中将の君のひとりごと

歴史とサッカーが好きな私のオススメを紹介します。最近はもっぱら旅人か、映画評論家気取りですが…

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昨日は仕事を休んで、東京国立博物館で行われている『東大寺大仏』展を観て来ました。
 
正直、このレベルの展覧会にしては展示品が少なかったです。
もちろん、大仏はありません(笑)
 
メインは上図の八角燈籠でしょうかね。
これは実際に東大寺の大仏殿の前にある8世紀のもので、羽目板は東大寺でもレプリカを張っています。
今回は8世紀に造られたその羽目板の実物も1枚展示されています。
 
そして、誕生釈迦仏立像及び灌仏盤でしょうね。
釈迦の誕生時のあの「天上天下唯我独尊!」の場面を再現したものです。(つまり赤ちゃん)
その花祭りのときい甘茶をかける為に灌仏盤が受け皿として付いています。
 
その他は西大門勅額。
門の額の文字のまわりに8体の仏像があって、下の2体は8世紀の創建当時のものと言われています。
 
東大寺の秘宝は聖武天皇と光明皇后が集めたもので、8世紀の品々がタイムカプセルのように保存されていることで有名です。
 
天皇家が少なくともこの200年前くらいから直系で続いたことから、この財宝は守られたのでした。
 
しかし、それ以外に東大寺の宝物で欠かせないのが、仏師・運慶・快慶が残した像です。
これはこの二人が鎌倉時代の大仏再建に深く関わった重慶の弟子だったことにあります。
イメージ 3 
西大門のその8体の仏像の残る上の8体が快慶の作となります。
 
そして、快慶の傑作「僧形八幡神坐像」。
極彩色で彩られたこの像は当時の色そのままだそうです。
 
 
源平の争乱の時に平重衡によって焼かれた大仏と大仏殿を再建したのが重慶上人です。
彼は勧進を行うことによって、一般の人々にも大仏と結縁させたのでした。
 
その勧進の僧だと偽って平泉へ逃走した義経一行を描いたのが、歌舞伎の『勧進帳』です。
 
戦国時代に失われた大仏殿を再建したのが、公慶上人です。
公慶は当時むき出しになっていた大仏の為に江戸時代に、幕府などに働きかけて大仏殿を再建しました。
この事業も西国の人々までも木材を運ぶなどの労役によって大仏と結縁したことで有名です。
 
この二人の像は本当にリアルで、活き活きとしています。
私が感じるのは仏の慈悲と違う、役目を果たす厳しさですね。
 
イメージ 2他にVRシアターなどありまして、迫力の大仏のバーチャル映像が上映されています。
 
そして、オリジナルグッズが充実しています。
↑のミニクリアファイルのようなカワイイものだけでなく、秘宝を再現したクリアファイルの種類が豊富です。
 
メモ張もたくさんありました。
 
←こちらは、光明皇后千二百五十年御遠忌記念(この展覧会もその一環)のグッズの散華5枚セットです。
中は光明皇后や聖武天皇などの絵の入った花びらを象った厚紙と匂い袋です。
 
他に甘茶飴を買いましたが、かなり美味しくてもう1袋欲しかったです。
 
 
関西の方ならともかく、東京ではナカナカ観ることの出来ない逸品に大変心踊ります。
 
〜東京国立博物館 平成館で〜12月12日まで。
月曜休館です。金曜は20時まで開いています。
 
本館の方もかなり見倒したので、ヘロヘロになってしまいました。その話はまた今度。
 
 

上村松園展

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金曜日は埼スタの前に国立近代美術館の『上村松園展』を観て来ました。
80点もの松園作品を一同に観れるこの機会、逃せません。
…しかし、最終迫っていたせいか、平日にもかかわらずすごい人でした。(もっと早く行くべきだった><)
 
さて、展示の方は大体年代順になっており、松園の絵の移り変わりが分かるようになっています。
 
私はまず専門分野でもあるので、『義貞匂当内侍を視る』の書き込みにはビックリしました。
中央の新田義貞の無骨な感じと、奥の間で琴を奏でる匂当内侍。
以前に描いたことのある題材で、それを二十歳の少女がここまでの迫力で描いていることに感服します。
 
そして、『軽女悲離別図』も意外だったです。
この後、殆ど描かなくなるオッサン…男性図も非常に上手い。なんか勿体無いです。
このオジサンは大石内蔵助なんですが、多分歴史資料からちゃんと摂っていて、他の方の内蔵助像と一緒ですよね。
 
