中将の君のひとりごと

歴史とサッカーが好きな私のオススメを紹介します。最近はもっぱら旅人か、映画評論家気取りですが…

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今日紹介するのは、ひき続いて永井路子氏の著作の『女帝の歴史を裏返す』です。
推古天皇から江戸時代の後桜町天皇までの8代の女帝の本質に迫った良書です。

永井路子氏の作品は高校時代から随分読んできて、エッセイ的なものは全部読んでいると思います。
それで、新しい本が出ているな〜…と取ったのがこの本です。
長屋王については、前々から鋭い指摘をされていたんですが、今回目を見張ったのは蘇我氏に対する
検証でした。

昔々、出たばかりの関裕二氏の『聖徳太子は蘇我入鹿である』をたまたま図書館で立ち読みして
(正直、寄贈書だと思ってた…市内に住んでるのかなあ…?って)以来の記憶が甦ったのでした。


『女帝の歴史…』は、全く押し付けがましいこともなく、「王者・蘇我氏」について言及しています。
何もかもの始まりが推古天皇が後継者を指名せずに死んだことにあるのは知ってましたが、蘇我氏が
その時どういう立場にいたのか、興味を持つ内容でした。(答えはないです!)

『歴史を騒がせた女たち 日本編』から、推古天皇については書いておられたので、大変面白かったです。
なので、これを今読んで「女帝って傀儡じゃなかったんだ…」などと言う方は時代遅れです。残念ながら。


そういえば、昔友達に(ゴメン)「古代は別にして女帝が立てられないのは、天皇の祭事の中に男にしか出来ないものがあるからじゃないの?」という見解を言われました。
私は「江戸時代に2人も女帝がいますから、そんなの言い訳になりません」と答えました。

特に明正天皇は徳川秀忠の孫で、後水尾天皇の嫌がらせの譲位で即位したのですから、徳川幕府は権威にかけて有職故実を調べあげました。
この時、決められたしきたりが今の朝廷の祭事の土台となりましたから、男だけのしきたりなんかあるはずがないのです。
別に自分の見解を言いたいのではなくて、そんなに江戸時代の女帝って知られてないんだなあ…と。


そういう女帝に触れられる本でもあり、一番優れているのはサラッと一気に読めることです。

永井路子氏は鎌倉幕府の権威ですが、こうしたあらゆる時代に精通していて、しかも新説をいつも勉強しているんだなあ…と頭が下がります。

『望みしは何ぞ』

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ウッカリ代表戦を観るのを忘れ、書くこともないので本の紹介です。
(再放送観ようとしたが、『歴史ヒストリア』の録画が始まってしまいBSも観れなかった…)

永井路子氏の『望みしは何ぞ』は平安時代の後期の話で、主人公は藤原能信という道長の子供です。

道長の嫡妻は倫子といって源雅信の女で、彼女が産んだのが関白を継ぐ頼通や、いづれも中宮になった彰子、
妍子、威子などです。

能信(よしのぶ)の母は明子といって倫子と同じ源氏ですが、父は「安和の変」で失脚した源高明(テレビに出てた教科書関係者が全員「たかあき」と読んでいて、その教養のなさにビックリした。「たかあきら」です)で、東三条院詮子(一条帝母)に引き取られていました。

道長と明子の結婚は劇的でいかにも大切に扱われたように思いますが、あくまで嫡妻は倫子で明子腹の子は后にはなれず、男子も倫子腹の子に比べ大幅に出世が遅れていました。
そして、道長の時代「望月の欠けたることも…」と言われた時代は終りを告げ、摂関家は頼通の代にはいきなりピンチとなっていました。

元々、その摂関政治は天皇に入内させた自分の女が皇子を産むという偶然の結果に成り立っていたので、
道長の栄光は倫子の女たちの上に成り立っていたのです。
しかし、頼長は女どころか実子に恵まれませんでした(のちに産まれる)。

これはその間隙を縫った能信の逆襲といいますか、院政に繋がる白河天皇誕生までの物語です。
高度な政治性を持った能信の忍耐と青白い情熱といったカンジのドラマは決して単純なものではありませんが、それゆえに飽きることなく読めます。

私たちが「藤原氏の全盛〜院政期」と教わった「〜」の部分の話です。
誰の思い通りにもならなかった歴史に思いを馳せることが出来ます。
ヘンなタイトル(苦笑)だけど、是非お読み下さいませ。

小説・足利尊氏

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『南北朝時代の皇子たち』はちょっとお休みして、今日は本を紹介します。


