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金比羅さん参拝後下山してきたのが12時過ぎ
ちょうどお昼時でいつも行くうどん屋さんは長い行列
![]() 参道を抜け,駅前通りまで戻り少し行列のできていた
将八うどんで昼食 おすすめの醤油うどん、
半分食べたところでゆず酢をかけていただく…値段も手ごろで
美味しかった
![]() 昼食後高松の栗林公園へ・・・
![]() 栗林公園は高松藩主松平家の別邸として、歴代藩主が修築を重ね
300年近く前に完成した回遊式大名庭園。国の特別名勝に指定されている文化財庭園の中で最大、広さは庭部部だけで
東京ドーム3.5個分。紫雲山を含めると東京ドーム16個分、
岡山後楽園より広い
。 1月1日入園無料JR栗林公園北口駅から250m 北口
旧日暮邸 江戸時代初期の入母屋茅葺き屋根の大名茶室
降蹲踞(おりつくばい)
鞠月亭(きくげつてい) 江戸時代の初期に建てられた、
数寄屋造りの純和風建築で、お茶がいただける
♥ハートの恋ツツジ♡
見返り獅子
和船乗り場 乗船料610円
鶴亀松
箱松
商工奨励館 ヒラマヤスギ
群鴨池
北梅林
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中。四国地方・
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明けましておめでとうございます
旧年中は拙いブログに
お越し頂きありがとうございました。
今年もよろしくお願いいたします
12月31日・お寺で除夜の鐘を突いた後、大急ぎで氏神様の美作一宮中山神社へ行き
無料振る舞いの年越しそばをいただいて
新年を迎えました
青春18きっぷを利用して孫猿君たちと毎年恒例の四国の
讃岐の金比羅山に初詣に行きました
津山発7:02→8:34岡山発8:40→坂出着9:24
坂出発9:32→琴平着10:03
1番目の鳥居
金刀比羅宮 北神苑内に建つ高燈籠
万延元年(1860)建立。高さ28mの日本一高い灯籠で、
かつては瀬戸内海を航行する船舶からも見え、船人がこんぴらさんを拝む目標灯にもなっていた。
表参道
此処から石段
![]() 100段、備前焼の狛犬
重要有形民俗文化財「灯明堂」
大門 365段目
門の中の両側に弓を持つ武者が控える。これより内が境内
大門から登ってきた道を振り返る
大門をくぐると鎌倉時代から特別に境内での営業を許された
五軒の五人百姓が加美代飴を売っている
加美代飴 桜馬場- 約150mの平坦な石畳で春は両側に桜
神馬のいる広場 431段目
金比羅犬
こんぴら参り」と記した袋を首にかけた犬が、飼い主の代参をすることもあった。袋には、飼い主を記した木札、初穂料、道中の食費などが入っていた。
犬は、旅人から旅人へと連れられ、街道筋の人々に世話をされ、目的地金比羅神社にたどり着いた。
銅の鳥居
社務所門の向こうは書院
祓戸社
人数制限がありしばらく待つ
![]() 628段目・旭社。あまりにも立派なので、よく御本宮と間違えられる
帰りに参拝する
御本宮までにはあと150段ぐらいある
黄銅鳥居
642段目に立派な賢木門 (さかきもん)
遙拝所皇廟(伊勢の神宮)や皇陵を遙拝するところ
最後の長い急な石段の前で2回目の人数制限
此処でマイナス1段の石段がある 金刀比羅さんの石段はは786段あるが、
「な(7)や(8)む(6)」に聞こえるのは縁起が悪いので―1段
急な最後の階段 133段
金刀比羅宮本殿・拝殿
御祭神は「大物主神」と「崇徳天皇」で、農業、殖産、医薬、
海上守護の神とされている
讃岐富士
瀬戸大橋が、かすかにえる
金比羅さんは海の神様、船の写真(船の絵馬)が
数多く奉納されている
琴平駅
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道後温泉で美味しいランチの後、帰路へ向かいしまなみ海道へ
◆亀老山展望公園(愛媛県今治市吉海町名)