この松園、社長室や豪邸の客間の飾るのにいい西洋画の大きさの美人画ばかり描いていますが、
こういう歴史画もすごくよかったんですよね。
松浦屏風を彷彿とさせる『虫の音』や、王朝絵巻風の『伊勢大輔』。
もっと歴史画を描いて欲しかったです。
 
美人画の中では『娘深雪』が一番ですね。(残念ながら東京会場のみの展示)
薄い顔立ちの楚々とした美人の姿が初々しいです。
青い帯がいいですよね。
 
それから『朝』は、遊郭の朝の風景。
寝物語に読んだ絵草子を読んでいるかと思われるしどけない遊女が艶っぽく描かれています。
 
そして『花がたみ』。
恋を失って心を病んだ女の笑みですが、鮮やかな袴と花籠で華やかな印象を受けます。
 
スランプに苦しんだ松園が搾り出すようにして描いた『焔』(上図右)。
能の「葵の上」を題材にしたこの作品。
源氏との祝福された子を産む源氏の正妻・葵の上の前に現れる「六条の御息所」の怨霊。
凄味と共に美しさを感じずにいられない作品です。
東京では前期のみで観られずに非常に残念でした(><)
 
この後、中国を題材にした絵が続いて、本当にスランプを脱出したのか気になるところですが…。
 
昭和に入ると、歴史画と平行して(江戸時代の)庶民の日常を題材にした絵が多くなります。
ここで松園の画業は完成を見ます。
 
柔らかで色鮮やかなこの時期は本当に素早しいですが、生地の素材までがハッキリと分かる若い頃の作品も捨て難いですね。
 
 
「所蔵作品展」も観れるのですが、現代美術ってよく分からないです。
ただ、上村松篁の絵があってホッとしました。
 
他、中村正義の『源平海戦絵図(第三図)玉楼炎上』は凄かったです。
「壇ノ浦の海戦」の様子の青酸さを迫力のあるタッチで描いています。
襲われる女房衆、死にゆく侍―そして、安徳帝を抱き上げる二位の尼。次の海に飛び込む場面も同一画面に描かれています。
 
 
東京国立近代美術館では17日まで。
このあと、京都国立近代美術館で、11月2日〜12月12日。
京都展は着物で来場すると団体割引なんですね〜…。
 

イリアス

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実は今日…というか昨日は、ル テアトル銀座に内野聖陽主演の舞台『イリアス』を観て来ました。
観劇趣味はない私ですが、以前にNHKで放映した野村萬斎主演の『オイディプス王』を観て、すごくよかったので、いつかギリシア悲劇モノを観に行きたいな〜…と思っていましたところ、この『イリアス』の論評を色んな新聞(新聞閲覧という仕事があるため)で拝見しまして、行くことにしました。
(大竹しのぶ主演の「エレクトラ」観たかったんだよね〜!)
 
さて、『イリアス』とは言わずと知れたホメロスの二代叙事詩のひとつです。
この演目がギリシア悲劇として舞台にかけられたのかは謎ですが、ギリシア悲劇の半分以上がこのイリアスの題材となった「トロイア戦争」に関連して書かれたものです。
 
 
物語は「パリスの審判」として有名な三女神の争いから始まります。
一番美しい女神に与えられる「黄金の林檎」をアフロディーテに渡した羊飼いのパリスはそれと引き換えに世界一の美女を約束されます。
 
それが、ギリシアの王の中の王と言われたアガメムノーンの弟・メネラオスの妻となっていたヘレネでした。
 
女神によって抗い難い「恋」の虜となったヘレネはパリスに付いてトロイアへ行きます。
パリスは生まれてすぐに忌まわしい運命ゆえに捨てられましたが、トロイアの王プリアモスと王妃ヘカベーの第二王子だったのです。
 
コケにされたギリシアは総大将アガメムノーンの元、ヘレネ奪還の為の大船団を編成します。
それは、ヘレネへの求婚にあたって各国の王が取り交わした契約の為でした。
若いゆえにその契約と関係のなかった英雄アキレウスも栄光を求め、この戦いに加わります。
 
アキレウスの人生にはある預言が付きまとっていたのです。
このトロイア戦争に参加したならば、永遠の名誉と引き換えに必ず命を落とすであろう。
しかし参加しなければ、地味ながらも永い人生を全う出来るであろう、と。
 