いらっしゃらないとは思いますが、今までの文を読んで、
「南北朝時代のことをもっと識りたいな〜」、と思った方にお勧めしたいとっておきの一冊です。

杉本苑子著『風の群像』。
杉本先生の本でイチ押しというと他のものになるんですが、南北朝の一冊と言えばコレです。


随分勉強してきましたが、こんなに南北朝のこと書けている小説は、まあないですね!
恐らくこれからも出ないでしょう。

あれだけの内容をよく2冊に纏められたと思いますし、何より分かりやすくて面白いです。

そして、一番重要なのが、誰のことも美化していないことです。
主役の足利尊氏のイライラするくらいの優柔不断で、それでも時代の主役である様子がすごく自然に理解出来ます。

以前、大河ドラマで真田広之が演じましたが、本当にはまり役だったと思います。
悪い人じゃないんだけど(笑)煮え切らなくて、それでも大将軍だという…。

直義の高島政伸はイマイチだったけど…。



小説に話を戻しますと、あの本で一番好きなのは、足利直冬なんです。
「観応の擾乱」のところで触れましたが、直冬は尊氏の実子でありながら、直義の養子となります。

そして、尊氏兄弟が決裂した時に直義派として実父である尊氏と戦うことになるのです。
直義という人は実務派で、幕府にあって新しい秩序を模索していたのですが、戦はあまり得意ではなくて、戦に半端なく強い高兄弟と対立していくわけです。

でも、直冬は父譲りの戦の才能があって、やっぱり強いんですよ。
そこらへんがすごくカッコよくて、大好きなんですね。


彼のその後はというと、尊氏が死んだら南朝に相手されなくなったようで、
ひっそりと七十歳過ぎまで生きたみたいです。
後継者であったが為に命を削って戦い続けた義詮が四十歳足らずで過労死するのとエライ違いです。


それから忘れてはならないのが、光厳天皇でしょう。
自ら戦火を振り撒いた後醍醐天皇が加害者であるように、時代に翻弄された北朝の天皇たちは
哀れな被害者です。

その光厳院が出家して、流離う姿に心うたれぬ人はいないでしょう。



だけど、私が南北朝に溺れた頃、まだこの作品は出ていなくて、つまらない上に資料としても使えない小説が殆どで寂しいというか、哀しかったです。

だから、皆さんにはまず最初に読んで欲しい一冊です。(2冊だけど…)

祝!!500人突破!!

おかげさまで訪問者も500人を突破しました。
ありがとうございます。

今日は500人突破記念として、私の人生に最も影響を与えた本の中の一冊を紹介します。

多分当時の私は歴史は好きで、その頃ヒマを持て余していて家から4km離れた中央図書館まで行って、そこの「伝記」コーナーでこの本を見かけたのでした。


『高貴なる敗北』

このタイトルで誰について書いてあるか分かるでしょうか?
あまり興味のなかった人が殆どなのに、この分厚い見かけよりも更に内容の濃い本を
借りた当時の私の気持ちは知るべくもありません。(日記残っているかも知れないけど…)

原著者アイヴァン・モリスはロンドン大学で『源氏物語』の研究をした人で、
著書に『光源氏の世界』があります。

彼は三島由紀夫との親交から、日本人の精神の支柱に『源氏物語』だけでは語りつくせない世界が
あることを知り、この英雄崇拝に関わる人々についての本を記したのでした。

そこから、欧米人には殆ど狂気としか写らなかった戦中の日本人の心理状態を探ろうと、
最後の「カミカゼ特攻の戦士たち」に至るまでに9人の日本人が取り上げられています。

悲劇的な死ゆえに英雄となった人々。
この本で殆ど名前しか知らなかった「楠木正成」や「大塩平八郎」のことを知りました。
モリスはここで、悲壮な最期があってこそ称えられるという日本人の英雄観に迫っています。


それから、私は敗者の歴史にのめり込み、マイナーな本を読み漁りました。
今になって分かるのは、この本がいかに客観性を持って書かれていたかということです。

「有間皇子」では皇子を死に追いやった中大兄皇子の政策について細かく書かれていますし、
「源義経」では頼朝の政治性について余すところなく書かれています。


そして、分かり易さ。
ある文言についてこんな訳文があります。


―あの紀元前五世紀、中央インドに建てられたジェタヴァーナにある無堂院の八つの鐘の音は、

地上の諸行はすべて無常であるという詩句をひびかせている。

一双八株の大木サーラの黄色い花は、仏陀入滅の時、たちまち白色に変じ、

盛者も必ず衰えるという真理を啓示したという。

誇り高き者も春の夜の夢のようにはかない一生を閉じている。

猛き者もついには滅びる。

まったく風の前の塵のように吹き散らされる。


私たちは学生の頃に「祇園精舎の鐘の声…」と丸暗記させられて内容も頭に入っていますが、
こうして聞くと何か別のことを言っているように胸に違った響きがあります。

いや、むしろこんなことだったのかと、初めて分かることもあるくらいで、素養がない人こそ何も持たずに読んでいい本です。(ただ、外国史を例に挙げるのがよく分からないかも知れないけれど)

