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最近、ネヴィル・マリナー指揮するアカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ(面倒なのでアカデミー室内管弦楽団)のチャイコフスキー交響曲全集にハマっています。以前、マリナー先生のベートーヴェンとモーツアルトのアルバムをご紹介致しましたが、これはそれより前の1990年の録音です。これはカプリッチョのリリースなので、先生がこの時期に首席指揮者を務めていたシュトゥットガルト放送響との録音でも良さそうなものですが、どういうわけかアカデミーとの録音。繰り返しになりますが、先生が単なる『器用な指揮者』という領域を遥かに超えた名指揮者であることが嫌と言うほど分かります。確かに、オーケストラは規模が小さいですし、マリナー先生の楽曲解釈もかなりスッキリしたものですから、ムラヴィンスキーやスヴェトラーノフ、フェドセーエフ、ロジェストヴェンスキーといった本場ものに比べたら、180度アプローチは異なりますが素晴らしいものです。今、チャイコフスキーの交響曲を聞きたいときには真っ先に手を伸ばしたくなる演奏。

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今回はそのマリナー先生による全集の中から、まだ記事として書いていない初期の作品から、第1番『冬の日の幻想』を取り上げてみようと思います。この曲を取り上げてみようと思いましたのは、最近どういうわけかヨーロッパの楽団でこの曲が取り上げられることが多く、先日もゲルギエフがロンドン響の定期で取り上げていたのをBBCで聞いたことがきっかけです。実はゲルギエフの演奏はしっくり来なかったので、その理由を考えてみたんですが、録音が悪過ぎる。もしかしたら、ピッチもちゃんと再現出来てないかも知れません。広がりも分離も今一つで、物凄く気持ち悪い録音です。従って、あの気持ち良いはずのフィナーレの熱狂が全く盛り上がらない。そして、ゲルギエフの解釈があまりにも暗過ぎるような気がします。確かに、これはこれでありだとは思うのですが…ロンドン響のコンディションが良くないのか、実はゲルギエフとの相性が良くないのか分かりませんが、コミュニケーションが今一つのような気もしました。マリインスキー劇場管だとまた違ったのかも知れません。対してマリナー先生の演奏は、まずオーケストラの巧さに耳を奪われるでしょう。先生が設定したテンポは比較的速めなんですが、弦楽器も管楽器も間然とすることなく細かいパッセージを見事に弾き切り、素晴らしいアンサンブル。おまけに、これがあのアカデミー室内管か?と疑ってしまうほどに、決して腰の軽くない、重厚感溢れる充実した響きです。これはこの曲に限らず全集全般に言えることで、例えば4番の第3楽章等は息を飲むようなピッツィカートのアンサンブル。対するフィナーレの金管の爆発と見事なコントラストを成しています。同じカプリッチョから他にもブラームスやシューマンの全集が出ているようですが、残念ながら未聴です。

さて、作品番号13が付されたこのチャイコフスキーの最初の交響曲作品は、1866年、作曲者26歳のときに書かれたものとされていますが、完成したスコアを見せたアントン・ルビンシュテインに酷評されたために、二度の改訂を経ることになります。現在演奏されるのはこの改訂版第3稿。しかし、初稿直後に改訂された第2稿は2年後の1868年に初演されたようで、これは大成功だったようです。大成功と言いながら、なぜ第3稿まで改訂する必要があったのかは定かではありませんが…全曲は急―緩―急―急の伝統的な4楽章形式で書かれていますが、全体的に民謡調のメロディに彩られているのが既にオリジナリティに溢れており、チャイコフスキーのメロディメーカーとしての面目躍如といったところでしょう。チャイコフスキーと言えば4番以降の3曲がずば抜けて演奏機会の多い作品として知られており、初期の3曲は全集録音でなければなかなかお目にかかるのは難しいですが、個人的にはビギナーの方々にはこの曲なんかから入ることをオススメしたいですね。初期の3曲を聞くことによって後期作品の偉大さも良く分かりますから。思えば、ブラームスの第1交響曲が書かれたのは1876年、ブルックナーの1番が1866年、マーラーの『巨人』が1888年、ドヴォルザークの1番と2番が1865年の作曲ということを考えると、『冬の日の幻想』の歴史的な位置関係も自ずから見えてきますね。なお、この作品のタイトルは、チャイコフスキー自身が付した第1楽章の『冬の旅の幻想』という標題に由来していると言われていますが、なかなか洒落た素敵なタイトルだと思いますね。

第1楽章

それでは、第1楽章の『アレグロ・トランクィロ』から聞いてみることにしましょう。この楽章では冒頭から弦楽器のトレモロに乗ってフルートとファゴットのソロで細かい動きの民謡調のメロディが第一主題として登場しますが、マリナー先生が設定した速めのテンポに乗って、非常に軽快な滑り出しを見せます。ロシア系の演奏とは異なり、音色が幾分軽めなのが逆に私は曲調にマッチしていると感じます。1分ちょうど辺りでヴァイオリンが合流するところから、更に幾分テンポを上げるような感じで熱を帯びてきて、1分32秒からのトゥッティに雪崩れ込みます。この過程でのヴァイオリンとチェロのパッセージ、そしてトゥッティにおける金管とティンパニの強奏がなかなかに見事で、小編成の室内オーケストラとは思えない充実した響きと、先生の若々しい解釈に驚かれる方もいらっしゃるでしょうね。付点のリズムの鋭い切れ味も特筆されるべきでしょう。アカデミーの木管の魅力的な音色には、私は個人的に昔から魅了されていましたが、1分59秒に出てくるクラリネットの円やかで美しい音色は、やはり優秀なオーケストラたる証。決してカンタービレに歌い過ぎることなく、スコアの美しさを紡いでいきます。このテーマをなぞるように、直後に現れるヴァイオリンとチェロの絡みは、先生にしては珍しくかなり情熱的な様相。これが収まった直後の2分46秒から、ヴァイオリンの刻みの上でピッツィカートがシャンパンの泡のように弾けながら、徐々にクレッシェンドしていく箇所が実は私の最も好きな部分なんですが、この部分のエネルギーの溜め方と放出が実に見事に決まっていて素晴らしいですね。全く作為とあざとさを感じさせないのが非常に好感が持てます。3分35秒辺りからの展開部では、アカデミーの管楽セクションの魅力が全開で、特にクラリネットと金管の巧さは抜群!目まぐるしく入れ替わるピアノとフォルテの強弱のバランスも絶妙で、息もつかせず一気に駆け抜け、6分10秒からの再現部に知らず知らずのうちに突入。この辺りのダイナミックかつドラマティックな構成を聞くにつけ、恐らくマリナー先生に対する認識を改める方も多いのではないでしょうか。8分53秒からの弦楽器のフーガ風の掛け合いからのクレッシェンドの量感も不足なし。ラストの純白を思わせる儚くも美しいフルートによる第一主題の再現とチェロの不気味な合いの手が、見事に楽章をしめくくります。