当時15歳だったアキレウスに、死が訪れることは母である女神テティスには耐え難いことでした。
遠征に参加させまいと心を砕きますが、逸る少年の心は戦争へと駆り立てられます。
 
そうして、トロイアの城壁を前にして、10年の歳月が流れました。
終らない戦に加え、ギリシア陣営では疫病が蔓延していました。
ここから、舞台が始まります。
 
疫病の原因について神官は、総大将アガメムノーンが前の戦で捕虜にしたアポロンの神官の娘・クリュセーイスを懇願する父親に返さなかったことによってアポロンの呪いが降りかかっているせいだと告げます。
当然、他の将軍たちは娘を返すように言います。
 
しかし、戦の捕虜や略奪品は将軍の名誉と比例するのです。
アガメムノーンは言います。
「分かった。クリュセーイスは父親に返そう。だが、その代わり同じ時に捕虜にしたアキレウスが連れて行った娘・ブリュセーイスを寄越してもらおう」と。
 
そう、戦の捕虜は戦士の名誉。どの戦もアキレウスによってもたらされた勝利でした。
しかも、アキレウスにとってブリュセーイスは特別な娘。黄金にも換え難い存在だったのです。
 
ここにアキレウスの怒りが始まります。
 
怒りを唄え、女神よ、
ペレウスの子アキレウスの、アカイア勢(ギリシア軍)に数々の苦難をもたらした、かの呪うべき怒りを、
 
アキレウスの名誉回復の為の天界の王・ゼウスの計略はギリシア軍の手痛い敗北でした。
その為にトロイア王プリアモスの最愛の息子・ヘクトルに栄光を与えます。
彼こそが神によって造られたトロイアの城壁にも増して、トロイアを守護出来るただひとりの将軍だったのです。
 
神々の思惑に捕らえられた戦士たち―
アキレウスは戦場に戻るのか?
 
 
いやあ…、面白かったです。
思ってたより、原作に忠実でした。
本当は、アキレウスの怒りは結構始めの方で、10年怒り続けているんですけどね。
 
細かいセリフもマトモでしたね。
「分かった。ブリュセーイスは渡そう。だが、この船にある他の財宝に指一本触れることは許さない。」
とか、そういう何気ないセリフが忠実でビックリしました。
(ハリウッドじゃ、そのへんシカトだったもんね)
 
ただ、スカマンドロス川のくだりやるのなら、あそこのセリフは全部そのままやって欲しかった!
「何を恐れることがある。あのパトロクロスでさえ死んだのだぞ。お前よりずっと勇者であったのに。…」
の、ドSな(笑)一連のセリフがアキレウスの美学じゃないですか!
ここ言って欲しかったな〜!
 
それと、アキレウスが亡霊と延々語り合うところは要らなかったと思います。
平和とか、命の尊さとかそういうところじゃないと思います。
 
でも、よかったです。
親友の死を嘆くアキレウスが顔や腕に灰を付ける細かい演出にグッと来ましたね。
詳しく知りたい方は川島重成著『「イーリアス」ギリシア英雄叙事詩の世界』をオススメします。(逆に「イリアス」の本では他は勧められないくらい、必見の一冊です)
 
どこでも大絶賛だったプリアモスの平幹二朗…さんはもちもん、ヘクトル役の池内博之もいい英雄ぶりでした。
それから、王女カッサンドラ役の新妻聖子の歌声がよかったです。
 
カッサンドラはトロイアの第一王女で、少女の頃にアポロンの求愛を受けました。
預言の力と引き換えにOKした彼女でしたが、その力で最初に見た未来は心変わりするアポロンの姿だったのです。
「愛を受けることは出来ない」と言うカッサンドラに対してアポロンは非情な呪いをかけます。
つまり、「お前は正しい預言を続けるが、誰もお前の言うことを信じない」、と。
 
カッサンドラには始めから、パリスによってもたらされる戦争と、トロイアの滅亡と、アガメムノーンの妻によって終える自分の運命が見えていたのでした。
彼女と「コロス」と言われる合唱隊が物語を進行させるのですが、迫力ありましたね。
 
