中将の君のひとりごと

歴史とサッカーが好きな私のオススメを紹介します。最近はもっぱら旅人か、映画評論家気取りですが…

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東京国立博物館平成館に「ボストン美術館日本美術の至宝」展を観に行ってきました。
 
幕末の動乱から起こった新政府は本来の日本美術を軽んじるだけでなく、旧勢力に対して経済的困窮をもたらしました。
名家と呼ばれた家に伝わる家宝は売られ、散逸していったのです。
 
同時に廃仏毀釈という政策を打ち出し、寺社に対して大きな打撃を与えました。
国立博物館にも興福寺由来の仏像が多くありますが、海外にも実に多くの仏像が流出していきました。
 
そんな中、日本美術を高く評価したアーネスト・フェノロサと岡倉天心によってボストン美術館の日本美術コレクションは始まりました。
心ある文化人がその危険に気付いた時はもうすでに遅く、実に多くの国宝級の作品が流出してしまっていたのです。
 
まさにそれが、この展覧会で帰還した作品なんですね。
日本にあったって「三十六歌仙絵巻」みたいに無残なことになる場合もあるワケで、むしろこうしてキレイなまま保管されていてよかったのかなあ…と、ちょっと複雑でした。
 
1室目は仏画メインなんですが、この仏画がどれもキレイでしたね〜。
(ことごとく由来が分からなくなっているのが悲しかった…)
彩色が本当によく残っていて、キチンと保管されていたんだと思います。
私は「毘沙門天像」のカッコよさに参ってしまいました。
友人に言わせれば「ドヤ顔」なんですが、表情に個性があってステキでした。
 
他に注目したのが「弥勒菩薩三尊像」ですね。
13世紀の作品なんですが、左下の菩薩が浮世絵はもとより近世の美人画〜伊東深水まで続く美人の顔でその色気に釘付けでしたね。
 
それからメインの二大絵巻。
これは「国宝級」じゃなくて、日本にあったら普通に国宝です。
面白おかしい「吉備大臣入唐絵巻」も、もちろんいいのですが、
今回は「平治物語 三条殿夜討巻」↓でしょう!
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この躍動感!
多分、大河ドラマでは6月〜7月くらいになるでしょうが、平清盛の躍進に繋がる「平治の乱」を題材にしています。
絵巻は後白河院の住む三条殿が藤原信頼と源義朝の軍によって制圧される様子を描いています。
燃え盛る三条殿を中心にした構図で、駆けつける公卿や逃げる人、兵馬の総てが炎がもたらす風に煽られて、それが戦乱そのものを物語っているのです。
 
清盛の最大のライバル・義朝はこの戦で討たれ、頼朝の二人の兄も命を落とします。
後白河院も最愛の側近を喪い、愛の漂流者となります。
ここから平家は繁栄に向かってまっしぐらに進んでいくのですが、多くの悲劇の種を産んだ戦いでもありました。
 
ハッキリ言って、この絵巻が最高でしたね。
もちろん、パンフレットに使われている曽我蕭白の「雲竜図」もスゴイ迫力でしたが、「平治物語絵巻」の方が換え難いと言うか…。
 
結局、どれもこれも良過ぎて閉館時間が迫ってしまい、常設展は駆け足になりました。
国宝展示は「花下遊楽図屏風(かかゆうらくずびょうぶ) 」で、江戸時代初期のまだ桃山文化を残した鮮やかな屏風でした。
女性たちの花見の様子を描いたものなんですが、本でしか見たこと無いものの実物が見られて嬉しかったです。
 
絵巻なんかは特にそうだと思いますが、10万点を越える日本美術コレクションを誇るボストン美術館では、これだけの作品を常設していないと思うので、ボストンに行けば見れるというのは思い違いなので、ぜひこの機会に日本の名品を見てはいかがでしょうか?
 
〜6月10日まで。

『安野光雅の世界展』

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板橋区立美術館で行われている『安野光雅の世界展』に行ってきました。
1926年生まれの安野氏は、半世紀にも及ぶ創作活動(デビューも遅い)の中で数々の名作を生み出してきました。
 
本展覧会は津和野町立安野光雅美術館の開館10周年を記念して行われているもので、近隣で多くの安野作品を見られるまたとないチャンスです。
私は去年、鳥栖に行った帰りに福岡でやっているのを知って、是非見たかったのですが、あまりに時間がなくて断念し、幸い東京展がまだだったので、待ちに待っての来場でした。
 
いやあ…キレイな水彩画でした。
原稿の美しさに圧倒されましたね。
「ふしぎなえ」シリーズを初め、「旅の絵本」や「森の絵本」などの連作が目一杯あって見応え満天でした。
中でも「天動説の絵本」がよかったです。…出来れば天使の絵まで欲しかったけど。
 
絵本自体もちゃんと置いてあって、原画見て「あれ?どういう話だっけ?」というのをその場で確認出来たのもよかったです。
 
「ふしぎなたね」が結構ぐっときましたね。
〜3月25日まで。

「平清盛」展 後編

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江戸東京博物館に「平清盛」展を観に行ってきました。
まあ、今回はご老人の時間を避けて夕方に行ったので、比較的空いていましたね。
 
さて、後半の目玉はなんと言っても、『平治物語絵巻断簡 六波羅合戦「落ゆく義朝主従」』でしょう!
鎌倉時代に描かれた大和文華館の秘宝のひとつですが、この振り返っている若武者、頼朝じゃなかったんですね〜。説明文読んでビックリしましたよ
頼朝として紹介されてたはずなんだけどなあ…?
まあ、でも名高い断片が見れたのでよかったです。
 
