その歴史はおよそ八五〇年・・・ 東北を縦断する奥羽山脈の東・・・ 焼石連邦の山ふところに包まれた鄙びた温泉郷! 数々の霊妙な名薬、成分を含む豊富な夏湯温泉の湯はまさに名湯の名にふさわしい・・・ そして秘湯という言葉がぴったりの温泉である! 江戸時代には全国温泉番付で東の大関と謳われた名湯でもあります。 そんな夏油温泉は駒ヶ岳の西郷にあるところから、古くは「獄(岳)の場」とも言われておりました。 ‘ゲトウ”という名前については、アイヌ語の「グット・オ」・・・崖のあるところからきており、冬場 は豪雪のため利用できなくなる(11月中旬〜5月初旬は夏油温泉全体が休業となる)ところから、「夏 湯(げとう)」と言われていました・・・ そしてお湯が夏の日差しでユラユラと油のように揺らいでいる様に見えたので、後に「湯」が「油」にな ったと伝えれています。 また、古い文献には鬼にまつわる伝説もあります。 昔、源頼光の四天王の一人、渡辺綱が鬼の片腕を切り落とした。 その腕を箱に収め自室にいると叔母に化身した鬼が訪ねてきて、 やにわに片腕をつかんで逃げ去った。 昔話で聞いた事もある方もいらっしゃるんではないでしょうか? 後日、鬼は夏油温泉の油で片腕を繋ぎ、うまく元に戻すことができたということです。 鬼、つまり外道の怪を効験著しい場と結びつけて夏油というようになったとのいう説であります・・・。 夏油温泉の発見由来については、平家の落人の末裔であるマタギの高橋四郎左ェ門が、傷ついた白猿を追 ったところ、大湯でいやしている姿を見て発見したと伝えられて白猿発見伝説が語られています。 一方、昭和5年の内務省衛生試験場の報告書は慈覚大師発見説をとり、「本温泉の発見は遠く文徳天皇の 斉衡3年(西暦856年)と記しています。 夏油山中には、駒ヶ岳、五百羅漢、仏石、お坪の松など慈覚大師にまつわる伝説が多く、北上川東側の国 見山に対応する古代信仰の霊場を起こさせるものとなっています。 SPar’S ひろ
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岩手温泉
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