雀百までなんとやら

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わたくしが通っております教会でとても親しくしていただいている70代の男性の方「よういっつぁん」、親子ほどの歳の差があるにもかかわらず、わたくしのことを同級生のようにかわいがってくださっています──大相撲の稽古で用いる表現ではなく、正味の意味で。教会で開かれている講座「聖書の学び」でのことでございました。そこで配られた資料プリントの表紙に世界中で用いられている「平和」のシンボルとなっているマークや言葉が散りばめられておりました。鳩やオリーブの輪、Love & Peaceなどでございました。その中に指のVサインもございました。よういっつぁんが「Vサインは勝利を表すものだよね。勝利があるということは負けている人たちがいるのだから、Vサインは勝った者だけの喜びで、負けた側の者にとっては『平和』になるのかな?」と疑問を投げかけられました。確かに、戦争が終わる際には、勝ち負けが存在し、負けた側というのは勝った側に従うのが通例のように思われます。しかし、戦力が上回れば勝利するのですから、それが下回っている側は正義のゆえに負けた、とは限らないとも思われたのでございます。つまり、勝ち負けがあるところに「平和」があるのだろうか、ということを考えさせられたのでございました。こういった矛盾を感じるのは、戦争自体が矛盾の塊であるのだから、そこから生まれる物事が矛盾を帯びているのは当然、そのように一応の結論をわたくしのなかではもつことにいたしました。


さて、このように、一見、なにも疑問にも思わないところに視点を置くのは難しいことではございますが、そこに個人だけの利益を目論む思惑があるように感じることがわたくしには多々ございます。先日、憲法九条を守る宗教者たちのシンポジウムがございまして、参加してまいりました。そこで哲学者・高橋哲哉さん(東京大学大学院教授)が基調講演をされまして、そのなかでとっても興味深いことを話されました。

ちょうど総理大臣になりたての麻生太郎さんの靖国神社への発言とそのスタンスについて「感情の錬金術」と題して解説してくださいました。麻生さんは自ら靖国神社に参拝することは控えているような態度でいらっしゃいます。その反面、彼は「天皇が靖国神社へ参拝できるようにしたい」とおっしゃっておられます。これには戦争を肯定する目論見があり、それを正面から国民に訴えるのではなく、国民の感情をなにも疑問に思わないような方向に向けさせ、目論見をすすめていく「感情の錬金術」であると評されました。

もう少し、詳しく申しますと、靖国神社とは天皇のために命をかけた戦死者がまつられておりまして、天皇のためという人の感情に訴えることを利用した当時の国策のひとつであったのでございまして、戦争終了後、国から独立させられた経緯がここにございます。現代のわたくしたちが考えねばならないのは、魂をまつるのは心にかんすることであって、けっして国からの力が及んではならないことであるはずです。つまり、亡くなられた方の魂とどのように接するかはその人の心の自由に委ねられねばならないわけでございます。この視点をよそに向けさせるのが麻生さんが提唱する「天皇の靖国神社参拝」であるということです。

天皇の靖国神社参拝は、天皇と靖国神社の和解に見えますが、実は和解するのは、天皇と戦死者の遺族なのでございます。いまだ解決されていない天皇の戦争責任を問わず、舞台を靖国神社にすることによって、天皇と靖国神社との和解を大きく世間に知らせる好機となるわけです。天皇が靖国神社に参拝することで戦死者遺族が喜びを表し、その結果、靖国神社の存在価値が肯定されたように思われわけです。靖国の肯定は天皇の名による戦争の肯定に直結し、憲法九条の改定をはじめとする海外派兵ができる永久法の制定への機運が一気に高まる可能性が非常に高くなるのです。憲法九条の大黒柱である「戦力を持たない」「戦争をしない」という論点が「あってもいい」が前提の論点に入れ替わってしまうことにつながりかねないということです。そこまでして、どうして戦争を肯定し、それを行いたいのか。国が行った戦争は一度たりとも国民のために行ったのではなく、一部の者の利益のためにそれを行い、国民が戦死することなどなんとも思っていないからとしか思えません。国は戦争のためには平気で国民を戦場に送り込むことをいままでしてきたのです。この国を守るために軍備を増強せねばと声高に言う政治家が真っ先に戦場に赴くのでしょうか。自分は行かない、自分の身内は行かないからこそ、戦争をカードのように切るわけです。そのために麻生太郎という人は「天皇の靖国神社参拝」という「感情の錬金術」を利用しようとしているのです。

わたくし個人の思いではございますが、戦死者の霊魂は決してまた同じ不幸な事態を招くこと、戦争を行うことを望んでいるようには、どう転んでも思えないのでございます。二度と起こさせないためにギッと睨みをきかせているに違いないと思うのでございます。

