広島の最初の記事で国鉄を「きしゃ」、広電を「でんしゃ」と呼んでいた話をしましたが、今回はその「でんしゃ」である広電の宮島線を紹介します。(ちなみに「きしゃ」「でんしゃ」とも「き」と「でん」にアクセントがつきます。)
この宮島線、れっきとした「郊外電車」で併用軌道区間は一切ありません。広電西広島から宮島の対岸である広電宮島(国鉄は宮島口)までを走ります。今は全列車が市内線と直通運転をしているとの事ですが、当時は約半数が西広島〜廿日市の折り返し運用でした。
「直通車」は2000形、2500形と西鉄から来た3000形がありました。2000形は単行運転でしたが、私が行った当時は2両“連結”になっていました。西鉄から来た3000形は最初は2両“連接”の1300型でしたが、後に3両連接の3000形に改造されて行きます。2500形も輸送力の限界が来ていて後々3100形の3両連接になったとの事です。
折り返し運用には「高床車」と呼ばれる「普通の鉄道の電車」が走っていました。1030形、1040形、1050形、1060形、1070形、1080形がありました。1060形まではいわばオリジナルですが、1070形と1080形は阪急から来た車両でした。阪急の「お古」は能勢電が有名ですが、広電にもにもいたのです。
宮島線は通学で使ってました。朝夕は全ての車両が稼動しますので非常にバラエティに富んでいました。1040形は鉄道線なのに連接車の戦前の流線型の貴重な車両で、朝のみの運行でした。1070形の車内照明は白熱灯で冬の時期、部活を終えて帰る時などは車内は「薄暗ーく」、力行時はだんだん照明が暗くなるってシロモノでした。
自分の十代前半を共に過ごした思い出の宮島線も、今は、「ぐりーんらいなー」から「Green Moover」になり5連接車もあるとの話でビックリです。一度実物を見てみたいですね。
ここで皆様にお知らせです。今回で“なつかしの電車”in広島 は終わります。今回のテーマは、ほとんど自分一人の回想録になってしまいまして申し訳ありません。お付き合いいただいた方、本当に有難うございます。ところで「ブルトレ」は?「可部線の72系」は?という方もいらっしゃると思いますが、これらは改めて紹介するつもりです。
撮 影 昭和55年3月
上:2500形 広電五日市〜楽々園(当時は佐伯区役所前はありませんでした)
2000形と2500形は夜、電照広告が綺麗でした
中:1070形 楽々園〜山陽女子大前
下:1080形 山陽女子大前〜広電廿日市
転載元: ひろみやの鉄道
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ひろみやさんの記事を転載させていただきます。真ん中の写真の撮影場所は、トラバ先の記事と同じところなんです。時代の流れを感じますね。
2006/10/28(土) 午前 2:47
転載いただき有難うございます。宮島線を走る電車に時代を感じます。今は綺麗な電車に変わったようですね。
2006/10/28(土) 午前 7:35
ひろみやさん、今一度、高床車を走らせてほしいものです。
2006/10/28(土) 午後 7:26
トラックバックありがとうございます。2枚目に写っている車両は、能勢電鉄にも走っていました(元阪急500型)。3枚目に写っている車両(元阪急210型)は元々3両編成で、ひろでんには両端の2両が移籍したと聞いています。本でしか見たことがなく、乗る&撮ることは叶いませんでした。
2008/1/19(土) 午前 3:29
apricotさん、高床式電車って迫力がありますね。
学生の頃に乗った記憶があります。
2008/1/20(日) 午前 9:10