そして、もうひとつの目玉は『安徳天皇像』でしょうね。
十七世紀のものと伝えられるもので、桃山文化特有の豪華な着物を着たキレイな少年がおもちゃで遊んでいる画です。
安徳天皇と言えば絶対使われる画ですね。
実物で見ると、結構大柄に見えました。
 
しかし、特によかったと思ったのが『源平合戦図屏風』です。
他の屏風は海の色が群青ですが、これは水色に近い色で波しぶきとかがすごく丁寧に描かれているのが特徴です。(群青の方が値段が高いのだけれど、粒が粗いので、上に重ね辛い)
展示の仕方でしょうがないのですが、左から見るといきなり平家滅亡シーンから始まります。
 
上の方で勇将・平教経が敵将二人を抱えて海に飛び込み、その上では安徳天皇を抱えた二位尼時子(清盛妻)が穏やかに波間を見つめる場面が展開されています。
この後、時子は天皇と心中するのですが(しかも三種の神器の剣を巻き添えにして!)、どの画でも時子は穏やかで、まさに平家物語の「先帝入水」の場面の再現と言えます。
 
右双の左下は「敦盛の最期」の場面。
一の谷の合戦の後、海に退却しようとする敦盛を熊谷直実が呼び止めるところです。
(古文の授業でやってる人多いんじゃないかなあ?「一の谷の合戦敗れにしかば…」って)
 
いやあ…堪能出来ました。
今回はもみじ饅頭買って帰りました。
あと3回くらい見たいけれど、東京展はさすがにもう行けない…。
 
しつこいようですが、東京展は2月5日まで。

「平清盛」展 前編

イメージ 1江戸東京博物館に「NHK大河ドラマ50年 特別展『平清盛』」を観に行ってきました。
去年も「『江』展」のついでに初詣行ったな…
なんて思いつつ、力士のウロウロする両国へと行きました。
 
さて、初めの見所は『仏舎利相承系図』です!
これは鎌倉時代に作られた、滋賀の胡宮神社に伝わるものです。
あんまり歴史に詳しくない人が今回の大河ドラマで、清盛を白河天皇の落胤と位置づけていることに文句を言っているようですが、これが俗説でないことの証拠がまさにこの系図なのです。
(1月22日までの展示)
両国までの道のりで、ちょうど読んでいた本にまさに紹介されていたその系図だったので、正直ビックリしました。
この系図では清盛は白河院と祇園女御の妹との間に生まれ、祇園女御が養育したということが書かれているのです。
このように、宮廷での地位の低い女性が産んだ子がどこかに貰われていく話は平安時代から、そしてこの後もいくらでもあります。
花山天皇の子供が捕縛された話などでも分かるように、その帝位継承の可能性もない子らはものの数にも数えらなかったのです。
つまり、清盛は白河院の落とし胤という身分よりも、寵妃である祇園女御の後ろ盾があってこその目覚しい出世だったと言えます。
 
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そして、何と言っても国宝『平家納経』の本物が見れるというのが、目玉ですね!
東京展では「清盛願文」「法華経信解品第四」「法華経法師功徳品第十九」「法華経陀羅尼品第二十六」の現物が展示されています。
 
いやあ…マジでキレイ。
美術品としても工芸品としても超一流です。
私が行ったときは、全体混み混みだったのに、この平家納経のコーナーが閑散としていてちょっと謎でしたけど…。
 
それから、屏風ですね。
個人的に「木曽義仲合戦図屏風」があって、狂喜してしまいました。
本当は「一の谷合戦図屏風」が目的だったのですけど、やっぱ木曽義仲ですね〜。
「倶利伽羅落とし」や「木曽殿の最期」などの名場面が盛りだくさんで、よかったですよ…ホント。
 
清盛が推進した日宋貿易で手に入れた磁器や陶器なんかもふんだんにありますし、大鎧はさすがの迫力です。
 
しかし、図録に載っているのに、展示されていないもので目玉(琵琶・青山とか…)が結構あって、神戸展・広島展・京都展までツアーみたいに追っかけるべきか悩みます。
 
東京展は江戸東京博物館で〜2月5日まで。
月曜休館です。
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この前、岐阜に行ったときにまだ小雨のうちに岐阜公園へ行きました。
私の目当ては常設展の試着だったんですが(笑)、結構面白そうな特別展だったので、脚を伸ばしました。
 
ワケあって岐阜には何回も行っているのに、犬山城には行ったことがないので、犬山城が誰の城なのかもよく知らなかったんですけど、結構思ったより楽しめました。
 
犬山城は戦国時代は織田家の居城のひとつで、斎藤氏に獲られたりしながら常に渦中にあって、江戸時代に入って尾張藩付家老の成瀬氏が城主となりました。
初代城主の成瀬正成は二代将軍・徳川秀忠の小姓だった人で、展示品の中には秀忠の書状などもあります。
正成は徳川義直の傅役となり、家康の死後に尾張藩主となる義直について尾張入りして犬山城を拝領するわけですから、他にも徳川家からの拝領品もたくさんあって、格調高かったです。
蒔絵や螺鈿の調度はキレイでしたね〜。
 
それから、小牧・長久手合戦図や長篠合戦図が面白かったですね〜。
各武将の配置や戦の様子がよく分かって、張り付いて見てしまいました。
 
他に成瀬氏は絵画の造詣が深く、代々の藩主の描いた掛け軸もナカナカのものでした。
小さい藩と思っていたけれど、掘り出しモノが多くて、有意義なひとときでした。
 
〜11月27日まで。岐阜市歴史博物館にて。

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