特別書庫:関西紀行編

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阪急9000系に乗りました

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 阪急六甲からは神戸線の最新型9000系電車に乗ることが出来ました。

 9000系は先述の京都線9300系の神宝線バージョンで、未だ神戸線・宝塚線各一編成のみの「虎の子」車両です。製造は日立製作所で行われました。阪急は長い間、系列会社の「アルナ工機」で電車の製造を行っていましたがアルナ工機が鉄道車両の製造から撤退(・・・というか会社解散)したため、電車の製造は日立製作所に発注しています。そんな事から、この9000系は9300系と同じ「A-train」仕様です。

 「A-train」仕様は関東では多くの会社が採用しています。私が通勤で使う路線である、東武50000系列や東京メトロ07・08系も「A-train」仕様になっています。

 でもこれらの「A-train」って「良い電車」なんでしょうけど、椅子が最悪!さらに車内も経済性重視なのか簡素すぎて、チョッと「つまらない電車」なんです。私的にはどうも好きになれないのです。

 「豪華」な阪急に「A-train」って???・・・そんな疑問を持ちながら9000系の車内に入りました。

 すると・・・

 ひっくり返るぐらい豪華な車内なんです。これが同じ「A-train」とは絶対思えません!

 椅子はロングシートながら今までの阪急電車に輪をかけて豪華!貫通路部分は自動ドア!さらに「A-train」の特徴のドア横の手すりなんかは同じカバー付きですが、そのカバーが「ブロンズ」でさらに「艶あり」なんです!行先表示は「フルカラーLED」なんですが遠めからは「方向幕」に見える字体を使っています! 

 ・・・これにはやられました!普通なら「車内を撮りまくり」なんでしょうが、止めました。だって、後で関東の電車と比較したら思いっきり「腹立ちそう!」だったからなんですよ(笑)。

 まあ、そんな9000系の乗り心地を味わいながら阪急梅田へ行きました。

 阪急梅田はいつ見ても「凄い駅」ですね。多くは語りませんので、まあ、画像を眺めて見て下さい。あっ、ちなみに昭和50年代後半の阪急梅田はこちらからご覧ください。
    http://blogs.yahoo.co.jp/hiromiya_1638/28586068.html


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 う〜ん、いつ見ても広大な駅です。まさに阪急の象徴のような阪急梅田。首都圏の方でまだ行った事が無い方は是非一度訪れて見て下さい。「阪急梅田を見ずして私鉄を語るべからず。」ぐらい凄い駅だと思いますので・・・。
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 関西遠征二日目の朝を迎えました。神戸での朝一番の撮影は「ある場所」で行う事を決めていました。

 その場所は阪急三宮の梅田側のホームでした。

 以前、つまり阪神大震災前の事、この場所はドーム型の駅舎で覆われていました。
  参考記事:http://blogs.yahoo.co.jp/hiromiya_1638/16001361.html

 ところで私事、管理人の父親は兵庫出身。そんなこともあって私にとって神戸はとても馴染みのある街でした。

 また、その父親が転勤で神戸に住んでいた事もありました。まあ、その時、管理人は東京に一人暮らしをしていたのですが、そんな事もあって神戸で就職活動を行った事もありました。結局今の会社に入り東京で仕事をしているのですが、何かの縁で神戸に住む可能性もあったのです。
 
 平成7年の阪神大震災では知り合いの人の中には家が崩壊した人も居ました。でも偶然、亡くなったり怪我をした人は居ませんでした。しかし親戚から震災直後の神戸の話を聞くと、「怪我はイソジンのうがい薬で消毒するしかなかった」という野戦病院のよう状態。そんな話を聞いたりすると、どうも震災については今でも他人事には思えないのです。

 震災後、初めて訪れた神戸の街。朝の撮影は阪急三宮のドームの無くなったホームで始める事で自分の気持ちを新たにしたいと思っていたのです・・・。ドームのない阪急三宮駅はやはり「その時」起こった事の重大さを考えるには充分過ぎるぐらい変わっていました・・・。


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 気を取り直して撮影を続けましょう。梅田方面から進入するのは8000系の特急です。今、特急の殆どは新開地行のようですね。以前は須磨浦公園行や高速神戸行などの行先がありましたが、今ではシンプルになったようです。


