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 三木から乗ってきた神戸電鉄の電車を小野で降りました。

 ここは私の父の実家があった町です。今は祖母も亡くなってしまったので実家自体は無くなってしまったのですが、町中に私の親戚縁者が住んでいます。やはり私の苗字もこの辺りには多く存在しています。

 播磨の国、播州の小野は古くから「そろばんの街」として知られています。そろばんの需要が減った今でも全国のそろばんの大半は小野で作られています。私も小学生の時、そろばんの授業では祖母から送ってもらった「小野限定」の全国では売られていないそろばんを使っていました。


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 ところで以前は地平駅だった小野も今は立派な駅ビルになっています。ところが「何かが違う」のです。
駅ビルに殆どテナントが入っていないんです・・・。「学習塾が一つだけ」なんです。

 取り敢えず駅を出てみました・・・。が、人がいない・・・。車も走っていない・・・。どうしたことなんでしょうか・・・。昔は駅を降りて右側に喫茶店、左側には洋菓子屋「パルナス」があったはずなのに・・・。

 駅に近い「小野商店街」へ行ってみました。
 
 年に3〜4回は小野の祖母の家に来ていた子供の頃の私にとって、この商店街は「天国」な商店街でした。「おもちゃ屋」も「本屋」も何でもあり、祖母にいろんなものを買ってもらった商店街です。そして、「肉屋」ではすき焼きの肉を買って来たり・・・昔はですけど・・・。
 
 でも、今は・・・。


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 典型的な地方の「シャッター商店街」になっていました・・・。各地の「シャッター商店街」の話はよく聞きますが、自分の馴染みのある商店街が「シャッター商店街」になっていたのはさすがにショックでした。


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 歩いてみるとお店のシャッターは閉まっているものの、昔のお店が他の店に変わっているという事はありませんでした。看板だけには懐かしいお店の名前が残っています。でも、これは他の店にも変われないまま店じまいをしたと言う事なんでしょうね。


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 駅へ戻るために駅前通りへ出ました。人が歩いていないどころか、車もまばらです・・・。皆、何処へいったのでしょうか・・・。

 小野市の人口は実は以前より増えています。そしてその市街地は小野商店街の北にある大池の北側の市役所がある地域に移ってしまっています。そこには大型の郊外型ショッピングセンターがあり、その周辺に新しいお店が出来ています。これは前述の三木市も同じパターンで、三木の中心部にある「三木ナメラ商店街(ナメラ=滑原)」も小野商店街と同じようになってしまっているのです。


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 この辺りでは市制が車中心の政策をとっているのでしょうね。そんな感じがします。久し振りの三木・小野、あまりにも変わりすぎていました。この辺りでは「交通弱者」はどんな生活をしているのでしょうか・・・。親戚縁者が多い街だけに、とても心配になってしまいました。

 形は変われど、昔と同じ色の神姫バスが少しだけ心を慰めてくれた小野駅前でした。
 

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