最後の内野さんの横顔も良かったです。
非情な英雄ぶりもよかったですが、虚しさに心を開く変化がよく出来ていました。
 
何か前から当たるんですが、今回もテレビカメラが入った回で、拍手に力入りました。
きっとまたNHKでやるでしょうね。
 
ル テアトル銀座では〜23日まで。
そのあと、25日に新潟 りゅーとびあ。
その後、兵庫県立芸術文化センターで9.28〜10.3となっております。
ぜひ、お立ち寄り下さい。
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土曜日はニッパツ行く前にみなとみらいの横浜美術館に寄りました。
今行われている『ポンペイ展』で、たまに「ポンペイ展」というのが日本であるので、そんなに積極的に行きたいとは思っていませんでしたが(ハンパなく忙しくてのう…)、先日のBS日テレのおぎやはぎの番組で紹介されて「居てもたってもいられなくなり」チケットを買いました。
 
さて、数年前にBunkamuraであった「ポンペイの輝き」展と大きく違うのが、今回絵画作品が50点もあることです。
ギリシア文明というと優れた彫刻作品や建築を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか?
それは現存するものもありますが、建築様式や彫刻をローマ帝国時代に模倣して後世に残された結果でもあります。
 
傑作の彫刻の他にも、ギリシア人が優れた絵画の傑作を残したことは文献からも分かっているのですが、ただの1枚もこの世に残りませんでした。
しかし、ギリシアを征服したローマはその凱旋に多くの絵画をギリシアから持ち運び、そして彫刻と同じように模倣しました。
 
有名な「アレクサンドロス大王」のモザイク画も画家フェイロクセノスの描いた傑作をマケドニアを征服したローマが持ち帰り、それをモザイクとして模写したものがポンペイで発見されたものです。
このようにして、傑作がポンペイの裕福な家庭の壁を(アレクサンドロスは床らしいが…)飾っていて、絵なら焼けてしまうのが、壁に描かれたフレスコ画であって一瞬にして灰に埋まってしまった為に今に残ることになりました。
 
 
今回の絵画の傑作は何と言ってもチラシでも使われている『アキレスとキローン』でしょう。
トロイア戦争のギリシア軍第一の英雄アキレウス(アキレス)は幼少期をケンタウロス一族のケイローン(キローン)によって養育されました。
 
ケイローンは野蛮なケンタウロス一族の中で、大変学識が広く穏やかな性格で人望もあり、医神となるアスクレピオスや英雄イアソンなどの養育を手がけた優秀な保育士兼家庭教師でした。
そのケイローンが育てた中の最高傑作がアキレウスと言えるでしょう。
最近出た「トロイア戦争」の小説でも二人の師弟の別れのシーンから始まっています。
 
ケイローンがこの愛弟子に向ける眼差しは深い愛情と憂いを含んでいるようです。
ギリシア随一の英雄となるアキレウスの流星のような儚い人生を思い遣ってのことでしょうか?
 
他にアキレウス関係の絵画は『スキロス島のアキレス』があります。
これは傑作とまではいかないけれど、結構スゴイシーンですよね。
トロイア戦争への出陣を回避する為にスキロス島の王女に女装して仕えていたアキレウスを、これまたトロイア戦争回避に失敗したオデュッセウスが知恵を絞って探し出す場面です。
 
なぜ、アキレウスはそこまでしてトロイア戦争を回避しようとしたのか…?
それは、「トロイア戦争に参加すれば輝かしい栄光が約束されるが、短い人生に終る」という神託があったからです。
戦争に参加しなければ、地味だが長く生きられる…と、言われアキレウスが選んだのは?
 
他に最後の部屋に『神託を伺うアキレスの表された円形浮彫』があります。
その人生ゆえにアキレウスは常に苦悩と共に表現されます。
 
 
他に絵画傑作は『タウリスのイピゲネイア』でしょう。
先のトロイア戦争の後、総大将のアガメムノーンは結構早くにギリシアへ帰りますが、その妻・クリュタイムネストラによって殺害されます。
彼女にはトロイア戦争の始め、出港するギリシア軍の為に自分の娘であるイピゲネイアが生贄にされた恨みがったのです。
 
イピゲネイアの弟であるオレステスは難を逃れ、成長して父の仇を討ちます。
母殺しというかたちで…。
 
親を殺した者は復習の女神・エリュニュスに責められます。
精神に異常をきたしたオレステスは神託によって、タウリス島のアルテミス像を持ち帰るように言われます。
この女神像は異国人の生贄の血を欲する像で、オレステスと同行した従兄弟は生贄とされるのでした。
 