第2楽章

第2楽章は『アダージョ・カンタービレ・マ・ノン・タント』は、『陰気な土地、霧の土地』という標題がつけられているますが、1866年にチャイコフスキーが訪れたラドガ湖の印象を描いていると言われています。このチャイコフスキーの中でも屈指の美しい幻想的な楽章について、もしかしたらマリナー先生の芸風に最もマッチしないと思われる向きもあるかも知れませんが、どうでしょう?この美しい演奏を聞いてもなお、あなたはマリナーを敬遠されますか?いやいや、実に見事な緩徐楽章を構築していきます。これにはアカデミーの面々の大健闘も大きく寄与しているように思いますね。特に息の長い憧れに満ちたメロディを奏でる各パートが、ヴァイオリンであれ、チェロであれ、オーボエであれ、フルートであれ、これがあのアカデミーか?と思えるほどに曲に共感し、かなりのトレーニングを積んだ賜物と思える素晴らしいアンサンブルを獲得しているのが驚異的とさえ言えるほど。後述する演奏時間を見て頂いてもお分かりのように、10分を大きく超えるテンポ設定になっており、他の演奏と比べても遜色ないほどのカンタービレが注入されていることが分かります。他の楽章も充分に素晴らしいですが、私は特にこの楽章を全曲の白眉としたいですね。隅から隅まで耳を傾けて存分に味わって頂きたいので、詳細は割愛します。

第3楽章

第3楽章は『アレグロ・スケルツァンド・ジョコーゾ』という指定がありますが、スケルツォ風の舞曲のようなイメージですね。木管のシグナルが明滅する短い序奏の後、4部に分けられたヴァイオリンが軽い、またもや民謡調のテーマを奏でます。幻想的な雰囲気が漂い、とても美しいですね。このテーマはチャイコフスキーの遺作となった嬰ハ短調のピアノ・ソナタの素材を用いているとのこと。またもやゲルギエフとの比較で恐縮ですが、ゲルギエフの演奏は重いですね。曲のイメージを考えるとマリナー先生の少し速めのテンポ設定も功を奏しているように感じます。飽くまで個人的な好みの問題ですが、この楽章はこれくらい軽さがあって欲しいもの。木管に主導権が移った後のピッツィカートもまた絶品です。そして、この楽章の白眉は何と言っても2分54秒からのチェロの動機をサインに始まるトリオの部分でしょう。この明確にワルツを意識させる音楽は、正しくチャイコフスキーならではのものであり、バレエの名作の世界に通じる甘美で美しい世界が広がります。マリナー先生は決してテンポを弛緩させることなく飽くまで純音楽的なアプローチではありますが、極めて洗練されたセンスの良い歌い回しにため息が出るほどです。

第4楽章

第4楽章は『アンダンテ・ルグーブレ』という見慣れない指定を持つ序奏と、『アレグロ・マエストーソ』の主部からなるエネルギッシュなフィナーレ。序奏はシベリウスの作品を先取りしたかのような、ファゴットとフルートを中心とした幻想的な木管のアンサンブルによって導入されますが、弦楽器ともどもオーケストラの曲に対する共感の深さが感じられる感動的な音楽が展開されていきます。2分36秒付近のティンパニを境に徐々に速度を増しながらエネルギーを蓄え、3分41秒の第一主題へと雪崩れ込んでいきますが、この過程でもマリナー&アカデミーは室内オーケストラによる演奏という、普通は不利になりそうな要素をプラスに転じて、非常に小回りの利く引き締まった演奏を披露しています。ここは是非何度も耳にして頂きたい箇所。また、第二主題を奏するトゥッティの、シンバルと金管の強奏を頂点とする音響空間もシンフォニックさの極み。更に特筆すべきは10分45秒からの長大なコーダ。自然なアッチエレランドとクレッシェンドにより高揚感に不足はありません。シンバルとティンパニの強打は圧巻の一言。これ、ホントにアカデミーの演奏なんですかね?いやぁ、実に素晴らしい!


総括

マリナー先生がチャイコフスキーの世界においても手抜きなく、丁寧な解釈を施しているのは明らか。この全集は室内オーケストラによるチャイコフスキーの模範回答とも言える独自のカラーが鮮明に打ち出されているので、新鮮な感覚を抱かれる方も多いでしょう。この全集には交響曲だけでなく、『1812年』や『ロメオとジュリエット』等の管弦楽作品が収録されており、それらにも一切の手抜きなく真摯な姿勢で取り組まれた先生のお人柄に、改めて感じ入る次第です。


詳細タイミング

チャイコフスキー:交響曲第1番ト短調作品13『冬の日の幻想』
第1楽章:10分20秒
第2楽章:10分31秒
第3楽章:7分49秒
第4楽章:12分37秒
合計:約41分

オススメ度

解釈:★★★★★
オーケストラの技量:★★★★☆
アンサンブル:★★★★☆
ライヴ度:★★★☆☆
総合:★★★★★

録音データ

サー・ネヴィル・マリナー指揮アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ
1990年3月14日〜15日ロンドン、聖ジュード教会


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『暑い夏にはシベリウス』ということで、涼しくなるシベリウスの音楽を久しぶりに取り上げます。以前取り上げたのがヴァイオリン協奏曲でしたからかなり間が空いてしまいましたが、そのヴァイオリン協奏曲と並んでシベリウスの作品の中でも最も人気が高い交響曲第2番の名演です。演奏はレイフ・セーゲルスタム指揮、ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団によるものです。セーゲルスタムにはCHANDOSレーベルにデンマーク放送響と入れた全集もあり、それも甲乙つけ難い名演でありますが、今回ご紹介するのはヘルシンキ・フィルとのONDINEレーベルへの新全集の中からの1枚です。
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 シベリウスの交響曲は意外と1番や2番、5番等を単独で得意としている指揮者も割と多いですが、全集、しかも2回以上録音している指揮者となりますと、非常に数が限られます。セーゲルスタム以外にはパーヴォ・ベルグルンド(ボーンマス響、ヘルシンキ・フィル、ヨーロッパ室内管)、コリン・デイヴィス(ボストン響2回、ロンドン響)、ロリン・マゼール(ウィーン・フィル、ピッツバーグ響)、ウラディーミル・アシュケナージ(ボストン響&フィルハーモニア管、ストックホルム・フィル)ネーメ・ヤルヴィ(イェテボリ響2回)、ユッカ・ペッカ・サラステ(フィンランド放送響2回?)辺りが思い付くくらいですが、いずれも『シベリウスのスペシャリスト』たる確固たる評価を得ている名指揮者達ばかり。そのような中にあってセーゲルスタムという指揮者については、シベリウスの専門家というよりは巨大で振幅の激しい『爆演型』の指揮者というイメージが強く、まさかシベリウスの全集を二度も録音するとは、正直驚きました。実際、デンマーク放送響とCHANDOSレーベルに録音したマーラーの交響曲全集は、正に『孤高』と呼ぶに相応しい実にスケールの大きな演奏であったことをご記憶の方も多いと思います。しかしながら、新しく録音されたこのヘルシンキ・フィルとの全集では、以前から付き纏うセーゲルスタムのイメージを大きく覆す、非常に落ち着いた精緻で透明度の高い演奏になっていることに、誰もが驚かされることでしょう。

