「旧山口銀行本通支店跡」(本通りサザン)はここ詳細な地図で見る |
広島・廿日市周辺
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原爆の爆風にも耐えたとは余程頑丈だったんですね。
亡くなられた方のご冥福をお祈りする次第です。
2011/8/16(火) 午前 6:52
よく利用してました・・・・・ しっかりとした、いいビルだったんですけどね
2011/8/16(火) 午前 7:23
場所が場所だけに保存が難しかったんでしょうか?
余りにも便利過ぎる場所ですからねえ。
2011/8/16(火) 午前 11:27
昔の建築物がいかに優れていたか物語りますね
うちなど2×4ですし
日本の技術は素晴らしいと別の視点から思います
2011/8/16(火) 午後 3:33
ここの前の建物も、表札を売っとられるおじさんがおっちゃった事も
覚えております。
ナカヌキヤの看板って昔はおばあさんでしたかいのう?
2011/8/17(水) 午前 11:18
これも歴史の生き証人ですね。原爆の悲惨さを忘れないためにも大切に保管してほしいものですね。
2011/8/18(木) 午後 11:12
もっちんさん、
原爆にも耐えた建物が多いということは昔から日本の建築技術は優れていたという証でしょうね。
今の日本の平和は亡くなられた方の犠牲のもとに成り立っていることを忘れないようにしたいですね。
2011/8/21(日) 午前 8:46
丸ちゃん、
今度は横川駅北口近くにある被爆建物(旧電気試験所)が取り壊しになるようです。時代の流れとはいえ、被爆建物が少なくなっていくのは寂しいことですね。
2011/8/21(日) 午前 8:52
makobeeさん、
同じ本通でもアンデルセンが入っている被爆建物は今も残っています。今後は、被爆建物を取り壊す際には、もっと慎重に考えてほしいと思います。
2011/8/21(日) 午前 8:56
いちごさん、
被爆建物を取り壊すか残すか、難しい選択だと思います。
2011/8/21(日) 午前 8:57
てれすぱさん、
昔の建物は時間をかけて手間かけて造られていたのでしょうね。それだけに重圧で存在感があります。
できれば被爆建物は、今後も今のままの姿で残して欲しいものです。
2011/8/21(日) 午前 9:01
やんばるさん、
やはりご存知でしたね(^^)v
ナカヌキヤの看板は昔はおばあさん?・・・これは知りません〜(^^)
2011/8/21(日) 午前 9:10
Yamasukiさん、
被爆建物は解体されてモニュメントだけになってしまいましたが、モニュメントはここに被爆建物があった証として今後に伝えて欲しいものです。ところで、今朝の新聞で、今度は横川駅の近くにある被爆建物(旧電気試験所)が取り壊しになることを知りました。時の流れとはいえ、被爆建物が少なくなっていくのは寂しいことですね。
2011/8/21(日) 午前 9:41
長門市出身の童謡詩人、金子みすゞ(1903〜30)と下関とのつながりをテーマにした企画展「金子みすゞと下関とその時代」が、下関市観音崎町のやまぎん史料館で開かれている。みすゞが詩作に励んだ大正から昭和にかけての下関のまちの様子のほか、同級生の遺族が寄贈した女学校時代の教科書などを展示しており、みすゞの創作活動の背景をたどることができる。【西貴晴】
下関で一時住んでいた書店、上山文英堂本店は山口銀行の前身、百十銀行本店の隣にあり、周辺は多くの銀行などが並ぶ下関市の中心街。みすゞはここから現在の市役所近くの仕事場に歩いて通っていたとみられている。会場では当時の市街地の地図など町の様子を示す資料をパネルで紹介した。
教科書の中には米国ニューヨークの様子を写真入りで紹介したものもあり、海外に関心が及んだ大正期の教育の様子をうかがうこともできる。
今回の企画展は、やまぎん史料館の開館5周年記念を兼ねており、会期は9月下旬までの予定。8月中旬以降はみすゞの作品が掲載された原書の展示も予定している。
開館は午前10時〜午後5時。月、火曜と祝日休館
[ 観光立国 地方創生 ]
2013/7/14(日) 午前 7:35