているように思います。エーネスのソロは相変わらずの美しい歌い回しですけれども、ここではとりわけその重音の、シルクのような輝きを伴った美しさに耳を奪われるでしょう。充分に美しく歌い込まれていますが、テンポ的には他の演奏に比しても若干速めの印象を受けるのも特徴的な点でしょうか。第2楽章第2楽章は『アレグロ』によるスケルツォとも言える舞曲で、弦楽器を中心としたズッシリとしていながらも付点のリズムをベースとした軽快な曲調が実に魅力的。フィナーレと並び、この曲に込められたブルッフの豊かなインスピレーションとイマジネーションを、最も顕著に表した音楽と言っても過言ではありません。この、決してテンポが遅くないにもかかわらずズッシリとしたボリューム感を感じさせるオーケストラの重厚な響きは、どうもモントリオールのホームグラウンドである優れたホールの音響効果と、それを見事に再現した優秀な録音と無関係ではなさそうです。このマリオ・ベルナルディという指揮者、上で『デュトワでないのが残念』と書いてしまいましたが、なかなか良いものを持ってますね。前奏としてのリズムの提示が一通り終わってリタルダンドし、20秒過ぎから弦楽器の印象的なアンサンブルをサインに、ソロヴァイオリンが『粉まみれの粉屋』という民謡に基づく、一度聞いたら忘れられないような印象的なメロディを奏でますが、この辺りの素朴な雰囲気が余裕あるテクニックで何事もなく自然に提示されるのは、エーネスの確かな技量と類い稀な音楽性を如実に表していると言えるでしょう。時折見せるルバートやレガート、スタッカートの表情等にもゾクッとするような色気を感じさせます。そして、中間部分での例えば3分50秒前後でのソロとフルートのアンサンブルの、センスに溢れた歌い回しが何と美しいことでしょう!ラストでの念を押すようなトゥッティの和音と、それを受けて奏される低弦の柔らかいフレーズとの対比も大変素晴らしい。第3楽章第3楽章は『アンダンテ・ソステヌート』の指定を受けて、いわゆる通常のコンチェルトで言うところの緩徐楽章に当たります。この楽章は言うまでもなく『メロディ・メーカー』ブルッフの面目躍如たる極めて美しい音楽であり(民謡の引用ですから、完全なるオリジナルとは言えませんが)、ヴァイオリン協奏曲第1番の第2楽章や『コル・ニドライ』等と並んでブルッフを代表する、真にロマンティックな音楽と言えましょう。この曲を初めて耳にする方にはまず真っ先に聞いて頂きたい部分です。『ジョニーがいなくてがっかり』(?)という、不思議なタイトルの民謡に基づく実にチャーミングでヴァイオリンコンチェルト全般に渡っても屈指の美しい音楽ですが、エーネスの『線の細さ』と紙一重の美音が、これでもかと炸裂します。高いレベルで身についた基本的な技巧の確かさにプラスして、大きな手や手首の柔らかさ・しなやかさといった天性の身体能力の高さが、この緩やかな音楽から強くアドバンテージとして感じ取れるのが、エーネスのヴァイオリンの実に興味深い点と言えます。さすがのエーネスもここでは相対的にテンポを落として、ゆったりと情感を込めて歌い上げていきます。そして、この楽章でも目立つのがベルナルディ&モントリオール響の素晴らしいサポート!曲想に相応しく、室内楽的な繊細さを深く掘り下げつつも曲の陰影に絶妙なバランスのメリハリを与えており、地味ながら実に見事なバックアップと言えるでしょう。特に2分27秒過ぎから、チェロに情熱的な力強いフレーズが朗々と歌われる辺りから俄然熱気を帯び、若干テンポを速めながらエーネスの感情の迸りを見事に引き出しています。ラストの消え入るような弱音も、深い瞑想の色合いを湛えて実に見事な名演です。第4楽章フィナーレは『アレグロ・グエリエッロ』の指定を受けた、『これぞスコットランド民謡!』と言いたくなるような、思わず踊り出したくなる無条件に楽しい音楽ですね。私はスコットランドに行ったことがないので、いい加減なイメージに過ぎませんが(苦笑)冒頭からキレの良いリズムと重音を伴ったカデンツァ風のテーマがハープの伴奏とともに提示され、それがフレーズ毎にオーケストラのトゥッティによって繰り返されていきます。エーネスの余裕綽々のテクニックは言わずもがなですが、特に再三お伝えしているようにモントリオール響の、弦楽器を中心とした充実した響きが耳に残ります。まず特筆しておきたいのが、1分34秒過ぎの金管をサインに静かな雰囲気の音楽になり、それを受けてヴァイオリンのソロが第二主題とも言うべき、柔らかく美しいロマンティックなメロディを歌いますが、ここでのエーネスの美音とハープとの絡みが秀逸!正に言葉を失うほどの美しさです。そして直後の3分前後、あるいは5分14秒過ぎで変奏された形で回帰する民謡主題における、エーネスのテクニックと美音の見せ場としての、まるでメンデルスゾーンのコンチェルトを思わせるような細かいフレーズの見事なこと!余裕のテクニックが生み出す微妙なテンポの『揺らぎ』が絶品です。これらはほんの一例に過ぎませんが、ラストのオーケストラとの斉奏による大団円に至るまで息をつく暇もなく、この曲が単なる民謡の切り貼りではない名曲であることを、見事に伝えてくれる素晴らしい演奏と言えるでしょう。総括この曲の演奏では、例えばグリュミオーやチョン・キョン・ファ、ハイフェッツ、アッカルド等、もっと土臭いリズム感を強調したり、情熱的に歌い尽くした定番の名演奏は数多くありますけれども、このエーネス盤ほどに美しい音色と、余裕あるテクニックを披露している洗練された演奏はそれほど多くありません。また、ベルナルディとモントリオール響のバックアップが出色の出来栄えであり、録音の優秀なことも手伝って総合的に高く評価したい名盤と言えます。マイナーレーベルというだけで眠らせておくのは非常にもったいないんですが、実はこのアルバムも単独での入手は困難なようであり、1&3番を含む全集の形では辛うじて入手可能なようです。ご興味のある方は是非! |

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