レイフ・セーゲルスタムは1944年、フィンランドのヴァーサというところに生まれた指揮者兼作曲家。53〜63年にはシベリウス音楽院でヴァイオリン、ピアノ、作曲、指揮を学んだ後、ジュリアード音楽院の大学院で学んだそうです。75〜82年にオーストリア放送響の首席指揮者、77〜87年にフィンランド放送響の首席指揮者、83〜89年にラインラント・プファルツ州立フィルの首席指揮者、88〜95年にデンマーク放送響の音楽監督を歴任し、95年から2008年まではヘルシンキ・フィルの音楽監督を務め、今でも同楽団とは名誉指揮者の地位で深い関係を保っています。現在はシベリウス音楽院指揮科の教授も務めているとのこと。また、オペラの世界でも北欧の重要な指揮者の一人であり、主要なポストとしては2000〜03年のフィンランド国立歌劇場の音楽監督があります。作曲家としてのキャリアがまた物凄く、何と現時点では221曲もの交響曲を書き、ヴァイオリン協奏曲も11曲、ピアノ協奏曲4曲、弦楽四重奏曲29曲という、音楽史上類を見ない途徹もない多作の作曲家と言えましょう。ちなみに、私は彼の作品を一度も聞いたことはありません(苦笑)

さて、こんな経歴を持つセーゲルスタムですが、その風貌も物凄く個性的と言いますか、正に『サンタクロースそのもの』の風貌と言っても良いでしょう。長い顎髭を蓄え、身長も高く、でっぷりと太った恰幅の良い体躯は、サンタクロース以外の何物でもありません。そのイメージに相応しい、全てを包み込み、飲み込んでしまうかのような大きな音楽。これは、彼が作曲家としての視点で曲を捉えていることと大いに関係がありそうです。そして、彼の膨大なディスコグラフィーを眺めてみると、自作やラウタヴァーラ、アルヴェーン、ステーンハンマル等の作品に集中して多くの録音がリリースされているようですが、上述のマーラー全集の他にブラームスの交響曲や『展覧会の絵』、スクリャービン、レーガー等、いわゆる正統派のレパートリーも録音しているのが非常に興味を引きますね。そして、見逃せないのはワーグナーのオペラ録音。私は未だに彼のワーグナーのオペラを耳にする機会を持てないでいますが、NAXOSから出ているワーグナーの合唱曲集には大きな感銘を受けました。

シベリウスの交響曲第2番は改めて申し上げるまでもなく、後期ロマン派から近代への入口を代表する屈指の傑作。良く『深みが足りない』とか言う人がいますが(特に宇野先生。2番は『駄作』『不要』とまで言い切っています)、そういう輩は横に置いておいて(笑)、誰が何と言おうと名作であるこの素晴らしいシンフォニーを、初めての方にも存分に楽しんで頂きたいものです。この作品は1901年に完成され、急−緩−急−急の古典的な4楽章から成っています。3楽章と4楽章がブリッジらしいブリッジも置かれずにアタッカで演奏される点が個性的。全編に渡っていわゆる『北欧風』のヒンヤリとした空気感が絶妙であり、メロディも分かりやすく、各パートに与えられたテクニカルな聞き所にも事欠かず、初めてシベリウスに接する方でも充分な感銘が得られること請け合いです。


第1楽章

それでは細部を見てみましょう。第1楽章は『アレグレット』。弦楽器による森の中のそよ風のようなイメージを抱かせる動機に続いてそのピッツィカートの上を、木管楽器のアンサンブルによって野鳥が囀るような音型と、後に続く金管の広がりの呼応が印象的な音型が提示され、1分16秒からようやくヴァイオリンによる第一主題が出てきます。セーゲルスタムが設定したテンポは幾分速めで、それぞれのフレーズを比較的大きく膨らませて萎ませるためか、前への推進力が強くキビキビとした印象を与えます。そして、この第一主題を奏でる弦楽セクションの素晴らしい透明度の高さ!決して潤いを失わずに、しなやかでどこまでも透明で清潔感のある音色は、澄み渡った紺碧の空に向かって限りなく飛翔していく鳥達のよう。この、どことなく清涼感漂うヒンヤリとした雰囲気こそが、シベリウスを聞く一番の醍醐味と言えましょう。続いて、2分27秒から10秒程度、弦楽器のピッツィカートによってのみ奏される部分においても、この透明度の高さは抜群です。直後の木管楽器による動機は第二主題。2分52秒辺りから再び弦楽器に主導権が渡って、大きくクレッシェンドして3分4秒からの展開部に突入していきます。ここまでは一気に息もつかせず進みますが、この展開部に入ってから少しテンポを落ち着かせます。特筆すべきは5分ちょうど辺りから、冒頭動機の変形が弦楽器の掛け合いによって徐々に盛り上がっていき、7分前後の金管のファンファーレを伴うトゥッティに至る箇所等は、正しくセーゲルスタムの真骨頂。実にスケールの大きな表現に大きく抱かれること請け合い。ラストのさりげない静寂も、非常に細かいですが涼しげな曲調を生かした素晴らしいものです。

第2楽章

第2楽章の『テンポ・アンダンテ、マ・ルバート』は、冒頭でティンパニのロールが轟き、その後も低弦のピッツィカートがしばらく続いて不気味と言うか幻想的な雰囲気を醸し出す、独特の魅力を持った音楽です。1分15秒からようやくファゴットが出てきて、エレジーのような第一主題を奏でます。この部分は『ドン・ファンと石の客』から着想を得ているとされ、独創的で見事な開始部分になっていますね。セーゲルスタムの棒は比較的速めのテンポを刻み、抑えたボリュームの中で緊迫感よりも悲哀に満ちた表現に重点を置いていることに、まず耳を奪われるでしょう。徐々に管楽器やティンパニ等が加わってジワジワと高揚しながら速度を速め、4分3秒辺りで弦楽器にグリッサンドのサインが現れて、印象的なフレーズが出てきます。これは直後に金管に受け継がれ、コラール風の厳かなファンファーレとなります。後ろ髪引かれるようなゆったりとした歩み、ダイナミックスの振幅の大きさ、懐の深さもセーゲルスタムならではのもの。そしてこの楽章最大のクライマックスは、この直後の大きなパウゼの後、5分15秒から現れる弦楽器のアンサンブルとフルートの対話による美しい第二主題でしょう(キリストのイメージと言われています)。この、クリスタルのような冷ややかな微笑を湛えたかの如き演奏は、ちょっと他には聞いたことがありません。13分33秒からのコーダでは、それまでの様々なフレーズが断片的に現れ、ズッシリとした手応えのうちに重々しく幕を閉じます。

第3楽章

第3楽章は『ヴィヴァーチッシモ』と指定されたスケルツォとトリオ。弦楽器の細かい動きの音符が執拗なまでに繰り返される印象的なスケルツォ主部。この軽やかな高弦の高い運動性に対して、低弦の伴奏音型には荒々しく重厚な迫力があり、この演奏でもそのコントラストが見事に生かされて、高い推進力が生み出されていきます。トゥッティにおける金管の咆哮とティンパニの強打もなかなかに強烈。1分35秒からはこの荒々しいスケルツォから一転して、のどかな田園風景を思わせる柔らかいトリオ部分が訪れます。セーゲルスタムは直前のパウゼをかなり長く取り、スケルツォとの対比を鮮明に打ち出しているのが実に効果的で、グッとテンポを落として暖かく歌い紡いでいくのが感動的。木管楽器のテクニックも大変見事なもので、その絶妙のブレスが生み出す深い呼吸を堪能したいものです。後半でスケルツォ部分が回帰すると新たにフィナーレで提示されるテーマを形作るフレーズが徐々に金管に現れ、美しいトリオ部分の回帰を挟んでコーダに入り、一気に盛り上がって速度と音
量を増し、大きく高揚しながらフィナーレに雪崩れ込んでいきます。

