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以前、『臨床心理学』で習ったことを、
僕の対人援助職としての臨床経験をもとにした持論を加えながら紹介したいと思います。
これは、ブログをやる上でも非常に大事なことだと思うので、
長い文章ですが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。
コミュニケーションにおける自己表現には、次の3つのタイプがあると言われています。
「非主張的」、 「攻撃的」、 「アサーティブ」の3つです。
この3つのタイプを少し分かり易く説明します。
例えば、駅で並んでいる所に誰かが割って入ってきた場面を想像してください。
非主張的な対応は、「自分が我慢したらいい。揉め事は起こしたくないし」と思って我慢するタイプ。
攻撃的な対応は、「順番を抜かすな!バカヤロウ!!」などとアグレッシブに相手に言うタイプ。
アサーティブな対応は、「すいません。ちゃんと並んでいただけますか」と理性的に働きかけるタイプです。
ここで、3つのタイプの自己表現の主な特徴を一覧にしてみたいと思います。
| 非主張的 | 攻撃的 | アサーティブ |
| 消極的 | 無頓着 | 積極的 |
| 自己否定的 | 他者否定的 | 自他尊重 |
| 依存的 | 操作的 | 自発的 |
| 他人本位 | 自分本位 | 自他調和 |
| 相手任せ | 相手に指示 | 自他協力 |
| 承認を期待 | 優越を誇る | 自己選択で決める |
| 服従的 | 支配的 | 歩み寄り |
| 黙る | 一方的に主張する | 柔軟に対応する |
| 弁解がましい | 責任転嫁 | 自分の責任で行動 |
これらの特徴の全てがそれぞれのタイプを完全に表すわけではありませんが、
それぞれのタイプの特徴を端的に表すとこのような感じです。
当然、もっとも望ましいのはアサーティブな自己表現です。
アサーティブな自己表現は、フェアな対人関係を目指すためのもので、
多くの人が自然と心がけていることです。
非主張的では、相手の意見しか通らず、相手の言いなりになるしかありません。
揉め事を起こさないのは良いことですが、その分、裏で相手を恨んだりします。
攻撃的な自己表現をすると、それは相手の攻撃性を引き出し、
それがまた自分の攻撃性を増幅させるという悪循環しか生みません。
攻撃的な自己表現には、相手を無視したり、強引になだめすかすようなことも含む、
あらゆる手段を通して自分の意思を通したいという意図があります。
「荒らし」というのは、攻撃的な表現を用いて自己主張をしている人達のことです。
さて、ブログ上では、記事、コメントやゲストブックなどを通して文字によるコミュニケーションが行われています。
文字によるコミュニケーションは、会話のようにその場で即応する必要のない分、
じっくり考えて対応することが出来ます。
相手のことを考え、理性的な対応をするための余裕があるのが特徴であり、
その特徴を生かして、できるだけ誤解のないような、自他共に尊重できる受け答えを考えることができるのです。
ところが、現実には、アサーティブではない言葉を見かけることが珍しくありません。
言葉自体は平静を装っていても、攻撃性が内包されているコメントも見かけます。
攻撃的な自己表現は、たとえそれが正しくとも、相手や見る人に不快な思いしかさせないものです。
ブログ上でそのような言葉を残す人は、人間性が稚拙だと言うしかありません。
また、自己表現というのは、何も言葉だけではありません。
態度や行動にも、自己表現の特徴は当てはまります。
ブログ上でも、コメントだけでなく、その他の方法をもって攻撃性を示している人を見かけます。
元来、人間には攻撃性があるものです。
それは、生物として生き残ろうとする生存欲求が深く関与するものであり、本能だと言ってもいいでしょう。
しかし、人間が他の動物と違って人間たる所以は、本能を理性でコントロールできるということ。
攻撃的な自己表現をする人を稚拙だと僕が言う理由がここにあります。
アサーティブと言っても、実際に実践するには難しいこともあります。
例えば、議論が白熱すると、ついつい攻撃的になってくることだってあります。