「橋のない川」の作者、住井すゑさんは、人権と平和を学習するために、負の遺産としての「教育勅語」、正の遺産としての「水平社宣言」をあわせて教えるべきだというユニークな観点をお持ちでした。麻生太郎という人は、珍しくこの負の遺産である「教育勅語」を諳んじることができるのだそうです。国民のために力を注ぐというのであれば、正の遺産である「水平社宣言」もこの際、憶えていただいて、国民に両方を解説していただきたいものです。


先の戦争に関して申しますと、被害を与えた国ぐににはもう謝罪は終わったではないか、いつまで謝罪せねばならないのか、という声を耳にすることがございます。わたくしは、永遠に謝罪するべきだと思っております。謝罪が終わったことを機に戦争が起こるに違いないと思わずにはいられないのでございます。ドイツはユダヤ人の虐殺については、永遠に謝罪し続けるという態度を崩していません。これこそ、戦争をなくそうとする姿勢のひとつであると思うのでございます。わたくしたちがいますぐできること、それは憲法九条を堅持することであるはずで、これを世界に誇りたいと強く思うのでございます。


前大臣が学力低下の根源は日教組であるかのような発言がございました。競争社会に生きていけないことをその諸悪の根源のように論じられたことが話題になっておりましたが、日教組の本来の目的は先の戦争の反省から「教え子を二度と戦場には送らない」であって、決して、学力を向上させること(学力を低下させること)ではないことを忘れてはならないと思うのでございます。前大臣の論点は言いがかりでしかないことであることが、この問題でもっとも大切なことであると思うのです。

戦争を肯定する姿勢をもって学力を向上させるのであれば、学力向上などなんの意味もないと思うのでございます。本心か、口からでまかせか、それとも、舞い上がってそう言ったのかはわかりませんが、「天皇陛下のために戦いました」などという言葉がどれほどの人たちの心を傷つけているかを教えるべき人が必要だと思います。そのための教育であるべきだと思っております…今日この頃でございます。

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■マタイによる福音書(18章7〜9節)
「世は人をつまずかせるから不幸だ。つまずきは避けられない。だが、つまずきをもたらす者は不幸である。もし片方の手か足があなたをつまずかせるなら、それを切って捨ててしまいなさい。両手両足がそろったまま永遠の火に投げ込まれるよりは、片手片足になっても命にあずかる方がよい。もし片方の目がつまずかせるなら、えぐり出して捨ててしまいなさい。両方の目がそろったまま火の地獄に投げ込まれるよりは、一つの目になっても命にあずかる方がよい。」

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閉じる コメント(6)

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オオオ!なんか怪しげな手が〜!
私は人差し指を突き出すしぐさもキライです。何もパフォ^マンスしない人が好きです^^

麻生さんは「感情の錬金術師」なのですか!よく見ていきたいと思います。

謝罪は永遠にすべきと私も思います。それだけのことをしたんですから。
アメリカも永遠に謝罪してほしいです。

2008/10/12(日) 午前 1:57 つっきぃ

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hiromiさんはクリスチャンなのですか。落語とクリスチャン、ミスマッチやな!
よの中には絶対に正しいという事象は存在しない、ましてや価値観は人によりちがう、だんだん、意見を言わぬ老人になりました。

2008/10/14(火) 午後 2:32 髭じい スローライフ

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誇りというものをうち捨ても生きる方がよい。

2008/10/14(火) 午後 9:52 さえき かつま

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つっきぃさん、指が緊張しすぎて紅潮してるのわかりますか? この夏、炊き出しのお手伝いによく行ったので、手首に日焼けの跡が残ってるんですよ。

麻生さんがラジオでもCMやってて「まずは景気だ」なんて言ってましたが、自分の親しい人たちにとっての景気回復であって、決して底辺で苦しんでいる人たちのことを言ってないとぼくは感じています。どの政治家もそうなんだけどね。

アメリカとオイルダラーたちは世界を自分たちの遊び場のように扱って、それで命が奪われている、これも自分の周りの人だけのための政治をしているから、そうなるんだろうね。アメリカが謝罪するとき、来るんだろうか…。

2008/10/16(木) 午後 9:19 [ ひろみ ]

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slowlifeさん、まだ正式に洗礼を受けてはいませんが、イエスの教えを学んでいるという立場ではクリスチャンです。洗礼を受けようが受けていなかろうが、学ぶ姿勢が大切だとある神父さまに教えられました。

ここ最近、落語ではなく、その口調をお借りして、記事を書いていますので、この記事も落語ではないですが、そのように思われましたでしょうか(^-^; まぁ、もともと世間とミスマッチなわたくしですから、なにをやってもミスマッチですわね(^-^;

2008/10/16(木) 午後 9:24 [ ひろみ ]

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かつまさん、その言葉、いいですね。
本当の意味での「誇り」とはそういうことなんでしょうね。同感です。

2008/10/16(木) 午後 9:25 [ ひろみ ]


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