第4楽章

そのフィナーレは『アレグロ・モデラート』。セルのライヴやバルビローリの演奏に見られる熱い魂の高揚こそないものの、今まで一貫して精緻で透明度の高い演奏を繰り広げてきた彼等の演奏らしい、非常に爽やかでありながら表面的ではない、明らかに深みを感じさせる名演に仕上がっています。冒頭の弦楽器が第一主題に繋がるモチーフを奏する部分から落ち着いたテンポで過度なきらびやかさを廃し、46秒で姿を現す第一主題がゆったりとスケール大きく歌われるのを聞くと、内側からとめどなく溢れ出る本能的な歓喜の歌を思わせます。間の取り方とフレーズの膨らませ方も独特であり、他には代え難いセーゲルスタムならではの確固たる信念を垣間見るようです。実に感動的な名演と言えましょう。2分10秒からの低弦のうごめきも不気味であり、その後木管の中を受け渡される第二主題も落ち着いたテンポの中に導入され、独特の哀愁を湛えた見事なもの。4分11秒からの展開部から6分48秒からの再現部にかけては物理的な音量の大きさも尋常ではなく、正に『大きなサンタ
クロース』のイメージに相応しい。コーダに向けてジンワリと気分が高まっていく様ももちろんですが、圧巻は12分27秒以降の長大なコーダ。これ以上有り得ないほどに、金管のファンファーレを中心に極限まで膨れ上がった大きなスケール感は、聞く者を圧倒せずにはおきません。


総括

このセーゲルスタムという指揮者、私が今一番生で聞いてみたい指揮者の一人。実演で聞いたらさぞかし凄いでしょうねぇ。ヘルシンキ・フィルも凄い!それにしてもシベリウスの2番、細かい部分まで良く聞くと、毎回新しい発見がある素晴らしい名曲ですよ。やはり人気があるだけのことはあります。
少し前の話になりますが、N響定期公演を指揮してラフマニノフやチャイコフスキー、マーラー等で大変素晴らしい演奏を聞かせてくれたロシアの名匠、セミヨン・ビシュコフ。今回は初登場の彼の指揮によるキャリア初期(フィリップス時代)の隠れた名盤、ロッシーニの『スターバト・マーテル』をご紹介させて頂きます。共演はバイエルン放送交響楽団です。この演奏、残念ながら滅多に取り上げられることもなく埋もれているようですが、今は再発売盤が安く手に入るようですから、この機会に是非お聞きになられることをオススメ致します。
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 私は実演が聞けていないので映像を見た印象しかありませんが、ビシュコフはデビュー当時から母国のショスタコーヴィチやチャイコフスキー、ストラヴィンスキー等を非常に得意としていて、大変重厚な熱演を披露する指揮者、という印象が強いですけれども、ケルン放送響の首席指揮者に就任して以来、更に深みやまろやかさが感じられるようになってきたように思います…が、やはりイメージとは非常に怖いものでして(苦笑)、今回改めてこの演奏をじっくり聞く機会を持ち、そんなイメージがとてもいい加減なものだったと反省しています…このディスクを聞いて分かるのは、昔のパワー一辺倒のイメージとはかなり掛け離れたものであり、細部に至る繊細なタッチと声楽の巧みな扱い、ロッシーニの楽曲に不可欠な歌心が実に明確に刻印されている、ということです。近年の彼の相次ぐProfileやAvieレーベルへの録音、全て渋いですが素晴らしいですね。

さて、ジョアッキーノ・ロッシーニと言えば『セビリアの理髪師』をはじめとする数々のオペラの名作によって知られていますが、実質的には20年にも満たない作曲活動の中、この『スターバト・マーテル』という作品の位置付けは非常に特殊かつ重要であり、とにかく彼のオペラ作品を思わせる重唱、独唱、コーラス曲の数々は大変親しみやすく、荘厳で神聖な宗教曲が一般的なコンサートレパートリーに組み込まれたのは、彼のこの曲の功績が非常に大きなものとなっています。特にヴェルディのレクイエムを思わせるようなラストの凄絶な『アーメンフーガ』は圧巻の一言。

さて、セミヨン・ビシュコフは1952年レニングラード生まれということで、今年既に58歳、円熟期に差し掛かりましたね。初めて知ったんですが、マリエル・ラベック女史が奥様だとのこと。そう言えばラベック姉妹とはブルッフの2台のピアノのための協奏曲なんかを入れてました。レニングラード音楽院にて、ゲルギエフや西本智美さんの師匠であるイリヤ・ムーシンに師事。ビシュコフは『ムーシンは私の全てである』と語っています。73年、ラフマニノフ指揮者コンクールで優勝。80〜84年にアメリカのグランド・ラピッズ響の音楽監督85〜89年にバッファロー・フィルの音楽監督、89〜98年にパリ管の音楽監督を歴任、97年よりケルン放送響(WDR響)の音楽監督を務めていましたが、任期はどうやら今シーズンまでのようです。また、98〜2002年にはザクセン州立(ドレスデン国立)歌劇場の首席指揮者も務めており、コンサートオーケストラに限らずオペラの手腕が確かなのも彼の優れた美点でありましょう。カラヤンへの心酔を公言しその美学を継承、若い頃からベルリン・フィルとの共演を重ねてきたのも特徴。デビュー盤はそのBPOとのショスタコーヴィチの5番でした。余談ですが、彼の公式ホームページによると、現在彼と密接な関係にあるのはバイエルンにある二つのオーケストラ、すなわちミュンヘン・フィルとバイエルン放送響とのことらしいですが、このアルバムで共演しているバイエルン放送響とは1986年、クーベリックが存命の頃からのようで、それが縁でこのアルバムも録音されたのかも知れません。

第1曲

それでは細部を聞いてみることにしましょう。第1曲『Stabat Mater Dlorosa(悲しみの聖母は佇み)』は、静寂の中から低弦による沸き上がるようなフレーズによって開始されます。恐らく、当時はまさかこれがロッシーニの作だとは、誰も思わなかったでしょう。このフレーズが二度繰り返された後、ピッツィカートをベースとした深い静寂に陥り、しばらくするとヴァイオリンによって引きずるような付点音符を伴う、印象的な主旋律が導入されます。ビシュコフが設定したテンポはやや遅めであり、これがバイエルンのオケとは思えぬくらいのしっとりした情感を込めて、丁寧に歌い上げていきます。2分19秒からは、まず男声からコーラスが加わってきますが、特に女声が加わってからは透明度の高い見事なハーモニー。3分1秒からはソリストの四重唱が加わり、より一層オペラティックな度合いを増していきますが、ここでの4人のアンサンブルは決して突出することのない理想的なバランスであり、非常に好ましく感じました。

第2曲

第2曲はテノール独唱による『Cuius Animam Gementem(悲しみに沈むその魂を)』。曲調はアンダンテ・マエストーソの指示の通り、冒頭は金管の強奏を伴う力強いトゥッティによる和音提示と弦楽器による静かな後奏、という対比の短い序奏によって始まりますが、すぐに曲調が変わってマーチ風の明るいテーマが出てきます。このテーマをアリアとして歌う、絶頂期アライサの美しい歌声!一時期『ポスト3大テノール』の一人と絶賛されたその美声がここで炸裂します。実力派シュライアーに通ずる、実に抑制の利いた味わい深い歌唱と言えましょう。後半のクライマックスにおける高音も無理のない、非常に安定した名演です。

