中将の君のひとりごと

歴史とサッカーが好きな私のオススメを紹介します。最近はもっぱら旅人か、映画評論家気取りですが…

神話

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古代ギリシアの悲劇作家ソポクレスは自らペルシア戦争にも参加して、そのことが数々の悲劇の傑作よりも人生の誉れと考えていました。
これは他の古代ギリシア人も同じ傾向で、ポリスの為に戦うこと、武勲をたてることがギリシア人としての誇りだったのです。

このペルシア戦争での勝利によりアテネは諸ポリスの上に君臨し、一気に栄華を極めます。
アクロポリスが建てられたのがこの時で、アクロポリスを飾る彫刻群に代表される彫刻の傑作や、現代にまで残る数々の悲劇作品など他に類を見ない文化の華を開かせます。

しかし、このアテネの台頭を快く思わないポリスも当然いるわけで、デロス同盟で摂取されている諸ポリスから担がれるカタチでスパルタが、アテネに立ちはだかります。

ギリシア国内の不毛なペレポネソス戦争によって、紀元前404年ついにアテネは敗れます。
ソポクレスが死んだのは、この二年前でしたが、もうその当時でさえ敗戦は不可避であると思われたのです。

更に『コロノスのオイディプス』が孫の手によって上映されたのは、死後5年後でした。

死の直前のソポクレスはこの作品に何を託したのでしょう。

オイディプスと言えば、テーバイの人々を悩ませていたスフィンクスの謎を解き、王位に就いた幸いの人でした。
しかし、彼自身その生まれは呪われて、父が犯した罪の為に産まれてすぐに棄てられたのです。

隣国の王妃に拾われたオイディプスはそこで、「父を殺し、母と結婚する」という預言を受け、自分の祖国を思っている国を後にします。
その旅路で、些細なことからひとりの老人を殺し、テーバイにてスフィンクスと見えるのです。

前の王の王妃を娶り、王となったオイディプスはその資質から賢王として讃えられますが、呪われたオイディプスの前にまたも呪いが頭をもたげ、テーバイは厄災に見舞われました。
賢き王は、その災いに果敢に立ち向かい、敗れました。

すなわち自分の眼を自ら貫いて、乞食となって放浪するのです。
その永い旅路の終焉が「コロノス」の地なのです。

物語はオイディプスがアテネに辿り着いたところから始まります。
ボロを纏った老人を追い払うのに慣れきったオイディプスは、その地のことを知ると自分の最期を悟ります。

困惑する人々を差し置いて神域に入り、アテネの王テーセウスの前で終焉を迎えます。
そして、その姿は奇跡としか言いようのない神秘に包まれ、アテネを守る神霊へと変貌を遂げたのでした。

栄光の絶頂から転落したオイディプスは当時のアテネの姿でした。
目前に迫った敗戦により、アテネそのものが跡形も無くなってしまうかも知れない―それは調度アレクサンドロスによって何も残らない程に壊滅させられたテーバイの姿を思う―という不安の中で、書き上げられたこの作品は、残されたアテネ市民へのソポクレスのメッセージだったのです。

打ちひしがれた人々にソポクレスは、(以下吉田敦彦著『ギリシア神話入門』より。カッコ内は私のものです。)

不屈の勇気を持ってどんな苦難にも雄々しく耐え、悲惨のどん底に落ちても最後まで気高さを失わぬ偉大な存在は、(例え)運命の所為で破滅して地上から無くなっても、・・(中略)・・久遠に不滅になり得るのだということを、自分になお残されていたあらん限りの生命力を振り絞って、強く訴えようとしたのではなかと思われる。

この言葉を、捧げます。
以前、『ギリシア神話入門』のことはちゃんと取り上げましたので、詳しく読みたい方はこちらへ
http://blogs.yahoo.co.jp/hiromichan1212/18533990.html


電気見事消えた…。
ウチの老父は普段から災害対策に凝っているので、バッチリでしたけど寒かったですね。
この地域でやったということは人口が多い地域でもやっていくということなんでしょうね。いいことです。