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 こちらは神戸高速側の花隈寄りです。こちらは以前からこんな感じでした。確か・・・。この場所は電車に乗っていて花隈から急坂を上って地上に出た時、日の光がアルミの「ヨロイド」の隙間から車内に差し込む瞬間が素敵な場所です。

 次は阪急六甲へ行ってみました。神戸線は探せば結構良い撮影地があるようですが、今回は時間が無いので撮影は駅で済ませることにしました。


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 8000系は特急に多く入っています。これはトップナンバーなんでしょうかね。


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 阪急六甲は追い抜き線があるので、上り電車も下り電車も撮影できる駅です。新開地行というのは関連会社の神戸電鉄への乗り継ぎを考えているんでしょうかね。以前は一つ手前の高速神戸行ってのが多く、神戸電鉄への乗り換えが不便だった覚えがあります。


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 今は7000系は頭の部分が白くなっています。私の知っている時は、まだマルーンでしたね。6300系みたいに頭が白い7000系はめっちゃカッコいいです!下枠交差式の前パンがこれまた似合っています!!

 大好きな阪急神戸線、もっと撮影したかったのですがボチボチ梅田へ急がなければなりません・・・。

 程なく上りホームに入ってきた梅田行き普通車。これがとてもビックリするぐらい「素晴らしい」電車だったのです・・・。
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 京阪の京橋からJR東西線で三ノ宮へ向かう事にしました。

 JR東西線のホームは以前の片町線のホームと同じでした。つまり、歩くと京阪からとても遠い!これだったら環状線で大阪駅へ向かって新快速に乗れば良かった・・・。そんな感じでした。

 三ノ宮での今夜の宿はビジネスホテル。でも、これが駅から遠かった・・・。まあ、格安の所を選んだので仕方ありません。

 折角、神戸に来たのに電車の撮影だけではつまらないので、重さ十キロもあろうかというカメラバックをホテルに置いてカメラ単体と三脚を持って神戸の街へ出掛けました。

 三ノ宮・センター街・元町・南京町と歩きながらメリケン波止場の跡地のメリケンパークへやって来ました。

 メリケンパークは神戸らしい風情がお手軽に味わえる場所。でも、ここも13年前の震災で大きなダメージを受けました。でも、今では「何も無かった」かのような風景が広がります。

 メリケンパーク対岸のハーバーランドの夜景も素敵です。阪急系のショッピングタウン「神戸モザイク」にある観覧車と停泊している客船が綺麗です。

 十数年振りに訪れた神戸の街は新しくなってしまいました。でも、仕方がありません・・・。震災であれだけのダメージを受けたわけですから・・・。

 やはり神戸に立つと震災の事を考えずには居られません。周りには「震災をハッキリ覚えていない若い世代」が夜を楽しく過ごす中、そんな事を考えながら一人で静かに撮影をしたのです・・・。

 帰りは新しい地下鉄の海岸線で宿へ戻ることにしました。本当なら三宮・花時計前から歩いた方が近いのでしょうが、疲れたので遠回りですが新長田を回る事にしたのです。でもこの地下鉄、和田岬とか苅藻(=刈藻=から修正しました・・・ガンモさん、ありがとうございます)とか随分海沿いを走っているようですね。その後、新長田から地下鉄山手線で新神戸へ向かい、宿へ戻りました。

 さあ、明日も一日頑張らなければ???・・・宿に戻ってからの冷えたビールが美味しかった神戸の夜でした。
 
 中書島駅から隣の淀駅へ移動しました。

 淀駅は京都競馬場の最寄り駅で有名な駅で、今、高架とそれに伴う駅の移転工事の真っ最中。移転が終わると、なんと競馬場の真ん前に駅が移ってきます。尚、既に大阪方面の仮駅は競馬場の前に移動しています。
 
 その淀駅の大阪側に踏切があります。ここで“お目当て”の電車が三条から戻ってくるのを待つ事にしました。う〜ん、今朝から「雄琴」や「淀」で電車撮影のみで帰ってくる自分に笑えます!!!