ただ、ブログというものの性質(メールと違い、コメントを第三者が見る可能性がある)を考えると、
攻撃的な自己表現と解されるような言葉を書き込む(書き残す)ことは、
いくら自分の中で正当性があったとしても、それは避けなければいけないことではないでしょうか。
ブログ上での攻撃的な自己表現は、
善良で理性的、道徳的な人ならば、極力避けようとするものだと僕は思います。
文字によるコミュニケーションはじっくり考えてから対応できるという特徴があると述べましたが、
じっくり考えた上で、言葉に攻撃性を内包させたり、
何らかの誘導的な言動をもって攻撃的な表現をしたりすることは、
より悪質で悪意があるものだと解釈することもできます。
僕が今、このような記事を書いたのは、実際に攻撃的な自己表現をブログ上で目にするからです。
僕自身に直接関係のあるところではありませんが、
上述のように、攻撃的な自己表現は、たとえ第三者であっても見る者を不快にします。
また、僕に直接関係がないと言っても、僕が目にするということは、
僕に比較的遠くないところでそれが見かけられたということです。
つまり、今、僕のこの記事を読んでくださっている方で、
僕のブログを定期的に訪問してくださったり、コメントしてくださる人の中に、
攻撃的な自己表現をする人に巻き込まれてしまっている方がいるということです。
もちろん、その巻き込まれている方々は悪意など持っていないし、
その攻撃的な自己表現をする人の攻撃的な一面には気付いていないと思います。
ただ、ブログ上の関係はメールのような1対1ではなく、
多くの人が集まり、次第に「コミュニティ(日本的に言うと「ムラ」)」ができあがり、
知らず知らずの内に自分がコミュニティのメンバー(ムラの構成員)になっていることがあるということです。
意図的にコミュニティ(ムラ・集団・グループ)を作り上げ、
特定の人達をそのコミュニティに招き、
それ以外の人達を排除するという行動も、攻撃的な自己表現の1つです。
繰り返しますが、攻撃的な主張の全てが、激しいアグレッシブな表現になるとは限りません。
平静を装った中に、排他的な感情を入れたりする攻撃的表現もあります。
また、中には自分の深層心理の攻撃性を自覚できずにいる場合もあるようです。
内省力がない方のようですが、それも稚拙な人間性と言えるでしょう。
僕は、これまで修めてきた学問の性質上、あるいは就いていた職業柄か、
人と人、人と環境との相互作用には若干敏感な部分があります。
今回、攻撃的な自己表現をして他者を巻き込もうとしている一部の人の影響が、
僕自身に及ばないよう「予防線」を張る意味と、
既に巻き込まれてしまった近しい人達に警鐘を鳴らす意味でこの記事を書かせていただきました。
ブログをやっていると、いろんな人と出会え、親交を深めることが出来ます。
そして、僕のブログをお気に入りに登録してくださっている方は、
皆さんがコメント(言葉)に細心の注意を払い、
皆が楽しめるように心がけながらブログを運営している素晴らしい方ばかりです。
でも、ブログというものでも、個が集まり社会を作り上げます。
そうなると、自分のブログにさえ気を遣っていればいいとは言っていられなくなることもあるのです。
自分が相手を訪問して、そこにコメントを残すことが、
相手の攻撃性に加担してしまう結果になることだってあるのです。
ブログというのも、自己表現のひとつの手段です。
ブログは個人のものであり、その内容、表現に対しての考え方は自由でいいかもしません。
しかし、個の自由は公共の福祉に制限されます。
ブログというものが、ネットという社会の中で公にされるものであり、
誰もが自由にアクセスできるものである以上、
個人の自由だという正論は、単なる権利の濫用につながりかねません。
僕自身、単なる自己満足で始めたブログですが、
やはり公に向けて何かを発信するということが、
他者に対して何らかの影響を及ぼすことがあるのだという現実に、
単なる自己満足では済ませられない部分があるということを自覚しています。
常にアサーティブであるように自戒しながら、ブログを続けていきたいと思っているところです。
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