そこに現れたアルテミス神殿の巫女こそが、生贄にされるところをアルテミスによって救われた実姉イピゲネイアでした。
アルテミス女神像を手にしたイピゲネイアの上半身は消えかかっていますが、オレステスの肉感など素晴しいです。
 
このポンペイの人々というかローマ人はホメロスの叙事詩(「イリアス」と「オデュッセスス」)が本当に好きだったんですね〜。
他にもたくさんポンペイで傑作が発見されていますから、いつか全部見れたらいいですよね。
 
 
彫刻もいいですし、風呂場なども楽しいです。
横浜美術館では〜6月13日まで。
この後、名古屋や新潟をまわります。
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東京国立博物館・平成館の『細川家の至宝』展に行きました。
細川家は鎌倉時代から続く名族で、室町時代には管領なども勤めました。
戦国時代に主の足利将軍家が滅んでも枝族の細川藤孝〈幽斎〉の政治力によって大名として生き抜いた名家であります。
 
江戸時代では熊本に配置換えになり、藤孝の孫の忠利が熊本藩主として島原の乱平定にも参加します。
廃藩置県を迎えてからも名家として文化を守り、幽斎から数えて16代・護立によって昭和25(1950)
永青文庫が設立されました。
 
細川幽斎と言えば、島内景二著の『源氏物語ものがたり』でも触れましたように、戦国大名でさえなかったら、
自身で『源氏物語』の奥義を記すことが出来た程の当代随一の文化人でした。
その息子・忠興細川ガラシャの夫としても有名ですが、千利休の高弟としても有名です。
 
 
その逸品を一堂に揃えたこの展覧会、一番の見所は『織田信長自筆感状』でしょう!
与一郎こと忠興宛に書かれたもので、一緒に展示してある『堀秀政副状』によってこれが信長の真筆だとはっきりと分かるようになっています。
そして、信長の真筆だと立証されているものは唯一これだけなのです。
どちらも展示は9日までですので、お早めに。
 
細川家最大のピンチのひとつが明智光秀による「本能寺の変」でした。
書状を貰う程の信任の厚い忠興ですから、妻・珠(たま)の父親のこの突然の謀叛は寝耳に水の出来事でした。
しかし光秀の方は、義理の息子である忠興が見方してくれると踏んでいたようで(ここらへんは最近言われている光秀の動機から考えると、細川家にも話が行っていてもおかしくないと思うのだけど、知らせてなかったようである)、加勢に駆けつけない忠興に対して再三、勧誘しています。
それが『明智光秀覚書』なワケです。
 
「本能寺の変」の顛末はご存知の通りです。
忠興は、身の潔白を証明する意味で、すぐさま妻の珠を丹後に幽閉して離縁というカタチを取りました。
やがて、天下を獲った豊臣秀吉の計らいで珠は忠興の許へ戻ります。
それからも珠は次々に子を産みましたので、忠興とはそんなに疎遠とも思えないのですが、珠は異教に救いを求め、ガラシャとして名を残しました。
ガラシャは関ヶ原の時に自害して、その様子を書き残した『霜女覚書』があります。
 
ガラシャの自筆が前期1通、後期2通あります。(後期・11日〜も一回行きたいなあ…)
名家で文化人の細川家に嫁いだガラシャですし、明智光秀も教養人でしたから、ガラシャ自身もとても教養があったと思われます。
薄幸の佳人に思いを馳せてはいかがでしょうか? 
 
他に忠興が伝えた千利休の遺品や、熊本藩に身を寄せていた宮本武蔵の遺品など、結構色々見所はありますが、やはり上のチラシの半分を占める『国宝 金銀錯狩猟文鏡(護立のコレクション)でしょう。
中国戦国時代(43世紀)のもので、模様のエキゾチックさといい状態の美しさといい、世界でも注目されるのも頷けます。
卑弥呼が貰った鏡もこれくらい輝いていたんじゃないかなあ…?
 
近代絵画も素晴しいです。
色々あり過ぎですから、きちんと見ないと見逃しますので注意して下さい。
 
〜6月6日まで。(このあと、京都などまわる)
連休中は込み合いますが、午後遅いと比較的空いています。16時過ぎれば、落ち着いて見られるハズ。
9:30〜17:00。金曜は〜20:00。土・日・祝日は〜18:00。
月曜休館。
 
今回、平常展もすごく面白いので、見た方がいいです。

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