皆様、ご自愛下さい。

『神話と日本人の心』

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またまた臨床心理学者・河合隼雄氏の本です。
タイトルの『神話と日本人の心』の通り、「古事記」「日本書紀」に語られる日本神話から日本人独自の深層心理を探すという本です。
 
日本神話の大きな特徴のひとつが、太陽神が女性であると言うことです。
…と、言っても太陽神が男性であるというのはギリシア神話のイメージが強いだけで、女性のところもありますし、性別が確かでないものも多いですし、太陽が神ですらないところもあります。
日本の場合、豊穣神が太陽神に結びついたのが天照大神であると考えられます。
 
その重要な神が女性であることがただそれだけで気に入らない人が多いらしく、天照大神は男神だった、などと言う人が結構居ますがそれは違います。
そうこじつけるのであれば、男性の太陽神も存在したと考えるべきで、例えば葦舟に乗せて流されたヒルコや、名前からニニギノミコトなどがそうなのでしょう。
それが「記紀」が編纂されるに当たってか、その前かに採用されたのがオオヒルメであったと見るべきです。
 
しかし、この天照大神、主神であるかと言うと…ちょっと微妙なんですよね。
それがまさに日本神話の特徴と言えます。
 
まあ、それは一旦置いといて(笑)、この天照大神、一筋縄ではいかない存在ですよね。
前に何か(…)で、この女神とギリシア神話のデーメーテルとの類似性をさんざん書きましたが、天照の出生から言うと知恵の女神アテナとの共通性が伺えるわけです。
 
妻を喪ったイザナギ神は妻を取り戻す為に黄泉の国に行きます。
そこで禁忌を破って、今まで曖昧だったあの世とこの世の境を創ったのでした。
黄泉での穢れを取る為にイザナギは川で禊をし、その時に生まれたのが三貴神と呼ばれる天照・月読・スサノオの重要な神でした。
 
穢れと言うカタチであれ母・イザナミは関わってはいますが、天照は父親から生まれた女神であるのです。
そして、彼女はこの後も「父の娘」として女神でありながら「父権」の拡大に尽力します。
 
女神アテナもゼウスという主神の頭から生まれ、ゼウスの代理として活躍します。
イザナギが主神かと言うと、それは違いますが、ゼウスの権力の拡大は母神との軋轢を生み母権社会を一掃していったことから、目的はほぼ一緒だったと言うことが出来るでしょう。
 
この「父の娘」問題が、実は現代社会での大きな軋轢のひとつなのです。
女性の社会参加が進んで、欧米では早くから男性社会で活躍する女性が生まれました。
彼女たちは、一見して女性として成功しているように見えますが、やがて気付き始めたのです。
自分は「男の価値の中で成功している」のであって、自分の中の女性を抹殺してきたのではないか―と。
深層心理として、これは実に大きな問題なのですが、神話とは関係ないので解決策は次回に譲ります。
 
その天照に対して、母権に近い立場にいるのが男神であるスサノオです。
母であるイザナミに会いたいと言っては泣き、黄泉へ行くとなれば姉に別れを告げに行きます。
 
その真ん中に居るのが月読です。
殆ど神話を持たないこの神が日本神話においてどのような役割を持っているのか謎めいていますが、まさにこの中庸の存在こそが日本神話の真髄ではないかとこの本では解いています。
高天原で罪を犯したスサノオでさえ、殺すようなことをしないこの世界では、「善」か「悪」かではなく、物事のバランスを重んじていると言っていいでしょう。
この日本人の知恵が二元論の限界に行き着いた現代社会に何かをもたらすという提言がなされています。
 
しかし、この本の面白いのは神話の比較の方だと思います。
なんでこんなに似ているのか、不思議でたまりません。専門外ながらとておよくまとまっていて、比較神話学の取っ掛かりとしてもいい本です。
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臨床心理学者の河合隼雄氏は日本のユング派心理療法の第一人者で、多くの著作を残しています。
わが市の図書館にも氏の本が300冊以上入っていて、私も気が向いたときに読んでいます。
そんなにユングは好きではないのですが、河合氏の本は例が広範囲にわたっていて、なおかつ重くないので読むのにオスススメです。
 
