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「青銅時代」の合評会

 同人でいるからには、恒例の合評会に出るんだけれど、私が同人になってからずっと私が最年少で、もう、介護の世界なんだよねえ。65歳以上の人口密度が多い世界。聞こえないなんて言われると自然に大きな声になるし、今、言ったじゃないなんて口が裂けても言えないし、同人だからって、嫌いな人だっているしで、ああ、しんど。コツコツと自分の作品を書いているだけの方がずっと楽。皆さん、あらかた、まだ原稿用紙に万年筆です。ワードを添付して印刷に送るのは私を含めてふたりくらい。でもね、やっぱり私はそういう世界が多分好きなんだろうな。だって、好きじゃなけりゃ続かないって。

 一応、国会図書館と世田谷文学館には「青銅時代」の全巻が収まっているらしいけど、自分で確かめに行ったことはない。学生の頃は私も古本屋を探し歩いたこともあったけれど、同人になった今はこの同人誌をどうしようというのが、最年少の私の課題。同人の皆さんはもう人生出来上がってらっしゃるから、作品も思索的なものもなく、40年以上持ちこたえた純文学雑誌は他に例を見ないだろう。だけど、これからを考えると、純文学だって言っている文学はないからねえ。毎回、過去の同人や関係者に本を送るんだけれど、その名簿もまだ生きておられるか文学年報でも見なければ確認も出来ないような事態です。あの方は亡くなられたっけ、いや、まだ生きてると思うけど、認識出来るかどうかなんていう会話になる。どうせ送っても反応ないんだから送っとこうかなんて、笑っちゃうよね。でも、もう送らないでくれとは言われないんだから、やっぱり編集は送るな。

 大衆文学ならドラマにも映画にもなるけれど、活字でなければ味わえない世界をインターネットというメディアでどうやって生き残らせようってんだ? 本屋が本を出さない。返品が多いから。書店に並んでも本を買う人がいないから。本を読む人が減っても図書館は混むようになったから、まだ活字を味わいたい人はいるんだよね。出版社には返品と出版出来ずに預かっている生原稿の山。本が高いこともある。場所をとることも理由だな。色々な面で、今用じゃないんだよね。出版社だって、社員に給料を払うためには素人をだまして自費出版させるしかないのよ。販売までなんか責任取ってくれないよ。ま、自分史をお葬式で配る程度ならそれで十分なんだろうね。

 つまり、私は仕事がなくて困っているという話。腕にずっとつけていたロザリオのミサンガが切れて飛び散った今日は、特にそれを感じた。ロザリオの粒を拾い集めたけれど、ふたつ足りなかった。中南米ではミサンガが切れると願いが叶うって言うらしいけど、なんか、不吉。

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俺世田谷文学館で5万使ったことあんだよね〜〜。アホでした。あれれ、そういえばあそこの塀、俺のブログに載っけてる気がする。

2005/7/25(月) 午前 1:22 みん 返信する

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