 “お目当て”の電車は1900系の特急塗装車1929Fです。1900系とは先々代の三代目特急車。先述の3000系のデビューで一般車に格下げされました。なお、1900系の中には二代目特急車の1810系からの編入車も含まれているという、興味ある存在なのです。


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 淀で先にやってきたのは5000系です。5ドア車の5000系は京阪の特徴ある電車の一つで5ドアは日中は3ドアで使用し、使わないドアの部分には天井から座席が降りてきます。この辺はわが地元の東武電車にも真似をしてもらいたいところですね。


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 その次の普通電車に1900系は入っていました。日没寸前でなんとか撮れた感じです。やはり駅の発車は速度が低いので助かりました。

 撮影後は普通電車と急行電車を乗り継いで京橋へ向かいました。すると京橋到着寸前の複々線区間で先ほどの1900系に追いつきました。折角ですので普通電車の終点の天満橋まで乗って見ることにしました。

 
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 レトロな車内を味わった後、天満橋で一枚です。折り返しは準急・私市行。交野線への直通準急になります。5両編成のこの電車は交野線で運用されることが多いようなんです。管理人はそれが理由で交野線へ向かうつもりでした。・・・・ん、向こうから歩いてくる車掌さんが「何か」持っています・・・。


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 私市行の準急は「ひこぼし」の愛称が付いているのですが、なんとヘッドマーク付きなんですね!これにはビックリです。


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 横からの姿もいい感じです。中間車は1810系からの編入車。昭和31年製だそうです!
 

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 天満橋から私市行の準急より1分先発の電車で京橋へ戻りました。そして反対側のホームへ向かい、撮ったのがこの一枚です。京橋駅での一枚は前パン姿。正面の「鳩マーク」が無くても充分凛々しい姿でした。

 そんな1900系もさすがにもう残り二編成とのことです。「長寿」な電車が多い京阪電車の中でもピカイチの1900系。特に特急塗装の1929Fはとても貴重な存在ですね。
 
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 出町柳からは京阪電車に乗ります。

 「京阪のる人、おけいはん。」・・・これが今の京阪電車の宣伝のキャッチフレーズのようです。沿線情報や宣伝も殆どがこのポスターでした。そしてそのキャッチフレーズの通り、いつも「京阪」に乗っている「けい子」さんという女性を「おけいはん」と京都弁で呼び、登場させています。

 このポスターがとても良かったんです。「京都に来た!」、そんな感じがするポスターでした。そしてその「おけいはん」もとても綺麗な女優さん。ポスターを持って帰りたくなりましたね(笑)。

 まあ、そんな事はさて置き、出町柳からは3000系特急に乗ります。

 大井川鉄道にも譲渡されている3000系は基本的には先代の特急車。全車が新しい8000系に置き換わる予定でした。

 ところが3000系の置き換え途中で特急の増発の動きが出てきました。その関係で3000系の最後の一編成は廃車されず更新して継続使用する事に決まったのです。

 その3000系で枚方市へ向かいます。目的は交野線を走る電車です。

 特急は三条・四条・七条・丹波橋・中書島と止まって行きます。ところが中書島を過ぎた頃、なんとお目当ての電車とすれ違ってしまったのです。

 “特急色”をした「普通 三条」行きです。


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 慌てて3000系を次の樟葉で降ります。露出も厳しくなる時間帯です。“その”電車が三条から戻ってくるのを中書島で待つことにしました。また京都方面へ戻りました。


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 中書島は宇治線との乗換駅。宇治線の電車も撮影できます。宇治線には「未更新顔」とも呼べる京阪特有の正面に「二段サッシ」の窓を付けた電車もまだ残っています。


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 また中書島の京都寄りは程よいカーブになっていて、列車を正面がちに撮れる所。シャッタースピードを下げて撮れそうです。さすがに長編成は後ろが切れますが、“5両”ぐらいなら入りそうです。

 でも、露出はどんどん厳しくなるばかり・・・。もう中書島で待つのはシャッタースピードが厳しくなってきました。

 仕方なく「最後の手段」を取ることにしました。それは「発車したばっかりの速度の低い電車を撮る」方法。早速、それが出来る駅へ転戦する事としました。

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