今回は安野光雅画伯の表紙の『神話の心理学』を紹介します。
副題の「現代人の生き方のヒント」の通り、男女の相違、父と子、母と子など、神話を通して現代人(だけじゃないけど)が抱える人間関係の問題を読み解いています。
 
現代の科学文明は他者との決別から、普遍性を生み出しました。
しかし、他者との関わりを絶って人は生きられるのでしょうか?
関わりだけでなく、「親離れ」という儀式をおざなりにして過ごすと、人はやはり破綻します。
 
それらの人間関係に対しての知恵が集約されているのが、神話のひとつの姿です。
人間は深層心理において親殺しをし、親離れを果たします。
神話においてはそれが、オイディプスの「父殺し」であったり、オレステスの「母殺し」であったりします。
この二人とも、その後壮絶な苦しみを伴いますが、現実の人間はそれを心の中で行うワケで、その過程を経ていない(親に依存し続ける)人間が実際の親殺しをしてしまうというのです。
 
そんなに肩肘を張らなくても、色々な神話から「人間がどういった知恵で解決していったか」を知る手掛かりとすればいいと思います。
 
私がこの本の中で好きな話が「隠れキリシタン」の原罪に関する神話です。
隠れキリシタンは徳川幕府の禁止令によって、宣教師の教えを受けられないまま250年もその教えを繋いできました。
その永い年月において、聖書にあたるキリスト教が変異をしていくのです。
彼らは、教えを守るために年に一度、お上による「踏み絵」という儀式を通過しないといけなかったのです。
 
教えを守る為に犯す罪・・・それが毎年毎年積み重なってしまうのです。
その中で彼らはどう知恵を働かせたか…。
私はこの話から人間の本当の可能性を垣間見た気がするのです。
 
一度お読みください。

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原題『METAMORPHOSES』(メタモルフォーセス)。『転身物語』と訳されることが多いです。

原文はラテン語で「ギリシア神話」を題材にした「世界の始まり」から「カエサルの神化とアウグストゥス」までの変身にまつわる神話が書かれています。
カエサル?アウグストゥス?とお思いの方もおられましょう。

作者オウィディウスはローマ時代の詩人でBC43年にローマから140km離れたスルモーという町に生まれました。
思春期にローマに出て、学問を勉強しますがいつの間にか詩篇に捕らわれて詩人として生活します。


古代ローマはギリシア世界を併合したときに、ギリシア文化の殆どを取り入れました。
彫刻などの美術品がギリシアの模倣だということもよく知られていますが、学問も彼らはアテネで身につけたようです。

そして、神話に至っては完全にギリシア神話に取り込まれて、ゼウスをユピテル、ヘラをユノー、アレスをマルス、アテナをミネルヴァ、アフロディテをウェヌスといったローマの神と同化させました。
多少はローマ独特の神も残りましたが、殆どが吸収されてしまいました。

しかし、ギリシア語の傑作『イーリアス』『オデュッセイア』に並ぶ作品を書こうという意気込みで、ウェルギリウスの『アエネイス』(トロイア戦争のトロイア王家の生き残り、のちのローマの祖となる英雄)がラテン語で書かれ、それに挑戦するカタチでオウィディウスは『変身物語』を書いたと言われています。


内容は、カオスから始まる天地創造から始まって、ギリシアのおなじみの神話を「変身」をモチーフに書いています。
元々『ギリシア神話』でも「アポロンとダフネー」や「ヒュアキュントス」など変身する(あるいはさせられる)神話がありますが、よく知っている神話のサイドストーリーみたいな変身エピソードが殆どです。
そして、変身の遠因が大体、色恋沙汰にありますから、とてもロマンチックに描かれています。