私はこの本のせいで楠木正成のファンではないんだけど、
南朝史にのめり込んですぐに吉野に行きました。

何というか…日本人なのに、殆ど知らなかった時代があったことに驚いて。
湊川神社、四条畷神社、観心寺などマイナーなところを巡って、700年前に思いを馳せたものです。

吉野へは、京都から行くのがいいです。
いかに遠かったか、そして辺境だったか、身に沁みます。
私は着いてそのまま後醍醐天皇陵まで走って (日が暮れそうだったから…) 行きましたから、
この果てしない土地で死んでゆく天皇の無念が知れて、夕日に染まる陵墓の迫力に胸が詰まりました。

けれども、モリスは決してノスタルジーに浸ることなく、
日本史のこの未曾有の大混乱の時代をも分析しています。

例え、どんなに強い意志があろうとも、その人物がもたらした混乱に対する責任を追及しているのです。

有間皇子は中大兄皇子、源義経には源頼朝だったけれど、楠木正成を死に追いやった当事者として、
敵ではなかった後醍醐天皇を選んでいます。

時代錯誤の政策、えこひいきでしかない恩賞。
どれも親政を支えるはずの武士たちの気持ちから程遠いものでした。
彼らは当たり前に尊氏を頼り、やがて大きな力となったのです。

まだ、早くに方向転換出来ていれば尊氏を追い詰めることが出来たのに、
死に行く正成の、顕家の、進言は聞き入れられませんでした。

「七生報国」…のちに美談として語られる最期の場面を経て、彼らは何を残したのでしょうか?
敗者に限りない憐憫を抱いていた『太平記』はしかし、死してもなお魔王として流離う彼らの
虚しい怨霊の姿も語っているのです。

『日本男子物語』

今日、紹介するのは柴田錬三郎作品の『日本男子物語』です。

柴田錬三郎といえば、『眠狂四郎』が有名です。

私は市川雷蔵のファンで、もちろん『眠狂四郎』シリーズが一番有名な俳優ですが、
私がもっとも好きな作品は『斬る』で、これも柴田錬三郎の『梅一枝』という短編が原作です。

映画が先で小説を読み出したのですが、とにかく作品が多くて、
『斬る』の原作を探すのも一苦労でした。

しかし、程なくこの人の書いた歴史小説に目を向けるようになります。



『日本男子物語』は娯楽小説らしく、等々呂木神仙という変わり者の老人の語りとして物語が進みます。

老人が語るのは、戊辰戦争から上野彰義隊、水戸天狗党など主に幕末に非業の死を遂げた男たちの人生を
かなり変わった切り口から書いています。

例えば、天狗党の藤田小四郎だったら、彼の狂気は「天狗に頭を打たれたことから始まる」という風に。

この本をキッカケに天狗党の本を読みあさって分かったのは、藤田小四郎が
かの西郷隆盛さえ一目置く程の偉人であった藤田東湖を父としながら、
幕末のその当時まだ二十歳そこそこという軽輩である為に藩(水戸藩)を動かせる立場にないジレンマと常に戦っていたことでした。

彼は初めてその書に「倒幕」の文字を記したと言われています。
京都で彼と対面した桂小五郎は、その思想の苛烈さに危うさを感じたくらいです。
水戸藩は幕府の御三家でありながら、行く末に倒幕があると分かっていて過激な攘夷運動にのめり込んでいく小四郎の自己矛盾。
…それゆえの苛烈な行動を狂気と呼ぶのなら、そうなのだと思うのです。


そんな風に、等々呂木神仙は真理を語るのです。

他に桐野半次郎の純愛や、吉村寅太郎の話も大好きです。


柴田錬三郎なら、他に島原の乱を書いた『南国群狼伝』も好きですし、
この本が大変問題になったことも知っていますが、私は等々呂木神仙の語る維新の本質を
読み取って欲しいと思います。


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