第3曲

第3曲『Quis est homo(誰か涙を流さない者があるだろうか)』は、ソプラノとアルトの美しくかつチャーミングな重唱。冒頭ホルンのユニゾンと直後の弦楽合奏が柔らかくも荘厳な雰囲気を醸し出していますが、またこれも序奏と主部に分けられていて主部は優雅で軽やか、チャーミングな二重唱となります。アライサと対になるようなキャロル・ヴァネスの美しい歌唱。重過ぎず、終始余裕を感じさせる名唱です。そこにヴァネスと声質が異なり、殆どメゾの声質であるチェチーリア・バルトリの朗々とした歌声がまたアクセントとなり、ヴァネスの名演を引き立てています。金管のファンファーレが絡む辺り等は非常にシンフォニックですらあります。

第4曲

第4曲『Pro peccatis suae gentis(人々の罪のために)』はバスソリストの最大の見せ場となるアリア。この曲でも第2曲同様、主部のマーチ調の曲想が印象的であり、バスの低音の魅力を最大限に引き出した名曲と思います。冒頭の序奏部分こそ暗い金管の響きが不安な気分を醸し出しますが、それも次第に明るくなり、フルートや弦楽器のピッツィカートとのアンサンブル部分では、フルラネットの美声が非常に美しく引き立てられました。ラストでのオーケストラは大変力強くシンフォニックな響きで高揚し、フルラネットの朗々たる名唱を締め括ります。

第5曲

第5曲は『Eia, Mater, fons amoris(愛の泉である聖母よ)』はコーラスとバスのレティタティーヴォによる無伴奏のナンバーですが、これが真に清廉・清澄な素晴らしい名曲。終曲に次いで私の大好きな曲です。バイエルンのコーラスはトップクラスの合唱団に優るとも劣らぬ飛び切りの歌唱を聞かせており、弱音から強音に至るまで透明度の高さは比類なく、静謐で荘厳な雰囲気、どの部分を取っても一級品。特に54秒からフルラネットの独唱が加わり、そこに女声合唱が絡んでくる部分の美しさは到底言葉には出来ません。

第6曲

第6曲『Sancta Mater, istud agas(おお、聖母よ)』は、まるでアンサンブルオペラの1シーンを思わせるソリスト達の四重唱ですが、ここでは木管楽器とソリスト達の掛け合いの妙が光りますね。特にソロの旋律をなぞりながら対話するクラリネットの柔らかい音色は真に素晴らしい。バルトリとフルラネットの見得を切るかのような動きと陰影ある表情、そして、ヴァネスとアライサの柔らかい表情との対比も聞き物。

第7曲

第7曲『Fac, ut portem Christi mortem(キリストの死に思いを巡らし給え)』はソプラノ独唱による比較的短いカヴァティーナですけれども、前半の優しい表情から中間のドラマティックな表情、そしてまた前半部分が戻ってくるというような曲想の変化が聞き所の一つ。バルトリの歌唱は、やはり彼女の特徴でもありましょうが、ヴァネスの表現に比べると強弱や陰影の変化が大きくなっており、恐らくオーケストラの伴奏の素晴らしさがそれを更に引き出していることも無関係ではないでしょう。すなわち、冒頭の金管と木管のアンサンブルによる序奏部分の柔らかさと清潔さ、荘厳な雰囲気、1分59秒からの中間部分の緊迫感と劇的な表情。いずれもバルトリの歌唱の代え難い魅力を最大限に引き出しています。

第8曲

第8曲『Inflammatus et accensus(裁きの日に我を守り給え)』は、アンダンテ・マエストーソという指示があり、冒頭から金管のファンファーレが鳴って審判のラッパを表し、堂々たる風格を備えたナンバー。ヴァネスはここでも相変わらず澄んだ歌声ですが、曲調に合わせてかなり劇的な表現に傾いているのが特徴で、コーラスも彼女の表現に沿った見事な掛け合いを聞かせています。ラストの『絶唱』とも言えるフォルティッシモでの伸びやかな高音も、彼女の高い技術を伺わせますが、ここでの主役はビシュコフとオーケストラでしょう。金管はもとより、ベースとなる弦楽器の沸き上がるような雰囲気は、バイエルンのオーケストラのドイツ風の重厚な音色を改めて感じさせます。

第9曲

第9曲は『Quando corpus morietur(肉体は死んで朽ち果てるとも)』。第5曲同様アカペラのナンバーであり、この曲も敬虔な、厳かな雰囲気に満ち溢れた名曲。正に『スターバト・マーテル』の世界に相応しい素晴らしい音楽が展開されていき、この曲が紛れもなくロッシーニの深い信仰を基に書かれた曲であることが実感されるでしょう。冒頭のバスコーラスの弱音から神秘的な空気が充満し、やはりこの曲でも女声が加わってからの透明度の高いハーモニーは絶美の一言に尽きます。特にピッチを合わせるのが難しいであろう弱音部での美しさは、涙ものの感動であります。

第10曲

第10曲はコーラスによる終曲、『Amen (アーメン)』。主部はアレグロの指定通りに、上述の通りヴェルディのレクイエムに通ずるような、タイトルからは想像も出来ないくらい激しく、凄絶な音響空間が展開されていきます。オーケストラもコーラスも強弱のレンジが大きく、特に金管やティンパニが強奏・強打する部分で立体的に大きく広がる音響空間は、正に圧巻の一言!第一のクライマックスである3分30秒過ぎに出てくるフェルマータがかなり長く取られ、大きくデクレッシェンドするのが非常に印象的で、直後に続く第1曲冒頭のテーマが低弦に戻ってきてコーラスの弱音に受け継がれる部分とのコントラストは、表面的ではない真の意味が込められており真に感動的であります。そして突如、最後にして最高の5分4秒以降のクライマックスに突入し、白熱したラストを迎えます。


総括

劇的な部分と清澄で荘厳な、宗教的雰囲気を併せ持つこの名曲。ビシュコフは力技で捩じ伏せるのではなく、誠に多彩な引き出しで曲の持つ様々な色彩を描き出すことに成功しており、彼がオペラを最も得意とすることが良く分かる、大変興味深い名盤と言えます。一般的にはフリッチャイ盤やジュリーニ盤に指を折られる方が多かろうと思いますが、個人的にはヒコックス盤とジェルメッティのライヴ盤とともに、この重厚で多彩な表現力が同居したビシュコフ盤を非常に高く評価しています。名演です。
今回はリストの『ファウスト交響曲』の名演をご紹介させて頂きます。演奏はリッカルド・ムーティ指揮するフィラデルフィア管弦楽団。テノールとコーラスにはそれぞれ、イェスタ・ヴィンベルイとウエストミンスター・クワイアー・カレッジ男声合唱団が起用されています。1982〜83年にかけて『若き獅子』ムーティのフィラデルフィア時代を代表する名盤の一つであり、実演ではそれほど取り上げられないながらも名盤の多い同曲の録音の中でも、トップクラスに位置する名盤と申し上げても良いでしょう。私はこの曲の音源はそれほど所有していませんが、未だにこの演奏で充分な満足と感動を与えられています。ただし、録音については優秀とは言えず、全体的にEMIらしいこもり気味の録音になってしまっているのが残念なところ。もう少し音場に奥行きがあって、各パートが明瞭に分離してくれたら良かったのですが…また、念のため確認しましたが、EMIのアンコールシリーズで2008年に廉価再発売されているようですので、比較的容易に入手出来るのではないかと思います。
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さて、このファウスト交響曲ですが、『3人の人物描写によるファウスト交響曲』というサブタイトルが示す通り全体は3つの楽章から成り、通常の演奏ではそれぞれが20分以上を要して全体で約70分以上かかる長大な作品。終楽章ではテノール、男声合唱、オルガンを要する比較的規模の大きな作品であり、皆さんもなかなか馴染みがないのではないでしょうか。また、様々な音型や動機、テーマが出てきて捉え所のない印象を与えるため、馴染みにくさに影響を与えているかも知れませんね。しかし、リストが友人であったベルリオーズの薦めでゲーテの『ファウスト』を愛読するようになり、彼の『ファウストの劫罰』がリストに献呈されたことを契機に作曲が進められたこと、第3楽章では幻想交響曲の第5楽章との類似性が認められること等により、音楽史上では重要な位置付けにあります。交響詩の創始者であるリストの面目躍如たるものがあり、オーケストレーションやドラマティックな構成は独自の魅力を持っていて、それぞれのパートが適材適所の活躍を見せる素晴らしい作品に仕上がっていると思います。