それから、トロイア戦争のところは当然トロイア目線で書かれています。
アキレウスを憎んで憎んで、という感じです。

そして終盤、ローマ建国の英雄たちの話になります。
ギリシア神話も英雄談があって正しくは「半神」と約すべき神の血筋の英雄が多く出てきます。
彼ら(彼女ら)は元々は神格で、いつの間にか取り込まれたときに人間になってしまったようです。

そして、ヘラクレスが天に昇ったようにヘレネーが神になったように、ローマの英雄も死んで神に昇格したように描かれていますが、実際は彼らこそローマに元々いた神格だったのです。
それは、北欧神話やインド神話、そして日本神話にも通じる三機能神の神話でした。(深く知りたい方は『デュメジル・コレクション』をお勧めします…)

ローマ人は享楽的なイメージですが、ギリシアの神々とローマの神々を大変敬っていました。
それぞれ神に対しての祭日を設け、一年のうちの多くを禁忌の中で生きていたのです。
そして、本書の中にあるようにピュタゴラスの思想が広がり、今度は輪廻転生を考えました。まあ、これが『変身物語』のベースなワケです。

イエスが誕生したのはまさにそんな時代でした。


オウィディウスはAD8年に時の皇帝アウグストゥスによって黒海西岸のトミス(ルーマニアのコンスタンツァ)へ追放となります。
今でも理由はよく分かりませんが、作品のひとつ『色道教本』が理由と言われています。
『変身物語』の最終章ではアウグストゥスの神化をほのめかしていますが、そんなおべっかも通用しなかったようです。

約10年後オウィディウスはそこで死にました。

甘やかなラテン文学に触れる一冊です。(写り悪くてごめんなさい)

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本書はホメーロスの名を冠して伝えられる全33篇から成る22柱の神々への讃歌集です。
その中にはデーメーテール、アポローン、ヘルメース、アフロディテーに捧げられた「四大讃歌」を含み、ギリシア神話のテクストとして貴重なものとなっています。

ホメーロスといえば、『イーリアス』と『オデュッセイア』の二大叙事詩の作家として伝えられている人物(「源氏物語」の紫式部のようなもの。作品が原型残っていないことも同じ)で、大体紀元前800年頃の人と言われています。
この二大叙事詩がいかにスゴイかというと、エジプトで発見された古代のパピルスの文書の半分はこの二つの叙事詩を写したものだったのです。


始めは『デーメーテール讃歌』で、のちにペルセフォネーとなる娘神(コレーとも言う)がハーデースによってさらわれた逸話を語ったものです。
娘を失った母神は悲しみ、地上に隠れます。

穀物神であるデーメーテールの失踪で、地上は実りを忘れます。
デーメーテールは地上で飲まず食わずで過ごしますが、ある女が女神を笑わせる為に下半身を露出するというエピソードがあります。
女神はそれを見て笑い、食事をすることに同意したのでした。

これは「天岩戸神話」でアメノウズメが身体を顕わにして踊って、天照大神に戸を開けさせたことに相当します。
なぜ、女の身体なのかというと、女性の身体こそが豊穣のシンボルだったからです。
(天照大神に地母神の原型があるのは他の神話からも明らかですが、長くなるのでまた今度)

さて、話は逸れましたが、最終的に娘神の帰還が叶い地上に実りがもたらされ、四季が出来るというこの話、一番有名なギリシア神話の部類に入ります。
訳注や解題まで読むとかなりのボリュームですが、神を讃えた詩篇だけ読んでもかなり面白いです。

どのように伝えていったのか、どのように語りかけたのか。
古代ギリシアではこのように美しい詩も、彫刻も絵画も、神々に対する最高の捧げものとされました。
これらの美しいものに触れたとき、我々と同じように神々も喜ぶと彼らは思ったのです。
これこそが愛の話よりも嫉妬の話よりも何よりも一番神を身近に感じた証だと私は思います。

長く読みふけると、詩が作れそうな一冊です。
ホメーロス自身の作と言われるものはありませんが、偉大な作家の名に相応しい詩篇の数々です。

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