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前回の記事で秋田に泊まった翌日は弘前へ行きました。
この当時は“鉄”休業中でしたが、青森へ来たらどうしても弘南鉄道には行ってみたかったのです。
昭和の時代、弘南鉄道には全国各地の鉄道で走っていた電車が働いていました。それを考えると高松の琴電と同じような気がしますが、弘南の旧型車の特徴は東急や国鉄そして西武から来た電車が多かった事です。これは琴電の線路の幅が標準軌であったのに対し、弘南は狭軌だったという事も関係あると思います。
秋田から弘前へは確か「日本海3号」の立席特急券で行ったはずです。今でもそうですが秋田から青森への昼行特急、早い時間帯は寝台特急の立席特急券で乗れる列車が代行する形です。ところで私としてこの「日本海3号」で残念なのは「撮影していない事」ですかね・・・。
弘前駅に着いた後は、弘前城にも目もくれず中央弘前駅へ行きました。
しばらく待っていると大鰐方向から「年季」の入った電車がやって来ました。モハ3403とクハ1267のペアでした。
この二両は一見すると「似たような電車」に見えますが、モハ3403は目黒蒲田電鉄(今の東急目黒線・多摩川線)から東急を経て弘南入りした電車に対し、クハ1267は旧西武鉄道(今の西武新宿線)から西武鉄道を経て弘南入りした電車でした。東京で西武と東急があまり仲が良くなかった時代からこの二両は弘前で仲良く一緒に走っていたそうです。また、西武池袋線の前身の武蔵野鉄道から来た電車もありました。
このモハ3403とクハ1267のペアで大鰐まで往復してみました。りんご畑を越え、山裾を走る大鰐線はいい味を出していました。
大鰐で折り返す時にクハ1267の車内を撮影しました。こうやって見ると“西武線”の面影、充分にあり、です。
この頃、もう、東急のステンレスカーが入りかけた頃だったと思います。なんとか最後に行けたな、そんな感じでした。
折り返しの電車で中央弘前へ戻ってきました。それでは次は弘前駅へ戻ってみましょう・・・。
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