録音となりますと、このムーティ盤の他にフェレンチクやフィッシャー等のいわゆる地元の演奏や、シノーポリ、バレンボイム、マズア、ラトル、インバル、ダウスゴー、コンロン等の近年の名盤、バーンスタインやショルティ、アンセルメ、ドラティ、ホーレンシュタイン等の往年の名指揮者による演奏等、意外と多士済々の面々による演奏が楽しめます。まぁ、『俺はリストのスペシャリストだ』みたいな人はあまり多くないでしょうから、スタンダードとなると難しい一面がありますけれども、そのような中にあってこのムーティ盤の存在意義は、やはり彼ならではの劇的な起伏の大きな演出がストレートに曲の熱い側面を見事に表しているところにあるでしょうか。それにプラスして、オーケストラに輝かしい響きと精緻なアンサンブルが魅力のフィラデルフィア管が起用されているということも、この演奏の魅力を倍加しているように思います。


第1楽章

前置きはこれくらいにして、細部を見てみることにしましょう。長いので覚悟して下さい(笑)第1楽章はファウストを描いた音楽で『レント・アッサイ』の序奏と『アレグロ・アジタート・エド・アパッショナート』の主部を持つとされていますが、序奏で提示されるファウストの主題がライトモティーフのように随所に現れると見なした方が良いかも知れませんね。その序奏では、チェロとヴィオラによる第一主題が提示されていきますが、これは後の十二音技法を先取りした旋律と言われており、瞑想に耽り、煩悶するファウストの姿を象徴していると言われます。ムーティの棒はここでは特徴があるとは言えませんが、やはりフィラデルフィア管の木管群は上手いですね。この部分では非常にシンプルな音型しか出てきませんが、特にオーボエとクラリネット、ファゴットがいきなり魅惑的な音色で聞かせます。そして2分56秒から突入する主部ですが、ムーティの本領発揮、アジタートの指定が見事に生かされた、実にドラマティックに情熱的にヴァイオリンによる第二の主題(情熱的で闘争的なファウストの姿の描写)を提示します。3連符の扱いも実に素晴らしい。金管とティンパニのフレーズが凄まじい迫力で炸裂します。5分31秒から、オーボエとクラリネットによる下行音型がスッと滑り込み、第三の主題を提示。ここではファウストの『愛への欲求』が描写されますけれども、一転してムーティのカンタービレの一面が全開、柔らかく一服の清涼剤のように染み渡ります。激しい弦楽器の刻みとの対比も見事。余談ながら、第二の主題の後半部分とこの第三の主題を繋ぐ箇所で、なぜか私はいつもウェーバーの『オベロン』序曲がオーバーラップしてしまうんですねぇ(笑)そして、6分台から8分台のヴァイオリンによる『モルダウ』の美しい河のせせらぎを描写するような箇所を経て、8分16秒から低弦とヴァイオリンが印象的に掛け合い、9分8秒から第四の主題に移行。ここではクラリネットとホルンのユニゾンで自然と人生への愛を歌うファウストの姿が描写されますが、このクラリネットとホルンによるユニゾンと、直後に絡んでくるソロ・ヴィオラの音色が極上のアンサンブルであり、この楽章の白眉とも言える美しい瞬間です。ムーティの棒はこの辺りから更に熱を帯び、大きく劇的なクレッシェンドをかけながら11分18秒からの第五の主題(英雄としてのファウストの姿)を提示。壮麗に鳴り響く金管と分厚い弦楽器が作り出す音響空間は圧倒的で、ティンパニの鈍く打ち込まれる強打も迫力満点、全体のスケールも大きく実に巧みなドライヴです。あの独特の大きなアクションによる指揮姿が目に浮かぶようです。14分51秒からはレントの序奏部分が戻ってきて展開部になりますが、17分24秒からのクラリネット→ファゴットの調性の不安定なフレーズの受け渡し部分が幻想的な美しさを湛えていて印象的。また、19分11秒から弦楽器のピッツィカートとトレモロの上を、木管が一転して静かに第一の主題を吹く辺りの静寂、そして、金管を伴って徐々にクレッシェンドしながらトゥッティのフォルティッシモに至る部分は、『アッピア街道の松』を思わせる壮麗な部分ですが、この強弱のダイナミックレンジの広さとクレッシェンドの呼吸の大きさは、ムーティならではのものでしょう。そして、24分30秒前後からの低弦による重々しいピッツィカートの後、25分13秒からトランペットと木管に現れる『英雄ファウスト』のテーマが第二の白眉と言える神々しく美しい瞬間。そして、26分30秒辺りから終結部分までは息もつかせぬ迫力で、弦楽器のピッツィカートの波の上を木管が掛け合いながらクレッシェンドして、再び金管が第五主題を高らかに吹き、第二主題が長調で現れて、オーケストラ全体が鳴動する辺りは『幻想交響曲』の阿鼻叫喚の世界さながらの迫力は圧巻の一語。ラストは第一主題が静かに奏されて、ようやく長大な楽章の幕を下ろします。

第2楽章

第2楽章は『グレートヒェン』を描いた音楽で、全体的にチャーミングな魅力と柔らかい曲想に溢れる緩徐楽章と言えるでしょう。冒頭の幻想的な雰囲気満点のクラリネットとフルートの動機、そして1分11秒から始まるオーボエの主題は愛くるしさの極みで、これはリストが書いたメロディの中でも突出して美しいものの一つと言えましょう。これがクラリネットに受け継がれてからもその魅力は褪せることなく、弦楽器のソロが絡んで生み出される室内楽のハーモニーは格別の美しさ!何と美しい音楽なのでしょうか。まるで天上の花畑が延々と続く楽園のイメージにぴったり合致するような、何とも言えない柔らかさと暖かさ、優しさ、はかなさ、格調の高さを湛えた見事な音楽です。フィラデルフィア管はこういったアンサンブルシーンにおける間合いや呼吸の感覚が、他のアメリカンメジャーのオーケストラとは少し違う独特の肌触りになっていますね。そして、6分37秒辺りから出てくる弦楽合奏の染み入るような美しさはムーティのカンタービレの真骨頂。8分49秒からのホルンによる不安な感情を表す印象的な動機が出てくると、一転して緊迫感を帯びる場面転換がまた見事です。ハープが加わってより一層の緊迫感を増し、10分台後半辺りでヴァイオリンによって奏されるロマンティックな動機は、ハープの煌めく音色と相俟って大変感動的なシーンです。そして、12分20秒からのヴァイオリンの情熱的なメロディ、ここでもムーティによる渾身のカンタービレが炸裂し、大変豊かな感情を込めて歌われていきます。15分15秒からは再びグレートヒェンのテーマが、今度はソロの弦楽器同士の対話で再現されますが、ここではその柔らかい静けさが際立っていることを特筆しておきましょう。この後は、メンデルスゾーンの『讃歌』シンフォニア第2楽章のような、神々しい美しさを湛えた音楽が展開されていきます。

