|
1984年に刊行された散文詩集「預言者」で
一躍注目を浴びたレバノンの詩人カリール・ジブランの本が
納戸の奥から出てきました(正確には、わたくしが探し出したのですが…)。
東京にいたとき、いっしょに仕事をしていたラジオ・ディレクターの方が
「読んでごらん。あなたにぴったりですよ」
と薦めていただいたのが上記の「預言者」でした。
しかし、どの書店でも入手できず、
その後、93年に出版された「漂泊者(さすらいびと)」を書店の棚で見つけて
それを読んでいました…2002年ごろのことだったと思います。
とっても面白かったので、余計に「預言者」を読みたくなりました。
東京へ出張に行った際、直接その出版社へ行き、購入することができました。
もちろん、「預言者」も心の響く言葉と物語に惹かれましたが、
最初に読んだわたくしの個人的な体験からでしょうか、
「漂泊者」の方がわたくしは好きです。
その中でも、わたくしがもっとも印象深く、今でも好きな一話があります。
もしかすると、この本も入手困難かもしれませんので、
ご紹介させていただきます。
「敬虔である」とはどういうことなのかを考えることができた一話です。
「二人の隠者(The Two Hermits)」
人里離れた山の上に、二人の隠者が住んでいた。彼らは神を礼拝し、互いに愛し合っていた。
さて、この二人の隠者は土でできたお椀を一つ持っていた。それは彼らの唯一の持ち物であった。
ある日、悪霊が年上の隠者の心に入り込んだ。彼は年下の隠者のところに来て言った。「わしらは随分長い間一緒に暮らしてきたが、別れる時が来た。わしらの持分を分けようではないか」
すると年下の隠者は悲しんで言った。「兄よ、あなたがここから去るのは、深い悲しみです。しかしどうしても行かねばならないとおっしゃるなら、仕方ありません」。彼は土のお椀を持ってくると、年上の隠者に渡して言った。「これは分けることができません。兄よ、あなたの物にして下さい」
すると年上の隠者が言った。「わしは施しは受けん。わしはわしの分だけをもらう。椀は分けねばならん」
すると年下の隠者が言った。「お椀は、割られてしまえば、あなたにとっても私にとっても何の役にも立たなくなるでしょう。あなたのご意向に適うならば、むしろくじを引きましょう」
しかし、年上の隠者は再び言った。「わしは正義と自分の分だけを守りたい。正義とわしの取り分を、あてにならない賭けに委ねることはできん。この椀は分けねばならん」
年下の隠者はもうそれ以上説得できなくなり、こう言った。「もしそれが本当にあなたの御意志であり、たとえ割られてもご自分の分を持ちたいのならば、今から一緒にお椀を割りましょう」
しかし年上の隠者は顔を大層険しくし、こう叫んだ。「おお、汝、いまいましい臆病者め、おまえは争おうともしないのか」
(寓話集「狂人(きぐるいびと)」から)
【画像】「漂泊者(さすらいびと)」(壮神社)の表紙(上)と原作者の肖像(下)
原作・カリール・ジブラン
訳者・長井香里、小森健太郎
|