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最近、ネヴィル・マリナー指揮するアカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ(面倒なのでアカデミー室内管弦楽団)のチャイコフスキー交響曲全集にハマっています。以前、マリナー先生のベートーヴェンとモーツアルトのアルバムをご紹介致しましたが、これはそれより前の1990年の録音です。これはカプリッチョのリリースなので、先生がこの時期に首席指揮者を務めていたシュトゥットガルト放送響との録音でも良さそうなものですが、どういうわけかアカデミーとの録音。繰り返しになりますが、先生が単なる『器用な指揮者』という領域を遥かに超えた名指揮者であることが嫌と言うほど分かります。確かに、オーケストラは規模が小さいですし、マリナー先生の楽曲解釈もかなりスッキリしたものですから、ムラヴィンスキーやスヴェトラーノフ、フェドセーエフ、ロジェストヴェンスキーといった本場ものに比べたら、180度アプローチは異なりますが素晴らしいものです。今、チャイコフスキーの交響曲を聞きたいときには真っ先に手を伸ばしたくなる演奏。
今回はそのマリナー先生による全集の中から、まだ記事として書いていない初期の作品から、第1番の『冬の日の幻想』を取り上げてみようと思います。この曲を取り上げてみようと思いましたのは、最近どういうわけかヨーロッパの楽団でこの曲が取り上げられることが多く、先日もゲルギエフがロンドン響の定期で取り上げていたのをBBCで聞いたことがきっかけです。実はゲルギエフの演奏はしっくり来なかったので、その理由を考えてみたんですが、録音が悪過ぎる。もしかしたら、ピッチもちゃんと再現出来てないかも知れません。広がりも分離も今一つで、物凄く気持ち悪い録音です。従って、あの気持ち良いはずのフィナーレの熱狂が全く盛り上がらない。そして、ゲルギエフの解釈があまりにも暗過ぎるような気がします。確かに、これはこれでありだとは思うのですが…ロンドン響のコンディションが良くないのか、実はゲルギエフとの相性が良くないのか分かりませんが、コミュニケーションが今一つのような気もしました。マリインスキー劇場管だとまた違ったのかも知れません。対してマリナー先生の演奏は、まずオーケストラの巧さに耳を奪われるでしょう。先生が設定したテンポは比較的速めなんですが、弦楽器も管楽器も間然とすることなく細かいパッセージを見事に弾き切り、素晴らしいアンサンブル。おまけに、これがあのアカデミー室内管か?と疑ってしまうほどに、決して腰の軽くない、重厚感溢れる充実した響きです。これはこの曲に限らず全集全般に言えることで、例えば4番の第3楽章等は息を飲むようなピッツィカートのアンサンブル。対するフィナーレの金管の爆発と見事なコントラストを成しています。同じカプリッチョから他にもブラームスやシューマンの全集が出ているようですが、残念ながら未聴です。 さて、作品番号13が付されたこのチャイコフスキーの最初の交響曲作品は、1866年、作曲者26歳のときに書かれたものとされていますが、完成したスコアを見せたアントン・ルビンシュテインに酷評されたために、二度の改訂を経ることになります。現在演奏されるのはこの改訂版第3稿。しかし、初稿直後に改訂された第2稿は2年後の1868年に初演されたようで、これは大成功だったようです。大成功と言いながら、なぜ第3稿まで改訂する必要があったのかは定かではありませんが…全曲は急―緩―急―急の伝統的な4楽章形式で書かれていますが、全体的に民謡調のメロディに彩られているのが既にオリジナリティに溢れており、チャイコフスキーのメロディメーカーとしての面目躍如といったところでしょう。チャイコフスキーと言えば4番以降の3曲がずば抜けて演奏機会の多い作品として知られており、初期の3曲は全集録音でなければなかなかお目にかかるのは難しいですが、個人的にはビギナーの方々にはこの曲なんかから入ることをオススメしたいですね。