大島の南端にあるしまなみ海道の絶景名所、瀬戸内の島々の絶景を眺望!!・・・・
その昔、大亀が背負っていた光り輝く黄金色の観音像をこの山に祀って崇拝したことが由来になっている
建築家の隅研吾氏設計のパノラマ展望台、ぐるりと360度眺める
ことができる。
世界初三連吊橋「来島海峡大橋」と日本三大急潮のひとつ
「来島海峡」の潮流
展望台から見た今治市街。
晴れた日には西日本最高峰「石鎚山」を眺める事ができる…
雨が…何も見えません
◆大山祇(おおやまづみ)神社
愛媛県今治市の沖、大三島(おおみしま)に鎮座する大山祇神社
日本総鎮守と呼ばれ、全国に一万社あまりの分社を持つ神社
2010年に再建された総門 総ヒノキ造りで高さは12m
「御神木」「小千命(おちのみこと)御手植えの楠」
幹周/11m、樹高/15. 6m、樹齢/約2600
能因法師雨乞いの楠(樹齢三千年といわれる日本最古の楠) 残念ながら完全に枯れている
。 社領の楠群は日本最古の原始林とされ、国の天然記念物に指定されている。
重要文化財 宝篋印塔(お経を収めた塔)。鎌倉時代。
三島水軍河野通信の孫で時宗の開祖である一遍上人が奉納した
大山祇神社拝殿(重要文化財、桃山時代
しまなみ海道の橋を渡り尾道から山陽道で岡山へ
途中福山SA・バラの花
「福山SA」には沢山のバラが植えてあり 今は秋咲きのバラが見頃
「暗夜行路」 : 志賀直哉
「六時になると上の寺で刻の鐘をつく ゴーンと反響が一つ、又一つ、又一つ、それが遠くから帰ってくる その頃から晝間は向島の山と山の間に一寸頭を見せている百貫島の 燈台が光り出すそれはピカリと光って又消える
造船所の銅を溶かしたような火が水に映り出す」 |
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内子の町歩きを楽しんだ後、道後温泉
へ道後温泉本館の建物に隣接した「道後ハイカラ通り」を散策
2017年12月にオープン「道後温泉別館飛鳥乃湯泉」
2019年1月に保存修理工事の始まる「道後温泉本館」
柳原極堂の句碑
明治30年(1897年)に月刊俳誌「ほとゝぎす」を創刊
足湯
正岡子規像
からくり時計
8時〜22時の1時間置き「坊ちゃん」の登場人物が現れる。
上にも伸びます。
あっという間に終わり
![]() 道後温泉駅 坊ちゃん列車
大和屋本店で入浴とランチ
温泉大浴場・露天風呂 ランチ
能舞台を見ながら昼食 雨が降ってきた
![]() サラダ大盛り
マッシュルームスープ・パン
メインデッシュ スズキと牛のステーキ
デザート アイスクリーム ケーキ2個 フルーツ
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西日本ふっこう周遊割を利用した四国の旅3日目・10月23日
江戸時代から明治時代にかけて木蝋で栄えた町・
内子(愛媛県喜多郡内子町)の風情ある町並みを散策
江戸末期から明治時代にかけて建てられた豪壮な屋敷や土蔵などが約600mにわたって軒を連ねる町並み。統一された意匠の建造物群ではなく、一軒一軒違う変化に富んだ景観を創り出している。
本芳我家住宅
内子木蝋生産の基礎を築いた本芳我家。木蝋生産が最も盛んであった時代に建築された建物は上質で、華やかな意匠になっている。
本芳我家正面の亀甲型のなまこ壁や、土蔵にある旭鶴の漆喰彫刻。
「松に鶴」を題材にした鏝絵(こてえ)
本芳我家の庭だけ見学できる
大村家住宅
町屋資料館 無料 自由に出入りできる
弁ガラの出格子
あたらし屋
内子のお土産
酢卵屋さん 酢卵が試飲できる
大森和蝋燭屋
和ろうそくの原材料…ハゼの実
高昌寺
室町時代に建てられたお寺で、かつては24もの末寺を誇るほどの
勢威を誇ったいたが江戸時代に火事で消失した。この地の藩主である大洲藩の加藤泰興の勧進によって復興を遂げた。
寝姿の仏像、涅槃仏。
長さ10メートル、高さ3m、重さは200トン。
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