第3楽章

第3楽章は『メフィストフェレス』。この楽章では新しいテーマは現れず、今まで出てきたテーマがパロディで扱われて展開します。冒頭では低弦のざわめくような動機とヴァイオリンのピッツィカートの掛け合いで始まり、何だか『シェエラザード』のような、『幻想交響曲』のような、ある種エキゾチックな雰囲気とグロテスクな雰囲気とを併せ持つ不思議な曲で、また終盤に声楽が加わるので曲想が目まぐるしく変わり、長丁場でも前2楽章よりは聞きやすいと言えるでしょう。初めて接する方にはここからお聞きになられることをオススメします。58秒からグロテスクな姿に変わったファウストの主題が木管→ヴァイオリンに現れますが、非常に表情が豊かなのとフィラデルフィア管の妙技によって、スコアが刻明にアウトプットされていくので大変聞き応えがあります。金管打楽器が加わるトゥッティでの重量感も、低弦のザックリした刻みをベースに迫力満点!トライアングルのフレーズにすら、見事な表情が息づいていますね。5分台後半から英雄ファウストのテーマがパロディで出てくる場面では、ティンパニの鮮烈な強打とヴァイオリンの唖然とするようなテクニックが印象的。あるいは8分台における豪快なトゥッティと、急速に静まって8分32秒から提示されるグレートヒェンの安らかなテーマとの対比。このオーボエとホルン、ハープの絶美なこと!その後も12分30秒過ぎからの、大見得を切って突入するマーチ調の部分等、聞き所満載の息もつかせぬ展開が続きますが、やはりクライマックスは16分16秒からの最後の『神秘の合唱』でしょう。暗黒の暗闇の世界に徐々に光が差し込み、厳かに力強く高揚するコーラスが感動的なクライマックスを形成。特に19分5秒辺りからオルガンの荘厳な響きが加わる箇所からの感動は、言語に尽くし難いですね。ムーティは声の扱いに非常に長けており、微妙な色彩の変化に対する処理が実に見事。この長大な交響曲を締め括るに相応しい感動的なフィナーレです。


総括

この演奏を聞いても、やはりムーティのベースにあるのは揺るぎない歌心であり、熱く燃え上がるようなテンペラメントであり、どのような作品であれ実に人間くさい音楽をスケール大きく作り上げるその感性と手腕は、現代の指揮者陣の中でも屈指の存在でありましょう。これから名門シカゴ響を得て、どんな飛躍と進化を見せてくれるのか、いよいよ完成の域に差し掛かった彼の芸術から益々目が離せませんね。
今回は久々にチャイコフスキーを取り上げますが、初登場の交響曲第4番です。演奏はウラディーミル・アシュケナージ指揮するロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団。これはアシュケナージが西側に出て以来初めて、1989年に26年ぶりに故郷ソビエトの地を踏み、当時の手兵であったロイヤル・フィルとの凱旋公演を行った際、その模様がライヴ収録されEMIが発売したものであります。この演奏会では後半にアンドレイ・ガヴリーロフをピアノに迎えたラフマニノフの2番のコンチェルトが収められていますが、いずれも定期演奏会や海外ツアーといった単なるライヴ演奏ではない、やはり凱旋公演であるという点がかなり特殊な状況を作り出していまして、素晴らしい熱気に満ちています。
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実はこのアルバム、チャイコフスキーの4番とラフマニノフのピアノ協奏曲2番という二大名曲の最高の名演として、私が購入当初から親しんできた名盤でありまして、両曲を初めて聞いた演奏もこのアルバムなんですね。まぁ、ちょっと演奏会の背景が背景なので異様な雰囲気に包まれていることを差し引いたとしても、『あの』アシュケナージの指揮にしてみたらまた考えられないくらいに凄い演奏でして、確かにこれがレニングラード・フィルやソビエト国立響だったらとか、色々と考えさせられないわけではないんですが、それは無い物ねだりというもの。アシュケナージも色んなポストを歴任しているのにあまり録音は多くありませんけれども、ロイヤル・フィルとの相性が一番いいんじゃないかと思うんですよね。ガンガン、イケイケドンドン、豪快に鳴らしまくるというのは彼の芸風ではありませんし、飽くまでもスマートに、美しく気高く演じられるのが彼の美点であると思いますから。その良さを最大限に発揮していて、尚且つ更に『熱い』演奏になっているのがこの録音であります。


さて、チャイコフスキーの4番といいますと、ド派手な演奏効果がどんな演奏であれ一定以上のレベルで得られるため、物足りなく感じる演奏を見つけるのが難しいくらい、昔から名盤・名録音の類には事欠きませんね。その中でも、恐らく一般的にトップ5に君臨するのが(これを3枚に絞るのはさすがに厳しい(苦笑))、

■スヴェトラーノフの90年サントリーホールライヴ(いわゆるキャニオン盤)…テンションの高さは神を超えた!

■ロジェストヴェンスキーの71年プロムスライヴ(BBC)…スヴェトラーノフのサントリーホールライヴと双璧

■カラヤン70年代のベルリン・フィル盤(EMI)…ド派手絢爛豪華演奏の代名詞

■ムラヴィンスキーの超有名なDG盤…怜悧な鬼軍曹の愛の鞭が炸裂!

■モントゥー&ボストン響盤…知情意の見事なバランス!格調の高さ!

辺りでしょう。これが二番手グループになってきますと大混戦でして、ザンデルリンク(ベルリン響とのスタジオ、シュターツカペレ・ドレスデンとのライヴ)、ゲルギエフ(ウィーンライヴ)、カラヤン後年のウィーン・フィル盤、フェドセーエフのライヴ、スヴェトラーノフの90年代のセッション全集の1枚、マゼール盤、メータ盤、アバド盤、クーベリックのバイエルンライヴ、ロストロポーヴィチ盤、パッパーノ盤、マーツァル盤、小林盤、マニアのウケが良い大野盤辺りが候補に食い込んできそうです。というわけで、あまりにも膨大な数の録音が存在し、こういった名演の中に割って入るのは全く容易なことではありませんけれども、私にとってこのアシュケナージの旧録音(後年N響と再録済み)は、中でもトップグループに入れたいくらいの素晴らしい演奏と評価しています。