初期の3曲を聞くことによって後期作品の偉大さも良く分かりますから。思えば、ブラームスの第1交響曲が書かれたのは1876年、ブルックナーの1番が1866年、マーラーの『巨人』が1888年、ドヴォルザークの1番と2番が1865年の作曲ということを考えると、『冬の日の幻想』の歴史的な位置関係も自ずから見えてきますね。なお、この作品のタイトルは、チャイコフスキー自身が付した第1楽章の『冬の旅の幻想』という標題に由来していると言われていますが、なかなか洒落た素敵なタイトルだと思いますね。 第1楽章それでは、第1楽章の『アレグロ・トランクィロ』から聞いてみることにしましょう。この楽章では冒頭から弦楽器のトレモロに乗ってフルートとファゴットのソロで細かい動きの民謡調のメロディが第一主題として登場しますが、マリナー先生が設定した速めのテンポに乗って、非常に軽快な滑り出しを見せます。ロシア系の演奏とは異なり、音色が幾分軽めなのが逆に私は曲調にマッチしていると感じます。1分ちょうど辺りでヴァイオリンが合流するところから、更に幾分テンポを上げるような感じで熱を帯びてきて、1分32秒からのトゥッティに雪崩れ込みます。この過程でのヴァイオリンとチェロのパッセージ、そしてトゥッティにおける金管とティンパニの強奏がなかなかに見事で、小編成の室内オーケストラとは思えない充実した響きと、先生の若々しい解釈に驚かれる方もいらっしゃるでしょうね。付点のリズムの鋭い切れ味も特筆されるべきでしょう。アカデミーの木管の魅力的な音色には、私は個人的に昔から魅了されていましたが、1分59秒に出てくるクラリネットの円やかで美しい音色は、やはり優秀なオーケストラたる証。決してカンタービレに歌い過ぎることなく、スコアの美しさを紡いでいきます。このテーマをなぞるように、直後に現れるヴァイオリンとチェロの絡みは、先生にしては珍しくかなり情熱的な様相。これが収まった直後の2分46秒から、ヴァイオリンの刻みの上でピッツィカートがシャンパンの泡のように弾けながら、徐々にクレッシェンドしていく箇所が実は私の最も好きな部分なんですが、この部分のエネルギーの溜め方と放出が実に見事に決まっていて素晴らしいですね。全く作為とあざとさを感じさせないのが非常に好感が持てます。3分35秒辺りからの展開部では、アカデミーの管楽セクションの魅力が全開で、特にクラリネットと金管の巧さは抜群!目まぐるしく入れ替わるピアノとフォルテの強弱のバランスも絶妙で、息もつかせず一気に駆け抜け、6分10秒からの再現部に知らず知らずのうちに突入。この辺りのダイナミックかつドラマティックな構成を聞くにつけ、恐らくマリナー先生に対する認識を改める方も多いのではないでしょうか。8分53秒からの弦楽器のフーガ風の掛け合いからのクレッシェンドの量感も不足なし。ラストの純白を思わせる儚くも美しいフルートによる第一主題の再現とチェロの不気味な合いの手が、見事に楽章をしめくくります。第2楽章第2楽章は『アダージョ・カンタービレ・マ・ノン・タント』は、『陰気な土地、霧の土地』という標題がつけられているますが、1866年にチャイコフスキーが訪れたラドガ湖の印象を描いていると言われています。このチャイコフスキーの中でも屈指の美しい幻想的な楽章について、もしかしたらマリナー先生の芸風に最もマッチしないと思われる向きもあるかも知れませんが、どうでしょう?この美しい演奏を聞いてもなお、あなたはマリナーを敬遠されますか?いやいや、実に見事な緩徐楽章を構築していきます。これにはアカデミーの面々の大健闘も大きく寄与しているように思いますね。特に息の長い憧れに満ちたメロディを奏でる各パートが、ヴァイオリンであれ、チェロであれ、オーボエであれ、フルートであれ、これがあのアカデミーか?と思えるほどに曲に共感し、かなりのトレーニングを積んだ賜物と思える素晴らしいアンサンブルを獲得しているのが驚異的とさえ言えるほど。