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今日は久しぶりに、アニバーサリーイヤーを迎えるショパンの音楽を取り上げてみたいと思います。特定の作品というよりは作品集と申し上げた方が良いアイテムですけれども、先日ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンの演奏会にも来日致しました韓国の期待の若手ピアニスト、イム・ドンヒョクのピアノによる、ピアノ・ソナタ第3番を中心としたプログラムになります。
早速、彼のプロフィールからご紹介致しますが、1984年ソウル生まれの今年26歳を迎えるピアニスト。まだ20代ですから、これからいかようにもピアニズムが変化しそうな予感はありますが、このデビュー2作目のショパン・アルバムを聞くにつけ、彼の確固たる信念を貫いている演奏姿勢に大いなる感嘆の念を禁じ得ません。若くしてこういった演奏が出来るのはごく一握りの『本物の』アーティストのみであり、同じアジア地域の世界的なピアニストとして我々ももっと誇るべき存在であると言わねばなりますまい。コンクールでの成績は、2001年のロン・ティボー国際コンクールでのグランプリが何をおいても彼の評価を決定づけるものですが、96年の『モスクワ若いピアニストのためのショパン国際コンクール』での2位入賞、2000年のブゾーニ国際コンクール入賞、同年浜松国際コンクール2位入賞という、既に充分な実績があります。そして、何よりもかのマルタ・アルゲリッチが彼を大変高く評価しているという点も、この才能溢れるピアニストの将来が約束されたと言え、このアルバムも彼女のお墨付きを戴いてのリリースとなったものです。 …とは言いながら、実は私はこのアルバム以外に彼の演奏に触れたことがありません。特に、今年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンでの演奏をお聞きになられた方がいらっしゃいましたら、是非その感想をお聞かせ頂けると幸いです。このアルバムには、ショパンのピアノ・ソナタ第3番、作品59のマズルカ3曲(36〜38番)、ノクターン第2番、幻想即興曲、アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ作品22の、全7曲が収められています。初めてのショパン録音に大作のピアノ・ソナタ第3番を持ってくる辺り、並々ならぬ意欲と度胸、センスの良さを感じるのは私だけでしょうか?ジャケット写真を拝見しますとイム・ドンヒョクの横顔が写っていますが、耳にピアスをしていたり、ヘアスタイルや服装等もいかにもオシャレな、現代風のソウルっ子のイメージですけれども、実は演奏のイメージはそんなことはなくて、もちろん、きらびやかで力強く華麗なタッチは一番の魅力ですが、ガラス細工のように壊れてしまいそうなくらい非常に繊細な部分があったり、少しテンポを緩めてジックリと歌い込む部分があったりして、自在な表現のパレットを駆使しているのが印象に残りました。後半の曲目も単なるアンコールピース的なアプローチではなく、丁寧な表情がつけられているのが素晴らしいのですが、起伏の大きなピアノ・ソナタ第3番が殊の外素晴らしい名演。はち切れんばかりに瑞々しい果実のような若さを湛え、以前ご紹介致しましたザラフィアンツの名演とはまた違った感触を与えますが、充分に肉薄し得る素晴らしい演奏だと思います。 ピアノ・ソナタ第3番
それではまず、ピアノ・ソナタ第3番から早速細部を見てみることにしましょう。第1楽章冒頭、いきなり強奏で現れる第一主題、若さ溢れる非常に力強い打鍵が印象的ですが、2小節目の2拍目の付点音符からの上昇音型を幾分レガート気味に弾いたり、フレーズ間の間合いをそれと分からないくらいに大きめに取っていたり、強弱を自在に現出させたりと、従来の演奏に比してかなり大胆なフレージングが印象に残ります。そして、ドンヒョクのピアノの素晴らしさを決定づけるのは、やはり1分29秒から現れる憧憬に満ちた第二主題でしょう。特に高音や細かい音符でのタッチの美しさは秀逸で、これほどまでに主観的に感情を込め抜き、ショパンのロマンティズムを際立たせた演奏も近年では多くないように思われ、美しくロマンティックなことこの上ありません(ちなみに、ザラフィアンツの演奏に比べるとこの箇所で既に30秒ほどの違いがあることが分かります)。泣ける美しさというよりも甘美でとろけるような美しさとでも言えましょうか。そして、4分過ぎに突然現れる第一主題の回帰。この部分の低音の力強さも特筆すべきでしょう。尋常ならざる迫力で迫ってきます。続く第2楽章は、この曲の本題とも言える第3楽章への序奏と捉えることが出来るとザラフィアンツ盤ご紹介時に書きましたが、この楽章の細かい音符の軽快なテクニックは正にドンヒョクの独壇場と言えるもので唖然とするほどに素晴らしく、後半の緩やかな第二主題との見事な対比を成し、再び軽快な第一主題が回帰する部分のテクニックも圧巻の一言。第3楽章の深い瞑想と慰め、憧れに満ちた世界を、正直、私はこの若いピアニストがここまで正攻法の素晴らしい表現で昇華し得るとは、予想だにしませんでした。冒頭和音でのペダルの使い方も重過ぎず軽過ぎず、的確の一語に尽き、その後中庸のテンポで導入されるメインテーマにおけるタッチの繊細さ、溜息が漏れるような様をものの見事に弾きこなしていきます。時折差し挟まれるルバートがまた絶妙の限りでセンス抜群、フレーズの端々が生きているように呼吸していく…この表面的でない内面の充実に、私はこのピアニストの将来に確かな手応えを感じた次第です。そして、ドンヒョクのテクニックがこれでもかと炸裂する、第4楽章のフィナーレ。冒頭和音の連打から凄絶な強奏に驚かされますが、主部のメインテーマでは頭のアクセントを押し込むように弾く弾き方が独特であり、右手と左手のバランスは他の演奏に比べると幾分左手に比重が置かれているように思いますが、それが重厚感とシンフォニックさの印象を強めている要因と言えるでしょう。これによって、高音部分の煌めくような軽やかで、目の回るような速さで完璧に弾きこなされるテクニックが際立って聞こえます。後半の高揚感がまた実に見事で、ラストは白鍵、黒鍵入り乱れての饗宴に圧倒されるでしょう。マズルカ作品59ノクターン作品9の2幻想即興曲アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ総括 |

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