さて、このチャイコフスキーの4番という交響曲ですが、チャイコフスキー生前最も成功を収めた作品の一つとして大きなターニングポイントとなっており、1〜3番の交響曲で見られた民族的な作風をより普遍的でドイツ風の重厚なものに進化させ、シンフォニストとしての独自の道を歩ませる作品となりました。この曲を含めて4〜6番が『3大交響曲』として親しまれているのは皆さんもご存知の通りで、演奏会でも頻繁に取り上げられていますね。そして、『厳しい運命に翻弄されながらも、それに真っ向から対峙して打ち勝つ』という、暗から明へ、苦悩から勝利へという、いわゆる『運命の方程式』に見事に合致する曲のストーリー性も、発表当初から聴衆の高い支持を得た大きな要因の一つだと思います。

第1楽章

それでは演奏の細部を見てみることにしましょう。まず、第1楽章の『アンダンテ・ソステヌート』の序奏部分、冒頭からホルンとファゴットによる『運命の動機』が凄絶な響きを生み出しますが、アシュケナージの解釈は正に彼ならではのものでこの演奏の性格を決定づけていますが、良く鳴っていながらも決して濁ったり絶叫させたりせずに、飽くまでも美しく綺麗なハーモニーを奏でさせています。従って、ロシアの凍てつく大地を思わせるような演奏を期待する向きには、肩透かしを食らわす演奏であるとも言え、好悪を分ける部分です。通常、ビックリさせるように大迫力で鳴らされるトゥッティの和音でも、決して美しさを損なうことがありません。1分38秒から『モデラート・コン・アニマ』が始まりますが、この直前の木管による第一主題の動機が闇に消えていくような静寂と、主部に入って改めてヴァイオリンによって提示される第一主題の、溜息をつくようにたゆたい揺れ動く感触、実に良いですね。『滑らかに』という意味を持つ『アニマ』という指定が、実に良く生かされていると思います。アシュケナージは比較的ゆったりしたテンポを設定し、先を急がず、前のめりに速くなりそうな部分でもイン・テンポを保ちながら進んでいくのが印象的。3分33秒から、第一主題がトゥッティで奏され最初のクライマックスを築きますが、ここでもその美しいフォルムを崩すことなく、各パートが良く鳴っていることに驚かされます。5分36秒以降、クラリネットを基点として付点のリズムが印象的な民族舞曲風の第二主題が提示され、展開されていく部分も当然ながらジックリと歌い込まれていきます。そしてこの主題が長調に移行し、徐々に速度を速め音量を増しながら、8分過ぎに金管の強奏を伴って爆発する第二のクライマックスの部分、アシュケナージの演奏にしては意外なことに、かなり良く鳴っていることに驚かされます。その後もシットリとした魅惑的なヴァイオリン、力強いチェロ、かなり鄙びた音色を引き出すことに成功している木管、底辺でドッシリと構えて支えるティンパニ、しっかり鳴り切っている金管が複雑に絡みながら主題を発展させていく部分から徐々にアシュケナージの棒も熱を帯びてきて、最後のクライマックスである17分23秒からのコーダではかなり大きくアッチェレランドがかけられ、耳をつんざく凄絶な音響空間を作り出していき、実に感動的なラストです。

第2楽章

第2楽章の『アンダンティーノ・イン・モード・ディ・カンツォネッタ』。ここは冒頭のオーボエが遅過ぎず速過ぎず、理想的なアンダンティーノの速度で歌われていきますが、これはかなり録音によるところが大きく、少し音量を大きめにして聞く必要があるんですが、バランス的にはもう少し前面に出ても良かったような気がします。どういうわけか、弦楽合奏のアンサンブルがこの楽章に限って今ひとつパッとしない部分が多く、やや不満が残ります。低弦のフレーズとかも荒々しく、もっとうねりを感じさせる踏み込んだ表現でも良かったような気がします。ただし、3分55秒からの中間部はアシュケナージの美点が良く現れており、いわゆるスケルツォにおけるトリオ風の軽さや、ヴァイオリンのフレーズが高音で歌われる箇所での美しさはなかなかのもの。その流れを汲んでか、後半部分の主題回帰や、木管と弦楽器の対話、ファゴットが冒頭主題を吹く辺りは幻想的な美しさを湛えて聞かせます。

第3楽章

さて、軽さという点において次の第3楽章のスケルツォ、『ピッツィカート・オスティナート、アレグロ』はアシュケナージの棒の真骨頂と言えるかも知れません。この楽章、実は私かなり好きでして、新しい録音を手に入れるとまず真っ先にここから聞くと申し上げても過言ではないくらい(笑)こんな、大半の部分を弦楽器のピッツィカートで弾かせようだなんて、誰が思い付くでしょう?ウインナワルツや弦楽セレナードならいざ知らず…さて、アシュケナージの棒ではムラヴィンスキーばりの完璧を要求される『軍隊風の』規律ではなく、一緒に良い音楽を作ろうぜ!的な楽しく暖かい雰囲気が充満し、そういう意味ではこの楽章も嫌いな人には嫌いな演奏と言えるでしょう。冒頭から若干速めのテンポでピッツィカートが派生していきますけれども、しかし、本当に『良い意味』でのこの軽さは、正しく天性のものと言えるのではないでしょうか。恐らく、彼の棒の振り方にもその要因はあると見ていますが、前の楽章での弦楽器の不振が嘘のように、この楽章の辺りから音楽が生き生きと熱を帯びると申しますか、ちょっと抽象的な言い回しで申し訳ないのですが、楽員が心から音楽を楽しんでいる様子が音からも伝わってきます。強弱の起伏も充分で申し分ありません。決して切れば鮮血が吹き出るような熱い音ではありませんけれども、良い音楽だなと思わせる何かを、この演奏からは感じます。

第4楽章

第3楽章の消え入るようなラストに間髪を入れず、フィナーレの『アレグロ・コン・フォーコ』に突入していきますが、正しく歓喜の爆発のような冒頭の大音響は、恐らく多くの方がお持ちになられているアシュケナージのイメージを覆すに充分なパワーと躍動感、エネルギーを秘めています。カラヤンのような圧倒的な重厚感や、スヴェトラーノフやロジェストヴェンスキーのような唖然とするような興奮と熱狂には及びません。しかし、ライヴ録音でありながらアンサンブルの精度は高く、充分な熱気と高揚感を湛えている点を私は高く評価します。ヴァイオリンの高音は軋みを感じさせるくらいキリキリとうなり、金管の豪快な吹奏はロシアのオーケストラのそれと比較しても負けないくらい良く鳴っています。ズシンっと来る大太鼓やシンバルの重厚感も申し分ありませんね。民謡風の副次主題を奏する木管のテクニックも素晴らしい(ここでチンチンと鳴らされるトライアングルの何とも言えない『脱力感』は必聴!(笑))。しかし、この演奏での特筆すべき点は、やはりコーダでしょうね。スヴェトラーノフ盤があからさまに『崩壊』していて、そこが不満点でもあったわけですけれども、この演奏は何とか踏み止まって充分なアッチェレランドを敢行している点、称賛に値しましょう。ラストの和音の力強さと『弾き切った』感、そして聴衆の反応も誠に素晴らしいものです。


総括

あまりにも強烈な名盤がひしめくチャイコフスキーの4番。恐らく、今後もこのアシュケナージ盤が上位に取り上げられる可能性は少ないと思いますが、不思議な感動を与えられるのは必定。演奏会の尋常ならざる背景もあって、部分的にオーケストラのコンディションが万全でない部分も見受けられますが、大変爽やかで素直な感動に浸れる名盤だと思います。純粋に『熱い』音楽に浸りたい方々、是非ライブラリーに加えてやって下さいまし。

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