後述する演奏時間を見て頂いてもお分かりのように、10分を大きく超えるテンポ設定になっており、他の演奏と比べても遜色ないほどのカンタービレが注入されていることが分かります。他の楽章も充分に素晴らしいですが、私は特にこの楽章を全曲の白眉としたいですね。隅から隅まで耳を傾けて存分に味わって頂きたいので、詳細は割愛します。第3楽章第3楽章は『アレグロ・スケルツァンド・ジョコーゾ』という指定がありますが、スケルツォ風の舞曲のようなイメージですね。木管のシグナルが明滅する短い序奏の後、4部に分けられたヴァイオリンが軽い、またもや民謡調のテーマを奏でます。幻想的な雰囲気が漂い、とても美しいですね。このテーマはチャイコフスキーの遺作となった嬰ハ短調のピアノ・ソナタの素材を用いているとのこと。またもやゲルギエフとの比較で恐縮ですが、ゲルギエフの演奏は重いですね。曲のイメージを考えるとマリナー先生の少し速めのテンポ設定も功を奏しているように感じます。飽くまで個人的な好みの問題ですが、この楽章はこれくらい軽さがあって欲しいもの。木管に主導権が移った後のピッツィカートもまた絶品です。そして、この楽章の白眉は何と言っても2分54秒からのチェロの動機をサインに始まるトリオの部分でしょう。この明確にワルツを意識させる音楽は、正しくチャイコフスキーならではのものであり、バレエの名作の世界に通じる甘美で美しい世界が広がります。マリナー先生は決してテンポを弛緩させることなく飽くまで純音楽的なアプローチではありますが、極めて洗練されたセンスの良い歌い回しにため息が出るほどです。第4楽章第4楽章は『アンダンテ・ルグーブレ』という見慣れない指定を持つ序奏と、『アレグロ・マエストーソ』の主部からなるエネルギッシュなフィナーレ。序奏はシベリウスの作品を先取りしたかのような、ファゴットとフルートを中心とした幻想的な木管のアンサンブルによって導入されますが、弦楽器ともどもオーケストラの曲に対する共感の深さが感じられる感動的な音楽が展開されていきます。2分36秒付近のティンパニを境に徐々に速度を増しながらエネルギーを蓄え、3分41秒の第一主題へと雪崩れ込んでいきますが、この過程でもマリナー&アカデミーは室内オーケストラによる演奏という、普通は不利になりそうな要素をプラスに転じて、非常に小回りの利く引き締まった演奏を披露しています。ここは是非何度も耳にして頂きたい箇所。また、第二主題を奏するトゥッティの、シンバルと金管の強奏を頂点とする音響空間もシンフォニックさの極み。更に特筆すべきは10分45秒からの長大なコーダ。自然なアッチエレランドとクレッシェンドにより高揚感に不足はありません。シンバルとティンパニの強打は圧巻の一言。これ、ホントにアカデミーの演奏なんですかね?いやぁ、実に素晴らしい!総括マリナー先生がチャイコフスキーの世界においても手抜きなく、丁寧な解釈を施しているのは明らか。この全集は室内オーケストラによるチャイコフスキーの模範回答とも言える独自のカラーが鮮明に打ち出されているので、新鮮な感覚を抱かれる方も多いでしょう。この全集には交響曲だけでなく、『1812年』や『ロメオとジュリエット』等の管弦楽作品が収録されており、それらにも一切の手抜きなく真摯な姿勢で取り組まれた先生のお人柄に、改めて感じ入る次第です。詳細タイミングチャイコフスキー:交響曲第1番ト短調作品13『冬の日の幻想』
オススメ度解釈:★★★★★
オーケストラの技量:★★★★☆ アンサンブル:★★★★☆ ライヴ度:★★★☆☆ 総合:★★★★★ 録音データ
サー・ネヴィル・マリナー指揮アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ1990年3月14日〜15日ロンドン、聖ジュード教会
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